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先週、まちがった科目を取っていたために受けなかった比較思想論。いったいどんな教科なのかもわからず出席だけしました。今日聞いた範囲だけで理解したとすると英語と日本語訳との比較を論ずる科目のようです。 

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授業内容
2000.9.14.(木)
今日は楽しいテストの日〜(^-^) ノート持ち込み可だったので楽勝だった。なぜなら授業で先生が話しをされたことを事細かにメモっていたので、どんな問題が出ても平気だなぁって思っていたからだ。
問題は三択で、一つが西周が「哲学」という言葉を使うようになった経緯について、二つ目がライプニッツが宇宙は時間を映す鏡と言ったいきさつについて。三つ目がテスト前に急遽問題になったカントのコペルニクス的転回とはどういうことを言うのかという問題でした。
私はどれでも答えられるなぁとは思ったものの自分の感想を述べられる設問が2番目だったので、ライプニッツの「宇宙は時間のの鏡」について詳しく書きました。詳しく書きましたって言っても先生が授業中に話されたことをそのまま書いただけです。で、一番最後に「点数狙い」として、5月18日の授業内容で書いた私はなぜ生きているのかがわかったような気がした件について書いておきました。
これで「優」は間違いなしだろう(^o^)(^o^) ←ほんまかぁ??

2000.9.7.(木)
なんと2ヶ月ぶりの授業なんだ。それでもやっぱり何ごともなかったように授業は始められたのでした。今日は先生が夏休み前からまとめたらしい、ご自分の論文をテキストに授業を進めていきました。題は「時間と永遠」 − 永遠の現在(いま) − です。なんのこっちゃ。
前回の授業で出た九鬼さんの思惑などをまとめたような論文でした。偶然性の哲学を研究した九鬼さんは外国語が堪能でフランス人よりもフランス語がうまく、ドイツ人よりもドイツ人がうまいと言われるような人だったそうです。英語ももちろんぺらぺらだったそうですよ。こういう人の脳味噌ってどうなってるんだろーー。
九鬼さんは日本の哲学がもっとも活気のあった時の人で第4期1920−1930年代の人です。九鬼さんの他に西田幾多郎、三木清などがいました。九鬼さんは33歳の時に西洋留学へ旅立ちました。まずドイツ→パリ→ドイツ→フランスとドイツとフランスを往復するのですが、外国にいると日本のことが良く見えてきます。すると欠点が長所に見えてきたり、長所が欠点に見えてきたりです。おまけに外国人が誤解していることなども判ってきます。そんな誤解を解くために九鬼さんは一生懸命だったようです。九鬼さんは一回目のパリでサルトルに会います。二回目のドイツでは現象学を学んだフッサール、西洋で一番の天才と言われる「存在と時間」を書いたハイデッガーと会っています。
この「存在と時間」にひどく感銘を受けた九鬼さんですが、九鬼さんは時間のイメージに対して東洋と西洋では少し違うことを説いていました。
東洋では時間は円環型で車輪のようなもの。つまり過去が未来へ近づいていくと言っています。が、西洋では時間は直線的で川の流れのように過去と未来がどんどん離れていくと言っています。
またその流れも過去があって未来に続いている形。(Bergson ベルクソンの「時間と自由」
未来がいつもあって、過去へ流れていく形。 (Heidegger ハイデッガー「存在と時間」
今というものは瞬間的に現れてきてその都度その都度を生きているという形 (Husserlの考え方)の3つあると説きました。
九鬼さんは東洋の時間のイメージは円環型と言いますが、私はどっちかというと直線型です。で、未来があって過去へ流れていく形かな。みなさんはどうですか?
さて、このように九鬼さんは外国での誤解を解こうとするうちに、本当に日本で失われつつあるものの存在に気が付いたわけです。日本芸術においてその題材や事物に属するほとんどのすべては、無限と永遠のつかの間の象徴として理解されねばならぬ」つまり「はかない流転する物の中に無限を、永遠を見るのが日本人の魂である。「時間のなかに永遠を見る」という伝統を伝えたかったようです。
この時間のなかに永遠を見た人達で有名なのは、西行、芭蕉、柿ノ本人麻呂ですね。この人たちは旅を愛し、定住をせず漂泊した、諸行無常を愛した人たちです。
はかないもののなかに美を垣間見る、無情を無情としてありのままに受け取り、夢のような無常の世と生をそのまま肯定する。それが日本人の時間のあり方と言いたかったのでしょうか。

2000.7.6.(木)
毎週木曜日は生協さんの共同購入の日で、私の班は4時45分からなので5時半からの授業にはギリギリなのですが、幸いにも先生はいつも20分遅れなので、今日ものんびり近所のおばちゃまとお話をしていたら、今日は私が授業に遅刻するはめになってしまいました(^^;)

