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英米文学研究
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英語学研究
演習b(通訳)

英米文学特殊講義a

 大学の先生にも女性が多くなってきたし、ちゃんと助教授とか肩書きがあったりする。同じ女性としてとっても喜ばしいことだ。私がこの授業を取ろうと思ったのは、講義項目で先生が「今や世界で唯一の超大国となったアメリカ合衆国の触れられたくない過去に目を向ける」と書かれていたからだ。何を読むかというと、Tim O'BrienThe Things They Carried というフィクション小説を読む。 

学校日誌の感想をお寄せください(^o^)

20th January 2003 (Monday)
 6日にやる気満々で行ったのに突然休講になっていたから今日はもともと出る気はなかったんだけど、それよりも何よりも、先週の月曜日に突然発熱した風邪が長引いてしまって、今日も学校に行くような状態ではなかった。はー、レポート仕上げておいて本当によかったと思う今日この頃。

13th January 2003 (Monday)
 祝日。

6th January 2003 (Monday)
 今年で最初の授業だ。意気込んで行ったら誰もいない。しばらくしてもう一人来たけれど、やっぱり誰も来ない。「休講ですかねぇ」と言いながら時間が過ぎること30分。去年、先生は絶対6日はやりますって言ってたのにぃ(`´) 掲示板を見に行ったら、名前が出ていた。昼休みあたりに書かれたみたいだ。ぷんぷん。今日授業を聞いてレポートを出して、この授業をおしまいにしようと思っていたので、なんだかスカを食らった感じ。掲示板には20日に授業をすると書いてあったけれど、一気に出る気を無くしてしまったので先生の郵便受けにレポートを出して来てしまった。先生、ちゃんとご挨拶したかったけれど、1年間ありがとうございました。

9th December 2002 (Monday)
 今日は、Veitnam in Me の後半を読んだ。このエッセーにはもちろん翻訳など出ていないから、何回も読まないと何を示唆しているのかわからない時があって少々困る。先生に「ここは何について書いているのかわかる?」とか聞かれると、いっぺんに血の気が引いてしまう(^o^; 後半はインタビューしようと思っていた人にアポを取ろうとして人民委員会なる所へ行くのだがスケジュールはガラガラなのに、インタビューは駄目!という事から始まる。ベトナムもやっぱり東南アジアのどの国とも同じようで袖の下っちゅうのが必要なようだ。先生によると今でもやっぱり要るみたいだ。で、インタビューが終わって綺麗な海に彼女を連れて行く前に小さな村に寄る。すると、そこで両足のない人に会わされる。そこで、ぐっと気持ちが落ち込んでしまう感じだ。海で彼女とベトナムの子ども達とが戯れる様子を書いているが、その半年後には彼女を失ったTim O'Brienが、あの手この手で愛を取り戻せたら・・・という心境を書いている。それが、ちょっと女々しくていやな感じだった。彼女は自分としたことを未だ覚えているだろうとか、本当に女々しいのだ。私はその部分を読みながら「覚えてない!覚えてない!女は捨てた男のことなどさっさと忘れるもんだ!」とか心で叫んでいた。あはは。
さて、来週は休講で、1月の予定は、6日に授業をしたらそれでおしまいということだった。冬休み中にまた翻訳のないエッセーを読んでおかなくては・・・。そしてA4サイズに5枚以上10枚以内のレポートを1月末までに提出ということだ。私は1月6日に提出できるようにするつもり。あくまでも「つもり・・・」だけど(^o^;

2nd December 2002 (Monday)
 今日はNew York Times のサイトから抜き出してきた Tim O'Brien が書いた Vietnam in Me の前半を読んだ。相変わらずベトナムとアメリカの話を交互に持ってくる手法で、「懲りないやっちゃなー」とか思ったけれど、彼に対してはいやな感情は何一つもっていないので、とても素直に読み進めることができた。前半には My Lai Massacre について、かなり詳しい状況を書いていて、Timがアメリカに対して不信感をいだいているのがありありと読める。小さな村にいた老人、女子どもを溝に押し込んで、銃で一人残らず撃ち殺してしまったという大虐殺の話だ。1968年3月のできごとでアメリカは一応形だけ法廷に持って行ったみたいだが、誰一人として重い刑にふせた人はいないのだ。本当にアメリカって自分勝手でエゴイストな国だ。なんか段々嫌いになってきた(^o^;

