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教育相談

 もともと「学校心理学」という授業が名前が変わって、こんな名前になったらしい。それにしても違いが大きすぎるのではないか?と思いますけれど。先生ももともとは心理学の先生なので、困惑している状態だった。ま、だからと言って「教えられませーーん」と言うわけにいかないから教えましょう・・・ってことだろうか?(^o^;
一日目の授業の話を聞く限り、やっぱり心理学的な話しが随所にあったので、楽しめそうな授業だなとは思った。

学校日誌の感想をお寄せください(^o^)

1月23日(木)
 今日で最後の授業だ。今日は「個人として、専門家としての教師」という題材で講義があった。なかなか聞いていて面白かった。教材はカウンセラーになるための英語版の教科書の中身を、カウンセラーを教師に、クライエントを生徒に先生が置き換えて作られた。で、結構ちゃんと当てはまるから面白いなぁというところだ。
また、『会社の中の困った人たち 上司と部下の精神分析』という本の紹介もあった。私はこちらの方が断然興味津々だった。買って読んでみようかなと思わせてくれた本の内容だった。
学校も経営という意味では切り離して考えられないと思うもんね。

1月16日(木)
 風邪のため自主休講

1月9日(木)
 カウンセリングの中にアサーション・グループワークというのがあるらしい。カウンセリングには1対1でやるより、グループでする方が良いときがあるからだ。で、このアサーションもグループでの行動になるんだけれど、内容は楽しいものであること、価値観の押しつけにならないようにすることが大事な点のようだ。自分の良さとか友人の良さに気が付くとか、自分の気持ちを伝えるとか、相手の話に耳を傾けるとかを養うためのもののようだが、これも試行錯誤があるようで、話を聞いているだけでは、もう一つピンと来ないのが実感であった。ま、人に褒められるのは嬉しいって、そういうことを実感するためのものなのかなと思った。

12月12日(木)
 今日も急ピッチで進むのだった。後期になってからずっと心理学的な話が続いているので、興味津々だ。先週は学級崩壊についての話だった。今日はその反社会的問題行動などの、行動科学として非行をどう理解するかという話だった。非行の心理的背景として思春期心性と非行の関係がある。ピークになるのは14歳から16歳らしい。まぁ、悩める思春期というところだねー。その他に家庭の問題も原因となる。学業不振も非行のもとになる。非行生徒は学業成績で自分のすべてを規定する傾向が強いらしい。よって事故回復の場、道具立てが必要となるらしい。こういう疎外感を味わうと同じように疎外感を持っている子供同士が集まってしまう。これで不良集団の仲間入りということになる。けれど、実体はイヤイヤ集団にいる場合も多いようだ。新参者は下っ端でしかなく、いろいろ命令されて走り回らなくてはいけないからだ。警察とかに捕まって意外にもホッとすることが多いようだ。
こういう事態にどう関与していくかは、とても大切な課題だ。推薦図書として、「非行臨床の実際」「新犯罪社会心理学」「子どものトラウマと心のケア」「学校犯罪と少年非行」などがある。
次に神経症的問題の理解と対応に入っていった。神経症問題の成り立ちとしては、心理的要因、防衛の働き、発展的視点などがある。これに対する対応の仕方もきちんと習得しておかないと終始がつかなくなるおそれがあるので、気を付けるべきである。
12月5日(木)
 先週から、ものすごいスピードで授業が進んでいる。今日は明日のT限目の授業で読む小説が長いし難しい単語が多いしで、その単語の意味調べに夢中になっていたので、あんまり授業内容を聞いていなかった。でも、今日の話題は「いじめと学校」で、とても興味深いものだった。いろんな人が本を出しているので、読んでみたいなとも思った。

11月28日(木)
 たぶん先生は専門なんだろう。精神医学の章でかなり細かい話をされたので今日は超特急で2つくらいの章を説明された。今日の授業で心に残ったのは、「子どもというのは万能感を持っている」という言葉だった。へぇ、そうなんだぁ。私の子どもの時もそんな事思っていたのかなぁ。いやいや、私は母親から「バカだ、バカだ」と言われ続けていたから、きっと万能感なんか持っていなかったはずだ(^o^;

