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01/03/31 13:11 以前、ある男と話していて「無理めの女」という言葉を聞いた。 その男にくどかれていた自分としては、ぴくりときた。雑食?なんか雑草みたいじゃんと思うと萎えた。 小学校のとき、「雑草のようにたくましいクラス」とスローガンを掲げているクラスがあった。私も雑草クラスか。踏まれ続けるのが宿命。やだなあ。無理めの女と言われてみたい。
酒が残っていて不調。 既婚者二人と飲みながら、いろいろ聞いていた。二人とも言っていたのは、「妻に感じるのはもはや愛情ではなく、ペットに感じるような情」だということだ。 まじですかー。 ペットといえば、鎖につながれている犬を見るのが好きではない。どうせペットになるなら、プチ家出を繰り返す猫のようでいたい。 ふらりと戻ってきたと思ったら、どこかで食べた悪いものがあたってげーげー吐いてたり。でも肝心の主人も家出がちだったらどうなのだろう。ペットを飼っていることさえ忘れられてしまうかもしれない。 ペットをたとえに理想の夫婦を描き出そうとしたら、すれ違い夫婦になってしまった。とにかくわかったのは、理想の夫婦なんて幻想だということだ。
01/03/30 0:29 結婚した人などをいまいちうらやましいと思わないのは、どことなく所帯じみてくる人が多いからかもしれない。家族でユニクロ着たり。幸せそうではあるし、ユニクロ自体はいい服だと思うのだが。 結婚しても渡部篤郎みたいな感じだったらいいかもしれない。入学式でハンディカムとか持っていても、あんなに生活感がなく、オヤジくさくもない人が実在するのだろうか。 だるいせいか、かなり自分勝手なことを言っている。そもそもなぜ所帯じみるのが嫌なのか。 緊張感とか恥じらいがなくなるからだろうか。 そんなことに価値を置いているから疲れるのかも。
福山が恋人らしきケリー・チャンの部屋にずかずか入ってきて、怒るケリー・チャンに強引にキスをしつつ、目はテレビを見ている。 このCMが世の女たちを魅了しているらしい。たぶん「強引にキス」のところだと思うが、わかる気もする。 ああいう演技がはまるのは、福山があの容貌でありながら微妙にうさんくさいからだと思う。これが吉本系の人だったら犯罪っぽいし、NTTなど超大手CM常連のSMAPでもリアルさがない。 意外なところで発見された福山の演技力は、なんかフランス人ぽい。相手がケリー・チャンということもあって国際映画仕立てだし。うさんくさいよなー福山。
一人で酒を飲んでいい気分になっている。
以前つきあっていた男とひさしぶりに飲んだりしながら、もうその男にまったくとらわれていない自分を発見したとき。そしてその男に弟みたいな新たな感情がわいたとき。 この関係って前よりいいじゃん、という感じ。変に期待したり、不安になったりすることがないから幸せと思うのかもしれない。
平均視聴率が34%台と発表されていたが、過去の実績を見ると、まだ「積木くずし」に負けてる。こっちは35%台だ。伝説の非行少女番組。とにかく悲惨で生々しいドラマだったと思う。ぬるいドラマが並ぶ視聴率ランキングのなかで、異様に目立っている。 ドラマはほとんど見ないが、「積木くずし」には今後もトップに居座ってもらいたい。
用があって浜松町あたりを歩いていたら、小さなおばさんがすれ違いざまに「努力は報われるんだヨ」などとつぶやいていた。 こういうひとりごとを言っている人の言葉に耳を傾けてみると、日本人が言いがちなことばかり言っているので興味深い。
「うさぎとび100回」とか「残業300時間」とか「愛は勝つ」とかでは報われないことが明らかになってきている気がする。 報われる努力とは、頭をつかうことではないかと思う。 頭をつかって物理的な努力はせず、フランス人みたいにひょうひょうと生きてみたい。
同期の女子とマッサージ屋をハシゴしていた。 これって男が風俗店をハシゴするのと似てないとは言い切れない。ただただ気持ちよくなるために、麻薬を打つようにマッサージ屋へ。彼女とは、「(マッサージする人は)女より男の方が気持ちいいよね」という意見も一致している。 ささやかなポリシーとしては、心は売っていないので、ホストクラブなどに通うのとは違う。体がすっきりすればいいのだ。われながら男っぽい。
