2009年度カリキュラム
報告・受講者感想


人類の知の遺産
5月9日(土)「マダム・ブラヴァツキー」(鏡リュウジ) 1件
11月14日(土)「伊藤仁斎」(黒住 真) 1件

21世紀世界地図
4月18日(土)「21世紀の新しい環境観」(星川 淳) 1件
11月21日(土)「軒下には豚、旅先では屠畜。― 肉の来し方を取材して」(内澤旬子) 2件

アートシーン21
5月16日(土)「いのちの輪(サークル・オブ・ライフ)神話的治と7世代先の未来をつなぐもの」(北山耕平) 5件
10月17日(土)「詩とは何か、詩人とは誰か」(高橋睦郎) 2件

アートワーク コンテクストデザインワークショップ
8月9日(日)「書体ともの」(仲崇霖) 2件

合宿
7月4日(土)夏合宿事前勉強会「丹生をめぐる空海の謎」(富田弘子) 1件
09年3月27日(金)〜29日(日)08年度春合宿「早春の京を歩く〜吉田神社・比叡山巡行」 2件

仏教と倫理を見直す
5月19日(火)「(1)近代日本仏教と正法理念」(島薗 進) 1件
6月16日(火)「(2)仏教の正法理念」(島薗 進) 1件

特別企画
10月31日(土)〜11月1日(日)「三省祭り」 1件

設立10周年記念特別行事(08年度)
09年3月7日(土)『久高オデッセイ第2部』上映会+楽しい世直しシンポジウム 2件


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5月9日(土)「人類の知の遺産:マダム・ブラヴァツキー」(鏡リュウジ)
受講者感想:加藤一郎(会員)




解説書を含めてなかなか書物にお目にかかれないブラヴァツキーに関し、今をときめく鏡先生からお話を聞くことができ、とても感激しました。
ブラヴァツキーが科学万能時代の入口に立つ「最後の錬金術師」だということがよくわかりました。
もちろんシュタイナーやユングあたりの方が「最後」なのでしょうが、それらの子分達にくらべると、この女親分はひとまわり「胡散臭さが勝る」ようです。
代表作の翻訳が出ていないのが残念ですが、(創作過程に問題はあるにしても)『インド幻想紀行』の面白さをみると、もっと人気が出てもおかしくないような気もします。もしかすると、「ユングの河合隼雄」や「シュタイナーの高橋巌や(東京自由大学でも講師をされている)西川隆範」といった強力な紹介者がいないのが最大の理由なのでしょうか?

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11月14日(土)「人類の知の遺産:伊藤仁斎」(黒住 真)
受講者感想:加藤一郎(会員)


伊藤仁斎が仏教や老荘思想を経て「論語」に救いを見出したという思想の遍歴、およびそれを許した当時の社会に、現代人の知的求道や、ゆとりある現代日本社会との類似を感じました。
仁斎の「俗の外に道無し、道の外に俗無し」という言葉には、歎異抄の「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」にも似た日本思想独特のシンプルさと「破戒」の香りが漂うようです。

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4月18日(土)「21世紀世界地図:21世紀の新しい環境観」(星川 淳)
担当者報告:山口卓宏(担当)




 「自己を滅却するのではなく、狭い自己をもっと拡げて考えてみる。つまり自然も自分だと思えるようになればよい」
 「日本人はお上意識が強すぎる」
 「集団的意思決定が日本人はとてもへた。たくさんの良質な意見が出ても、結果的に最悪の決定をすることがある」
 「憲法は国民が政府に命令している文書」
 「立法権・司法権・行政権の三権を監視する第4権(メディア・NGO等)の必要性」
 「日本人は自然を知らない。自然からエネルギーをもらえることを知らない」
 と、インドでの瞑想体験・屋久島での生活を経て、現在グリーンピース・ジャパン事務 局長をなされている星川先生は語られていた。内側を見る学び(瞑想等)だけでは、何も変えられない。外側に向かって具体的な行動をすることも大切であり、その二つは車の両輪のようなものであるとおっしゃっていました。自己を滅却するのではなく、自己を拡大することを実践なさっている星川先生の姿に、とても清々しさを感じました。ありがとうございました。

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11月21日(土)「21世紀世界地図:軒下には豚、旅先では屠畜。― 肉の来し方を取材して」(内澤旬子)(1)
受講者感想:加藤一郎(会員)




内澤先生に、屠畜を巡る世界の旅、養豚の試みなど貴重なお話をお伺いしました。
「食」という基本的欲求に関する話だけに、いろいろ考えさせられました。
自分で育てた動物を自分で屠るという辛い作業がない現代社会は、ある意味で理想的な社会なのでしょうが、見たくないものを隠し過ぎたために、齟齬が起きているようです。
楽な生活を選択するには、やはりその仕組みを理解し、何が見えなくなっているかを知っておく必要があるのでしょう。
そしてこのことは、嫌なことを次々に外の施設やサービスに委託しつつある、現代の医療やゴミ処理などすべてについて言えることなのかもしれません。

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11月21日(土)「21世紀世界地図:軒下には豚、旅先では屠畜。― 肉の来し方を取材して」(内澤旬子)(2)
受講者感想:匿名




 私の田舎は長野ですが、家では鶏(烏骨鶏、チャボ、アローカナ等)を飼い、卵を産めなくなったものは、祖父がつぶして家族で食す、という環境で育ちました。
 生命あるものを、目をそらさず、自分でつぶして残さず食べるという大切さを改めて思い出させていただきました。とてもよかったです。