25th Nobember 2002 (Monday)
 今日でとうとう"The Things They Carried"を読み終えた。長かったけど、結構楽しかったなぁ。こんなにじっくり中身を吟味しながら読んだ英語の本って長い人生で皆無だったから感動もひとしお・・・・って大袈裟かな?
最後の章でTimは死んだリンダの亡霊としきりに話をする場面が出てくる。その中で死んだ人というのは図書館にある何万冊のうちの一冊で、いつか読まれるのを待っているし、ひょっとしたら永久に誰も読まないかも知れないというような話をする場面もある。これは一体どういうことだろうか?ということが今日の一番の話題となった。いろいろな意見が出たけれど、これはTimが書くベトナム戦争の話を10年後も20年後も読み返して欲しいということではないか?自分の本はいわゆる流行の戦争物語ではなくて、もっと中身の濃いクラシックにさえなる本なのだと言いたげである。
 最後に、ベトナム戦争にまつわる先生のお薦め映画は、Full Metal Jacket だそうだ。冬休みにでも見てみようかな。来週からは、New York Times の本のコーナーで読める Tim O'Brien が書いた Vietnum in Me というのを読む。これは訳本がないから、ちょっとしんどいぞーーー(^o^;

18th Nobember 2002 (Monday)
 先週次の章にも突入したので「あやま」と思ったんだけど、今日の授業で先生が開口一番「先週は予定でないとろこもやっちゃったね」と言われた。「誰も何も言わないんだから。」 ま、授業が進むのはいいことです(^o^)
今日はいよいよ最終章に入った。最終章の2つか3つ目くらいから、ちょっと雰囲気が変わってきて霊的な話や死者が生き返ってTimとしゃべっったりするのだ。これは、戦場でだけの「死」を知っているのではない、戦場でだけの「死」の話だけで終わりたくないという筆者の気持ちの表れではないかということだった。この最終章は、The Lives of the Dead と、変わった題名だ。死者の生命・・・・死者は物理的には姿がなくなってしまっているけれど、誰かの心にずっと残っているのだよと言いたいのかなぁ。ちょっと謎だ。この章の主人公は、Timが9歳の時にとっても大好きだったリンダという女の子だ。彼女はたった9歳の若さで脳腫瘍で死んでしまうのだ。初恋の人が死んでしまうってどんな気持ちだろう。9歳でもやっぱり痛手になるのかなぁ?Tim O'Brien はよっぽど9歳が好きみたいだ。この小説の中で娘も9歳だったし。亡くなったリンダを娘のキャスリーンでよみがえらしたのであろうか?
しかし謎の多い小説だ。いよいよ来週は最終章の後半に突入。この小説読みも終わることになる。

11th November 2002 (Monday)
 後期が始まってから、どんどん人が少なくなってきていたのだけど、今日は3人増えて6人で授業をした。どうやら一人はドロップ・アウトしたみたいだな。
今日読んだ章は先週読んだ章の後半部分だ。これだけのはずだったのに、なぜか次の章もやったので「あやま」だったのだけど、訳本だけは次が気になるので読んでいたから、ちょっとセーフって感じだった。
後半は、いよいよTim O'BrienがAzarと趣向を凝らした仕掛けで、憎き衛生兵を怖がらせる場面だ。なんてまぁ、幼稚な・・・という行動をしているのだけど、これはやはり自分をヒーローにしてはいけないという心情からくる場面なのだろうか。仕掛けをしていくうちにTimはどんどんやる気をなくしていくのだが、Azarといえばどんどんやる気を起こしてしまって止めても「なんだよ、臆病者!」と一蹴される始末になってしまうのだ。ここで問題になるのは、ベトナム戦争なんかに行きたくない!あれは正しい戦争ではない!(正しい戦争なんてあるのか?)と言ってるくせに、いざ前線からの遠ざかって後方にいると、なんだか腕がむずむずしてきてしまうというギャップを表したところではないかという事だった。
 んー、いつまで経っても読み込むってことは難しいなあと思う。今週と来週につながるものは霊的なものが多い。来週はいよいよ最終章になり、この章では霊的なことが満載なのだ。