今日は九鬼周造の「いき」の構造から抜粋した2ページのプリントの解説でした。
この歳になってから大学に入ったので、すごく思うのですが、大学の授業ってつまんないですね。だって先生からの一方的な講義だけで、全然生徒との話し合いがないのです。これって講義では当たり前なのでしょうか。それと、生徒の程度の低いこと。先生に当てられて自分の意見を言えない人が多いし、英語の授業の時なんか発音は間違いだらけ、意味は調べてきているのに「これ、なんて発音するんですかぁ?」って堂々と先生に聞いている。辞典で意味を調べたときに発音記号まで見ないんでしょうか?堂々と宿題を「やってきてませーーーん」なんていう人もいて、私は自分が先生になったような気分になります。「先生」なんてなるもんじゃありませんね。私はやる気のある人だけに教えたいです。

で、元に戻りますが九鬼さんは翻訳のむずかしさをこの本で説いています。簡単に思える「空」とか「森」という単語すら、各国で対応する空とか森は違うので、簡単に訳すことはできないと言っています。言葉というのは後ろに歴史や文化、土地柄、いろんなものが含まれています。だから例えば英語でskyと聞いて、日本語の空と簡単に訳せる物ではなにのだと言っています。空と聞いて思い出したのですが、アジア圏で空を写真に撮ると、なんか暗いんですよね。でもアメリカとか地中海とかオセアニアの空って真っ青で明るいんです。これって公害の違いかなぁって前から思っていたのですが・・・・・?

九鬼さんはいろんな例を出して、日本語の「いき」という言葉はどこの国の言葉にもないと言っています。いき、つまり粋ですね。日本語の意味には・媚態的で、・意気で、・諦念の3つの要素があると言います。でも他の国の言葉では、媚態的要素が強すぎる言葉であったり、意気の要素が強すぎたり、諦念が強かったりで3つが均等に含まれている言葉はないというのです。
先生はひつこい程に、この「いき」を説明するのに男女の仲をとりあげていました。最近の男女にはいきがないとぼやいていました。「いき」を持つ男女を今までに見たこともないとも言われていましたが、私は「私と彼ピーとはいきな関係ですよぉ」って自慢したかったです(^^;)
だって、本当に適当にべちゃべちゃと愛し合っていて、適当にお互いがしっかりしていて、適当に相手の立場を諦めて見ていますもん(^-^)   なーーーーんちゃって(^o^) 最後はおのろけになってしまいました。

今日で講義は終わり。9月から2回授業があって、2回目にテストをしますと言うことでした。でも単位はくれるそうです。単位をくれたら、それでいっかぁ〜(~o~)

2000.6.29.(木)
いつも好きな講義なので目もぱっちりで先生の話を聞くのですが、今日は眠くて仕方がありませんでした。ま、先生のせいとは言いませんが・・・。先週先生は「昼の見方」の講義を来週しますと言ったのに全然違う講義になっていました。
今週の講義は第四期に活躍した三人(西田幾多郎、和辻哲郎、九鬼周造)の中の和辻哲郎氏の書いた「風土」という哲学書についてでした。昼の見方の講義はもう忘れ去られてしまったのかなーーー?
序言の中で和辻さんは「自分が風土性の問題を考え始めたのは、1927年の初夏、ベルリンにおいてハイディッガーの『有(う)と時間』を読んだときである」と書いてあります。で、ハイディッガーとはどんな人か、『有と時間』とはどんな本なのかから始まりました。

第四期とは1920〜30年代になるのですが、ちょうどハイディッガーも同じ頃に活躍した人です。西洋では今世紀最高の哲学者と言われているそうです。この人もドイツ人です。フランスにはベルクリンという哲学者もいました。「有と時間」は1927年、ハイディッガーが30代後半の時に書かれたもので、東京人は「存在と時間」京都人は「有と時」と訳しているそうです。 Sein und Zeit というのがドイツ語題で英語になおすと Being and Time というのだそうです。ヨーロッパ人というのはとても「時間」に対して関心が深く、あまり「空間」については関心を持たないそうです。この空間について書かれていなかったので和辻さんは「有と時間」を読んで少し不満が残ったと「風土」に書いています。ヨーロッパ人は「死」までの時間に対する恐怖心がかなりあるそうです。先生が18の時に読んだハイディッガーの本に「投げられて投げ返されつつある世界内存在」という文章があったそうです。もちろん本文はドイツ語ですよ(^o^) これは何のことかと思うかと聞かれて私は絶句してしまいましたが、要は人間のことを言っているそうです。人間というのは「自分で産まれようとして産まれてきたわけではない」というのが先生の説。親もこの「私」というものを産もうと産んだわけではない。というのが先生の説。投げられてというのが「産まれて」投げ返されてというのが「自由になること」ということらしいです。
私は子供が「産まれようとして産まれてきたのではない」という説には賛成できません。子供は「この親の子になろう」と思ってお腹に宿るのだと信じています。それが宿命、運命なのです。「この親」のもとで「子供」となって世界とどうつながるのか試されているのだと思います。だから産まれてきたのも「自分の意志」だと信じています。ただ、それは自分にはわからないだけなのです。「こんな親の子供になって不幸だ!」と思う子供はたくさんいると思います。私もその一人?でも、それは産まれる前、私の記憶がまだあった頃には「知っていて」この人の子供になろうと決めていたのだと思います。ま、こんな話が先生といつかできたらいいですけどね。そういうわけで自分の意見とは違うところから、めちゃくちゃ眠くなってしまいました(^^ゞ