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5月16日(土)「アートシーン21:いのちの輪(サークル・オブ・ライフ)神話的治と7世代先の未来をつなぐもの」(北山耕平)(1)
受講者感想:古川博資(一般)




迎え入れてもらえない限り観光客にはインディアンは決して見えないこと心に刻みます。ナイヤガラの滝をみたという人も誰一人ホーデノショーニー(イロコイ連邦)の存在を知らない。15のりザべーションにされていても6つの邦を成し独立した一つの連邦を成していた。この地に2005年8月に私たちは招かれたがゆえにオノンダーガのタドダホ(大首長)に会えたんだとつくづく思いました。アイヌがこれほど周辺にいながら全く視野には入っていない。現在、人間を人間とは扱わないことができているのも、「野蛮人」差別が底流にあるからと思うようになりました。貴・賤の始まりが「文明」であり円の世界から直線の世界への強制が始まった。それは武力と軍隊の暴力と不可分だ。直線の世界は絨毯で大地を敷き詰め円の世界の人々を不毛の地の監獄に囲い入れて一切の自由を奪う。監獄の中で生き続けるか逃げだして絨毯の上で最下層民として暮らすか軍隊に志願するかなのだという。直線の上では「進歩」を続けていると繰り返し繰り返し洗脳してきたが、大地と資源と地下資源は搾取の限りをつくし未来を汚し続けていのちつながり地球が危うくしている。もはや洗脳は続けられないところにきている。核兵器廃絶と口にしない限り未来を語ることはできないほどになっている。人類700万年のDNAはたかが5000年とか2000年とか500年の「文明」では組み替えることはできない。すべての人々の心の底深くに円の世界の記憶がねむっている。それは「差別の思想」ではなく「平等の思想」だ。ローマ世界のイエス・現代の先住民あらゆる被差別の人々は人類史の円の文化の記憶を伝承する者なのかもしれない。私は日本国憲法は「平等の思想」であり縄文の記憶だという仮説をもっている。日本人の中にのこる月の文化・童謡の文化を回復すべく現在の三世代の交流の場を作っている。「七世代」という名の「くら」を造りました。私は東京自由大学と今回初めての出会でした。ここも三世代の集いになっていることに深く感銘しています。

(追伸)
「先(さき)」は先祖・先見と過去にも未来にも使われます。 「前(さき)」も以前・前途と過去・未来に使います。 七代さき・のちというとき前者を過去・後者を未来と区別して論じたい。 北山さんの用語の使い方では七代とは70かける7で約500年と言っていた。 しかしオロチョン族(狩猟民)は父方の七代先の祖先の名前から言える。母方は三代前から言える。恋人同士が祖先で重なれば結婚は破断というのを見たことがある。祖父の祖父の祖父の名を語るのです。そのことは自分の名が孫の孫の孫に語られると言うことだ。アレックス・へーリーが「ルーツ」の中ではオモロ・キンテとビンタ・キンテから語っている。彼らはへーリーの七代先なのです。これは偶然ではないと思います。日本で言えば江戸末期から自分の血筋でどう生きてきたかが語ることができることを意味します。200年後も見つめるまなざしを持っている。これが物語のある世界ではないでしょうか?祖父の名が言えない子どもが増えています。現在は自分の世代しか語れず「自己責任」論を押しつける為政者の手の内に入れられてしまっているとさえ思います。現在の三世代を地域の中で交流させていくキーポイントは月の文化ではないかと思います。私は140年前の蔵を移築再生して三世代交流の場を持っています。

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5月16日(土)「アートシーン21:いのちの輪(サークル・オブ・ライフ)神話的治と7世代先の未来をつなぐもの」(北山耕平)(2)
受講者感想:秋元浩治(一般)




先日はどうもありがとうございました。
初めての参加でしたが、温かく和やかな場でとても居心地良く感じられました。きっとスタッフの方たちの人柄からくる雰囲気だったのでしょうね。
北山さんのお話は、これまでに、時間・気持ち・体調が合うとき、行きたいと思ってそれがうまく合ったときに、色々な場で聞かせていただいてきました。
北山さんは、私にとって「バンド」のチーフのような存在です。
その北山さんが、前から気になっていた東京自由大学でお話されるというので、ワクワクしながら参加しました。
お話を聞きながら、改めてあらゆるモノとの『つながり』を強く感じました。『出会い』もそうです。直線的ではない世界では、巡り合い、出会いながら回っているのでしょうね。それが「つながり」なのだと思います。直線だとつながりにくいですから、やはりらせん状に回って行っているのでしょう。
今回、北山さんのお話を聞きながら、「あんたたちもあの気違いに会いに来たのか?」と北山さんに聞いてきた、ロードサイド・カフェの「いじわるなシャーリー」に感謝の気持ちがわいていました。前には気づきませんでしたが、こうした人とのつながりがあった結果、いま、自分は、ローリングサンダーのことを聞くことができているのだと、不意に・素直にそう思えました。あらゆるひと・モノがつながっているのだと。
どうもありがとうございました。

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5月16日(土)「アートシーン21:いのちの輪(サークル・オブ・ライフ)神話的治と7世代先の未来をつなぐもの」(北山耕平)(3)
受講者感想:木村由香子(一般)


例えば「日本人」という生き方と「スピリットを受け継いで生きてきた人の末裔」という生き方のどちらに偏ってもいけない。この2つの世界をバランスを保っていく必要がある。そのメッセージと、物語を通じて「つないでいくもの」の重要性を言われたところが、今後も続いていく思考のテーマかと思いました。

