| 月曜日 | 火曜日 | 水曜日 | 木曜日 | 金曜日 | |
| T限 08:50〜10:20 |
TOPに戻る | 英語V講読(2) | 英語V講読(1) | ||
| U限 10:30〜12:00 |
英語V会話 | ||||
| V限 12:45〜14:15 |
英米文学 特殊講義a |
憲 法 | (前期) 生徒・進路指導論 (後期)教育相談 |
米文学史 | |
| W限 14:20〜15:50 |
(研)英語「第2」 | 商業英語B | 中国の社会 | ゼ ミ | |
| X限 15:55〜17:25 |
音 声 学 | (前期) 教育行政学 (後期)教育哲学 |
英米文学研究 演習b(翻訳) |
英語学研究 演習b(通訳) |
| 250人くらい入る教室が満杯になっていたので、びっくりした。一番びっくりしたのは先生本人だったみたいだ。今年でここで教えるのは6年目らしいけど、こんなに人があふれているのは初めてですと言われていた。訥々と今年の授業はどのようにするかを話されていたので、こっくりこっくり船をこいでいる生徒が殆どだった。出席を取るわけでもなさそうで、人からノートを借りて試験に臨んでも単位はもらえそうな話しをされていた。私は教職免許に必要なので取るんだけどね。シラバス的話しを聞いていると、一聴の価値は十分にあると思った。 |
| 21st January 2003 (Tuesday) 先週からさんざんな毎日を送っていたので、今日試験を受けられるのか、ものすごく不安だった。で、受験できてもちゃんと答案を書けるのか、これまた心配で不安でいっぱいの一日だった。けど、問題用紙を見て「やりぃ〜(^o^)」だった。ヤマ張って真剣に覚えてたところが全部だったのだ〜。ラッキー。これで、憲法は単位を落とすことはないだろう。本当は「5」を取りたいけど、こればっかりは先生の感想によるから仕方ないね。 と、いうわけで今年の憲法の授業は後期試験と共に終了したのでした〜\(^o^)/バンザーイ |
| 14th January 2003 (Tuesday) 風邪のため自主休講 |
| 7th January 2003 (Tuesday) 授業の10分くらいは21日にある試験の説明があった。試験範囲の項目について説明をさせられるのかと思っていたら、さらにちょっと詳しいみたいで、例えば「後方支援とはどういう事か」という具体的な問題が出るみたいだ。は〜っ(T_T) 自信がないなぁ。ま、試験勉強するのみだね。 今日の授業は政治参加の続きで、猿払事件とか八幡製鉄事件、南九州税理士会事件の3つの話を聞いた。猿払事件は郵便局員(公務員)が選挙運動をしてもいいのかどうかという問題だ。最高裁は違憲ではないとしているが、行政の中立的運営や公務員の政治的中立性は守らねばならないとしている。 八幡製鉄事件では、定款の話から始まる。定款とは会社の規則を書いたものだが、この中に会社が政治献金として巨額のお金を寄付していることを株主達が無駄遣いだとして商法違反だと怒った事件だ。これも合法とされた。会社も大きくなれば、金儲けをするだけでなく政治的行為の自由を持つでしょうというのが見解のようだ。ここで、権利性質説という言葉が出てくる。憲法というのは元々は人間一人一人(生身の人間)に対してあるものだけれど、その性質によっては団体にも保障されるという説だ。 南九州税理士会事件は、税理士が必ず入会しなければ活動できない会において、会からの政党への寄付金はおかしいとされたものだ。つまり、税理士さんも元は一個の個人であり支持する政党もさまざまなはずである。よって支持しない政党への寄付金は苦痛だというのだ。そりゃそうだよね。これの判決は結構まともなようだ。 1990年には政党助成法というのが出来て、国民一人あたり250円ほどが毎年政党への助成金として税金から払われることになっているそうだ。そんなん知らなかったよー(^o^; で、この助成金というのは得票の多かった政党の順番に分配されるもんだから、小さい政党はすぐ他の政党とくっついたりして大きくしようとするのだ。昨年末にも合併があわててあったけれど、これも助成金を得るための苦肉の策だろうということだった。 どこの国でも一緒だろうけれど、政治なんかやってる人間で個人の利益も考えずにやってる人なんているのかねーという気持ちになってくる。 |
| 10th December 2002 (Tuesday) 急に休講になっていました。 |
| 3rd December 2002 (Tuesday) 刑事手続きの続きから今日は始まりました。先生が話し始めているのにがやがやとしゃべり続ける生徒が気になって仕方がありません。どういう神経してるんかねー(`´) うちの大学は女の子の方が多いですけれど、5分くらいしゃべっているのは女子です。後ろ向いて「黙れっ!」って怒鳴りたいくらいです。怒鳴ったりすると後が怖いですからね・・・という風に、最近は無差別的殺人が非常に多くなりました。切れて・・・とか逆切れして・・・とかで、あっさり人を殺します。こういった事件の被害者のために政府は1980年に犯罪被害者など給付金支給法というのを制定しました。が、これはあんまり使われていないそうです。知られていないから使われないということもあるのですが、出勤時や退勤時での事件であれば労災(労働者災害補償保険法)を使っちゃうそうですね。これだと分割払いをしてもらえるし、子どもがいる場合、子どもの就学金も出たりするそうです。給付金の方はいわゆる一時金、見舞金のような性質だそうです。 犯罪において被害者となった人を保護するために2000年に犯罪被害者保護法というのができました。加害者の裁判を優先的に見ることができるとか、公判記録の閲覧ができるようです。が、これが出来たからと言って被害者、被害者の遺族が晴れ晴れとした気分になるかと言ったらそんなことはなくて、余計に気分が悪くなるそうです。どうしてかというと、加害者の方は刑を軽くしてもらうために一生懸命に自己防衛をするあまり被害者へのお詫びとか反省がないからなんですね。自分が加害者の立場になったらわかるような気もします。 今、私は平々凡々と暮らしていますけれど、もし万が一加害者になったら、私は一体どうなるんだろーと考えるとすごく怖くなります。みなさんも、毎日をしっかり生きるべきです!(^o^; 刑事訴訟法にも改善が見られます。被害者側の申し出による意見陳述ができたり、被害者証人の保護というものです。ノックさんのセクハラ事件の時も被害者を保護するためについたてを立てたりしていましたね。別室でのビデオによる証言もできるそうです。刑事手続きが終わると、次は政治j参加についての話となりました。 重点となるべきところは、在日の外国人に参政権を与えるかどうか、公務員になれるかどうか、そういったところです。日本も少しだけ進歩したようで、1980年代には国公立の大学にのみ教授・助教授・専任講師(教授会に参加できる資格のある人)に外人はOKと出たようです。また、1990年代には地方公務員については自治体に任せるよーということになったようです。でもたまに条件付きだったりします。どんな条件かというと、「課長とか部長とか昇進はないよー、それでもいいかいー?」ってな感じです。 |
