01/05/31 1:11

 インコのおでこの部分をなでたい。

 でも、うちの実家のインコ(手のり)は、さわらせてくれない。

 「なでたいけどさわらせてくれない」

 エロおやじみたいだ。

 

 

 

 

 

01/05/31 0:30

 なんというかこう、やるせない気持ちになっている。私生活ではなく仕事のことで。

 そんなときはこんなことをして気をまぎらわせてみる。

 




フルタ製菓のページからダウンロードしました)

 インコ好きの私にとってはたまらないのだが、見る人によっては気持ち悪いのかもしれない。

 やるせないときは趣味に走るしか方向がない。

 

 

 

 

01/05/29 0:18

 閉塞感。

 人に何かを強制するような雰囲気を感じると、とたんに息苦しくなる。

 人には人のスタンスがあるのに、自分の物差しでしかものを見ず、相手の事情を想像できない人も多い。


 そんなときは、例の体力自慢のおじさんからのメールを読んでなごむ。

 「昨日、突然の飲み会のお誘いにうかがったのですが、不在で残念でした。次回にまた期待します。でも、期待しすぎないようにします」

 かわいすぎてやばいのもさることながら、この人はよくわかってる。期待しすぎないのは大事だ。期待しすぎたとたん、いろいろなものがゆがんでくる。

 

 

 

 

01/05/27 23:10

 友人の結婚パーティーのため、数人でスライドやらビデオやらシナリオやらを作成している。

 その準備のためにある男の子の家に集まったのだが、それがめちゃめちゃかっこいい部屋だった。

 充実した映像・音響機器はすべてSONY製品、家具はエレクターとアルフレックス、服はむき出しのパイプにじか掛け、床はタイル、壁はコンクリート打ち放し、という具合だ。

 世の中には「見せるための部屋」を作りこんでいる人もいるが、この人の場合は好きなものを集め過ぎたらこうなったという感じなので、嫌みはなかった。


 なかでも最近、気に入って買ったという小さいミラーボールがあった。電池を入れるとゆっくりと回り出し、ショーでも始まりそうな雰囲気になる。

 「これを部屋で一人で回してるんだよねー、独り身だからさー、一人でねー」と、彼女がいないことを自虐的に語るのが、その人の決まり文句だ。

 いや、それは正しいと思う。一人でミラーボール的なことこそ人としての喜びだろう。

 


 

 

 

01/05/26 13:21

 スマップの「らいおんハート」は、結婚パーティーなどで歌われる歌として定着してきた。
 薬箱とか癒しといった歌詞には閉口するが、

   失ったものはみんなみんな埋めてあげる

 というところは、べたべたなフレーズなだけにちょっとぐっとくる。


 しかし、よく考えると失ったものってなんだ?と思う。自分を振り返ってみても、失ったものがあるのかどうかよくわからない。一度去って行ったかに見えた男もいつのまにか飲み相手になっていたりするし。
 そんなレベルじゃなく、何かを失ってつらい思いをしている人もいるかもしれないが、失ったものは得たものだという考え方もある。


 むしろ、結婚することによって失うものが増えるような気もする。それを「埋めてあげる」ということならわかる。

 「いろいろと失っちゃうものもあるけど、まあ埋め合わせはするからさー」という歌か、らいおんハート。

 

 

 

 

01/05/23 23:17

 恥ずかしながら、私のファンだと公言してやまない人が社内にいる。妻子持ちで、いいお父さん風なくせに。客観的に見てもレアな趣味だと思う。私としても、ガッツポーズというより、むしろ不可解だ。

 仕事のメールの中に、「先週末はサッカー大会が中止になったので、代わりに10km走りました」などと、聞いてもいないことを書いてくる。さんざん自分の体力などを自慢して、メールの末尾は

 「意外にストイック な 田中」

 などと意味不明な署名でしめられている(仮に田中さんとする)。


 理解できないアピールだが、このおっさんかわいすぎる、と思う。

 私も自分のことをあれこれ自慢して、「意外にストイック な 香川」などという署名でだれかにメールを送ってみたい。まじで。たぶんすごく気持ちいいんだろう。

 

 

 

 

01/05/22 0:51

 テレビのスポーツニュースから、新庄選手が「小さくガッツポーズ」したとの情報が聞こえた。

 何にガッツポーズしたのか把握できなかったが、新庄にとっての今日は悪くない日になったのだろう、ということはわかった。

 多くの人は、程度の差はあっても「小さくガッツポーズ」の集積で毎日を生きているように思う。


 日ごろあたためていたネタが受けて小さくガッツポーズ。

 「○○さんは意外にも君のファンらしいよ」と言われて小さくガッツポーズ。

 チョコエッグのインコが出て小さくガッツポーズ。


 これがホールインワンとか金メダルとか宝くじ一等とか芥川賞受賞とかキムタクと結婚とか、それぐらいのガッツポーズレベルになると、リスクや代償や心労も大変なことになる。