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5月16日(土)「アートシーン21:いのちの輪(サークル・オブ・ライフ)神話的治と7世代先の未来をつなぐもの」(北山耕平)(4)
受講者感想:大日向明子(会員)


アメリカインディアンというひと括りのイメージが、北山先生のお話によってわかりました。著書は読んでいましたが、直接お話を聞くことができ、貴重な時間を過ごすことができました。 特に、現在の部族の現状など。

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5月16日(土)「アートシーン21:いのちの輪(サークル・オブ・ライフ)神話的治と7世代先の未来をつなぐもの」(北山耕平)(5)
受講者感想:大竹紀恵(会員)


先生から直接にアメリカの体験を伺える機会を得られて誠に感謝の心で一杯です。「ネイティブ・マインド」の御本を実際の体験のように感じつつ拝読したいと願っています。
この機会を創って下さった東京自由大学の皆様にも厚く感謝いたします。
時間がかかるかと思いますが、拝読した後感想を入れます。

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10月17日(土)「アートシーン21:詩とは何か、詩人とは誰か」(高橋睦郎)(1)
受講者感想:大宮不二彦(一般)




高橋先生は青少年時代に大変ご苦労をされたにも関わらず、その苦労が表にあまり見られない、という趣旨のことを三島由紀夫氏に言われたことに関して、「それは誰も恨んでいないからだと思う」とおっしゃいました。誰にでもできることではなく、また無理にそのようにあるべきだ、ということでも(おそらくは)なく、本当に自然なことだったのだと思い、大変な感銘をうけました。
その他、折口信夫氏についてのお話も興味深く、本当に尊敬しておられるのだなと強く感じました。
葉隠にある言葉として紹介して下さった、「人間一生、まことにわずかのことなり。好いたことをして過ごすべきなり。」は、座右の銘にしたいと思います。
全体に時間を忘れるほど、興味深くかつ楽しく聞かせていただくことができました。本当にどうもありがとうございました。

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10月17日(土)「アートシーン21:詩とは何か、詩人とは誰か」(高橋睦郎)(2)
受講者感想:青柳和枝(一般)




 恥かしながら、高橋睦郎先生を存じ上げないまま、講座名の「詩とは何か、詩人とは誰か」に魅かれて、参加させて頂きました。詩を書いていて、いつも考えるところだったからです。講演は、とても興味深く、深く頷きながら、聞かせて頂きました。
 書き切れない程多くを学ばせて頂きましたが、特に心に残ったことは、
(1)詩を声に出すことの重要性についてで、文字ができたことで人々の記憶力は著しく退化した。
(2)見えない存在と見える存在のうち、その見えない存在と交信し、そこで感受した言葉を孕む。それが詩である。
(3)詩が自己主張の場であれば、それは戦いを生み、存在の本質の開示であれば、人々を幸せにする。
(4)詩集は、1つのゆるやかな宇宙であってほしい。
(5)三島由紀夫氏が「君は小さい頃、ずいぶん苦労をしたようだが、苦労が全く身についていない」と言った時、それは人を恨んだことがないからかもしれないとご自身が思われたという話。
(6)ご紹介頂いた折口信夫氏の「手の平の中の雪のように、その雪は溶けて失くなり、その冷たさだけが記憶に残る。そんな詩歌が最高である」
 などなど、他にも書ききれないほどです。
 この貴重な時間と機会を与えて下さいました東京自由大学に心から感謝申し上げます。
 高橋先生の御詩集「永遠まで」と、朗読詩集「VOICE GARDEN」で、さらに学ばせて頂こうと思っております。

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8月9日(日)「アートワーク コンテクストデザインワークショップ:書体ともの」(仲崇霖)(1)
受講者感想:米田美恵子(会員)




デザインワークショップは初めての参加でしたが、数年前から かな書のお稽古と篆刻を少しやりはじめていたので、書体というと 目が釘づけになってしまい、「書く」ということだけが頭があり、「描く」 「作る」は 頭から遊離していました。

最初に篆書体の説明を仲先生にしていただき、実際に色々な字を筆で 書いていただいた字に一同 ホ〜と感心したり、納得したりと・・・
次に、この篆書体の書体を使い、自分がつくりたい生活道具をハッポースチロールでつくるのですが、 なにを形にするかが、どうもピンとこず、篆書体の漢字の一文字にこだわっていて、前に進めない状態で どうしようかなと思案していた時に、上林先生のアドヴィスで どうやら私の頭の中で整理がつきました。

現在、「世界の茶の文化」を勉強している私は、茶という篆書体の草冠を篆書体として残し、下に急須というかポットというか 茶道具を連結させました、篆書体の草冠は、まさにお茶をいれた湯気のようにも見え、なかなか面白いものに なったかなと思いました。
ハッポースチロールを切断することは、上林先生にすべてやっていただきました。ありがとうございました。

家で、これから 抹茶色の水溶性のスプレーの色をかけることにします。 大分、変わると思います。「茶の文化」の勉強をするテーブルに置いてながめながら ゆるゆると茶の世界に浸って楽しんで 勉強していこうと思っています。

何十年ぶりでの工作のような手仕事、充実したひと時でした。 仲先生が、普段なにげなく書いている筆の線は のびのびしていいですねと参加者皆さんに言ってくださった言葉を 大切にしていきたいと思います。

又、次回の書体でのワークショップを期待しております。


by Nasu

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8月9日(日)「アートワーク コンテクストデザインワークショップ:書体ともの」(仲崇霖)(2)
受講者感想:榊その(会員)


