政府の「ネット規正法案」提出に断固反対します
われわれ人権研究会はネットの中で差別問題に立ち向かってきました。それはネットの中の主人公はわれわれであり、私たちがどのようにしていくべきか十分に理解しているからです。また、一番様様な報道によるインターネットを社会悪としてしまう風潮に悩んでいるのも私たちでもあります。
今後、「障害」をもつ人たちへの在宅勤務などによる仕事の提供や情報提供、様様な情報弱者と呼ばれる人々への情報提供など福祉面やあらゆる面での大きな飛躍を伸ばす可能性のあるこうしたメディアは貴重な社会の資産です。そしてこうしたよい面を生かすことを考えねばなりません。
しかし、同時にこうした安定しより使いやすい環境作りを作ることの利点と反面、差別掲示板や差別ホームページが氾濫し、多くの被差別者を精神的に苦しめる結果ともなっています。こうした問題に対し、私たちは年間30件以上の報告に対して取り組んできました。これからはネット使用者の中でもこうしたあらゆる差別に腹を立てている人たちとともに、ネット上での差別をひとつひとつ無くしていくことが大事です。それには、マルチメディアの中での基本的な人権擁護の事項を盛り込んだ基本的な法律は必要です。それはネット使用者だけではなく、プロバイダーもともに考える視点がなくてはなりません。
そうした視点を抜きにし、警察による取締りを行おうというのは全くこの問題の表面のみしかみておらず、いわば国家権力による取締りでしかありません。
例えば現在までこうした国家権力の押しつけ的な法規制をもっとも顕著に行おうとしているのが日の丸君が代の法制化です。これは今までの文部省通達に従わなかった県の一つとして広島県はあげられていました。そこに県教委などがどのように自殺された校長に接したのか。そうしたことを全く調査せずに一方的に部落解放同盟や広島の教職員組合に責任をなすりつけたのはどうしてでしょうか。それは、部落解放同盟や教職員組合に責任をなすりつけることで、部落解放運動に対しての誤った認識や部落問題についての偏見を利用し、さもあらんという認識の元に「だから法制化することでこのようなことはなくなるのだ」といういわば一つの理論付けを行っているのです。これほどの部落差別を利用した国家の差別行為はありません。
今までに、日の丸君が代を反対した教職員が別な理由をつけられて一体何人辞めさせられてきたのか・・。こうした国家の権力による横暴も含め、部落解放運動は反対の立場をとってきました。
このように政府は一つの問題を自らの意図に会うように解釈広報することで、責任を別に取り上げ、自らを正当化し、法制化してきたのです。
今回のネット規制法も、被害者救済に繋がるのではなく、被害者救済という立場を借りて、ネットの中を国が監視管理していこうというものです。
であるのならば我々は反対にそのような監視管理を逆に監視管理し、政府の人権侵害を監視管理する人権オンブズパーソンを作って行かねばなりません。
今まで戦争にしろ、様々な政策にしろ、我々のためと称し、一体どれだけのことがなされたのでしょうか。
日本は右寄りに舵をとったと国際的に非難される中、我々は更に表現をも規制されるのでしょうか。
本来必要な法とは先にも述べたようにこのような法ではありません。
マルチメディアの中で我々が人権を擁護し、擁護・救済されるための基本的な人権擁護基本法です。そして、これによってされる様々な問題解決のための被害者救済措置です。
我々は今こそ声をあげ、政府に対しNOといっていかねばなりません
表現の自由の名を借りた差別されない自由を侵害することは許さず、同時に表現の自由を安直に規制することも許すべきではありません。
表現の自由が差別しない範囲、人を傷つけない範囲であることを定義したものをつくらず、全てを統制規制しようという怖さを我々の祖父たちは身をもってしっているはずです。
その過ちを再度繰り返すのでしょうか?