28th October 2002 (Monday)
 まだ本調子が出ない。午前中に訳本とざーっと読んでそれから原本を読んで授業に出た。こんな即席の予習でいいんかいと思うけれど、出ないよりマシかなと思ったりもして。で、今日は3人だった。みんなどーしちゃったんだろう。面白い本なのになー。
今日の"The Ghost Soldiers"はTimが戦争で2発弾丸に当てられた経験のうちの1つを書いた章だ。実際は1発しか当たったことはないらしい。もともとTimはベトナム戦争に行く理由が見つからなくて困っていたはずなのに、2発目の弾丸のおかげで前線から逃れられて後方で仕事をすることになってから、なんだか居心地が悪いのだ。久しぶりに会った一緒に前線で戦っていた仲間とも少し疎外感を感じ、仲がいいと思っていた一人からは「もう仲間じゃないさ」と言われてショックを受ける。おまけに2発目に弾丸を受けたところは、なんとお尻なんだけれど衛生兵の手当が悪かったために肉が腐り初めてひどい経験をするはめになる。そんなこんなで、その衛生兵を憎むようになる。で、リベンジをしてやろうということになるのだ。今日の授業範囲はリベンジをする手前の所までなんだけど、そのリベンジを一緒にする相手も本当は一番嫌いな人間と組んだりして、ちょっと怒りにまかせて理性を失っているTimを見ることになる。

 なんかこの本には登場人物が多すぎて、誰がどんな性格の人間だったかという質問を先生にされても、さっぱりわからないのであった(^o^;

21st October 2002 (Monday)
 やっぱり月曜日は体も心も準備ができていなくて学校に行くのが億劫だ。好きな授業でもこんな気持ちになる。早めに学校に行って頭も体も慣らしておいたはずなのに、三限の時間が近くになって「あー、もう今日はさぼっちゃおうかなぁ」って思ってしまう。でもこんな簡単な誘惑に負けちゃいけないと思って、自分を叱咤激励して授業に出る。ありぃ〜(@_@) なんと今日はたった二人だけの出席だった。んー、これで点数が稼げちゃったかも(^o^)なんちゃって。先々週に比べたらかなり予習をしていったはずなのに、いざ発表しようとすると私は全然自分の意見がまとめられない。もっと大人になりたい・・・・としみじみ思った。

7th October 2002 (Monday)
 なんだかまだ頭がぼけぼけで午前中にちょっと翻訳本を読んだだけだったので、今日の授業では何も発言できなかった。やっぱり予習はきちんとしていかないとなー。月曜日の授業って、祭日で結構よく飛ぶ。今日やっと後期初めての授業だと思ったら来週はまた休日で授業はない。

8th July 2002 (Monday)
 教室に行くと、すでに先生が来られていて生徒は私を入れてたったの3人だった。あとから一人来たので結局4人で授業をした。このクラスっていったい何人が登録して実際に単位を取るつもりの生徒は何人いるんだろう?
今日は、 Speaking of Courage と、Notes の章を読んでいった。前の章では、やっぱりNorman がぐるぐると池を回っている様子が描かれているし、ふとハンバーガー屋さんに立ち寄るのだが、注文の仕方がわかんなかったり、飲み物の名前もわからなかったりと、現世と時を共有していないことをさまざまと描いている。うまいなぁー、こういう表現の仕方。単刀直入に、「戦争から帰ってきたばかりなので、流行の物がなんなのかわかりませんでした。」って書くんじゃなくて、いろいろなシチュエーションを見せて作者に読みとらせようとしているのだ。んー、ほんと、うまいっ!(^o^)
戦争から帰ってきて、かつて住んでいた自分の街の時と自分の時がかみ合わない、自分の行き場がない、などの症状を訴える帰還兵はベトナム戦争の時にかなり多かったみたいだ。体の一部を失ったり大きなケガをした人も気の毒だけれど、精神的に参っちゃった人は本当にどうしてあげたらいいのかわからないね。
 Notes の章では、Norman に書いてくれと頼まれて Speaking of Courage を書いたことをあかしている。そして、その Norman はとうとう自殺してしまうのだ。なんだか、この2つの章はもう一つ踏み込めない章だった。作者も、Normanという名前を出しているわりには、そんな人は実在していなかったと言ってみたり・・・作り話だと言っている。ま、登場人物を自分と同じ名前で出していながら、そんな奴はいなかった・・とか言う人だからねえ。なんか意図的なものなのだろうか?