 大事なのは小さくガッツポーズだと思う。

 

 

 

 

01/05/19 9:31

 知人の女の人は仕事の融通がきくらしく、うらやましい。しかも美人。

 「今日は仕事さぼって、隅田川沿いでぼーっとしてた」

 などとよく言っている。

 いいねー、優雅だねー、おとなだねーと思っていると、実は男といっしょだったことがわかり、とたんに萎える。
 そういうたそがれ系のことは一人でやってほしい。

 これだから本当にモテる人は話にならない。

 

 

 

 

01/05/17 8:40

 ファミレスで飲むってのはどうも。


 何かとネタを仕込んでくる男の人は多い。

 事務的なメールにもネタを散りばめないと気がすまない人とか。

 例えば社内での電話のやりとり。

 私「その話ですが、ワタナベさんからの報告によると・・・」
 男の先輩「ああ!最近セクハラ番長のナベっちねー」

 こんなふうに振られたら、社会人としては「えーそうなんですか?」「なんでですか?」とつっこむのが礼儀なのだろう。
 これをまったく無視して「でですねー」と続けたらどうなるんだろうとたまに思う。いちおう血も涙もある人間なので、そんなひどいことはできないが。

 男の人のこういう性質を見るにつけ思い出すのが、「企業努力」とか「CS向上」といった言葉だ。

 

 

 

 

01/05/16 0:42

 昨日も書いたように、サイトを始めて一年過ぎたので、自分のこの一年を振り返ってみた。
 いちおうコラムという体裁なので、あまり個人的な内容に陥らないように気をつけているが、たまにはちょっと許してほしい。


 日ごろから男の分析ばかりしているが、この一年、仕事の利害と関係なく、個人的にサシで飲んだ男は何人いるか数えてみたら、12人いた。一般的にどうなのか分からないが、自分では、そんなにいたのかとちょっと驚いた。

 しかし、そのなかでちゃんと彼氏と呼べる人は一人もいない。

 これはいったいどういうことなのか。安定のオーラをはねつける問題が自分にあるような気がしてならない。というか、こんなふうに数えたりしていること自体が安定を遠ざけている気もする。


 男のサンプル数ばかり増やして、こんなコラムを書き続けるのが自分の役回りなのか。寒気がする。


 
 
 

 

 

 

01/05/15 0:03

 一年を過ぎたところで、コラムのタイトルを若干変えてみた。

 つっこみというのは前からちょっと違うと思っていた。もっと自らの性癖を表すなら、深読みだ。

 深読みばかりしているために、人に甘えられない。人と距離を置き、分析しがち。

 
 本当は、こちらが深読みするほど、相手は何も考えていないのだ。少なくともそう考えたほうが精神的にいい。

 特に男はその場の気分でなんでもできる生物だと思ったほうがいい。とは感じているが、深読みがやめられない。もはや苦しみながらも楽しんでいる自分を発見。こわ。


 


 


 

 

01/05/13 5:08

 変な時間に起きてしまった。


 男の人とマンションのモデルルームを見に行くという機会があった。

 モデルルームはたくさんあって、いろいろと楽しめた。

 案内のおばさんなどは、これから結婚するカップルといった目で私たちを見ていたことと思う。周りには、真剣に部屋を選んでいる、そういったカップルが何組もいた。

 そういうふうに、現実とは異なる状況にあえて見られるのも悪くない。やったことはないが、コスプレの楽しさに通じるものかもしれない。

 モデルルームは大人のテーマパークだ。ただし、遊べるのは折り合いのついていない大人に限る。

 

 

 

 

01/05/10 20:51

 あるサイトから無断でダウンロードしてきた。

OH! NEW


 無断だが、仕事でかかわったことのある会社のサイトなので、見つかっても許してくれるんじゃないかと勝手に思っている。

 こういうときにびっくりしている人は、いつも外人だ。日本人の顔では驚きがうまく表せないのだろうか。

 同時に、このような画像を使うことで、うさんくささが倍増することにも注意したい。大手企業はやらないようなことを、小さな会社だとついやってしまう。手がけている事業はかなり優れているのに、うさんくささで損をしているかもしれない。

 個人的には、こういうことをやってしまう人がたまらなく好きだ。

 

 

 

 

 

