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2002/10/13

定義できない関係


 「その人、彼氏?」と聞かれて、そうですと答えられないことが多かった。

 重要な人物だったりするのだが、彼氏とはいえない。なんとも定義できない関係。

 周りにもそういう人たちが、わりといる。親子かと思うぐらい深い愛情を注いでいるのに、表向きには友だちとしか言いようのない関係がある。

 むしろそういう人たちのやりとりの方に、一般につき合っているという関係の人たちのやりとりと比べて、重みを感じることがある。

 昨日たまたま、ちょっと有名なクリエーターの女の人に会った。その人は、もと夫の苗字をいまだに使っていて、もと夫と一緒にまだ会社を経営していた。苗字を戻さないのは、その女性が世間に売れてしまった頃の名前が、もと夫の苗字だったから、いまさらめんどくさいということだ。
 なんか、他人には想像を絶する深みがあるんだろうな、と思った。

 「向田邦子の恋文」という本を読んだ。向田邦子は、妻子持ちで10歳以上年上のカメラマンと恋愛していて、そのことをほとんどだれにも言わなかった。秘密を抱えたまま、飛行機事故で死んだ。
 なんとなく共感してしまうものがあった。

 来週、弟が結婚する。皆に祝福される関係は、単純にすばらしいと思う。

 

 

 

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2002/10/02

英雄っぽさ


 藤原紀香がJ2「横浜FC」のスポンサーになって全面的に応援する、というニュースをワイドショーで見ていて、なんかこの人は男っぽいなーと感じた。その男っぽさとは何かをつきつめると、おそらく英雄っぽさだ。

 紀香は女ながらにして、英雄の器を持っている。日韓親善大使になったり、アフガニスタンに行ったりすることが、あれほどはまる女性タレントは他にいないだろう。紀香自身、阪神大震災で地元が被災したことが、そういう活動の原動力になっているらしい。

 それにしても、あのジャンヌ・ダルクのような勇者ぶり。私利私欲の伴わない健全さが漂うからか、だれも批判なんてできない。

 そこで、藤原紀香を1000ポイントとしたときの、男女問わず有名人の英雄っぽさを独断でポイントしてみた。ピックアップしたのは、何らかの形で「国民的」な人気を博したり、社会活動に絡んだりした人だ。

<英雄っぽさの度合い>
・藤原紀香 1000ポイント
・香取慎吾  975ポイント
・黒柳徹子  904ポイント
・中田英寿  882ポイント
・木村拓哉  556ポイント
・「北の国から」の純 488ポイント
・元XジャパンのYOSHIKI 72ポイント

 SMAPのメンバーで最も英雄っぽさが高いのは香取慎吾だ。日本の子どもたちに明るい未来をもたらす、天性の英雄資質を持っている。
 木村拓哉はカッコよさにおいては絶大な評価があるが、英雄っぽさのイメージは低めになる。

 「北の国から」の純は、いつもはダメな奴だがいざというときに勇気を見せる、のび太くん的な等身大の英雄っぽさを持つ。

 気になるのはYOSHIKIだ。なんだかいろいろと社会的な動きをしているようだが、どうにも黒さが払拭できない。懇意にしている小泉首相を思わず心配してしまうほどだ。

 あくまでも私の勝手な感覚でポイントしているので、あまりつっこまれると困る。

 

 

 

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2002/09/29

ハゲのエロチシズム


 ハゲの男には、どことなくエロチシズムを感じる。あえて坊主頭にしている人も含めてだ。思いついただけで、以下のような人がいる。

加納典明(写真家)
孫正義(ソフトバンク社長)
ジャン・ヌーヴェル(仏建築家)

 理由を考えてみた。おそらく、その無防備さ、そして潔さが、エロチシズムを感じさせるのだろう。その証拠に、

サンプラザ中野(歌手?)