日常使っているコトバを見直し字を創りだして行こうとする その字を立体にする試みは、何よりも、遊びココロ、常識にとらわれないピュアなココロが必要ですね。
そのへんの感性がスコ〜ンと抜けてしまっている自分に気付きました。
人さまの作品が出来て行く様子を拝見できたのも楽しかったです。
またこうした機会を作っていただけると嬉しいです。
ありがとうございました。

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7月4日(土) 夏合宿事前勉強会「丹生をめぐる空海の謎」(富田弘子)
受講者感想:加藤一郎(会員)




立派な資料を準備していただき、興味あるテーマのご講演ありがとうございました。空海という人物が、本当に謎に満ち、議論の価値のある存在であることを再認識しました。
私は常日頃、できれば宗教を政治から切り離して考えたいと思っていますが、空海の時代の話になるとそうもいかないようです。富田先生からは、空海の後援者であった有力渡来系秦氏について、研究の最先端のお話をおうかがいすることができました。
そもそも、仏教が日本に初めて伝えられた時の経緯からも明らかなように、朝廷の周りには、外来のものを積極的に受け入れようとする人々と、逆に非常に慎重で新しいものに消極的である人々が、対立しながら存在したことがわかります。
それが遣唐使を始めとした渡来文化に対する朝廷の対応を左右していたようで、空海の謎めいた言動の理由を考える場合には、そういった背景の状況を考えねばならないようです。

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09年3月27日(金)〜29日(日) 08年度春合宿「早春の京を歩く〜吉田神社・比叡山巡行」(1)
受講者感想:富田弘子(会員)



左上から、「桜」 「1日目 上鴨神社」 「吉田神社」 「吉田神社 大元宮」
「夜の講座 岩田慈観氏」 「2日目 比叡山にむかう山道」 「ほら貝を吹く鎌田先生 」 「六地蔵」


吉田神社攷

 京都での春合宿初日は、京都御所、下鴨神社を参拝したのち、強烈な印象を欲しいままにしている吉田神社で締めくくられた。当社の社殿は数々あるが、なんといっても醍醐味は吉田神道を象徴する大元宮に尽きる。

 その特異的な建築様式は、八角形の本殿に六角の後房を付した奇異なる社殿。境内は日本中の神々が集会(しゅうえ)する混沌の宇宙であるが、シルクロードの終着点である日本の宿命を、そのまま背負った神観ともいえる。吉田山の別名・神楽岡とは、まさに神々の楽園を象徴した名称である。

 混沌の中の不思議な秩序、そして肯定と寛容、吉田神社はどこか東京自由大学に通じるのではないだろうか。

比叡山攷

 平安仏教界に新風を巻き起こした空海と最澄。それら両巨頭のひとり最澄を開祖とする比叡山延暦寺は、京都の鬼門をふさぐ王城守護の役割を担ってきた。末法の世を通り過ぎ、凄惨な事件が後を絶たない昨今は、前倒しで法滅の世の到来を感じさせる。

 もしや鬼門封じにほころびが生じ、悪鬼、鬼神たちがこの地に侵入し始めていたなら、比叡山こそそれらの温床となる。などと妄想をめぐらせていたのは、たぶん私ぐらいであっただろう。ところが当日は天候には恵まれ、うぐいすまで、ホーホケキョと清らかな声で歓迎してくれた(最澄は法華経一筋でしたから?)。不安は杞憂に終わったようだ。

 そういえば、近年京都の東北には鎌田邸という新たなる鬼門封じが建設された。比叡山延暦寺、赤山禅院、鎌田東二邸、そして吉田神社とくれば、京都の鬼門は磐石な態勢となったということか?

 諸々の堂宇や荘厳な趣の根本中堂を拝観したのち、一気に視界が開けた無動寺にてまたひとつの疑問が発生した。無動寺は千日回峰行の行者の勤行地である。その堂内の壇のうえに掛けられた幕には、きらびやかな龍の文様が描かれていた。その龍の爪が、なぜか四肢の一本だけが四本爪であり、他の三本は三本爪であった。これは高台寺本堂の天井画にも見える。日本で描かれる龍の多くは三本爪であり、本家中国では五本爪、通過地点の朝鮮や琉球では四本爪で描かれる。それらのいずれにも当てはまらない新種?の龍との遭遇。比叡山の謎のひとつとなりそうだ。

 比叡山は鎌田先生いうところの開放系霊地、それに対し今年度の夏合宿は閉鎖系霊地の高野山だという。八葉の峰に囲まれた幽邃の平原・高野山とはまさしく閉鎖系である。その所以とは、乞うご期待。

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09年3月27日(金)〜29日(日) 08年度春合宿「早春の京を歩く〜吉田神社・比叡山巡行」(2)
受講者感想:宇田和恵(会員)



左上から、「2日目 延暦寺 戒壇院 」 「不動堂」 「弁天堂」 「赤山禅院」
「山崎和夫先生の講座風景」 「3日目 仕舞」 「お茶会 」 「解散前の集合写真」


★第一日目、金曜日。

予報では二月の気候に逆戻りといわれていた三月最後の週末金曜日。
天気予報通り寒く雪の降り積もる松川村の夜明け、主人と二人出発しました。
初めてのNPO東京自由大学の行事への参加、それも二泊三日の春合宿なので、少々緊 張気味です。

京都に着き用を済ませ、集合場所になっている‘京大こころの未来研究センター棟内 鎌田研究室’最寄りの駅まで京阪電車で向かいます。
集合時間13時となっている鎌田研究室に集まった人たちは募集人数のなんと倍!30 人。