で、ハイディッガーは自己というのは本来的自己と頽落した自己の二つがあると言います。本来的というのはそのままの意味で本当の自分です。頽落した自己というのは忙しさが充実していると勘違いしているような自分です。ほとんどの人が後者なんじゃないでしょうか。「こんなのは私が望んでいたのではない」と思いつつ次にしなければならない事に忙殺されて自分を押し殺している・・・・。ハイディッガーは「本当の自分を見つけてそれを実行すること」、それが本当の人間だと言っています。これって、私そのものです。けど。

ちょっと面白い話も聞きました。ヨーロッパは個人主義が浸透していますから、「人」という単語はあっても「人間」という単語はないらしんですって(@_@) こんな事今まで考えもしませんでした。人間って、確かに人と人の間って書きますよね。変なの。アジア(日本だけなのかな?)は社会が先にあって次に個人がきますよね。だから人間なんて単語があるのでしょうね。そこでドイツのどいつか知りませんが、人間という単語を作った人がいるそうです。それは英語に訳すとbetween man となるそうです。ますます変なの!

2000.6.22.(木)
先週の金曜日に比較思想論のファイルをどこかで(ミクロ経済の部屋だと思いますけど)なくしてガックリきていたのですが、昨日見つかったところだったので今日も気持ちよく授業を受けることができました。が、今日は今までのおさらいのような感じの講義だったので、改めて書くことは少ないような気がします。

先生は西田幾多郎先生のことを崇拝しているようで日本の哲学者は西田幾多郎だけでいいとも言っていました。本当に彼以上の哲学者は日本にはいないのかも知れませんね。西田幾多郎が41歳の時(1991年)に出版した「善の研究」という本はいままだ版を重ねているらしくもう70回くらい版を重ねているほどのロングセラーだそうです。これは絶対読んでみないといけませんね。西田幾多郎は1936年の66歳の時に版を新たにしていますが、彼曰く41歳の時の考えなのだから、直すべきではないと思うと言っています。

先生が言うには西田幾多郎は本当に素朴な金に目がくらんだりするような人でなく、着々と人生を歩んできた人のようです。哲学者ってやっぱりそうなるんでしょうね。お金が生きる目的ではないと理解しているからだと思います。私も哲学者の素質大だったりして・・・・(^^;) 私のはタダの貧乏性ですかね?

西田幾多郎は彼が48歳から55歳くらいの7年間に母、長男、妻を亡くし、またたくさんいる娘達も重い病気にかかったりして非常に気の重い年月を送っています。その頃から短歌を詠むようになりました。短歌は5.7.5.7.7.なので叙情(人間の心、感情)を詠むのにいいとされています。俳句は5.7.7.と短いので景色など叙景を詠むのにいいとされています。

西田幾多郎は「善の研究」の中で「フェヒネルは或朝ライプチヒのローゼンタールの腰掛に休らいながら、日麗(うららか)に花薫り鳥歌い蝶舞う春の牧場を眺め、色もなく音もなき自然科学的な夜の見方に反して、ありの儘が真である昼の見方に耽ったと自らいっている。私は何の影響によったかは知らないが、早くから実在は現実そのままのものでなければならない・・・・・」と書いています。先生はこの夜の見方と昼の見方について説明しました。夜の見方すなわち科学的な見方ですね。つまり何故人間は音が聞こえるのか、それは空気の振動を鼓膜がキャッチしてそれを脳に伝えるからだ、うんぬん・・・。だから木や石は音など感じないのだ。なぜ色が識別できるのか。それは光によって反射で目の網膜が読みとって脳に伝えるからだ、うんぬん・・・・・。だから木や石は色などわかるはずもない。そんな感じですね。先生があまりにもひつこく木や石は音や色は識別できないのだって言うので反論しそうになりましたけど、それは先生の策略だったようで、昼の見方を説明するための前座だったようです。