 には、感じない。なぜか。サングラスをかけていることで、無防備ではないからだ。頭は裸なのに目は隠したいというスタンス。潔くないのだ。

 しかし、サングラスをかけてしまう気持はわかる気がする。人は、スーツなり制服なり、サングラスなり帽子なり、何か自分を守っておくフィルターがほしいのだ。

 「ありのままの自分」でいるつもりでも、過去の経験とか知識とか、見栄とか焦りとか不安とか、ついいろんなもので塗り固めてしまうのが人間だ。いったい自分の本音はなんなのか。人の本質はなんなのか。なかなか、その根っこに行き着くことができない。

 そんな感じだから、「飾らない」ことの象徴として、ハゲをみるとどきっとするのだろう。
 「俺は頭むきだしとんのじゃ、あんたも裸にならんかい!」と言われているような気がして。裸といってもそれはなんというか精神的な意味でだ。そういえば、お地蔵さんもハゲだしなー。

 ということで、エロチシズムとは「心を見透かされる感」なのかもしれない。ハゲあるいは坊主の人がそこら中にうじゃうじゃいたら、世の中、かなり落ち着かないだろう。

 

 

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2002/09/26

キスしてもいい人


 甘酸っぱいタイトルにしてみた。

 昔、秋元康が書いた文章の中に、「ある女友達は電車やバスに乗ると必ず、『この中で、キスしてもいいのは、この人と、ぎりぎりでこの人』と想像して、一人で楽しんでいる」という話があった。

 なかなかいい話だ。こういう女は、一人の男にいじいじと執着したり、果てはストーカーになったりなんかしない。健康的だ。

 かくいう私。「キスしてもいい人」までは、さすがに日常的には想像しない。許容範囲が狭いのか、生々しすぎて想像できないのか。
 だが、合コンとは言わないが単発の飲み会で初対面の人ばかりに会うと、冷静に分析していることは確かだ。

 「もう一回飲んでもいいのは、この人と、しいていえばこの人」。

 いやー、傲慢だね、女ってのは。「飲んでもいい」って何様なんだか。いいのだ、心の中では。まあ、現実にはいろいろタテマエもあるので、そうわがままも言ってられないが。


 先日、ある飲み会で、「もう一回飲んでもいい人」は一人だった。私の場合、重視するのはビジュアルでも肩書きでもない、オモシロさだ。オモシロくない男は死んでくれ、というぐらいのスタンスで勝負している。

 その人は、吉本芸人ばりの押しつけがましい類ではなく、ひょうひょうとそこはかとなくオモシロさをかもしだしていた。大勢の中、独自ワールドで、周りをじわじわと巻き込んでいた。

(ちなみに勝負とか言ったものの、特にせっぱつまっていないので、ここで積極的にどうこうというエネルギーはない)


 オモシロさとは何なのか。つきつめると、オリジナリティだ。どこかで聞いたようなことを言う奴は、いくらダパンプのISSAみたいな顔でも、こちらはいっぺんに萎える。キスなんかしても、下手に決まっている。

 ちなみに、「キスしてもいい?」と聞く奴も死んでくれ、と言いたい。

 


 

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2002/09/18

行間


 前回の分は、眠いときに書いたせいか、不審な印象を与えているかもしれない。

 ようは、「いまさら言うな!」ということが言いたかった。

 二人で旅行しているぐらいなので、お互いに大事なのは十分わかっている。だが、それを言葉にされると、とたんに薄っぺらくなる。「そんなもんかい」という感じ。


 たとえば、いい感じに長くつきあっている男がいて、その男がいきなり「好きだ」とか「愛してる」とか言いだしたら、たぶん殴りたくなる。なんか違うだろう、その言葉、浮いてるだろう、と。

 言葉にしたとたん、陳腐化するもののなんと多いことか。


 国際社会では通用しないみたいだが、日本人特有と言われる「行間を読む」とか「空気を読む」というスタンスが好きだ。ビバ行間! ビバ日本!

 


 

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2002/09/14

白々しい言葉


 44歳の女の人と、車で旅していたとき。


 助手席で彼女が、「やっぱ、女友達って大事だよねー」と言いだした。

 私は「は?」と言った。

 すぐに彼女、「ごめん、思ってもないこと言った」と訂正。

 「でしょ」
 「うん。自分でもしらじらしいと思った」

 女友達が大事というのも嘘ではないのだろうが、常にいろんな男の家に転がりこんでいる彼女が言うと、説得力ないことこのうえない。いわば「女力(おんなりょく)」で男をとりこみ、生活基盤を確保しているような人だ。


 「たまには、いかにもって感じのこと言ってみたくなってねー」と彼女。

 自分の言葉の虚構にも即座に気づくぐらい正直なのが、彼女のいいところだ。

 


 

 

 