早速先頭に、鎌田先生“緑のひと”。
御所(厳島神社)→下鴨神社→京大近くの吉田山(吉田神社)と、トライアングル歩 行します。
枝垂れ桜や小彼岸桜、山桜などは咲き出しているけれど、並木を作っている鴨川沿い のソメイヨシノはせいぜい二分咲きといったところ。陽射しが雲で翳れば、ずんと寒 さを感じさせる京都。桜たちも身を縮める寒の戻り。

吉田神社を初めて参拝。う〜ん、なんでも取り込んでしまうこの‘大元宮’のエネル ギー。“あれもこれもマゼコネロ感覚”がそれなりに調って仕舞う。そのあたり実に ?日本らしい(といえるのでしょう)。

鎌田研究室に戻ったらもう夕方17時。タクシーに分乗。曼殊院近くのお宿へ。
夕食後、19時から京都在住僧侶.岩田慈観さんがターラー菩薩のお話をし、仏画開眼 供養の法会、鎌田先生の法螺。
この多羅菩薩は密教辞典などでも見知っていましたが、チベットではとてもポピュ ラーなお方。日本の観音様のように(それ以上に)カレンダーやポスターになって らっしゃる。白ターラー菩薩、緑ターラー菩薩の別。案の定?鎌田先生は緑ターラー 菩薩にぐっと親近感をもたれていました。

一日目から目一杯、休みないスケジュール。


★二日目、いよいよ比叡山登拝です!

今回の合宿参加意欲が湧いた(沸いた!)のは、『体験!東山修験道』だったからで す。
日ごろHPで楽しく拝見している鎌田先生ご命名の《東山修験道》。
「今度京都に行ったら、ほんの一部でも実際に“道”を歩いてみたい」とかねてから 家で話しておりました。それがこんなに早く実現するとは。その上、先達.鎌田先生 ご自身による案内で…

宿舎セミナーハウスを出発し、まもなく雲母坂から急な上り。
「先生のいわれるところのここが胎内巡りのような道.かぁ」。
いつも活字を通し追っているものを体験し確認していきます。
「法然、親鸞、日蓮や道元と名だたる人達が比叡山と都を何度も幾度も行き来したこ の道(!)。そこを長い時を経、今通っている(!!)」。歩きながら繰り返される 不思議な気持ちは続きます。「もっともっとたくさんの修行者が通っている道。今私 たちは歩いている」。

かなり急な雲母坂の登りを抜けて尾根道に出ます。落葉した木々の間から時折、都の 外れの人家が望める道を、さらにさらに登り、ケーブルで昇ってきたグループとやっ と合流。
ここからは御所や糺ノ森のこんもりした緑や宝ヶ池、深泥が池(みどろがいけ)など がはっきり望めます。

〈「あれなあーに、あれなにかしら」と思わず口にした人がいました。
なんだろうあれ、すごく不思議な風景…、片や家々、片や自然の要塞。
‘深泥ヶ池’ は太古からの動植物が今も生息する貴重な場所で、比叡山上から俯瞰 するとぽこんぽこんと三つの、それも真横に並んで見える小山によって市街地と池が 隔てられ、小山に隠れるように‘池’が見えます。
「なるほど! 山によって隔絶されることで、今も貴重な動植物が生活しているの か--1988年から名称『深泥ヶ池生物群集』となっている--」。ひとり深く(-_-)☆首 肯、納得する私。ほんとうにそれとはっきりわかる、面白い風景でした〉
と、迷い子を引き戻す鎌田先生の法螺貝の音が響き渡る…(@仝@)磁場が狂うの か。

そして、今は使われていないスキー場跡で、みなそれぞれ枯れ草に腰をおろし小休 止。
鎌田先生から「ここを再生するプロジェクトが動き出している」とうかがいます。
と、円い虹の輪が見上げる太陽に。みんなびっくり。「こんなのって、見たことな い。」

ほど近くに鎌田先生お気に入りの見晴らしの良い場所があり、そこでお昼を食べま す。
先生がバック転をされるというその場所からは、ひっそりと山陰に隠れるように大原 の里が眼下に見えます。
右手前方に琵琶湖の北部が、その向こうには遠く山頂に雪を頂く比良山系の山々が、 重なるように見えます。確かに。いい眺め! でも、“眺めのいい場所”ということ は。
…〈冷たい‘比良おろし’が強く吹きつけ、ものすごく寒く、箸を持つ手はかじか み、うまく動かせず…、鼻水をふきふき、ぎこちない手であわててお弁当を食べる〉 そんな思い出をつくります。
(多分あの日の比叡山頂は、この信州と同じ!くらい寒い。)

さて、延暦寺の阿弥陀堂や戒壇院、しんとした根本中堂を参拝し、無動寺谷へ。
明るい琵琶湖の南側に面し、せり出すように立っている明王堂はちょうど紅梅が咲き ほこりこぼれんばかり。せいせいとした気持ちの良い処でした。
「明王堂と陰陽対をなしているよう」と先生がいわれるように、そのあとに向かった 弁天堂は、切り立った岩陰の奥のほの暗い処にあります。
(なのに、)なにか包まれているようで、ほっとする感じがし、振り返りながら 「‘胎内巡り’‘産道’などと雲母坂を先生が形容される“感じ”は、“こんな感 じ”と似ているのかな」と思います。

弁天堂からは左に琵琶湖を見下ろしつつ、ゆったりした山道を帰途に着きます。
うぐいすがときおり鳴きます。きれいな声!!
山裾をひだのように縫い巡る道はおだやかでとても心地良く、何処までも続きます。