| 26th Nobember 2002 (Tueasday) 今日は通信傍受法から。これは最近できた法律です。1999年のことですが、たぶん法律ができても傍受はされているような気がします。傍受してはいけない職業があるなんて今日初めて知りました。医療関係、弁護士など裁判で証言を拒否できる人と重なるらしいです。ふむー。でも最近医療関係も弁護士にも捕まる人がいたりしますけど。 事件が起こって起訴、不起訴になるのを決めるのは検察官です。検察官さんと警察官さんは仲良しです。不起訴の中には起訴猶予(被疑者が歳を召してる、とか初犯なんで勘弁してやるかというような場合)とその他というのがあって、これは裁判に勝ち目がないと絶対にわかるもののことです。業界ことばで公判維持できないと言うそうです。 検察官に気に喰わない奴がいると辞めさせることができます。これは検察審査会というもので、一般人からアトランダムに「あなた、審査をしてください」と言ってくるそうです。これは英米法の陪審員の役割に似ています。日本でも陪審制度は大正時代にあったそうですが戦争中になくなってしまったそうです。なぜなら難点は陪審によると上告できなかったからだそうです。また一般人に頼む審査だとみんな忙しいから集中審理になってしまって十分な証拠を集める時間がなかったりして不利益になることもあったからのようです。被疑者は罪が確定すると被告人となります。 裁判については、短すぎる裁判も長すぎる裁判も間違いを招くといわれているようです。長すぎて裁判が途中で放棄されたのは今までにたったの一回だけだそうです。高田事件といって、関連事件の裁判が終わるまで待とうじゃないかと言っていたら、なんと15年も経過してしまったので、この裁判は打ち切りになってしまったそうです。でもな、15年も自由のない生活をしてどうしてくれるんだ!という気持ちになりますよねー。 あと、裁判になったときの弁護士の選び方とか、死刑についての話もありました。死刑は憲法に違反するのかしないのか。これは非常にむずかしいところのようです。死刑を執行するには法務省大臣の判子が必要だそうです。なのである大臣の時代には死刑が一回も執行されなかったこともあったようです。 |
| 19th November 2002 (Tuesday) 珍しく今日はビデオを見た。えん罪について説明が難しいので・・・という先生の説明だった。で、ビデオの内容はえん罪で10年も刑務所暮らしをした人の話だ。本人が出ていた。当時一緒に暮らしていた女の人の息子(5歳)が殺されて自分が疑われてしまい、潔白を訴えるも女の人が「自分がやってしまったけれど身代わりになって欲しい」という風に自分に訴えていると思ってしまって、自分から自分がやったと言ってしまうから、もう後の祭り・・・。どうやら確実に女の人が虐待して殺してしまったみたいだ。ある取り調べのテープにその様子が延々と録音されているからだ。でも、このテープは裁判中には提出されなかった。これがとても不可解なところなんだけど。10年前なんて虐待なんて問題にならなかったんだろうなぁ。きっとその子の体には虐待の痕がいっぱいあっただろうに。5歳なのに16kgしかなかったとも言う。これって普通の体重なのかな?ビデオが終わってから先生が「おろかな女にだまされた馬鹿な男という風に見えたでしょうが」と言ったことが非常に面白かった。だってその通りなんだもん。その人は今再審をしてもらうべく準備中だということだ。現在はもう再審をしているかも知れない。 しかし、わらってる場合じゃないんだろうなぁって思う。自分にいつこんなえん罪がふりかかってくるか人生何があるかわかんないもんね。私はすぐにこういうノンフィクションを見ちゃうと、あー、この人は前世でこの女の人を欺いたんだろうなぁ。だから現世でこんな仕打ちを受けているんだろうなぁって思っちゃうんだけど、これって悪い癖かな(^o^; でも、あの女の人、死ぬまで罪の意識を持ったまま生きていくんだろうか。とても信じられない。あー、でも罪の意識を持ってなかったらなんてことないのかな。 |
| 12th November 2002 (Tuesday) 今日は子供の権利の続きで校則についてです。こどものことを子供って書いちゃいけないんですってね。今日の今日まで知りませんでした。そういえば、いつも「子ども」って書いてあるなぁとは思っていたのですが・・・・。「供え物」じゃないからだそうです。ここまで言うか・・・日本語!って感じです。 で、校則は別に法律で学校に校則をつくりなさいとは命令していません。でもなぜ校則があるかというと、ま、いろいろ決めておいた方が便利だからですが、親がしつけができないので学校で規制してもらうという手もあるようです。なんたるちーや。 校則に基づいて退学になったり停学になったりして、それに憤慨した生徒が裁判を起こすことがあるようですが、わりと起こるのは「私立」の学校のようです。でも悲しいかな、絶対に勝てないようになっているようですよ。 あと、内申書の問題もありますね。私はあんまり人が自分のことをどう思うかということを気にしないタイプなので、内申書もひょっとしてすごく悪く書かれていたとしても、「ふーん、こんな見られ方があるのかぁ」と思うだけに過ぎないかもしれません。ま、人それぞれだから問題提起をするのはいいことだと思いますが、裁判を起こすなんて、本当にしんどそうなことです。 さて、時間はたっぷり残っているけれど子どもの権利については終わったので、「法定手続き」の保障について入りました。適正手続き (due process) に必要なものは告知と聴聞 (notice and hearing) だそうです。 捜査の実体は、実体的真実主義(事件の真相を解明する)か手続的真実主義(手続きをしっかりすることによってえん罪を防ぐ)かのどちらか1つになります。通常は実体的真実主義を取るわけですが。 |