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2002/09/10

別れる理由


 世の中、別れるために多大なエネルギーが費やされている。恋人と、愛人と、配偶者と。

 「やっぱり価値観が違った」「生活ペースが合わない」「趣味が違う」、いろんな理由がつけられる。なかには裁判にして金までかけている人もいる。

 でも、別れる理由のほとんどは、

  飽きた

 でいいんじゃないか。
 何ごとも、そういう子どもにもわかるような言葉で表現すれば、世の中かなりすっきりする。

 では、愛する理由、というとぎょうぎょうしいが、好きになる理由はといえば。

  そそる

 だろう。やっぱ。

 

 

 

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2002/08/31

文化の香り



 数人で飲んだ後、ある先輩と飲みなおそうということになり、銀座のワインバーへ行った。多少ワイン好きな人ならたいていは知っているバーで、先輩はそこで川島なお美に会ったこともあるという、そんな店だ。


 その前まで下ネタで盛り上がっていたのに、ワインが運ばれてきたとたん、先輩はワインの話しかしなくなった。まあ、いつものことなのだが、おかげで私のテンションもすっかり下がる。
 「この人、酒のうんちくと、同じネタを何回も話すのさえなければ、もうちょっとモテるのになー」と思いながら、生返事をしていた。


 気がつくと、両脇のテーブルにもそれぞれ男女二人連れが座っていて、男が同じようにワインについて語っている。
 右側のテーブルでは、空けたグラスが10個ぐらい並んでいて、男は「俺がムコウにいたときは…」みたいな話をしている。左側は、男がワインとチーズの相性について語りつつ、テーブル越しに女の手を握っている。

 スノビッシュな話題にカムフラージュされながらも匂いたつエロ。先輩のうんちくの10倍ぐらい、両脇の人たちが気持ち悪かった。


 これは、男の典型的なイタさの一つだ。ワインとか映画とか音楽とか、文化の香りのするもののうんちくを男に語られると、確かに女は感心して聞いている、ように見える。実際、最初に聞くときとか、その男のことがすごく好きだとかいうときは、そうかもしれない。

 でも、うんちくを語ることでモテると男が思っているとしたら大誤解で、たぶん9割ぐらいの女はそのとき、「つまんねーなー」と思っている。


 私が憮然としているのにさすがに気づいたのか先輩、「眠いすか?」と聞いてきて、時間も時間だったのでお開きになった。

 もう電車はなくなっていて、私はタクシーで帰れる距離だが、先輩の家は遠い。
 「カガワさんちでもいいんだけど…」「いや、うちワンルームなんで」。ワンルームでも泊める人は泊めるのだが。

 先輩はちょっとさびしそうに、銀座の街へ消えていった。どこかに一人で飲みに行ったか、会社へ戻ったか、長年つき合ってる彼女の家に行ったか、どれかだろう。


 この人、もう少し押しが強くても、モテたかもなーと思った。でも、下ネタからワインまでトークを展開しつつ、なんだかんだいって弱気というか紳士的なのが先輩の芸風なので、それはそれでいいか、と思う。

 「この枯れ葉のような味が…」とか言いつつエロな展開を計算して着実に実行する奴の方が、たち悪い。

 

 

 

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2002/08/27

ピロートーク



 「読まなきゃいけない本がいっぱいあって」と女が言うと、
 「キモチいいことだけしてればいいんだよ」と男は言った。

 友人から聞いた。単なるピロートークなのだが、このセリフを聞いて、いい男じゃん、と思った。というか、いま自分が言われたい言葉として、しみじみした。


 仕事がらもあるが、雑誌も本もよく買ってしまうし、新聞もメールマガジンも取ってしまう。すべて消化不良。

 一人の人間にとって縁のある情報はしょせん限られているし、興味のないことは吸収できない、ということはわかっているのだが、それでも情報を取り入れようとする焦燥感。いったいなんなんだろう。疲れる。


 できればどこかの島あたりで、美と食とエロだけの中で暮らしたい。そして、情報がなくてもできる芸で身を立てたい。

 どんな芸だろう、とりあえず書くことではなさそう。踊りとか。

 

 

 