雲母坂からのはあはあと息をつかせない急な上りと、無動寺谷からのゆったりとした 峰を巡る下りと、とても対照的。でもどちらも気持ち良く、ありがたい道でした。
のぼりくだりのあちこちに、まだ咲きのこっている椿や馬酔木の花、信州ではとても 見られない羊歯類…、歩きながら目に入ってくるつど「温暖ね、関西は」ってつくづ く思い、「たくさんこの山々に育まれ生きている動物達がいるんだなぁ」と感じま す。

朝、宿舎を10時近く出発し、帰り着いたのは17時!
お昼を食べるなど休む時間は数えるほどの休憩なしの比叡山の登り下り。
「合宿は少々?!ハードです」とうかがっていましたが…
本当に皆さんストロング、タフ(@_@)!!

その夜、京都在住の東山をよく歩かれている高名な物理学者であり、W.ハイゼンベル ク関係の誉れ高い名翻訳も出されている山崎和夫先生が講義をしてくださいました。
東山を歩かれるようになったお話が前半。後半は、ほとんど数式をまじえずに分かり やすくアインシュタインの相対性理論について私たちに話してくださいました。
山崎先生にお目にかかることができ、さらにお話をうかがえとてもうれしかったで す。

こうして二日目土曜の夜も更けていったのでした。


★三日目、3月29日日曜日。

セミナーハウス敷地内の能楽堂にて、東京自由大学の鳥飼さん、宮口さんが桜の季節 にぴったりの仕舞を披露してくださいました。
凛とした気配が“場”に漂います。

明るい朝、まだ冷たいけれど清々しい空気がいっぱい。
仕舞鑑賞の後、待ち合いでお茶室を眺め、みなさんとおしゃべり。

お茶室に入ります。
前日比叡山で吉田さんが摘まれた早春の山の花.キブシ(木五倍子)。また諸葛菜 (オオアラセイトウ、ムラサキハナナ)が生けられ…、 大重潤一郎映画監督の書の力強さを拝見していると、 高音のクリアーないい声…あざやかにさえずる絶妙なうぐいす…、 外の池のみなもに映る陽の光のかげは障子にゆらめき、 しゅんしゅんとお湯が沸く、柔らかな音…。
お茶が点てられます。

まずは正客.鎌田先生がいただきます。
亭主を務める先生のご友人.陶芸家近藤高弘さん自身の手になるお茶碗でお薄をいた だきます。
そのお茶碗の土にはなんと隕石が混ぜられてある w(@。@;)w と。

鎌田先生は同じお茶碗を持っていて、それで毎日ご飯を食べており、 「同じお米でもそのお茶碗で食べるとぐっと美味しい(o^_^o) !」 「それは気のせいじゃないですか」と同席した人。
(--;) 先生は…「いや本当だよ!」。
(むきになってる。時折みせる先生らしさ、ほほえましく思えます)。
「先生のパワーの源はそこにあるんですね」と別の人が言う、などなど。
みんな楽しく会話し、お作法にはあまり神経を使わずm(_ _)m おいしくお茶をいた だきました。

三席が終わるまでにはたっぷり時間があったので、近くの曼殊院へ数人で見学に。
合宿の終わりが近づく頃には、だいぶ他の方達とも親しくなって…、 お昼になる前、能楽堂に集まってみんな最後の挨拶兼感想を話しました。

「初めて参加したのに最初から打ち解け、初めて皆さんに会った気がしない」と言っ た方の言葉に何人もが頷きました。

鎌田先生は「奈良の春日大社の宮司さんの追悼式が大阪である」とお昼を食べると、 また忙しく飄々と去って行かれました。
一応ここで合宿は解散となり、近くの有名和菓子屋さんへお菓子を買いに行くとい うグループもあり、希望者だけ.といっても20人位がタクシーに分乗し、清水寺隣の 五条茶碗坂にある近藤悠三記念館を目指しました。
主人と中へ入って、ふと見るとそこガラスケースの中に、富士山をたたえた器があり ました。なんかとてもハッピーエンドな光景でした。

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5月19日(火)「仏教と倫理を見直す:(1)近代日本仏教と正法理念」(島薗 進)
受講者感想:加藤一郎(会員)




昨年の島薗先生の講義では、明治の荒波の中で神道中心の宗教政策を進めようとする政府と、そこに収まりきれなかった日蓮主義の運動について学んだが、今年はそのうち仏教について深く学ぶことになるようだ。
明治の仏教運動が狙いとしたのは、まず堕落した仏教自体の改革であったが、不況による社会不安、それに対する社会主義運動などを受けて、その運動は外向的・社会的なものにならざるを得なかった。
しかし、そこには軍国化を進める国家と、戦争宗教として育成されつつあった国家神道という大きな障害が立ち塞がっており、結果として仏教運動はそれに巻き込まれ消えていったようだ。
今日の講義では、多くの仏教運動家の名前が挙げられたが、残念ながら今となっては忘れられた人も多いようだ。挙げられた著作などによってその足跡をたどるしかない。
参考文献にあった稲垣真美『仏陀を背負いて街頭へ』を読んでみたが、社会運動の産声をあげたときから抑圧をうけながらも、粘り強く戦い続けた妹尾義朗の新興仏教青年同盟と貧しい支持者たちの姿が描かれている。
妹尾が説いた原始仏教に基づく新しい仏教は現代にも通じる近代性を持っていたのに驚かされる。

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6月16日(火)「仏教と倫理を見直す:(2)仏教の正法理念」(島薗 進)
受講者感想:加藤一郎(会員)