1st July 2002 (Monday)
 今日も先生が「何かない?」と聞かれると意見が色々と出ました。みなさん勉強熱心ですね。私も負けじとコメントしたのですが、ちょっと読み違えていたことに気が付いてバツが悪かったっす(^^ゞ でも先生は別にとりたてておかしいとは言われず、そうですね・・・というコメントをくださっていた。すんません。なんか私は変な発言をしてたみたいです。
 今日は、Speaking of Courage の途中までを読んだ。戦争から戻ってきた Norman Bowker が自分の生まれ育った街にある大きな湖の周りを時速2〜30kmの車でぐるぐる周りながら、あーでもない、こーでもないと物事にふけっているシーンなのだが、このシーンの中にもいろいろな意味が含まれていて、とても深刻なのだ。彼はベトナム戦争で戦友を亡くしている。それも自分のそばにいた友がぐちゃぐちゃの排泄物の沼(quagmire と言うらしい。これを読んだだけでオエッて感じだ!)に吸い込まれてしまうのを助けられなかったという自責に駆られてどーしよーもできないでいる。そのつらさをわかってくれる人も街にはいない。両親も昔の女友達もだめだ。そして戦争に行く前に親友だった奴はその湖でおぼれて死んでしまって、もういない。かれが誰とも共有できない時間をもてあましているのを延々と車で8周も回らせることによって描いている。本当に、作者の技巧は「うまい!」としか言いようがない。
 ここで、なぜ両親とも疎外感を感じてしまうのか?という問題が出るのだが、それはもう少し後の章に両親が気を遣って何も聞こうとしないという文章から窺えるように、あえて両親は戦争の話を出さないように気を遣っているのだ。で、その根底にひそむものを先生に聞いて、とってもびっくりしてしまったのだが、ベトナム戦争からの復員兵はかなり差別を受けているらしい。
アメリカというと7月4日の独立記念日だが、その日には町中でパレードや花火をして祝う。そして戦争からの復員兵もパレードに加わりたくさんのメダルをつけてみんなから賞賛されるのだが、ベトナム戦争からの復員兵は冷たくあしらわれるだけなのだ。理由はたった一つ。負けたから・・・なのだ。彼らの家族は家にその人物がいるだけで恥ずかしいという思いをしたり、家にいて欲しくないという雰囲気が漂っていたそうだ。また、就職口も無かったらしい。家にもいられないけれど、外にも出られない・・・そういうった中途半端な立場にある主人公が車に乗って、池をぐるぐる回っているのは納得がいく。かれの出身地はアイオワ州で中西部の保守的な土地なので、余計にその念が強いのであろう。
本当に、いろいろと教えてくれる本なのだ。(というか、授業なのだ(^o^)

今週のおすすめ本:
Bobby Ann Mason "In Country"   Amazonで調べましたが、売り切れになっていました。絶版なのでしょう。

24th June 2002 (Monday)
 今日はみんな活発な意見が飛び交ってゼミのような感じだった。心なしか先生も嬉しそうだったような。
今日読んだ章は、The Man I Killed と、Ambush と、Style の3つだ。最初の章は自分が殺さなくても済んだ男を殺してしまった(戦争だし、殺さないで済んでいればきっと逆襲されていた恐れもあるし・・)ことへの自責の念がすごく強く出ていた章だった。とにかく殺してしまった男の描写を何回も何回も繰り返し書いていて、本当に動揺していることがうかがわれるのだ。その描写も見た本人じゃないとわからないような細かな描写だ。男の体つきが華奢なことやきれいな肌をしていることや、まゆげが女のように細いことなどの描写もあったのだが、それを先生が racism だと言われた時は、なるへそー、そんな見方があるのかとびっくりしてしまった。西洋の男性と比べたら東洋男性の体つきが華奢なのは見ての通りだが、それが話題になるというのは自分が東洋人であるので気が付かなかった。
気が動転してわらわらしている自分の描写と対象に、次の章ではとても落ち着いて同じ事が書かれている。次の章では20年経ったあとで書かれた章になっているので、やはりかなり同じ事件でも冷静に物事を見られるようになっている。そんな読み方があるのだなぁとまたまた感心してしまった。この順番を逆にしたらどうなるか?ちっとも面白くない話になってしまうというのが結論だった。作家って大変な仕事だなぁと思います(^o^;
3つ目の章では、何かを伝えたいというものではないのだが、この小説のいくつかの章のうちで、今日読み込んだ章の3つだけがベトナム戦争におけるベトナム側を伝えたもので、あとは、全部自分が率いるグループの中で起こる事件を語るのだ。
今日は、各章の読み込みよりも、小説の読み方にはこんな方法があるのだということを学んだ気がした。
小説って面白いんだ!それも英語の小説をもっと読みたいと思わせてくれる授業だ。