| 5th November 2002 (Tuesday) 今日も教育を受ける権利について。今日は国家教育権説と国民教育権説が対立している様子を聞いた。つまりは国と日教組との戦いでもあるのかも。教育ひとつについても本当にいろいろな問題があるのですねー。びっくりしてしまいます。 まずの判例は旭川学力テスト事件(1961年)について。全国一斉学力テストを文部省がやろうとしたことについて、これは先生に対してあまり好ましくないと考えられたもののようだ。つまり、テスト結果がよかった学級は「先生がいい」ということになって、テスト結果が悪かった学級は「先生が悪い」というレッテルを貼られてしまうということらしい。やっぱり先生の考えだね〜って思ってしまった。それならそれでいいじゃん。どうして、もっと努力しようとかしないんだろうと思ってしまう。で、学力テストの日に「君は学校に来なくてよい」と言う先生が現れたり、教室内を先生が歩き回って答えを小声で言いふらしたりしたらしい。ほんと、サイテー。 で、次には自分の書いた教科書が文部省の検定に合格しなかった、合格しなかった理由が不当だとして30年も公判していた家永教科書訴訟というのがある。実に1965年に始まって1997年に集結したらしい。この人は人生の半分を訴訟に費やしていたんだね。なんとも表現しがたいものがある。 なんか、こういうのって意地の張り合いにしか見えないので、あんまり興味がなかった。 |
| 29th October 2002(Tuesday) 今日は環境権について。そして教育を受ける権利(26条)にも入っていった。環境権は、生命・健康被害が生じる前に企業活動などの差し止めを求める権利だ。生命・身体・精神に関わる法的利益については人格権がある。ここで伊丹空港の話が出たり、それに関連して神戸空港がなぜ今頃建設され始めたかについての説明があった。へぇ〜、そうだったのかぁと感心してしまった。やっぱりちゃんと勉強しておかないと駄目だなあと痛感した。 教育を受ける権利というのは、少し複雑でこれもちょっと金持ちとそうでない人との間のギャップを感じるものがある。つまり十分な教育を受けられない労働階級の人たちにも教育を−という配慮が背景にあるのだ。そして義務教育などが発展してくる。しかし、義務教育の間って、教科書が無料だ。これは国が負担しているからだが、これが少し問題にもなるようだ。つまり国が金を出しているから、国にも口出しをさせろという具合になるのだそうだ。なるほどー。 ちなみに現在、国が負担している金額は子供一人あたり1年で、小学校で86万円、高校で109万円だそうだ。保護者が負担しているのは、小学校で10万、高校で33万だそうです。これが私立の学校になると、保護者の負担は小学校で66万、高校で72万ということ。しょえー、やっぱり私立に子供を行かせるのは金持ちだわさー。 |
| 22nd October 2002 (Tuesday) 今日の講義は授業中に大変なことに気が付いてしまって、気が気じゃなくて講義の半分も聞いていなかったような気がする。今日の授業は「人間らしく生きる」という題目でまず何がそういう問題へ発展させていったのか歴史的背景から講義が始まった。これはドイツで19世紀から起こった社会問題が発端となったようで、貧富の差が激しい状況で貧の方に類する労働者の生活を守ろうということから起こったようだ。1919年にワイマール憲法が制定されたのだが、これは憲法の上だけで実体は何もなかったようだ。日本の憲法25条はこのワイマール憲法の影響を受けているけれど日本も決してこれに関してちゃんとした法律を定めていたわけではない。先生がくれたプリントの裏にある資料をなにげなく見ていたら、朝日訴訟の朝日さんの日記のようなものが載っていて、病気でつらい毎日を調査員に説明している場面があった。そこで朝つらいと生卵を2つ飲むのだ・・・・・というところで、「あっ!」と気が付いたのだ。 今朝、ゆで卵を5つも茹でてガスの火を止めてきていない〜(>_<) いくら思い出しても絶対に火をとめてきていない。学校に着いたのは10時15分だったから、かれこれ5時間以上は茹でていることになる。げーーーーっ。なのに大教室の一番前に座っているために堂々と教室を出るわけにもいかず授業が終わって、あたふたと家に帰ったのであった。 この朝日さんは生活保護を一日600円でどうやって暮らせるのだと訴えたのだけれど、公判中に亡くなったそうだ。 この他にも堀木訴訟という全盲の女性とその子供の障害福祉年金と児童扶養手当の両方はもらえないのだという裁判の話なども聞いた。 |
| 15th October 2002 (Tuesday) 今日は休講です。 |
| 8th October 2002 (Tuesday) 今日の授業は先週に引き続き職場における権利の続き。1973年に起きた三菱樹脂事件の話から入った。企業に採用されるとどこでも3ヶ月の雇用期間というものがあって、その3ヶ月を過ぎると正社員という形になる。それが過ぎてから雇った社員の過去に、学生運動に参加していたという事実があってそれを理由に解雇した三菱樹脂と会社員との戦いだ。これは企業側に軍配が上がったようだ。また男女間の賃金差や定年の大きな開きを問題とした日産自動車事件というのも新しい判決例だ。これは1981年のことである。関西電力事件では、共産党員の従業員に対する監視や孤立化といったいじめに対しての判決があり、これは関西電力と会社員とで和解をしているようだ。 本当にいろいろな問題があることよ・・・・(-.-) 来週は休講だそうです。先生は4連休でどこかに旅行でも行くのかな?(^o^) |