01/05/10 0:55

 「デザイナー」という肩書きにあこがれている、という人がいた。
 それを聞いて、自分が横文字の肩書きにあこがれるとしたら何だろうと考えた。

 こんなサイトを立ち上げているが、「コラムニスト」などにそれほどあこがれを持っているわけでもない。

 いままで聞いた中でぐっときたのは、「和食器コレクター」、そして「ハンター」だ。

 ハンターだ。何をハントするのかと問われれば、熱帯の鳥でも、黒潮の魚でも何でもいい。
 そんなこと言って、どうせ男のことだろうと思われるかもしれないが、力量がない。力量があったとしても、安定とはほど遠いハンティング人生というのもどうだろう。

 むしろ和食器コレクターのような優雅な人生を送りたいが、毎日ごろごろ転がりながら生きているような自分には、文字通り手の届かないあこがれに過ぎないのかもしれない。

 私事で恐縮です。

 

 

 

 

01/05/09 0:07

 アサヒの発泡酒のCMに出てくる人たち、はしゃぎすぎ。どうしちゃったんだ。

 

 

 

01/05/09 0:07

 疲れるなー、会社って。

 30代後半ぐらいになると、多くの人は自分の精神的なことでは悩まなくなるらしい。それまでに、いろんなことに折り合いをつけてしまうからだという。だから、子育てとか仕事とか、現実的なことに一生懸命なのか。

 私は40歳になっても「自分とは・・・」などと考えていそうだ。折り合いがつけられずに、こんな仕事でいいのか、こんな夫でいいのか、などと自問自答している気がする。

 そういう意味で、あの歳で子どもを作って「最高」などと言えるキムタクはすごい。

 

 

 

 

 

01/05/08 0:45

 過去のメールを整理していたら、一時期、縁のあった人からのいくつかのメールを発見した。改めて読んでみると、よくできたメールを書く人だと分析できた。
 支障はないと思うので、その典型的なパターンをここで紹介する。

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 お盆休みは楽しめましたか?
 僕は、地元の友達と海に行って、砂浜にクラゲを積み重ねて棒で串刺しにしたりして楽しんでいました。その後、海に入ったらクラゲに激しく刺された上に、イソギンチャクに足をつっこんでしまいました。海の逆襲は容赦がありません。
(以上、導入部、ネタ)

 ところで、今度仕事で○○をターゲットにしたこんな商品を売り込むことになったんだけど、御社内でアプローチできそうな雑誌などがあれば、よろしければ教えてくれませんか。
(見かけ上の本題か、事実上の本題か微妙)

追伸:先日、新宿の裏の方にかなりおいしい韓国料理屋を発見しました。確か住まいはその近くでしたよね。機会があれば、そのうち御一緒しましょう。
(追伸と見せかけて本題?)

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 ちなみに、上記のメールの内容は適当。
 その後、この人もターゲットを変えたのかフェイドアウトしてしまったが、こういうメールを書かせたら優等生だった。エロさを感じさせないメール。そのくせ酒を飲むと適度にエロい。いろいろとこなれていそうな人だった。

 無意識に計算されたさりげなさ。私も見習いたいぐらいだ。
 


 

 

 

01/05/07 0:07

 記憶がなくなるまで飲みたい、という数日間だった。


 自宅から行きやすいので、休日の銀座によく行く。ある意味で日本人の最大公約数といった人たちに出会える。

 地味なカップル。鈴木その子の店で美白パンを買うおばさん。ルイ・ヴィトンの店に並ぶ人たち。
 
 このような光景に対しては、心が揺さぶられたり、うらやましかったりすることもなく、何も感じずに歩いていられる。

 これが西麻布なんかだと、かっこいいカップルなどが普通にいて、いちいち気になりそうだ。そもそもあまり行く機会もない。

 銀座にいる人たちを冷めた目で見ながらも、その中でどこか安心している自分がいる。なんだかんだ言って、みんなほくほくと幸せそうだからかもしれない。

 ただ、こうした銀座的幸せにあやかりたいのかどうかは微妙なところなのだ。

 

 

 

 

01/05/03 12:19

 「どうかしてたんだ」と、自分の過ちを言い訳するきまり文句がある。

 とはいえ、何が正常な判断なのかわかったもんじゃない。

 どうかしてなければ思い切った行動は起こせない。世の中は動かない。ビジネスも恋愛も政治も戦争も。

 判断力の欠如。後はそれをひたすら正当化する作業。

 しかし、たまに正直な奴は正当化さえしないから困る。


 

 

 

01/05/01 20:30

 連休なかばに会社。気持ちは社会に溶け込んでいない。

 道ばたの占い師に足を向けたくなる時期がある。休みで時間があるといろいろ考えてしまうので、いまそういう感じ。

 そういえば昔ふられたときに、東京駅の地下街にいた占い師のおばさんの前で泣いた。知り合いの前では泣かなかったのに、知らない人の前だと泣けた。いま考えると、特に何かを示唆されたわけでもなく、かなり普通のおばさんだった。

 つらいときにすがる対象なんて何でもいいんだろう。

 

 

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