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2002/08/13

文学的考察


 夏ですな。

 三島由紀夫の「永すぎた春」を読んでいる。

 人を待つときのひまつぶしにブックオフで100円で購入したのだが、たまに琴線に触れる文章に遭遇して、どきっとする。
 忘れないうちに、記録しておきたい。

 「幸福というものは、どうしてこんなに不安なのだろう!」

 「もっと君が蝶々みたいに、何も考えないで軽々と行動すれば、どっちの女も傷つかないですむものが、わざわざ大さわぎに持ち込んでるんだ」

 「百子さん、そんな風に手を握ったりしてちゃだめだ。君に自信があったら、男を完全に自由にしておかなくちゃだめだ」

 現代文学にはないストレートさで、鋭いところを突いている。これらの明言から諭されることは、

  ・幸福を追い求めるな
  ・深く考えるな
  ・余裕を持て

といったところだろうか。さすが近代文学の巨匠。恋愛上級者向け。

 夏は女性誌の占い特集が盛んだが、「この夏こそ幸せになる!」とか力んでいる人がいたら、目を皿のようにして占いを見るより、三島本がいいかもしれない。

 

 

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2002/07/13

イタい男


 どんな男も、なんらかの形でかっこつけている。

 という話は、以前にも書いたことがあると思うが、改めて触れてみたい。

 例えば、女は愛を確かめたいがためにセックスするが、男は自分の存在意義を確かめたいがためにセックスする。それほど、自己の存続の危うさを常に感じているのが男だ。だから、同じ理由で、無意識的にかっこつけている。


 ところが、そのかっこつけてる部分とはたいていは別のところに、イタいところを持っているのも男だ。むしろそっちの方が自然に表れていて、周りの人々が暗黙に了解していたりするのが悲しい。イタいところとは、もはやくせのようなものだ。

 私の知るなかでは、以下のようなイタい男がいる。


 エリートすぎてイタい男

 周りの目を気にしすぎてイタい男

 八方美人すぎてイタい男

 素直すぎてイタい男

 自分の殻にとじこもりすぎてイタい男

 女とやりすぎててイタい男

 地方出身コンプレックスでイタい男

 しゃべりすぎてイタい男


 それぞれがイタさを持った背景には、育った環境など、彼らなりの切実な理由がある。が、くせがなかなか直らないように、彼らの持つイタさもなかなか修復できない。

 ただ、そのイタさが魅力と表裏一体だったりするから、女はそこに情愛を感じてしまったりする。漫画家の倉田真由美が言うところの「だめんず」(だめ男好き)のルーツはここにある。


 そんな男たちのイタさを発見しては喜んでいたりする私なので、ココリコ遠藤と結婚した千秋みたいな「王子様」思想にたどりつけず、むしろ博愛主義的境地に近づきつつあり、わりと困っている。

 

 

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2002/07/11

業務用


 とあるホームセンターの家庭用扇風機売り場に、なぜか業務用扇風機が売っていた。

 オレンジ色の直径45センチの羽根。カバーは濃いグレー。

 そのあまりのかっこよさに、素通りできずに購入してしまった。

 家に帰って組み立てて(組み立て式)、スイッチを入れてみると、「最弱」でもあまりにも強風だった。その辺にあった新聞広告とかが風に舞う。


 「やっちまった」と脱力感におそわれた。一人暮らしだと、自分の好みがつっぱしって変なものを買ってしまう。常識的な人と同居すべきかも、と思う瞬間。

 しかし、笑うぐらい強風なのだが、オレンジ色の外見は存在感たっぷりで、慣れてくるとだんだん「使えないけどかわいいやつ」と同居している気分になる。

 ネタとしても、もう少し同居していてもいいかも、と思う。


 それにしても、「家庭用」扇風機をどうしても選べなかった自分に、改めてため息が出る。

 男も「家庭用」をぜんぜん選べないものだから、いつまでも安らかな生活になれない。

 今年の夏もとりあえず、いろんな意味で家庭用とは縁がなさそうだ。

 

 

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2002/07/04

「色」礼賛


 「恋愛」と呼ばれていることを「色」と言ってみたら、だいぶ変わるんじゃないかと思う。

 「そもそも近代以前の日本には恋愛などという言葉はなく、明治維新後に、西洋文化とともに恋愛という概念が入ってきた。
 江戸時代までは、『色』という趣きのある言葉で表現されていた」

 という説を、読んだことがある。この説を聞いたとき、思わず膝を打った。それ以来、現代においての「色」の復権をひそかに望んでいる。

 恋愛というと、そこには頭脳が存在している。私はこの人と恋人関係になるとか、なりたいとか、なればとか。なんとなく知的な行為という高尚さを漂わせている。責任感みたいなものも存在する。

 でも、色というと、体が反応しているとか、思い切り感覚に任せた感じだ。知的イメージなど吹き飛ばし、人間の下品さや筋の通らなさをも受け入れるキャパがある。語感がエロにも似ている。

 これまで「恋愛」という言葉で語られていたことを、すべて「色」に置き換えたら、かなりのもめごとや悩みがすっきりするんじゃないかと思う。おそらく、あまり無理がなくなるだろう。

 想像してみてほしい。気心の知れた同性同士で発する一言として。

 「最近、恋愛はどうよ?」
 → なんとなく重い

 「最近、エロはどうよ?」
 → 直接的過ぎ。風俗とかエロ本のことにも聞こえる

 「最近、色はどうよ?」
 → 軽さを持ちつつも趣きあり!