11月21日(木)
 自主休講日

11月14日(木)
 今日の話題は学習障害、Learning Disabilities 略LDということで、興味てんこもりだ。この学習障害の診断において最も重要なのは、算数とか字を読む、字を書くことらしい。LDの本質は聴く、話す、読む、計算、推論の能力のうち、特定のものの習得、使用に著しい困難がみられることだそうだ。このうちのどれかが駄目らしい。で、昔は親のしつけが悪いからとか、脳障害でとかという判断をされていたけれど、今のところ脳波異常というのは根拠とされているみたいだけど明確なことはわかっていないそうだ。また、最近よくTVなどで報道されているのが、注意欠陥多動性障害だ。これは幼児期から見られ、男女比が6:1と男の子にダントツに多い。これも原因がよくわかっていないみたいだ。また決定的な治療法もないようだ。
不安やストレスに関連した障害では、心に現れる問題と身体に現れる問題があるのだが、前者では、児童期に特徴的な情緒障害として、分離不安定障害、愛着障害、緘黙(かんもく)などがある。やはり今すごく問題になっているのが児童虐待だけれど、その中で性的虐待があった時、人と親しくするということがsexをすることだと考えてしまって、誰とでも寝てしまうということがあると説明で聞いて、なんてことだ!と思ってしまった。だからコンサルタントも心してそういう人とは接しないと、勘違いして肉体関係を持ってしまうこともあるみたいだ。やっぱり勉強と研究はちゃんとすべきだねぇ。
一時、これはフロイト(だったっけ?)が性的虐待のあった人間について発表をしたみたいだが、そういう人たちの話があまりにも信じられないことだったからか、彼は患者さん達の空想だとしてしたために研究が先にすすまなかったいきさつがあるようだ。研究者はやっぱり何でも疑うべきなのだ。

11月7日(木
 今日の内容は濃すぎてよくわからなかった。今日のメニューは精神医学の成り立ちから精神現象の異常をとらえる〜代表的な障害や問題などだったけれど、先生の得意分野のようで楽しそうに講義をされていた。んー、私の方はといえば大教室での講義のうえに昼間が暖かかったのでコートを持っていなくて寒くて寒くて、おまけに途中でトイレ退場ということをやったりして、全然講義に身が入らなかったのであった。

10月31日(木)
 今日はなかなか先生が来なくて20分経っても来られないので隣の子と「今日は休講だなー」とか言って教室を出たら、先に出ていた子等が戻って来て「先生、来ましたぁ」と言うので、またすごすご教室に戻った。あやや。
先週の復習をちょっとしてから今日の課題に入る。今日は生徒が原因となる問題の種類と発生のメカニズムやその対応と援助の説明があって、児童・生徒理解の精神医学的基礎という章に入っていった。先生が宮崎駿夫が描く映画の裏にある児童心理みたいなのを蕩々と語られていたので、「うーーん、そういう見方があったのかぁ」と感心してしまった。先生いわく、宮崎駿夫が描く映画には必ず思春期の少女が主人公になっている、その周りにはわけのわかんない登場人物が現れてとても複雑な世界を描いている・・・みたいなことを言われていた。千と千尋に関しては千尋と顔なしとの対比が非常に面白いと言われていた。このビデオを購入してまた見てみたくなった。
子供が環境に不適応症を魅せるときの障害というリストがプリントにあって、その中には行動障害、身体的障害、心理的障害という3区分に分かれている。行動障害にはさらに非社会的行動、反社会的行動、習癖という区分にわかれているのだけど、習癖のところに「毛髪抜去癖」というのがあって、これを見て「あー、やっぱり」と思った。バイトの塾で一人髪の毛を抜く子がいたのだ。きっと心に何かあるんだろうなぁと思って見ていたのだけれど、しっかり心が結びつくまでにその子は勉強をやめてしまった。力になってあげられなかったのは残念だけれど、私とは相性があわなかったんだろうなぁとあきらめている。