17th June 2002 (Monday)
 今日は、Sweetheart of the Song Tra Bong の後半と、Stockings, Churchを読んだ。あとの2つはなかなかほのぼのとする短い章だった。先生によると作者自体が好きだった人物なので好意的な書き方をしているのだろうということだった。主人公は Henry Dibbins という体のごっついまさにアメリカ人という人間だが、とても性格がよく誰にでも好かれていた人のようだ。ソン・チャ・ボンの恋人の後半は、どんどんベトナムの深みに入ってしまった Mary Anne Bell はとうとう森の奥へ一人で入ってしまって戻ってこなかったということだった。もちろん空からの捜索もしたのだが見つからず、行方不明者リストに載ってしまった。で、彼女を呼んだ Mark Fossie は降格したらしい。
 戦争は人を変えるというけれど、それは男の人にだけ起こることだと思っていたら、女の子でも変わってしまうのだという例を作者は言いたかったらしいのだが、読者の反感を買ったのも事実だそうだ。何かにのめり込んでしまうという現象はすごくよくわかるんだけど、それを先生に言ったら「のめり込むということは、それだけ innocent, ignorant ということでしょうね」ということだった。なるほどねー。
10th June 2002 (Monday)
今日は、Sweetheart of the Song Tra Bong という題のついた章の半分を読んだ。村上春樹は、ソン・チャ・ボンの恋人と訳している。衛生兵の Mark Fossie が自分の恋人である Mary Anne Bell をベトナムに呼んじゃったことから話しが始まる。語り手は、物事を4,5倍にして話さないと真実味が伝わらないと思っている Rat Kiley だ。だから、聞いているみんなはほんとかよ・・・ってな感じで聞いている。呼んでいるほうだって、ほんとかよ・・・って気分だ。だいたい割と安全な部署とはいえど、戦場に女の子がプライベートで来られるなんてことが本当にあるだろうか?でも先生いわく、本当にあった話らしい。最初は高校卒業したての、ブロンドの(いわゆるブロンドはちょっと頭がいかれた・・・という意味を含んでいる。dumb-blonde っていうやつ)かわいい女の子だった Mary Anne が、どんどん戦場の魅力にとりつかれていって、そのうち恋人の Mark より、一番危険な仕事と嫌われている Greenies 部隊と一緒に「待ち伏せ」をやったりするようになっちゃう話しだ。この章は来週やる後半の部分の方がすごいんだけれど、たぶん作者の Tim O'Brien は、女の子を登場させることによって女性にもっと戦場のことが理解できるようにしたんじゃないかなぁとか思ってしまった。この授業は取って正解だったとマジで思う。こんな時くらいしか英語で小説を読むなんてことはしないだろうし、ベトナム戦争について考えることもなかっただろう。そしてなにより、Tim O'Brien の文章が淡々としていてとてもわかりやすい英語なのだ。だから英語で読むことにも苦を感じない。
今日の授業の出席者はたったの4人で女の子ばっかり。どーして皆は簡単に授業を休むのだろう?なんでなんだろう?
試験は後期にレポート提出ということだそうだ。よかった。レポート作成は暗記物のテストよりずっと楽。
夏休みには課題図書を一冊は読んでおくようにと言われた。課題図書とは、同じ Tim O'Brien の If I Die in a Combat Zone と、Goin After Cacciato という本だ。前者は以前に Amazon で訳本を取り寄せてあるので原本を注文しなくてもよかったんだけれど、なんか夏休みに絶対英語の本を読んでやろう!と思っていたし、またまた Amazon で、両方の洋書を注文してしまった。とにかく夏休みにいっぱい本を読んで、いっぱい勉強しようと思っている。

