![]()
![]() |
長崎にて、夏空を見上げて思うこと −−大学4年 S (「山科・平和しんぶん」182号より)−− |
「山科・平和のための戦争展」に報告をしました |
初めて、原水禁世界大会 に参加しました。2日日の分科会では、青年の広場・被爆者訪問に参加し2名の 被爆者の話を聞きました。 今年の8月9日は、長崎は 良く晴れて強烈な日差しが 照りつけていました。62年前のその日も、とても暑い 日だったそうです。ただ偶然、長崎上空が晴れていたということから原子爆弾が投下されました。そして7万数千もの命が奪われました。 長崎市長や広島市長によ る「平和宣言」は、これからの日本にとっても、非常に重いものだと思います。 しかし、それ以上に被爆された方が私たちに語り訴え ることは、「日本」とか「世界」とか、そういった枠を 超えた全人類に対して、同 じ人間に対して、同じ人間 としての心の底から訴える非常に根深くて強い、命を かけた思いでした。単純に、 「非核・平和」と訴えるだけのもでは収まりきらない思いでした。 原爆とは何か。 戦争とは何か。 平和とは何か。 命とは何か。 そういったことを改めて考えさせられる、非常に深い内容でした。 爆心地に行って、真上を見上げました。この上空五百メートルのところで、原爆が炸裂し、たった3秒で 街が壊滅状態になったのです。 「真っ白い光」 「爆音」 「爆風」 「熱風」 「すさまじい破壊」 被爆者の方々が目の当たりにしたこの惨状を、私たちはどこまで想像できるでしょうか。ありったけの想像力を駆使しても、到底彼らの身に染み付き、心に刻まれた記憶には及びません。 でも、これが現実に起こっ た惨劇であり、私たちが持 ちうる限りの想像力と表現力でもって、語り継いでいかなければならないことな のです。 人が人を殺す。罪もない人々を、無差別に殺す。夢や希望が、何の合理的な理由もなく、一瞬にして消滅する。そういうことが当たり前になる。一つの命が一つの命として尊重されるこ となく、一瞬で大量の命が虫のように簡単に奪われて いく。服が溶け、皮膚が溶け、肉がえぐれ、骨が見えてもなお生きて、助けを求 めて水を求めてさ迷う。首 がひしゃげ、黒焦げになって誰ともわかってもらえないままに死んでいく。 それが戦争であり、原爆であり、 たった62年前にこの日本で起こったことなのです。 核兵器は、その後戦争では使われていないものの、 その数はどんどん増え続けています。核実験は続けら れ、被爆したのは日本だけではなくなっています。 安倍首相は平和記念式典 で、「日本国憲法を遵守し、 日本が先頭になって核兵器 廃絶へ取り組まなければな らない」と言いました。その言葉を、思いをぜひ貫いて欲しいと思います。そして、もっと被爆者の声に耳 を傾け、人としての心でもって政策に反映させてほしいと思います。 被爆者は私たちに言いました。「私にもあなたたちにも、戦争責任はありません。でも、戦前責任はあります」まだ起こっていない、これから起こるかもしれない戦争をくい止める責任は、私たちにあるのだということ。 「原爆を落とした国よりも、落とされた国の責任の方が重い。落とされた国が反戦平和を訴え貫いていく責任はもっと重い。」 |