「正法」「末法」とは何か?島薗先生の丁寧な解説をおうかがいして、一筋縄にいかないことがよくわかった。

ブッダにとって、法は一つであるから、それをめぐってトラブルが発生するとは考えなかったようだ。だから、仏教の戒は、キリスト教などのように神との約束である必要はなく、自分自身との約束で十分だったのだろう。

しかし、大乗仏教になり社会的宗教になると、法も必死で守らないとダメになるという発想が生まれてきたようだ。勝手に法を変更したり、法の正式な継承者を主張したりと、生臭い争いが始まったのであろう。

とは言え、末法なんだから戒律もいらないとまで飛躍したのは、日本人だけだったらしく、これにはさすがのブッダもあきれていることであろう。

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10月31日(土)〜11月1日(日)特別企画「三省祭り」
新聞掲載:堤篤史(日経新聞文化部記者)


「文明を問う詩人の感受性 没後8年、山尾三省に脚光」  (2009.11.15付日本経済新聞「活字の海で」)

 小さな虫や草花たち、流れる水や歴史を見つめてきた樹齢7千年の縄文杉。声なき者たちの声に耳を傾けてきた孤高の詩人、山尾三省が没後8年を経て再び注目されている。文明が隘路に差し掛かったいまだからこそ、三省が実践し表現した、自然と共にある「もうひとつの生き方」がリアリティーを増している。
 「感じることで認識する修行者。詩が自然と人間の媒介者となり、私たちに自然への通路を見せてくれた」。10月末、都内で開かれたシンポジウム「とことん語る・山尾三省」で、作家の立松和平はこうたたえた。
 京大教授の鎌田東二は「小さな猿が山から下りてきたようだった」と初対面の印象を述べた上で、「小さくあることの価値を教えてくれた」と語った。詩人の高良勉ら参加したパネリストの発言は、詩人の感受性に現在の文明が抱える閉塞感を打ち破る希望を見いだす点で共通していた。
 三省は1960年代後半、物質文明を批判するコミューン活動「部族」に携わった。インド、ネパール巡礼の旅を経て77年に一家で屋久島の廃村に移住。縄文杉をテーマにしたエッセー「聖老人」で、縄文杉とともに一躍注目された。以降、同地で農作業のかたわら非僧非俗″の立場で森羅万象と対話し、そこから得た倫理を言葉にした。
 今年刊行された三省の著書『銀河系の断片』(堀越哲朗編、幻戯書房) と、妻・山尾春美との共著『森の時間 海の時間』(無明舎出版)は、ともにベストセレクション的な内容で、格好の三省入門だ。『銀河系の断片』は80年代からの詩・エッセーの秀作をほぼ時系列に収録。『森の時間 海の時間』は代表的な詩60編に妻が短文を付けた。
 両書に収録されている作品に、「一日暮らし」という詩がある。「一生を暮らす のではない/ただ一日一日/一日一日と 暮らしてゆくのだ」と終わるこの詩に、がんで余命幾ばくもない晩年のエッセー(『銀河系の断片』所収) で、自らコメントした。
 「ぼく達の多くは、漠然と死を先送りするだけで、死ぬまでには何とかなるよ、それまでには成し遂げられるだろうと、何と数多くの日々をうかうかと過し去ってしまう生物であることだろうか」。人間そして文明のあり方を見事に言い当てているとはいえまいか。「一日一日」をどう暮らすか、詩人の問いが響いている。

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09年3月7日(土)設立10周年記念特別行事「『久高オデッセイ第2部』上映会+楽しい世直しシンポジウム」(1)
受講者感想:高尾正克(一般)



『久高オデッセイ第2部「生章」』上映会+トークセッション
左から鎌田東二氏、阿部珠理氏、大重潤一郎氏、島薗 進氏、佐藤壮広氏


大重様、鎌田様

大重監督が大変困難な状況の中で、あのような作品の完成にこぎつけられたのは、 まさに奇跡的なことだと思います。本当におめでとうございました!

まず、「私は見た・・・」でガツンとやられました。単なる表面的な演出ではなく、 深い内実を伴った迫力を感じました。そして第二部では、自然の美しさが印象に残りまし たね。
すべて、ご自身で撮られたんですよね。すごいなあ!大きな自然に抱かれたものとし て人々の営みがたちあらわれる。さらに、表層より一歩深い時間の流れが、非常によく とらえられているように感じました。それは、直接的な言語より、気配など、非言語 的な要素に耳を傾けた結果かと思います。とにかく大重さんらしさが、にじみ出た作品に なったなあ、と強く感じました。

大重さんに乾杯したい気持ちは強くあったのですが、一方で、長期間作品完成のため に苦楽をともにされた方たちの集いに闖入することがさらに強くはばかられて、随分迷 いながら、結局退散してきてしまいました。申し訳ありません、というより残念です。 昨日も一日後悔しておりました。バカですねえ・・・。

第三部への意欲、すごいなあ。さらに世界が深まるのが楽しみです。健康にも留意し て是非成し遂げてください。またお話できる機会があればと思います。

☆☆☆☆☆☆☆☆
NHKエンタープライズ 情報文化番組
高尾正克

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09年3月7日(土)設立10周年記念特別行事「『久高オデッセイ第2部』上映会+楽しい世直しシンポジウム」(2)
報告:鎌田東二(コーディネーター)