3rd June 2002 (Monday)
今日は、この小説の核ともなるべき章を読んだ。もともとこの小説の題名は、How to Tell a True War Story という題名だったんだけど、あとで作者が、The Things They Carried にしたのだ。私は個人的には後者の題名の方が好きだけど。村上春樹は前者の題名訳「本当の戦争の話しをしよう」で訳本を出している。で、この核ともなる章で、核ともなる文章が、what happened from what seemed to happen ということなのだ。戦争の話しって、それらしいことを書いた本が多いのだが、どんなにすごいことを書かれていても戦争に行ってない人間が読んでもピンとこない。これって、阪神大震災の時の恐怖心を話しても、それを知らない人に分かってもらえないのと同じだね。
この章では、何を書けば本当の戦争の話しらしく聞こえるか、理解してもらえるかなどと言ったことが論点になった。
それは置いといて、私が今日ちょっと感心したのは、この章の次に The Dentist という章があって前の章で出てきたR(爆弾を踏んづけて爆死するんだけど)のことを書いている。Rは歯医者が嫌いで、戦地で歯の検査があったんだけど歯医者の前に座っただけで気絶しちゃうのだ。でも、前の章では手榴弾をお手玉代わりに遊んでたり、臆病者を嘲笑ったりするイヤな奴だったのだ。そんな奴が歯医者で気絶してるのだ。それを作者は「嫌いな奴」として登場させているのだ。あ、だからイヤな奴は爆死させちゃったのかな(^o^;

27th May 2002 (Monday)
お気に入りの授業その1。今日読む内容は主人公(語り手でもある)が、徴兵の知らせを受け取って少しパニクっている様子を、ある男性との関係を通して上手に表している章を読んだ。先生に言われてわかったんだけれど、戦争を知らない人に「戦場ではこんなことをした、あんなことをした、あんな思いをした、こんな思いをした」と書いても、いったいどのくらいわかってもらえるか分からない。が、ある事件やストーリーを通してその気持ちを書くと、本当に真に迫って理解できるというらしい。実際、この作者 Tim O'Brien が読者からもらう手紙で一番嬉しいのは、戦争を経験したことのない人が、「戦争とはそういうものだったのか理解できた」と書いてきてくれることらしい。実際に戦争に行った人が「あの場面はよく理解できた」と書いてきても全然嬉しくないらしい。なんとなくわかるような気がする。
主人公は、戦場に行きたくないのに「行きたくない」と言えない、その臆病さに悩み、お父さんの車を借りだして北の方へドライブに行ってしまうのだ。Rainy River という大きな川のほとりに建つロッジに何泊かするのだが、そのロッジのおじさんは主人公が来たときからなぜ彼が来たのかすでに察していたようで、黙って迎え入れる。そして余計なことは何も話さずにその日その日を過ごすのだ。けれど、カナダとの国境が近いところへわざわざ釣りに出かけたり、宿泊代を取るどころか、逆に薪を割ってくれたバイト代だと言って200ドルをくれたり、彼がカナダへ逃亡する手助けをしているようにも見えるのだ。
主人公は、彼のことを命の恩人だと言っている。たぶん悩んでいるときに自分で解決する方法をみせてくれたことが、何をしてくれたことよりも、一番大きなプレゼントであったのかも知れない。
来週も20ページほどを読んでいきます。

20th May 2002 (Monday)
今日は遅刻せずに行くことができた。というか午前中にしておかなければいけないことがたくさんあって、気が付いたら学校に行く時間になっていたのであわてて昼食も食べずに家を出たのだ。学食で200円のお寿司パックを買って5分で食べて授業に向かった。今日はOn the Rainy River の章の半分を検証。先生曰く、大事な章とのこと。実際書き手が戦争に行きたくないのに「いやだ」といけない悶々とした気持ちをつづっている章なので、先週と同じく何が embarrassment なのかということがわかる。誰だって戦争なんかに行きたくないのだ。本当の悪をやっつけるための戦争ならまだしも、完全に間違っている戦争に行くなんて!そのうえ戦争に行って死ぬかもしれないなんて!それが語り手の言いたいところなのだ。でもそれを声高に言えない自分がいる。それはなぜなら家族とこと、親戚のこと、近所のことが気になるからである。ひょっとしたら一番気になるのは、自分がどうこう言われることではなくて、「○○んチの臆病息子は戦争が怖くてカナダまで逃げちゃったらしいぜ」という嘲りで家族がバカにされることが耐えられなかったのかも知れないなぁ。
この章の中でトンキン湾事件というのがあるんだけれど、それは USS(United State Ship) が夜に襲撃されたとしてベトナムを襲撃する事件らしいけれど、これも本当に襲撃されたのかどうか怪しいらしいのだ。なんかアメリカって本当にいやらしい国だ。真珠湾戦争だって日本が戦争を仕掛けてきたって言ってるけれど、本当はアメリカが仕掛けるように仕向けたって誰もが言っていることだし。あのビン・ラディン率いるアルカイダの同時多発テロだって、アメリカがわざとそうさせるように仕向けてるっていう説もあちこちでささやかれているし・・・・(-_-;)まったくもぉ・・・
今日の読み込みページは7ページととても少なかったので、授業も15分早く終わりました。がぁ!来週は20ページくらい読み込んで行く予定です。がんばって読まなくちゃ。

