【理科の自由研究と大人の役割・社会的価値】
子どもたちの理科の自由研究に関わる大人の方々へ
この内容は,学校の先生や博物館・科学館の専門家,そして子どもに関わる指導者としての大人たちにとって耳の痛い内容となっています。
特に小学生の子を持つ保護者にとっては,毎年夏になると大きな問題になっているのが理科の自由研究です。
ただ宿題だから自由研究をしなくてはならないというのでなく,大人として,自由研究をすることでどのような付加価値をこの子につけることができるのかを考える必要があります。
特に,小学校段階では保護者が関わりながら自由研究を進めることが多いと思われますので,以下の点について意識しながら子どもたちをしっかりサポートしながら成長させていくことが大切と思います。
中学生では小学校ほど保護者は関わらなくなっていると思いますが,この年齢では自分からどのように問題を解決したらよいかを学ぶのが自由研究のもうひとつの意味です。
ひとたび社会に出ればここで行われる問題の解決の方法は常に必要となるものです。社会は益々コンピュータが発達して私たちの日常生活に大きく関わって行きます。
ただ,コンピュータは私たちの思考や判断を助けたりする単なる道具ですから,これから私たちが生活していく上では,コンピュータにまかせる部分とそうでない部分に分かれてくるでしょう。
そのときに役立つことを学ぶ場が自由研究を体験する過程の中に基礎となることとしてたくさんあるのです。
子どもに関わるすべての大人たちがそのことを意識し,大人自身がしっかりしていかないと子どもたちは生きていくうえで大切なことを身に着けるべき時に身に着けずにタイミングを失うことになります。
インターネット上にたくさんあるホームページでは,子どもたちが行う自由研究の仕方についての手順など,一般的なことについては多くの記述がありますが,それを支える大人の役割についてはほとんど触れられていません。
そこで,ここでは,そういった理科の自由研究行う上で関わる大人たちが知っておくべきことと,子どもたちが獲得できる能力をいくつかのポイントに分け,未来社会に生きる子どもたちにとって必要となる能力として整理しました。
1 あまり注目されていないものを対象にチャレンジする(問題の価値を学ぶ)
ノーベル賞を始め,他の人がやっていないことに挑戦するからこそ価値があります。
わかっていることを調べることもそれなりに意味はありますが,研究とは言いません。チャレンジすることが重要なのです。
自分が研究対象としたものをだれかが既にどのくらいの程度まで研究しているかは子どもたちにはわからないので,先生や大人がサポートし判断する必要があります。
子どもたちにとっては,この部分の情報を持っていてしっかり判断できる指導実績のある先生や大人がいることがとても重要です。
身近にそういう人がいなければ,科学館や博物館の専門家に相談することもできますし,キーワードを使ってインターネットでも検索ができるはずです。
これからの社会では機械的に処理できることはコンピュータが人間より正確に繰り返し処理します。価値を見極めてトライするかどうかの判断は人間がすることです。
「価値を見極める」それができる人が未来社会には必要なのです。
2 テーマとゴールについてはっきりとした見通しがあること(問題の解決過程を学ぶ)
テーマについては何を対象としているのか,ゴールについては,何がわかればよいのかがはっきりしていることが大切です。これは企業等で行っているプロジェクトと同じで,ゴールの明確でない(見通せない)プロジェクトは成功しないのと同じです。
ゴールがはっきりしていればどのような手法で研究するかが見えてきます。
それが見えてこないのはテーマやゴールがはっきりしていないからなのです。
どのように問題を解決していくかといったことが考えられる人が未来社会には必要です。
3 まとめはプレゼンテーション能力の育成に役立つ(表現の仕方を学ぶ)
結果をどのように表現し,どのように研究を整理するかは,まさにプレゼンテーションと同じです。どんなにがんばってもこの段階がうまくいかないと他の人に理解はされません。
わかったこととわからなかったことを整理し,その成果をビジュアル化する過程を体験し,学ぶことで表現力が身につくようになります。
これはまさに映画の演出家と同じです。
このようなよい演出家は未来社会でも必要な人材です。
4 「〜らしい」というのは指導ができないからにほかならない(探究の仕方を学ぶ)
日本の指導者は「小学生らしいとか,中学生らしい」という観点で自由研究を見ますが,それでは優秀な研究は生まれてきません。
かってに自分のレベル内に子どもを押し込めようとすることが,子どもの能力を狭めてしまっている場面に出くわすことがあります。
評価する側の力量がいかにも不足していると言わざるを得ないのです。
最近の日本のノーベル賞の受賞は,国内では認められず,外国の研究者から高く評価されてからようやくその研究の価値に気づき,あわてているのが日本の現状です。
背景には,よいものを素直に認めようとしない,そして,突出することをよしとしない古い日本の悪い体質が見えます。
発表会などの審査でも残念ながら審査する側が子どもの研究レベルについていけず,研究の価値がわからないケースが残念ながらないわけではありません。
受賞が目的でなければ,たとえそうであっても,研究に挑戦したことで子どもには探究の仕方が身につきます。
探究の仕方を身につけた人材は未来社会にとって役立つ貴重な人材です。