楽しい世直しシンポジウム
左から鎌田東二氏、上田紀行氏、井村君江氏、海野和三郎氏


 2009年3月7日(土)は、東京自由大学が東京大学を占拠し た記念すべき日となった。と書けば、革命かクーデターでも起こ ったような雰囲気であるが、具体的にいえば、設立満10年を迎 えた東京自由大学が(ここ4年余りはNPO法人東京自由大学) 東京大学理学部の小柴ホールを借りて、「NPO法人東京自由 大学設立10周年記念特別行事〜『久高オデッセイ第二部「生 章」』上映会+楽しい世直しシンポジウム〜」を行ったのである。 朝の10時から夕方の6時半まで3部構成で東大本郷キャンパ ス内に、「東京自由大学デー&エリア」を実現したのだ。
 東京大学が東京自由大学化する! これは、すごいことでは ないか!
 まずそのPart1は、「大重潤一郎映画アワー」。大重潤一郎 監督の映画『水の心』(1991年製作)と『久高オデッセイ 結章 (ゆいしょう、第一部)』(2006年製作)。『水の心』はヒマラヤや 山々から流れ落ちる水がどのような旅路を辿って人々の生活の 場に届いているかを詩情豊かに描いた大重さんらしい、小品だ が、大変格調ともののあはれとエロティシズムに充ちた名作で、 わたしはこの作品が大好きである。今回初めて多くの人に見て もらったことになるが、これからも定期的に大重作品を東京自由 大学で上映していければいいなと思っている。
 次に、本命のPart2。これは、『久高オデッセイ 生章』(せいし ょう、第二部)』上映会とトークセッションである。スピーカーは、東 京大学教授で宗教学者の島薗進さん、立教大学教授でアメリ カ先住民研究者の阿部珠理さん、そして、大重潤一郎監督。そ こに、コメンテーターとして、立教大学講師で沖縄宗教文化研 究者の佐藤壮広さんが加わった。
 阿部さんは、子供とおばあのシーンが印象に残ったことや、そ れが大重監督自身の再生と重ね合わされていること、また、アメ リカ先住民のラコタ・スー族の直面している問題との比較の観 点から明晰に『久高オデッセイ 生章』を語った。島薗さんは、修 士論文に折口信夫を取り上げ、柳田國男や折口信夫に始まる 民俗学にとって沖縄や久高島がどれほど重要な土地であった かを指摘し、「沖縄の力とは何だろう?」と問いかけた。佐藤さん は、海人(ウミンチュ)と子どもたちが一緒に網の綻びを縫って いる姿に今の久高島の象徴的な姿を見て取り、島の痛みと自 分の痛みを重ねて映画を完成させた大重監督の今日性を浮き 彫りにした。
 そして、当の大重さんは、脳出血に倒れ、電動車椅子に乗っ て島々を回りながらカメラを回し続けた自分が「見ていた光景」 は何よりも「夜明け」だったことを切々と訴えた。真っ暗な闇から 青みが差し、やがてそこに赤みが混じってくる。この夜明けの光 景が、繰り返し描き出されるのも『久高オデッセイ 生章』の大 きな特徴だが、その背景と根っこを赤裸々に語り、強い印象と感 動を聴衆に与えた。
 最後のPart3は、「楽しい世直しシンポジウム」。これは、すべ て、NPO法人東京自由大学の関係者で固め、“楽しい世直し のための発想と実践、アートとスピリットの覚醒のネットワーク”を それぞれの立場から語ってもらった。パネリストとして、妖精研 究家でケルト学研究家の井村君江妖精ミュージアム名誉館長 が「妖精力と世直し」を、東京大学名誉教授の天文学者の海 野和三郎NPO法人東京自由大学学長が「地球環境と世直し」 を、東京工業大学准教授で文化人類学者の上田紀行さんが 「仏教再生と世直し」を、それぞれの経験と論点で語った。ま た、チャンプルーズのリーダーの音楽家で参議院議員の喜納昌 吉さんがビ デオレターで「生命ルネッサンス・地球 ルネッサンス」の力強いメッセージを届 けてくれた。
 とにもかくにも、8時間半に及ぶこのNPO法人東京自由大学10周年記念特 別行事は、立ち見(実際には座り見)も出るほどの盛況の中、時間不足でスピー カーの方々には十分な発言をしていただけず、またフロアーのみなさんの発言も 拾うことができないという“時間との闘争”の中で苦闘を繰り広げたが、大変充 実した有意義な時間と空間を創出し共有することができたと本当に有難く思う。 関係各位に心からの感謝を捧げるとともに、今後の東京自由大学の使命を力強 く、地道に果たしていきたいと改めて心に誓った次第である。
 最後に、NHKの「人体」シリーズのディレクターで、現在NHKエンタープライ ズ情報文化番組を制作している高尾正克さんが、「大重監督が大変困難な状 況の中で、あのような作品の完成にこぎつけられたのは、まさに奇跡的なことだ と思います。本当におめでとうございました! まず、「私は見た・・・」でガツンとやら れました。単なる表面的な演出ではなく、深い内実を伴った迫力を感じました。そ して第二部では、自然の美しさが印象に残りました。(中略)大きな自然に抱かれ たものとして人々の営みがたちあらわれる。さらに、表層より一歩深い時間の流 れが、非常によくとらえられているように感じました。それは、直接的な言語より、 気配など、非言語的な要素に耳を傾 けた結果かと思います。とにかく大 重さんらしさが、にじみ出た作品にな ったなあ、と強く感じました」と感想を メールで送ってくれ、第3部への期待 を寄せてくださった。本当に心の底 から嬉しさの湧いてくる感想メール であった。ありがとうございました!

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