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「富士」(金子光晴)
「どくろ杯」のような放浪記の凄み、好々爺になってからの孫を詠った可憐な詩、どれも光晴だったと思う。
中学生の頃、光晴の反戦詩を読んで、うれしかった。
子供の頃から戦争が怖かった(嫌いというより怖い)ぼくには、戦時中にこうして逃げ回っていた人の存在自体がうれしかった。ぼくも戦争になったらこうやって、後ろ指さされても逃げ回ろうと思った。戦うことは苦手だが、逃げることには自信があった。

また戦争の足音が近づいている。
動物のように臆病だから、そのことが分かる。
息子を兵隊に取られまいと、あの手この手で逃げ回った光晴。
そうだ、子供の時には一人で逃げることしか考えていなかったが、今となっては家族もいて、こまったことだ。

手元にある光晴の詩集は、学生時代友人から借りっぱなしになってしまったもの。
自分のだらしなさの象徴として本棚に鎮座している。
その背表紙を見るたびに、その友人に貸したきり返って来ないB.フォンテーヌのLP「ラジオのように」を思い出すのだった。


  「富士」   金子光晴

重箱のやうに
狭つくるしいこの日本。

すみからすみまでみみつちく
俺達は数へあげられてゐるのだ。

そして、失礼千万にも
俺達を召集しやがるんだ。

戸籍簿よ。早く燃えてしまへ。
誰も。俺の息子をおぼえてるな。

息子よ。
この手のひらにもみこまれてゐろ。

父と母とは、裾野の宿で
一晩ぢゅう、そのことを話した。

裾野の枯れ林をぬらして
小枝をピシピシ折るやうな音を立てて
夜どほし、雨がふってゐた。

息子よ。ずぶぬれになつたお前が
重たい銃を曳きずりながら、喘ぎながら
自失したやうにあるいてゐる。それはどこだ?

どこだかわからない。が、そのお前を
父と母とがあてどなくさがしに出る
そんな夢ばかりのいやな一夜が
長い、不安な夜がやつと明ける。

雨はやんでゐる。
息子のゐないうつろな空に
なんだ。糞面白くもない
あらひざらした浴衣のやうな
富士。



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