海岸の砂潜り名人

  四方を海に囲まれている日本の海岸は,岩石でできた海岸のほか,千葉県の九十九里浜のような海水浴に適した砂浜の海岸がたくさんあります。このような砂浜の海岸に住んでいる海岸の掃除屋「ヒメスナホリムシ」と遊んでみましょう。

ヒメスナホリムシってどんな生き物なの?

 海水浴に行って海岸線付近を掘ると,水が湧いてきます。この水たまりを「タイドプール」と呼びますが,この中をしばらく見ていると,体長10mm前後のダンゴムシによく似た小さな生物があわてて砂の中に潜ろうとしているのを見たことがありませんか。これが「ヒメスナホリムシ」です。
  波打ち際などにいると,足にくっついてしばらくしてチリチリするような,少ししびれたような感じを与えます。
  頭部には触角が一対あって,左右にそれぞれ1組ずつあります。口器(口)は内側の頭部に近い所に位置し,肉食性で,これを使って死んだ魚介類を補食しています。分布は砂浜海岸ならば日本全国のどこの海岸にもいます。


地層の中に見られる白斑状の痕は何?

学者の説に最初に疑問を投げかけたのは中学生

砂層中の生痕

  千葉県の房総半島の北総台地に広く分布している砂層中には,貝などの化石のほかに,しばしばたくさんの斑点状の白い痕が見つかります。このようなものは生痕(せいこん)と呼ばれ,生物が生きていた痕跡として,堆積物中に残された構造物(足跡・はい痕・穿孔(せんこう)・潜穴・摂食・排泄物)等のことです。
  千葉県の北総台地に分布しているよく淘汰(水などの影響で,粒がそろっていること)された砂層の最上部付近には白い斑点がたくさん見られます。
  1972年から1993年までは,この白斑の正体は「ヒメスナホリムシ」(等脚目)が砂を分離する際に形成されたものと考えられていました。
  昭和54年に千葉市のさつきが丘中学の生徒の手によって,これまで北総台地に分布する地層の最上部に見られる白斑=ヒメスナホリムシという通説に疑問が投げかけられました。
 これまでは学者の論文に何度もこの地層中の白斑が検証もされないまま,ヒメスナホリムシの生痕として扱われていました。この頃は,偉い学者たちもそろって論文に引用していたのです。
  これまでだれも白斑の正体を疑った者はいなかったのです。それを中学生たちが,「本当にそうなのか?」と疑問をもって調べた結果,確かな答えは出せませんでしたが,少なくとも,調べたデータからは,白斑=ヒメスナホリムシという式は成り立たないという結論でした。
  やがて,この中学生たちの結論が正しかったことが支持される日がやってきます。
 1993年に,本当にこの白斑の正体はヒメスナホリムシが砂を構成している鉱物を分離したものかが研究者によって再び問われました。研究の結果,白斑の正体はヒメスナホリムシが砂の中を移動する際に鉱物を分離した痕ではなく,堆積物を選んで摂食するゼン虫類の排泄痕であることがわかってきましたが,しかし,白斑の本当の形成者の詳しい正体はまだ謎のままです。(奈良正和:京都大学理学部地質学鉱物学教室「“ヒメスナホリムシの生痕化石”の形成者は何か?より)
  こうして,中学生たちの研究が投げかけた結論の証拠が後に研究者によって確かめられるなんて,何とすばらしいことですね。大人にない素直な気持ちから問題を見つけ出した中学生たちに拍手です。


おもしろい動きをするヒメスナホリムシを採集しましょう

 地層の生痕はヒメスナホリムシではありませんでしたが,白斑の形成者として話題にのぼった海岸にたくさん生息しているヒメスナホリムシたちの性質を調べることは,なかなか興味深いものがあります。
 夏場は,クーラーボックスを使って約20℃まで温度を下げて持ち帰るとよいです。6月末くらいまでの気温ならば,海水といっしょにそのままの状態で20日程度は生存が可能です。また,飼育するときは,人工海水が便利ですし,餌は,海水を汚さないためにも,ブラインシュリンプ(熱帯魚などを扱っている店にあります)が便利です。

