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2005/05/01

ごあいさつ


 またまた、長らくごぶさたしておりました。

 交通事故に遭ったのでは、などと心配してくださった方もいらっしゃって、申し訳ありません。ぴんぴんしております。

 めっきり更新しなくなってしまったのは、書く理由がなくなったからだと、自己分析しております。

 以前は、自分の中で、もやもやしたものの「通り」をよくするために、書かずにはいられなかったのだと思います。


 最近、特に親しくしている人とのコミュニケーションのおかげで、いろいろなことの「通り」がよくなってきました。

 今まではかっこつけて、恋愛についてわかったようなことを書いてきましたが、本当に相手と向き合うということをしていなかったと感じています。

 その意味では、私のコミュニケーション能力は、小学生レベルだったかもしれません。

 感情を素直に伝えることは、かっこ悪いことだと思っていたのですが、大間違いでした。それがすんなりできるようになって、とても楽になりました。

 いまのところ調子は万全です。


 こんな感じでは、読者のみなさまもぜんぜん面白くないのかもしれませんが、まあひとつ、香川は殻をやぶったということで、ご理解いただければ幸いです。


 たぶん今後も更新しそうにありません。すみません。


 これまでメールをくださった方も、読むだけだった方も、本当にありがとうございます。みなさまの幸せをお祈りいたします。


 

 

 

 

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2004/12/30

守る


 親に対する最初の印象的な記憶が、その人の、愛情に対する基本的な考え方につながっている、と本で読んだことがある。


 最初の記憶かわからないが、私が覚えているのは、子どもプールで頭を打ったときのことだ。3歳ぐらいだった。

 その瞬間の頭の痛みは覚えていない。ただ、自分の感覚が麻痺していく中で、周りの状況を冷静に見ている自分がいた。


 父が私の髪をかきわけて、「これは大変だ」と言ったことをはっきりと覚えている。きっと、血がかなり流れていたのだと思う。

 そのまま病院に運ばれ、頭を縫われた。手術中は痛みを感じたことを覚えているが、ほとんど泣かなかったので、終わってから医者や看護婦にほめられた。

 頭から血を流して縫い終わるまでの間、まったく不安を感じなかったのは、おそらく、父の最初の一言があったからだと思う。

 この人が本気になってくれているから大丈夫だ、と。

 守られていると感じたのだ。

 

 人を好きになるのは簡単で、会っているときだけ好きになるのはもっと簡単だ。

 けれど、人を守るのは、そして守っていることを相手に感じさせるのは、容易ではない。


 彼氏彼女や夫婦という約束された関係にありながら、相手の気持ちに不安を感じることがあるのは、「守られている」という感覚が薄いからかもしれない。

 自分が血を流したとき、流しそうなとき、この人は迷わず行動してくれるという確信を持てず、もしかしたら腰が引けてしまうのではないか、という不安だ。


 そう考えてわが身を振り返ると、いままで自分のことを好きになってくれた人はいても、守ってくれた、あるいは見守ってくれた人がいたかどうかは、怪しい。

 そして、自分も相手を好きだと思っていたつもりでも、見守っていたかどうかは、やっぱり怪しい。見守っていたい、とは思っていたかもしれないが。


 幼い頃の記憶が示すものを信じるなら、相手に守られ、相手を守るという、エゴを超えた信頼関係を築けなければ、自分はいつまでも物足りなさを感じているのだろうなと改めて思う。

 愛情のようなものをなんとなく示し合う関係は、それなりの栄養にはなるが、安眠できるほどお腹は満たされないのだ、と。

 

 

※しばらくごぶさたしておりました。

 休眠期間中は、物理的にすごく忙しかったというわけではなく、仕事面でも私生活面でも、集中して考えたいことがあった、という気がしています。なかなか辛いこともありました。

 今後の更新頻度はまったく未定ですが、気まぐれに、というほかありません。すみません。

 ただ、ここ数カ月で仕事もそれ以外も状況が目まぐるしく変わっているので、また、ここに書くのにふさわしいことがいろいろと出てくるかもしれません。

 休眠中にメールをくださった方、本当にありがとうございました。


 

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