13th May 2002 (Monday)
2週間ぶりの授業だ。ちょっと遅刻して行ってしまった。この授業はお気に入りの授業なのだ。課題の本を読める機会を与えてくれた先生に感謝したい。結構おもしろい本だし、読み深めていくのも楽しい内容だからだ。
今日は16ページから38ページまで。今までの自分たちが担いでいる荷物の詳細な描写とうってかわって、19ページあたりから、精神的な描写になってくる。ちょっとジーンとさせられるところだ。そして、they carried という文章が何度も出てくる。特に25ページで The things men carried inside という文章に当たった時に私はハッとした。もともとこの本の題名は、The Things They Carried で、私は単に戦争の時に背中に担いでいる物質しか考えていなかったのだが、よく考えると作者は物質のことより内面、精神面のことを言いたかったんだと気が付いたからだ。あー、そーだったのか・・・。で、ベトナム戦争時代は特にそうだったらしいのだが、戦争隠語というのをよく使っていたらしい。その中に、隠語といえるのかどうかわからないけれど、There it is (村上春樹は「やれやれ」と訳している)もその一つだ。他にいろいろ卑猥な単語で別の意味を表していたみたいだけれど、こういうのは結局、彼らの何か心にあるものの裏返しなどだというテーマに突き当たった。ベトナム戦争で毎日担いでいた荷物も重いのだが、それよりも何も重いもの・・・それは精神的重荷。つまり、「臆病と思われたくない」「臆病と呼ばれたくない」 だから参戦したのだ・・・そんなことから戦争に来ていたりしていたのだ。国にぶざまな格好で帰りたくない・・そういう気持ちもあったと思う。 それを、just to avoid the blush of dishonor と書いている。ちょうど言い得た英単語がある。 embarrassment だ。「恥ずかしいからしない」のだ。日本の「バツが悪い」とちょっと違うニュアンスを含んでいる。そして、courage とは何か?本当の courage とは何かを問うているのである。それは、怖いなら怖いと言える勇気、死にたくない!と叫ぶ勇気・・・なのではないのか?
来週は、39ページから46ページまでを読み深めていきます。先生曰く、とても大事なパートなので英文はもちろん、訳本もしっかり読んでくるように・・・とのことでした。

そうそう、ベトナム戦争の時って日本も儲けさせてもらったそうですねぇ(-_-;) なぜそれがわかったかと言うと、They imagined the muzzle against flesh. So easy; squeeze the trigger and blow away a toe. They imagined it. They imagined the quick, sweet pain, then the evacuation to Japan, then a hospital with warm beds and cute geisha nurses. という文章があったからなのですが、戦争現場にいる苦痛から自分で足の指を銃で撃って、日本の病院に送り戻されたりする人が結構いたそうです。で、日本はアメリカと病院提供のような提携を結んでいたのかと思っていると、そうだったらしく、自動車メーカーのH車なんぞはジープを提供していたそうです。だからかなり戦争で儲けたはず。ここら辺の話しって、憲法とか、会話で発表しようとしている内容とかと連動しているから、なんとなく面白い。