  【準備】痛んだ魚も時には役に立つものです 

  1. 腐ってしまった魚(採集の際の餌として使用しま)
  2. アルミ皿(砂の上のはい痕を調べるのに使用します)
  3. ふるい(魚に群がったままの状態で,この中に入れて海水中でふるい落とすときに使用します。調理用の1mm程度の荒さのものでよい)
  4. キッチンペーパータオル(運搬の際に使用します)
  5. 人工海水(飼育の際に使用します)
  6. ブラインシュリンプ(飼育のときに使用します)
  7. タコ糸(魚のしっぽに巻き付けて,海水中から回収するのに使います)
  8. 方位磁針,全円周分度器(はい痕の性質を調べるのに使用します)

 【採集の手順】波打ち際に穴を掘って海水をためるのがコツ

  1. 腹部を開いたアジなどの魚のシッポにタコ糸をつけ,波打ち際に少し穴を掘って,その中に波が引いたときに素早く置きます。
  2. うち寄せる波が引いたら,魚にヒメスナホリムシがたくさんついていますから,魚ごとふるいの中に入れ,海水中で魚からふるい落とします。

けがの功名

 夏場に,クーラボックスを用意して,採集したばかりのヒメスナホリムシを運ぼうとしていたときのことです。酸欠状態を避けるために,クーラーボックスの中で,ヒメスナホリムシの入ったビンのふたをせずに車で運んでいたため,ブレーキをかけたはずみで海水が全部こぼれてしまったのです。
 ちょうど中では,ビンを保護するためにタオルを何枚も重ねていたので,それに海水がすべてしみ込んでしまいました。
 「まずい!」と思ったのですが,海水を含んだタオルがちょうどマットのような役割を果たし,水中の状態とは異なりますが(もっともヒメスナホリムシは夜間は砂浜にあがり,水分の少ない環境で生活している)程良い水分を含んだ状態になったため,一匹も死なせずに持ち帰ることができました。
 以来,この方法で海水はほとんど持ち帰らずに済むようになりました。


ヒメスナホリムシの性質 

  1. 昼間は波打ち際に生活し,夜間は陸上に上がって海岸の砂の中に潜っています。
  2. 食べ物は,死んだ魚介類で,波の打ち寄せる方向に対して,ほぼ直角に近く砂に潜ってじっとしています。採集の際には,波が引く方向とまったく反対に,波の引きに逆らって,かなりのスピードでエサを求めて魚に群がってきます。
  3. 冬場などでは,波打ち際から40m以上も陸上に上がります。
  4. 敏速に足を動かして砂をはじき飛ばしながら潜ります。
  5. 6月以降の夏場では,海水の温度を下げないと,採集してまもなく死んでしまいます。
  6. 春先に子どもを産み,夏場にかけて成長します。

波に対して直角に近い状態で陸上に上がるようすを調べましょう

 採集の際に海岸の砂をいっしょに取り,持ち帰ったら,調理に使うアルミの皿を海岸と同じくらいの傾斜にして,砂の部分を2/3,残りの1/3の部分に海水を入れます。
 こうして,昼間,海水の部分にヒメスナホリムシを離しておくと,昼間は海水の部分で生活していますが,翌朝に観察すると,砂浜にあたる陸地の部分にはい痕を残して潜っています。このはい痕が波打ち際にあたる部分から見て,どのくらいの角度になっているかを全円周分度器を使って測定します。
 こうして,集めたデータを使ってグラフを作ると傾向がわかります。なぜそうなるのかは,まだはっきりしていませんので,だれか挑戦してみてはいかがでしょうか。
 このような方法で,生物がこのように昼間と夜間で,生活のしかたを変えることを学ぶことができます。
 また,シャーレなどの底の浅い容器にわずかの砂と海水を入れてカガミなどを利用して容器の底の方から観察すると,ヒメスナホリムシの周りの砂の動きがよくわかります。