10月24日(木)
 今日はカウンセリングの技法とカウンセリング的関わりについて。
先生曰く、「技法」という名前がついているが、これには惑わされない方がいいと言うことでした。なんとなくわかるような気がする。技法には傾聴(これが一番大事だそうです)、繰り返し、感情の反射、明確化、質問、要約などがあります。学校教育におけるカウンセリング的関わりの目標はいろいろありますが、学校教育相談では「育てる」という視点が一番大事です。教師も人間なので苦手な生徒とかいるはずです。そういう時に自分に素直になって自分を振り返るべきだとしています。自分の見直し、なぜこの生徒がイヤなのかを見ていくと案外自分に欠点があるためだったりするかもです。そして、問題が起こったときには、その問題の原因探しをするのではなくて、「何が問題なのか」を見るべきだそうです。そして、問題を起こす子供は親を試している場合もあるようで、これは子供の成長にとっては必要なことでもあるようです。よって、全知全能のような態度を子供に示していると、子供は幻滅してしまうようです。親もおろおろして一緒に子供と解決していくのがいいのかもしれません。

10月17日(木)
 今日はスクールカウンセラーの話から。アメリカでは1950年代に始まっているのに日本ではなんと1995年が開始だ。ま、それだけ日本は心が健康だったということか? 2001年度から臨床心理士として制度化された。なんだか今日の授業を聞いていたら臨床心理士になりたくなってきた。でも大学院を卒業しないと駄目みたいだね〜。外大卒で社会心理研究などの大学院に入学できるのだろうか?今度先生に聞いてみよう。
カウンセリングの基本姿勢として、Carl Roersがカウンセラーの態度の3条件というものをあげている。
1.Congruence, geniuineness (自己一致、純粋性)
2.Unconditional positive regard (無条件の肯定的配慮)
3.Empathic understanding(共
感的理解)
一見、納得してしまうんだけれど、実はよく考えると矛盾してるんじゃない?というところがある。
尾崎と西(1984)が発表した、生徒理解に必要な相談的な見方、感じ方、考え方、態度などは、今塾でいろんなタイプの子供を見ている私にはとっても役に立つ。9個ほど述べられているのだけれど、どれもあせらずにゆっくりと・・・という感じだ。

10月10日(木)
 学校教育相談の課題としては、不適応・問題行動の生徒への指導・援助を行ってから、学外専門家との連携や心理学・精神医学の知識も深めていくとされている。しかし、この心理学・精神医学の知識においては自分で対処できるのか見極める力が必要となる。決してまねごとで終わってはいけないし中途半端に終わってもいけないので、自分で対処できないと思うのならば、あっさりと専門家にゆだねる方が良いのだ。
生徒指導と学校教育相談という関係は、前者が父性的機能を持ち、後者が母性的機能を持つとされる。対立なく協力連結しあうことが必要である。チーム精神というやつだ。でないと、問題のある生徒は両方にワナをかけることがあるらしい。どんなワナなんだろう?事例が欲しいと思った。
教育実践としての学校教育相談で、学校教育相談でしかできない利点をあげると、早期発見・早期対応、予防的・開発的働きかけ、学内にいる専門家集団による保護があげられる。
今日の授業で、再三出たのは、やはり教師は自分の限界をよく知ること、そして周りとの連携を強くしておくことなどであった。専門家にゆだねる時にどうしても自分の方が子供をよく理解しているのだという態度に出てしまいがちだが、この態度は禁物である。
10月3日(木)
 前期の生徒・進路指導論は無事に単位を取得していたので気持ちよく後期の教育相談を受講できる(^o^) 話を聞いていたら、ほとんど生徒・進路指導論と同じような気がするけど、単位を落とすわけにはいかないので眠気を押さえてがんばって聞いていくことにしよう。
現代は社会・環境の急激な変化をする時代であるので、思春期の子供もそれに対応するのにどうして良いのかわからなくなる。つまり、大人になるということがどういうことかがわからないというのだ。ここで、家庭はもちろんのこと学校、地域のサポートが必要となるわけであるが、学校教育という面においてはカウンセリングをするのではなくて、教師が工夫・創造する独自の領域であるとしている。つまり、学校の先生がカウンセリングのまねごとをしてはいけないと断言している。学校の中にそういう人がときどきいるらしい。(なんとなくわかる気がする)。で、そういう先生は周りの先生と協調性がなく一人浮いているそうだ。先生は先生然としていろということだ。