 いいじゃないか、色。声に出して読みたい日本語だ。

 自分の感覚を正当化しているだけなのだが、こんなことでもして、恋愛マジョリティーに対抗するしかない。

 

 

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2002/06/23

安全地帯としてのMUJIカフェ


 六本木の本屋で本を物色していたら、本屋に似つかわしくない、若い男の大きな声が聞こえた。
 声のする方を見ると、若い男二人がギャルっぽいねーちゃんに声をかけている。ナンパの雰囲気をよそおっているが、あれは純粋なナンパではなく、キャッチ(セールス)だろう。

 せっかく平和に本を見ていたのに、ぶちこわしだ。店員にも緊張感が走る。日本の安全神話崩壊も本屋まで来たか、と感慨深く思いながら、本を買って立ち去った。

 そういえば、今は無き六本木のWAVE(CDショップ)で、黒人にナンパされたことがあった。あのときも、せっかくゆっくりCDを選びたかったのに、急いでるふりをして店を出ざるを得ず、ぶちこわされた感があった。

 その黒人は美容関係の仕事をしているらしかったので、いま考えるとナンパに見せかけたキャッチだったのかもしれない。まあそんなことはどうでもいい。さすが、欲望のうごめくデンジャラス・ゾーン六本木。そこが本屋やCD屋であっても、「人の邪魔をしない」という暗黙の了解は通らず、欲望の舞台となる。


 このデンジャラス・ゾーンの対極にある場所が、無印良品だ。

 なかでも有楽町店。マンモス店舗だけに、品揃えも充実しており、無印の世界観がみごとに体現されている。

 この店舗の中に、カフェテリア形式でパンや惣菜が食べられるところがある。いわゆるMUJIカフェの食事版だ。そこに初めて入り、パンと豆サラダを食べつつ客を眺めていた。

 主な客層は、若い女から奥様方、そしてファミリーだ。たまに若いカップルがいるのだが、そのカップルの傾向がなぜか同じパターンを示している。

 女の方は全般にオシャレ。オリーブ少女風あるいはモデル風で、かわいらしい人が多い。男の方はといえば、まさに無印で売ってるような無地やチェックのシャツとかTシャツを着た人が多い。マズくはない。マズくはないのだが、男臭がほとんどない。誤解をおそれずに言えば、去勢されている感がある。

 べつに、男はギラギラしろと言っているわけではない。しかし、無印男たち、その着ている服みたいに、あまりにもプレーンすぎる。
 オシャレな女たち、君らはとてもかわいいが、男の趣味だけはどうか、そんな男で、いいのか?と余計なお世話のようなことを感じてしまう。

 そしてファミリー、または夫婦。「お客さん用のスリッパ買う?」とか、聞こえてくのは、恋愛すごろくを上がってしまった人たちの、限りなく生活感あふれる会話。


 ふと見ると、なんだか盛り上がっているテーブルがある。女4人組。若く見せているが、年齢は30〜35歳ぐらいだろう。全員が、写真屋でくれるようなアルバムを手に、熱心に写真を見ながら、あれこれと楽しそうに話している。
 どの写真も、緑の芝生に青いユニフォーム。遠くからでもわかる、彼女たちは、サッカー日本代表の追っかけだ。

 ワールドカップで日本の試合がなくなっても、彼女たちは嬉々としてその思い出を楽しんでいる。前向きだ。いや、現実の男を見ていない点では、果たして前向きと言えるのか。
 少なくとも、この無印良品のカフェには、イナやナカタ(みたいな男)はいないだろう。いいのか?それで…。


 とりあえず、その場所はエロさ0%の安全地帯だった。

 いや、私だって無印良品の商品は好きだ。基礎化粧品もいい、パンもおいしい。でも……、レースの一つもついていない下着は、どうしても買えない。そこまでは、枯れたくない。