| 1st October 2002 (Tuesday) 今日から後期が始まった。待ちに待った後期だったけれど、なんだか体も心も授業についていけない(T_T) お疲れ状態だ。ので、授業も聞いてるけど頭に入ってない・・・板書はするけど、頭にちっとも入ってない・・・という状態だ(^o^; 今日の授業は職場における権利について。まず27条と28条の労働基本権というものが上げられる。これを守るために大きな会社では労働組合というものがあるのだけれど、労働組合の作れない職業もあるのを今日初めて知った。それは、警察、消防、自衛隊、海上保安庁、刑務所という公務員達さんである。なんとなくわかるようなわかんないような・・。職場での権利の中で団体交渉権があるけれど、これについて問題となった凡例を2つほど上げられた。1つは1966年の東京中央郵便局の判決と1973年の全農林判決だ。 この大不況のご時世、大手会社でも労働組合は強いなんてもう言ってられないようで、現在では20%くらいの会社しか組合を持っていないそうだ。どんどん減少してきているらしい。もともと労働組合の機能って労働条件の向上tか労働者の不満や違憲の吸収、雇用の安定、経営の監視だったわけで、現状に照らし合わせても継続が無理なことはよくわかる。 |
| 8th July 2002 (Tuesday) 店と店の間の距離制限に関する凡例というものはいくつかあります。今日は薬事法事件(1975年)から入っていきます。何が起こったかというと、薬屋さんと薬屋さんの距離をあけるべきだという主張があったのですが、ま、裁判ではこれを却下しています。他に公衆浴場事件(1955年)もありました。なんだか判決の理由を聞いていると子供だましのような感じでとっても面白いです。この最初の公衆浴場事件は、ずいぶん古いし規則二分論ができる前のことだったので、1989年に再び争われます。で、こちらでもやはり合憲とされます。このほかに関連する法令としては、大規模小売店舗法があります。いっときわぁわぁやってましたね。 そして、財産権に移っていきます。これは憲法29条で定められているところです。財産というと土地を思いますね。田舎の方の資産家になると、山が財産であるお家もあります。1987年には森林法事件というのが兄弟げんかの末に起こったそうです。また奈良県が管轄していたため池を昔から農業につかっていた農民に使っちゃいかん!としたことに反発して「奈良県ため池条例事件」が起こります。 土地に関しては、損失補償(29条3項で定められている)や、国家賠償(憲法17条で定められている)というものがあります。これは、国が道路や公共の施設を建設するために個人の土地をちょーだいという時のものです。補償(補填ともいう)に関しては、国民にとって特別な犠牲を払わなくてはいけないときだけで、条件が定められています。誰彼にも補償されるというものではありません。昔昔、第二次世界大戦が終わった頃、農地改革が政府によって始められ、(中国の社会の授業でやったところじゃん!と思っちゃいました(^o^) 相当な額の補償をしなくてはいけなかったのですが、この時政府が取った計算方法は、農地面積から取れるお米の公定価格(戦後だったのでめちゃくちゃ安かった)で決めたようです。これには地主も怒ったのですが、どうしようもありません。まともに払っていれば、日本の財布はすっからかんになるのがわかっていたからです。 このほかに、生活補償というのもあります。これは、生活基盤の再建を助けるもので、宅地の提供や職業指導などが行われます。どういう人が対象かというと、ダム建設によって村全体がダムに消えてしまう人たちとその土地・・・のようなものです。 ダムって、そこまでしても大切なものなのでしょうか? ダムといえば、長野県知事が不信任案を出されてしまいましたね〜。 |
| 2nd July 2002 (Tuesday) 今日は表現の自由の中における「デモ行進」についての話と、経済活動の自由という話であった。 デモ行進というのは動く集会という位置づけで、その場所の制限や方法の規制をしている。ま、デモがあると聞く、上の人はだいたいうろたえるわけで、あんまり無茶はしないでねってとこかも知れない。このデモ行進で有名になった裁判は、徳島市公安条例が違憲ではないかと問うたもののようだが、私にはその判決結果の内容がもうひとつよく分からなかった。その他に関空建設に反対する過激派の集会に泉佐野市が市民会館を使わせなかったこととか、日教組の集会ができなかったことが裁判になったようだ。こういう話を聞いていると、裁判も大変だけれど判決を出す裁判長も大変だね〜って思ってしまう。 次に職業遂行の自由は憲法21条および29条で定められいるところだ。職業遂行の自由に財産権が加わって営業の自由が当然出てくるものと考えられている。しかし、この中に何点かの規制が定められている。1.届出制 2.登録制 3.許可制(これは禁止の解除とも言えるらしい(^o^; 4.資格制 5.特許制 6.国家独占 7.禁止 だ。5の特許というのは公益事業のことで、ガス、水道、電気、鉄道、金融などのことだ。 6の国家毒性というのは今小泉内閣がぐちゃぐちゃしている郵政事業のことだ。たばこはもう民営化したんだっけ? 7の禁止は管理売春−これだけれである。 次に規制二分論という言葉が出てきたが、なんだか今日は非常に眠くて何のことかさっぱり(>_<) 消極目的(警察)規制 − 人の生命、健康に対する危険の防止 積極目的(政策)規制 − 社会経済全体の発展、経済的弱者の保護 だそーだ。 |