22nd April 2002 (Monday)
 先週は13人もいたのに、なぜか今日出席していたのはたったの5人だった。まるでゼミじゃん(^o^; でも先生とじっくり話しができるから良いかも。私のゼミは文法系なので、こういう文学を語るというのもオツなもんです。Amazonで注文した本もギリギリ土曜日に到着したので、とりあえず訳本をざっと読んでから原作を読んだ。しっかり読み込むために原作の方は2回読んだ。するとそれだけで結構頭に入るもんだ。
 この本の内容は戦争なので戦争用語がたくさん出てくる。だからそれをいちいち調べていると読むのがイヤになるので、極力無視して読み込んだ。それでも構文は簡単だし戦争用語以外で難しい単語はあまりないので、結構主人公の気持ちだとか、状況なんかは読めてしまうものだ。先生はしきりに訳本を読んだらいいとおっしゃっていた。そういう事もあるんだ・・・
 今日は1〜16ページの半分までの内容を結構細かく検証していった。この部分では、主人公の Jimmy Cross が思いを抱いている Matha のことと、戦場での細かな描写との対照的な部分が描かれている。これを現実と空想との対比として見ている。戦場のことが書いてあるかと思うと、ふと主人公は Matha のことを考えていたりしているのだが、私にはそれはとても自然なことだと思えた。戦場にいると言っても、たかだか24歳の若者で、戦争しているより女の子のことを考えている方が自然だもん。で、持ち物の名前とその重さがとても詳しく書かれているのも、もう一つの面白いところだった。アメリカでは、戦争に参戦するときに自分から志願したら位をもらえるそうだ。だから、この Jimmy Cross も若干24歳で少尉で5〜6人の歩兵隊のリーダーになっている。位がもらえるということは死ぬ確率が少ないということでもある。だいたいベトナム戦争の頃で徴兵された男子は19〜20歳で、高卒の18歳もいたそうだ。
 そうやって、16ページ分をたっぷり読み込んで授業は終わった。こうやって場面場面で掘り下げて、これはどういう気持ちだったのだろうか?とか、これは何を表しているのだろうか?と考えるのって面白いなぁと思った。
最後に、同席していた生徒がおすすめの戦争映画を紹介して欲しいと先生に言ったら、先生が挙げてくれたのは、
Full Metal Jacket
Platoon
Apocalypse Now (地獄の黙示録)
Born of the Fourth of July
Heaven and Hell
    だった。私はPlatoonを見たことがあるけれど、ものすごくショックを受けたのを覚えている。さてさて、来週と再来週とゴールデンウィークのために2週間もあいてしまいます。ということで、先生は訳本を手に入れて全部読んでおくといいよということでした。ほんじゃ、読んでみましょうかねぇ・・・。
15th April 2002 (Monday)
 ゼミに使っている教室で授業があるので、先生はそんなに人数が集まらないと思われていたのかなぁ?ただ教室が無かっただけなんだろうか?それでも13人が受講していた。
まず、このフィクション小説作家の Tim O'Brien の生い立ちから説明が入った。あ、そうそう、この授業は本来、国際関係学科生用なので英語を詳しく読むということはしないとおっしゃっていた。でも授業を取ったほとんどの生徒が英米学科生だった(^o^; で、このティムさんはとーーっても頭の良い人で大学は最優秀で卒業しているし、ベトナム戦争への徴兵後はハーバード大の院で博士号も取っている。1973年から執筆活動が始まり、その殆どが戦争に関係したフィクションだったり、自伝だったり、ノンフィクションだったりする。大きな賞も取っている作家だ。
 The Things They Carried は、とっても変わった趣向のフィクションで、冒頭のページに作者が「この本を〜に捧げる」とよく書くけれど、ティムさんも「〜さんに捧げる」と書いている。が、実はこれがくせもので実在しない人だったりするのだ。でもその人物名はこのフィクション小説の中に登場するし、ますますこんがらがるのが、このフィクションのナレーターが、Tim O'Brien と名乗ったりしているのだ。まだ読んでないのでよくわからないが、ティムさんが実際にベトナム戦争に参加していた時のことに基づいた話しらしい。2002年の現在でもこのフィクションは米国で評価が高いらしい。訳本は村上春樹が「本当の戦争の話をしよう」というタイトルで、文春文庫から出版している。先生が言うには、誤訳もなくよくできた訳本だということだった。来週までに16ページほど読んでこなくてはいけないので、さっそくさっきAmazonで訳本を注文してしまった(^o^;;たったの590円だー。でも、なるべく自分で原本を読むようにしますっd(^-^)b
 読むときの注意点として、ティムさんが書きたかったものは何なのか?ということを頭においておく。兵士の様子など、アメリカが作った戦争映画といえば、兵士も国も「行け!行け!どんどん」の世界だが、このフィクション小説の中の兵士はどんよりとして力がないらしいのだ。(私はこっちの方が本当だと思うけど・・)そういったことを見ながら、今のアフガン戦争につながるものがあるのではないかという検証もしてみるようだ。
 楽しみ(^o^) 楽しみ(^o^)