01/03/18 23:25 だんだんわからなくなってきた。 「普通に生活してたら、そういうことあるでしょ」という男がいた。そういうこととは、気になった女とはとりあえず関係を持つということ。「彼女がいても、つまみ食いぐらいはする」というスタンスだそうだ。 でも、浮気などせず、あくまでも一人の人に忠実という人もいる。そういう人にとって、浮気したりするのはエネルギーの要ることだと思うし、気分の悪いことなのだと思う。それはその人にとっての自然体であり、常識であったりする。 世界には一夫一婦制の国もあれば、一夫多妻制の国もある。一婦多夫制の国はあったか忘れたが。いったい何が自然なのか、何が幸せなのかわからない。自分は何を求めているのかもわからない。
我だけを想う男のつまらなさ 知りつつ君にそれを求めり
01/03/17 0:35 携帯でメール交換などはほとんどしないし、毎週末決まった人と会うとか、ましてや半同棲などもってのほかだ。どろどろになるような恋愛もしたことがない。 先日会った人は、「女に『殴ってくれ』と言ったらほんとに殴られた」と言っていた。何か殴られるようなことをしたらしい。その人も女を殴ったことがあるという。女を殴ると後から必ず後悔するのだそうだ。 殴ったり殴られたり、干渉されたり嫉妬したり、みんなそういうのがまんざら嫌でもなくて恋愛したりしているのだろう。私ははじめからそういう深みにはまるようなスタンスを避けているが。 でもたまにちょっとうらやましい。殴るほど気にかかる人がいるなんて。
前回書いたことを自問自答している。 結婚の可能性についてだが、本当にやばい人というのは存在するのかと疑い始めた。 たとえ人間性や社会性にかなりくせがある人でも、結婚したい人は結婚しているのではないか。いままでに出会ったいろんな人を思い浮かべてみても、そんな人はたくさんいる。 「売れ残り」を自称する人は、自分を売ろうとしていないし、だれかを買おうとしていない。それだけなのだ。そんなうわっつらな言葉じゃなく、かつての西城秀樹みたいに「一人じゃだめすかねえ」とでも言ってほしい。一度言ってみたい。
その中の一つに、「俺や佐藤(仮名・仲間うちの男の一人)なんかは読んでるものもやばいし、確実に売れ残るから・・」 などと書いている人がいた。 このメールを読んだ仲間うちの人は、少なからずこの部分にひっかかったと思う。本当にやばそうな人の名前は挙げていないからだ。 本人はさりげなく書いた一言が、ダシに使われた佐藤やダシに使うこともはばかられた人などに、意外な波紋を広げていることと思う。微妙な年頃の人たちだけに、ハラハラドキドキだ。
写真を撮られ、好きな食べ物とか答えに困る質問を受けた。 こうして、とある地方で流れる紙媒体に「バイタリティーのある人が好きで、お酒はたしなむ程度で、彼氏大募集中!」の女として私の写真が紹介される。これはこれで、読者のニーズにこたえた編集方針なのだろう。あたりさわりのない女子像をあえて作る。 自分がそれなりに自覚しているアイデンティティーなんて、多くの通りすがりの人にとってはまったくどうでもいいことなのだ。私とは何かという哲学的な疑問も突き抜けて、なんだかひどく脱力感。
01/03/13 1:12 電車で帰る途中、ある駅からカップルが乗ってきた。 「食ったなー」 沈黙。 「あれ四人前ぐらい食ったよな」 沈黙。 「こんだけ食べるともう見たくもないって感じだよな」 延々と食ったことばかり。私はまだ食ってないよと思いながら、この人たち本当に満ち足りてるんだろうなと思った。
会社にいる。 明日は結婚式に行く。人生の節目に収束しようとしている二人がいる。私も収束してみたいものだが、いろいろなものをインストールしているうちに、わけがわからなくなってきた。「これも使えるかも」とか。 人をハードディスクにたとえたりなんかして,田口ランディみたい。もう帰ろう。
おもいきって双方向に挑戦してみることにした。
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