| 25th June 2002 (Tuesday) 教職免許取得に必要な授業だから仕方なく取ったつもりの授業だったのだけれど、回を重ねるにつれて俄然面白くなってきた。とにかく先生はとぼけた顔して、すごく面白いことを言うのだ。他の学生は気が付いているのかどうかわからないけれど、同じ社会人で学部に上がった友達とクスクス笑いっぱなしだ。先生って、司法試験には合格したけれど、司法業界の雰囲気になじめないから大学の教授になった・・・って感じがあるけれど実際はどうなんだろう。 憲法がお気に入りの授業ですと言えるなんて、私もなんて高尚な人間になったことだしょっ(^o^) 忘れないうちに書いておこうと思う。先生のお薦め本とか参考本のご紹介。安全保障のあたりは私の興味がもひとつなので割愛します。信仰関係もオミット(^o^; 残りは表現・報道の自由あたりになるんだけどね。 奥平康弘 「ジャーナリズムと法」 (新世社) 朝日新聞社会部 「言論の不自由」 (径書房) 石村・堀部(編) 「情報法入門」 (法律文化社) 平山信一 「名誉毀損」 (自由国民社) 斎藤貴男 「プライバシー・クライシス」 (文春新書) 松井茂記 「情報公開法入門」 (岩波新書) 中島昭夫 「使い倒そう!情報公開法」 (日本評論社) 伊藤 整 「裁判(上・下)」 (晶文社) 開高 健 「開口一番」 (新潮社) 今日の授業では、佐木隆三の「法廷のなかの人生」(岩波新書)も面白いから読むとよいと言われていたので、この本と、伊藤整の裁判を図書館で借りてきた。伊藤整とは、チャタレー夫人の恋人を訳した人で、わいせつ物頒布・販売罪で裁判に掛けられた人だ。法廷のなかの人生はまさに「ひきこもごも」といった感じだ。しかし私ってなんて真面目な学生なんでしょっ(^o^; 今日の授業は、表現の自由のなかで「取材と報道」(憲法21条)について。 これは「知る権利」として許される取材と報道なのだということだ。政治・社会的問題を論議するための情報提供は必要だということだ。しかし、最近できた情報公開法においては開示しなくてもいいものとして例外を6つ作っている。その殆どは汚い国家公務員とか政治家を保護しているようなものに見える。 さて、およそ30年ほど前に外務省公電漏洩事件というのがあったらしい。沖縄返還の際、アメリカが基地としていた土地は返すけれど、元通りにするための費用は払わないよ!とごねた話がネタになっている。これを外務省の偉い人の秘書(女性)が朝日新聞の記者(性的関係があったそうだ)に漏らし、直ぐには公表しなかったのだけれど、数年後に野党にこの話を渡して大問題に発展していった・・・という事件らしい。秘書は刑罰は受けなかったそうだが、記者の法が守秘義務違反とそそのかしで有罪になったらしい。ふーん。なんか、ここにも人生「ひきこもごも」っちゅうのが見受けられるような感じがします(^o^; 取材源の保護について問うた裁判もいくつかあります。石井記者事件や博多駅事件というのがそれにあたります。前者の法は1952年の裁判なので、今から見ると裁判所も遅れてますねーって言わざるを得ない判決が出ている。ま、今でも一緒かも。 次は、法廷での報道の自由についての事件。しかし、裁判所を舞台にした事件を裁判所が裁いて「自分が負けます」なんて言うわけないよなー。1958年の北海タイムス事件とか、レペタ事件などがそれです。そういえば、裁判が始まる時の様子をいつもTVのニュースで流しますが誰も動かないで裁判長もじっと前を向いたままで、なんだかなーシーンがありますね。被告人が裁判所に入ってきたらそれで撮影は打ち切りだそうです。あ、そうそうずぅ〜っと昔は被告人の写真を撮ったりするのはOKだったそうです。でもあまりにもパシャパシャとフラッシュをたいて写真を撮るので裁判の進行の邪魔になるということでカメラはすべてシャット・アウトになったそうです。それと以前はメモを取るのも駄目だったそうです。でもアメリカ人のレペタさんが「メモが取れないなんておかしい(`´)」とごねたので、それ以来メモはOKになったそうです。録音とかはもちろんNGです。 裁判とかは自由に傍聴できるそうです。友人と一度行ってみようという話になりました。でも軽犯罪の裁判にしておこうっと。重い裁判を聞いてしまったら気持ちが沈みそうですから−。 |
| 18th June 2002 (Tuesday) 今日は「プライバシーの権利」から入りました。プライバシーの権利というのは19世紀後半のアメリカの考え方です。当時百万長者というのが出てきた時代で、その生活の実態を見たいがために色々とプライバシーの侵害が起こったために始まったようです。日本でプライバシーの権利が問われるようになったのはそれから40年後です(@_@)おそっ!英語では、right to be let alone というのだそうです。 最初に裁判になったのは、三島幸夫と新潮社だそうです。三島幸夫が書いた「宴のあと」という小説がある政治家の生活とほとんど似ていたために訴えられたようです。このときは有罪になったようですが、今では政治家が私生活を暴かれるのは日常茶飯事のことですから有罪になんかにならないでしょうね。 次にノンフィクション「逆転」事件というのがあります。前科のあった人が刑を終えて出所して家族も仕事も持って平穏に過ごしていたのに、突然ある作家によって実名で前科を暴かれ、おまけにTV番組にもなりそうになったという事件です。これは最高裁で有罪になりましたが、原告が受け取ったのはたったの50万だったそうです(--;)弱者を守らない日本の法というのがまざまざと見えますね。自己情報コントロール権という個人情報の本人開示、訂正、削除請求などがありますが、これは今の個人情報保護法の根本にもなりました。 反論権で有名なのは、サンケイ新聞事件というのが1987年にありました。共産党に対する自民党の意見広告を載せたサンケイに対して、名誉毀損だとして共産党が無料で反論の意見広告を載せろとした事件です。なんとまあ勝手なこと(--;) これらは、事件が起こってからの対処法ですが、事件が起こる前の対処法ももちろんあります。差し止め請求です。しかし、これはあまり誰にでもできる請求ではなさそうです。政治家や芸能事務所などなら事前に都合の悪い雑誌や本が出版されるという情報も入ってくるでしょうが、一般ピープルにどうやってわかるというのでしょうか。ここでも金持ち崇拝の様子が現れていますね。 また、性表現については刑法175条で扱われていますが、これも一般にやみくもに取り締まれば良いのだというわけでもなさそうです。未成年に見せると悪いからという理由がありすが、これは性犯罪を少なくするための対策にはあまり役立っていないようです。お隣の韓国などでは、非常に厳しく取り締まっていますが性犯罪は日本より件数が多いくらいだそうです。これって取り締まるから余計に犯罪にむすびついてしまうのでは?という憶測を呼んでしまいます。映画の場合は映画倫理規定管理委員会というところが取り締まっています。報道機関にもそういう委員会が同じくあるそうです。 わいせつな小説ということで、「四畳半事件」というのがあります。なんか日活の映画にありそうな題名ですね(^o^; どんな部分を猥褻としたのか知るよしもありませんが、20年前に司法研修所に教官であった人が、研修に来ていた女性に対して、「女性は家庭に入って家事をしていればいいんだ」とか「勉強ばっかりしているような女なんかロクでもないやつだ」とか、「裁判官になったらいじめてやる」とかほざいたそうです。その教官はな〜んのおとがめもなく最高裁の偉い地位まで行ってちゃんと退職したそうです。今だったら縛り首だね。 法を守るのも、守らせるのも本当に難しいなぁと・・・・つくづく思います。 |