 まるでプレーンヨーグルトのような日曜の無印良品カフェの雰囲気にめまいがしそうになりながら、木のトレーから燃えるごみと燃えないごみとを分別して、店舗を後にした。

 ドンキホーテでも、めざそう。六本木の、でもいい。





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2002/06/19

こんにちは。
1年近く休んでいましたが、ひっそりと、そしてだらーりと再開してみます。
気づいていただける人がどれだけいるかわかりませんが、この地味さもまた一興かもしれません。次にいつ更新するかも未定ですので、気長におつきあいいただければと思います。

 

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フリー宣言未遂

上司に「会社をやめたい」と2回ほど言ったのだが、結局は「まあ待ちな」ということでおさまっている。「もうちょっとしたら(異動とかの)機会があるから、その後でも遅くないんじゃ?」などと諭されつつ。

やめた後は「フリーになる」とかなり本気だったのだが、上司には、狂言と思われたかもしれない。確かに、フリーのライターになって当面は仕事が来るあてはないし、収入は激減するだろうし、つらいだろう。去年、調子に乗って買ったクルマ(格安中古)も売らなきゃだ。

が、サラリーマンもつらいぜ。みんな、よく折り合いつけてるぜ。
去年、休止宣言する前の私の文章、暗すぎて見ちゃいられない、と自分で思う。特に仕事が嫌そうだ。いやほんと、そろそろなんとかしないと。

ということで、フリーになる日をめざして、仕事も募集中です。

 

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トルシエ最高

ワールドカップ、日本ついに負けてしまいましたね。異様に盛り上がった祭りも終了し、夏休みの後の小学生のような寂しさの漂う日本。

なんと言っても、トルシエの一挙一動からは目が離せなかった。連日マスコミで報道されるトルシエの写真や映像、どのショットもスクラップしたいぐらい、ポーズがすばらしい。

同じくトルシエの挙動がツボにはまっている友人女子は、「サッカーの試合中、テレビの端っこに四角い枠で、トルシエの姿をずっと映してくれればいいのに」と言っていた。名言だ。4年後にはそんなチャンネルがあることを望む。(トルシエ続投はなさそうですが、どこかの監督ってことで)

 

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中居の「冷たさ」

スマップの中居正弘に注目している。
映画「模倣犯」の主役ということで露出が多いせいもあるが、ここへ来て、彼の芸がある意味確立された感がある。

中居が、自身の「冷たさ」を芸としてもうまく表している。

子どもからNHKまで対応可能な万能タレントとして、一見、人当たりも良さそうだが、「いい人」キャラではない。そこは香取慎吾と違うところだ。
「模倣犯」の冷たい、悪役の演技は、スマップの誰よりも中居がうまく演じるだろう。
キムタクもいい線まで行くかもしれないが、見ている人の同情を誘う子犬系キャラなので、悪役になりきれない。

しかし、中居には、ぞっとする冷たさがある。

演技は、自分の中にある材料からしか生まれない。中居自身の持つ冷たさに、他の追随を許さないものがあるのだろう。

もちろん、芸に対しても演技に対しても、中居の向上心はかなりのものだと思う。その向上心による研ぎ澄まされた感じが、逆に冷たさを際立たせている。

バラエティ感と冷たさの二面性という芸風。ますます完成度を高めてほしい。

ていうか、「模倣犯」の予告しか見てなくてこんなこと書くのもなんですが…。

 

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ナンシー喪失感

ナンシー関さんが亡くなったことに、意外にも少なからぬ喪失感を感じている自分を発見した。雑誌に載っているコラムをたまに読む程度の読者だったのだが。

亡くなってからの報道を見ていると、テレビ関係者はこれまで、ナンシーさんの批評をかなり気にしていたようだ。そして、「痛い」と感じつつも、彼女への評価は高かったようだ。

ある友人(男)は、ナンシーさんの本の出版関係の飲み会で本人と同席して、「ナンシー・ショックから立ち直れない」と言っていた。おそらく、彼の本質を突くような批評を、一瞬にしてされたのかもしれない。

わかっていても、人は世間やメディアによって、知らないうちに踊らされる。それを冷静に指摘してくれる人がいなくなると、自分たちのいるところがわからなくなるような不安。

それだけ人は危うく、それを指摘できる人がごくまれだとわかったということが、ナンシーさんに対する喪失感かもしれない。


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