死んだらそれまで
半月ほど前になるか、昔の彼女が亡くなった。自殺だった。まだ21歳だった彼女の孤独な心の内は誰にもわからないままに、彼女は天国に召された。いや、『レティクル座妄想』を一緒に聴いた彼女のことだから、レティクルの神様に連れて行かれたのかもしれない。才能と美貌のおかげで、あの、超特急から降ろされることもなく。 私は「自分はいつ死んでもいい」と常日頃から思っているが、親しい人が亡くなるのはいつもつらい。誰がいったか知らないが、「死」に慣れることはできないというのは事実だ。老衰ならともかく、自殺なら尚更のことだろう。後悔ばかりがいまだに胸を突く。
「生きているだけで十分」、その言葉を噛みしめながら、私は漱石のように「死ぬまで生きる」ほかない。
祖父は折口信夫に学んだ 11月5日(土)
今日は身罷った祖母と二人きりで暮らしていた祖父の慰安に行ってきた。祖父は92歳。しゃきしゃきしてはいるが、やはり少しボケてきている。祖母の死はそれに拍車をかけたようだ。だが、昔のことはよく覚えていて、「若かりし頃に折口信夫の講義を聴いて、この人は天才的だと思ったね」と話し出したのでびっくりした。折口信夫といえば国学の大家ではないか! 自分の中では歴史上の人物だった方に祖父が学んでいたとはものすごい発見だった。そういえば、祖父の本棚には折口信夫全集が並んでいたし、私が学びたいと考えていた神道の思想はこんなに身近なところに転がっていたのか。
両親や叔母たちは、私が祖父を訪ねると祖父も寂しさを忘れて少し元気になるから、と、「これから行けるときにはなるべく行くように」と言うので、私も勉強を兼ねて祖父の話し相手になってあげるつもりだ。
帰りには神社に寄って「神宮大麻」と氏神さまの御神札、そして神棚のスモール版にあたる大麻奉斎用具を授かってきた。これでやっと祖母のお骨と生前の写真を私の部屋に祀ることができる。毎日手を合わせて祖母の御霊に話しかけることができるのだ。
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