| 11th June 2002 (Tuesday) 今日は「表現の自由」について。自由の効用には、1)自己実現 2)自己統治 3)真理の探究 4)人間の本質 などが理由にあげられる。人間の本質とはどういうことを指すかと言うと、何か言いたい、伝えたいという人間の欲求ということだ。まぁ、言いたいことを言わせておけばガス抜きになっていいでしょーってことらしい。(これは先生の言葉です(^o^; そして、優越的地位というのがある。表現の自由(などの精神活動の自由)は、経済活動の自由よりも重視されるべきとしているのだ。ふーん、なんかわかるようなわかんないような。 また、事前抑制の禁止というのもある。公権力は原則として表現活動を事前に抑制してはならない。ということなんだけど、じゃ、税関での検閲はどーなの?とか、教科書検閲はどーなの?という自然の疑問が発生する。けれど、検閲の定義というものがあって、すべてそれをクリアしないと違憲とは言えないのですよーということらしい。クリアしないといけない定義って5つほどある。今では検閲が違憲となるものは何もないそうです。じゃ、なんで置いておくの?って感じだけど。あと、名誉毀損ってのがありますねー。有名なのは、創価学会の池田大作に愛人がいると書いた「月刊ペン」事件らしいですが、ま、これは名誉毀損にははまらないことになっちゃったらしいですね。その理由が、社会・メディアでの活動をしている人、また「事件」の関係者が、その人をネタにした記事を書かれちゃっても仕方がない・・・世の中の影響の大きい人は、本に書かれちゃったりするのはある程度仕方がない・・・ってな理由だそうです。 また、確実な証拠に照らし、誤信について相当な理由があるときも、免責になるそうです。有名人にはなっちゃいけませんね。(^o^; |
| 4th June 2002 (Tuesday) 今日は国の宗教活動の禁止について。私は以前から靖国神社に首相や大臣が参拝することに韓国や中国が抗議することの意味がわからなくてずっと疑問に思っていたのだが、今日ですっかり理解できてさっぱりした気持ちだ。まるで1週間の便秘が今日ですっかり解消されちゃったような感じ。(ちなみに私は便秘症では決してありません(^o^; 第二次世界大戦が終わった途端に天皇制とか寺とか神社というわけのわかんないものを崇拝する日本を傍観していたアメリカが、神社や寺を特別扱いしない神道指令を出してしまった。そして憲法では政教分離原則ができるのである。憲法20条と89条、また教育基本法では9条にこれに宗教に関した法律ができている。 宗教関係での目立った裁判に、1988年の殉職自衛官合祀訴訟や、1997年の愛媛玉串料訴訟などがある。で、説明を聞いていて、私は本当に無知を感じたのだが、政党と宗教団体ってすごく密接なつながりがあったんですねー。公明党と創価学会くらいは知っていたけれど、自民党と戦没者遺族会とのつながりとかは知りませんでした。なるほどねー。遺族会と「清き一票」がむすびついていたとはねーーー(-_-;) |
| 28th May 2002 (Tuesday) 今日は先週の平等の続きをほんの少しだけして、次の「信仰の自由」に入っていった。話しは全然違うようで違わないのだが・・(^^ゞ レオナルド・ダ・ビンチって、「ビンチ村のレオナルドさん」って知ってました?姓を名乗るようになった以前の日本みたいに、昔はどこでも姓なんかなかったんですよね。日本は西洋式を取り入れましたが、東南アジアでは女性が結婚しても氏をかえることはないのですね。特に韓国・中国では男女平等だからという理由よりも、家というものはその人にとってとても大切なものであって結婚ごときで家を表す氏を変えるなんて、とんでもないってことが真相のようです。 さて、信仰の自由。これは特定の宗教を信じているが為に、周りからイヤな思いをさせられることがないように守るためにできた憲法のようです。昔の日本ならありがちな話しかなぁと今なら思いますね。この憲法で先生が取り上げた凡例としては、加持祈祷事件(1963.5.15.)と、剣道受講拒否事件(1996年)でした。前者は、あるお寺の住職が、娘の様子がおかしいと相談されて「タヌキがついてる」と言い、お祓いといいつつ線香の煙責め、たたく、蹴る、なぐるなどしたために娘さんがショック死したという事件。ありそーな話し(-_-;) 今でも時々同じような事件が新聞に載っていますもんね。これは、住職がもちろん有罪になりました。次の剣道の方は神戸であった事件だそうで、エホバの証人(キリスト教原理主義だそうで、極端に聖書のいうことを守っているそうです)の信者である高校生が、剣道は戦いなので剣道の授業は受けないとしたことから、体育の単位をもらえずに2回留年して、ついに退学処分になってしまったという話し。これは神戸地方裁判所から大阪最高裁判所、そしてついに東京最高裁判所まで持ち込まれた裁判になってしまい、最後には退学処分は無効という結論が出ました。 信仰の自由と聞いて、やっぱり行き着くところはオウム真理教事件ですね。この事件によって、宗教法人法ができたり、破壊活動防止法が50年ぶりにお出ましになったり、いろいろと本当に人騒がせな事件となったわけです。またオウム真理教に対して、解散指定も出されたそうですが、これは却下されてしまったそうです。その理由として、教祖への帰依、協議の危険性は残るものの、捜査、報道、近隣住民の反応により破壊活動再発は困難であろうということからでした。で、またまた、その解散が認められなかったので、団体規制法という新たな法律もできました。これは過去に大量殺人行為を行った団体に対して適用されるもので、こりゃ、まったオウム真理教のための法律といっても過言ではないでしょう。 |
| 21st May 2002 (Tuesday) 今日は「平等」ということについて。今でこそみんな平等が当たり前になっていますが、明治時代までは全然違っていたのですね。生まれた家の階級でその人の人生は決まっていたんですね。生まれによる差別をなくすという名目でいろいろなことが考えられたのですが、そのうちの一つに社会主義がありますが日本で受け入れられるわけがありません。で法律の改正に入るわけです。アメリカでは、affirmative action というものが取り入れられました。これは黒人差別を是正するためのものだったのですが、例えば黒人の大学入学の比率を上げれば白人の比率が下がるという風に、逆差別的症状が現れ、この措置はおかしいと裁判を起こします。これに似た現象は、現在の障害者雇用促進法です。従業員63人以上の企業では1.8%の障害者を雇うべきという法ですが、実際に雇用している企業は少なく、その代わりにお金を国に払って、そのお金で障害者向けの施設整備などをしているそうです。なんでも「お金」で解決しようとするのはいけませんね。 憲法14条1項は平等という観点では一番基本的な考えを示しているところです。しかし、平等とはどういう事なのでしょうか?15条3、44条、24条、26条でいろいろな平等を制定しています。が、例外的な事件というものは必ず起こるものです。で、法律の法が憲法にそぐわないので、刑法○○条は憲法違反だ・・・となる判例が出てきてしまうのですね。しかし、最高裁判所ではいつも判決がひっくり返されるのが常。で、その理由も、なんだか何を言いたいのかわからないような文章なんですね。 なんだか矛盾を感じる「法」です。 |
| 14th May 2002 (Tuesday) 今日は砂川事件からの話しです。1951年に日米安保条約が結ばれます。自衛隊を作らせたかと思ったら、今度は安保条約です。そしてアメリカへの軍事基地提供を認めさせました。そして、デモ隊が米軍基地反対とわいわいやっていたら、フェンスがパタっと倒れてデモ隊が基地に入ったという事件が起こりました。東京地裁ではデモ隊は無罪になります。日米安保条約は違憲のためという理由でした。でもそのころ日本政府は安保改訂を密かにアメリカとしていたため、こりゃマズイと突然最高裁に持って行って、安保条約は違憲ではない!としちゃうわけです。で、安保条約の改定もさっさと済ませちゃいます。そして、時代は1980年代。社会主義国家の消滅が相次ぎ、アメリカ大国が恐れる国はなくなっていきます。そうすれば安保条約はもう要らないじゃないか・・・という話しになるのですが、そうは問屋がおろさない。今度は、東南アジア、太平洋地域の安定のために必要ですということになっちゃうのですね。 そして、1990年になってイラクがクウェートに侵略したことから起こった湾岸紛争が湾岸戦争になり、日本が軍事へ参加していく起因となっていくわけです。 同時多発テロでアメリカがアフガン攻撃をするのに日本も手伝え!と言われて小泉さんが「湾岸戦争の時のようなぶざまな日本を見せてはいけない!」と言っていましたね。つまりお金だけを渡して使ってくださいというだけではいけないのだと言っていたのですね。1兆円を渡して、too little, too late と言われたそう・・・なんちゅー国や、アメリカは(-_-;) そして、どんどん自衛隊は軍事活動っぽいことをさせられていくのですね。 PKO協力法なるものが登場し、平和維持軍や監視団ができます。そして、日米防衛協力のための指針として、周辺事態法というのが現れます。1999年のことです。そして、この間の同時多発テロを受けて、テロ対策法ができました。この正式名称知ってますか?「平成13年9月11日のアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃等に対応して行われる国際連合憲章の目的達成のための諸外国の活動に対して我が国が実施する措置及び関連する国際連合決議等に基づく人道的措置に関する特別措置法案」って、いうんですよ・・・・・絶句(-_-;) さて、あちこちでもう憲法9条をなくしたら?という声がささやかれているそうです。本当にあっても変な法律を作るんですからなくてもよさそうなものですね。でも、なくしたら徴兵制が復活するのではないか?という話しです。自衛隊に国民が協力すべきだということになり、で、国民イコール若い男の子・・・ということになるんでしょうか。でも、この話しが先生の口から出たときに、誰も驚きの声を発しなかった方が私にはすごく異様に思えました・・・けど。 |
| 7th May 2002 (Tuesday) 今日の授業はなんとなくわかりやすかったので眠気も襲わずに最後まで聞くことができた。今日は「権利の保障」から始まった。「人は人間である以上、生まれながらに当然に持っている権利(基本的人権)がある」というものです。で、権利の保障を行うために国会と内閣と行政各部と裁判所が国民のために日夜活躍してくれているわけです(ほんまいかな・・・)裁判所というのは、多数決で決められたのでは不公平であるので少数派のための権利を守ってくれるところでもあるわけです。昔、社会で立法、司法、行政って習いましたが、またここで習うとは思いもしませんでした。立法はもちろん国会で、一般的規範の定立を行うところですね。司法は裁判所で、法の解釈、適用による紛争の解決、行政は各省庁で、国の作用から立法、司法を控除したものということです。これは行政の役割が司法とよく似ているためにこんな書き方になっているらしいっす。裁判官は裁判官の独立が認められていて、上司に合否を問うということはしなくていいそうです。で、このあとに違憲審査(法律が憲法に違反していないかを見る)、法令審査(行政立法を見る)、司法審査(誰がやるのかを見る)、合憲性審査などといった言葉が出てきたのですが、これは一体なんなのさぁ〜?(@_@)状態です。過去50年で最高裁判所が違憲であると認めた事件は7〜8件しかないそうです。ここらへんで「公共の福祉」という言葉が出てきたのですが、これもなんだかなぁです。人権相互の衝突を調整する。経済的弱者の保護をすることらしいんですけれど、なんじゃらほい? なんかわけがわからないうちに憲法9条の話しとなっていきました(^o^; 先日の憲法記念日にTVを見ていたら、この9条に対する討論会をやっていました。憲法が出来て50年経っても未だに討論されるほど矛盾した代物なのですね。9条はいろいろな解釈がされます。 1.戦争全面放棄 − 戦力全面不保持 2.侵略戦争放棄 − 戦力全面不保持 3.侵略戦争放棄 − 侵略目的の戦力不保持(自衛目的での戦争は可) この3つの中で、学会や政府の見解は(2)とされています。結局、これが問題となるのは自衛隊の存在なのですが、この自衛隊ができるまでの過程はこんなものだったそうです。 まず、第2次世界大戦後(先生が言ってましたけど、英語ではしっかりと「第一次」という言葉がすでに入っていたそうです。人間は愚か者だから世界大戦が一回で終わるとは思わないと第一次世界大戦の時にわかっていたようです(^o^; )日本にはアメリカの占領軍がいましたが、朝鮮戦争が始まると南朝鮮を加担するために日本からいなくなりました。で、空っぽの日本はよくないということで日本に"National Police Reserve" を作れと命令したそうです。表向きは警察の増強のためということで「警察予備隊」なるものが作られました。1950年のことです。その2年後、今度は保安隊の創設を命じられました。近代戦争遂行能力を備えたものを軍隊と呼ぶので、これは軍隊ではない、よって違憲ではないというのが定説です。で、戦力無き軍隊と呼ばれたそうです。当時、戦車のことは「特(別)車」と呼ばせていたくらい、つじつまの合わないことをやっていたのですね。さらに、また2年後、日米相互防衛援助協定を結ぼう!と言われてしまいます。Mutual Security Act からMSOと呼ばれます。日本はアメリカの言いなりなんですね・・・(-_-;) これが自衛隊の始まりです。 1950年代初期の日本は、(1)安全保障で軽武装 (2)独立して、自主防衛を!(3)非武装にして、中立を保つ この3つの考えがあり、一つずつ政党が考えを持っていたようです。つまり政党が変わると、考えもそれにつれて1〜3の考えにころころ変わるわけです。1と2はもちろん自由民主党ですね。3は社会党。選挙の結果でいろいろ波乱がおきたみたいです。現在、日本は軍事費に年に5兆円を当てています。そして自衛隊の人数は24万人にものぼるそうです。1952年に社会党から警察予備隊違憲訴訟が提起されました。しかし、最高裁判所はまともに「違憲だ」と言えるわけがありません。ですから、「国の行為の無効確認、具体的な法的紛争がなければ裁判所は合憲性を判断しない」という答えを出して逃げちゃいました。 次に9条に関連した訴訟は、1967年の恵庭(えにわ)事件(札幌)です。空港の近くにある土地ですね。自衛隊の練習に出す音が牛の乳の出を悪くすると抗議した牧場主が、練習の時は連絡をすると口約束したにもかかわらず練習を続けていると怒りだし、自衛隊基地の電話線を切っちゃったという事件です。ここでも裁判官は「自衛隊は違憲なので、牧場主の勝ちぃ〜(^o^)とは言えないわけです。なんと言って煙に巻いちゃったかというと、「電話線は防衛の用に供する物ではない」「事件の解決に直接かつ絶対に必要でなければ憲法判断しない」としちゃったのです。なんのこっちゃですね。 次に有名なのは、1973年の長沼事件です。これは行政事件で、自衛隊のミサイル基地を作るために保安林をつぶすとはけしからん!と怒った住民が起こしたのですが、これを担当した地方裁判所の裁判官は勇気があったのですね。「自衛隊は違憲であるため、原告の勝ちぃ〜」としたわけです。これに驚いた国は、あっさり最高裁判所で一審をひっくり返します。で、ミサイル基地でなく代替施設の完成により原告の法律上の利益は消滅!としてしまいました。 こういった凡例を講義してくれると俄然、授業は楽しくなりますね。で、先生は、これを担当した裁判官の話もしてくれまして、裁判官は民事や家庭裁判所のような小さな裁判所を転々とさせられてしまったそうです。で、最後に裁判官の方から裁判所を辞めていかれたそうです。1973年ってまだ30年前の話し。その方は今でも生きてらっしゃるのでしょうか? |
| 23rd April 2002 (Tuesday) お昼ご飯後の授業で、なんとなく眠いし先生の口調がずーーーっと変わらず、ひたすら聞いているだけの授業なので眠いのだ。んー、つまんない。私はこういう固い授業は駄目だわ・・・と思ってしまった。とにかく頭に入っていかないのだ。ふんふんと聞いてノートを取ってはいるんだけれどね。 今日の授業は、大日本帝国憲法から日本国憲法へ移っていったいきさつとか、何が変わったのかという話しだった。 それでは、まぁちゃんと授業を聞いていたという証のために−−− 日本国憲法の構成:3大原則 1.信託国家論 (ジョン・ロックさんによるものだそうです) 2.平和主義 3.権利の保証 あ、そうそう。休みの日にはスーパーマーケットでレジ係りでもしようかと思って、先日面接に行ったら、簡単な引き算の問題と常識問題、漢字の読み問題などをさせられたんだけど、そこで「日本国民の3大義務は、教育・( )・勤労である」となっていたのだ。うーーん、わかりませんでしたねぇ(^o^; あとで調べると、「納税」だったのでした。ふーん、しっかり勉強して、いい企業に勤めて、たくさん納税せぇよってか・・・(-_-;) |
| 16th April 2002 (Monday) 授業自体はまだ始まっていないけれど、しきりに憲法九条の話しをされていた。軍隊(??)の話し。それとなんとなく知っていたような知らなかったような話しなんだけど、今の憲法は日本に住む日本人に沿った憲法ではないということ。アメリカをはじめとするドイツやフランスからの憲法の寄せ集めみたいなものだそうだ。だからかなぁ、最近裁判に破れた民間人からの不満がメディアをにぎわすのは・・・。新婚の奥さんと1歳にもならない子供さんを殺害された男の人だったか、「今の司法の限界を感じました」と言っていたのが印象的だった。つまりこれは判例にもとづく裁きが多く、また加害者を守ろうとするがために生じる溝なんだろうなぁと思う。 今まで憲法なんて、遠い存在だったけれど、これを機会に真剣に授業を聞こうと思っている。だけど、あの受講生の人数の多さには辟易しちゃうなぁ。どれだけの生徒がまじめに憲法を勉強したいと思って来ているのやら・・・ 来週の出席者の人数が楽しみです(^o^; |