石はどうかわかりませんが、植物は明らかに音や色を識別できると思います。これは私の考え。来週は昼の見方の説明と、「  」の中にあった文章の意味の説明をしてくださるそうです。

2000.6.15.(木)
今日の講義は日本が西洋文化を取り入れた第三期(1900年代)に活躍した西田幾多郎についてでした。この第三期というのはアメリカの哲学が入ってきた時代です。第一期は英・仏から、第二期は独からでした。アメリカの哲学というのはイギリスの哲学の子分のようなものですから、論理学とも言えるようなもので、数式がたくさん並んでいるような哲学です。日本は以前にも言いましたように、どうしても「どう生きるか」とか「いかにして〜するか」みたいな人生観を語るのが哲学と思っているような節がありますが、全くそうではありません。英・仏の哲学者はもともと数学者、物理学者、化学者が多いことからもわかるように論理学なのです。日本はどちらかというとドイツの宗教と結びつけた哲学になじんでしまったのでしょうね。哲学はもともとギリシャのアテネから発生し、その代表者にプラトンがいます。プラトンはアカデメイヤという学校を作りましたが、学校の前の看板には「数学の出来ない者は入るべからず」と書かれているようです。私は去年の秋にギリシャに行ったのですが、アカデメイヤには行かなかったです(T_T) その横の歴史博物館に行ったような気がします。

アメリカの哲学にプラグマティズムという考え方があり、これは何事にも「絶対」ということはあり得ないと説いています。フィードバック (feedback) という言葉がありますが、欧米の人は原則に基づいて結果の反応を見て自分の信念を変えていき、真理性を高めていくことがすばらしいと思っています。日本人は他人から間違いを指摘されたりすると、怒りますよね。恥ずべき事だと思ったりしますね。欧米の人たちは100人いたら100通りの考えがあって当たり前だ。その中から真理を見つけだしていけばよいのだと思っています。何か問題にぶつかった時に原点に戻ってもう一度行ってみる。またダメだったら、同じ事をしてみる。それでもダメなら他の方法でやってみる。こういう前にもどってみることをフィードバックと言いますね。

ドイツの哲学者にニーチェがいますが、ニーチェの有名な著書に「悲劇の誕生」とか「超人」というものがあります。Ubermensch(Uの上にはチョンチョンがつきます(^^) 英語訳すると over man とか super man という意味です。どんな人を超人と言うのか?例えば人生の中で山あり谷ありという表現がありますが、人間の感覚にも山と谷がありますね。山が愛、喜、生、光などというように明るい面を例えるとすると、谷は憎、悲、死、闇ということになりますね。我々はどちらかというと明るい方が好きですし、明るい方を良いこととしますね。先生や親から「人を憎むなんて、最低なことです」とかって教えられますよね。でもニーチェは違うんですね。ニーチェは憎むこと、それもすごく憎むことによって、すごく愛することが判るのだと説いたのです。めちゃくちゃ嬉しいっていうことがどんな事か判っているから、めちゃくちゃ悲しいことも判るというのです。つまり、谷をありのままに受け入れられる人が超人であり、これらが判る人が意味のある人生を送れるのだと言っています。

先生はビートたけしはきっとニーチェと話しをしたら、意気投合してしまうんじゃないかと言っていました。彼がカンヌ祭で賞をもらった映画はまさにニーチェが言っていることを映像にしたものだそうです。なんていう映画なのか教えてくれませんでしたが、カンヌで賞をもらった映画は昨年のものだっと思うので、一度レンタルビデオで借りて見てみようと思います。

さて西田幾多郎はアメリカのウィリアム・ジョーンズという純粋経験を書いた哲学者をもとしているそうです。が、少し彼の言う純粋経験はジョーンズが書いたものと違うため、外国からその違いを勉強しに留学してくる哲学者もいるそうです。西田幾多郎は石川県出身ですが、日本の哲学者には石川県や長野県が出身の人が多いそうです。なぜ石川県かというと、北陸の三越(越前・越中・越後)のあたりというのは法然が説いた真宗が盛んなところでした。法然の弟子には親鸞がいます。そんなん「知んらん」ってっか??(^^;)

先生はここでまた日本のことをしっかり勉強しておきなさいと言われていました。仏教のこと、中国、朝鮮のことを勉強して身につけていれば、外国に行っても鬼に金棒!だそうです。よしっ!がんばろう!

2000.6.8.(木)
先週は学校の創立記念日だったので、私の好きなこの講義もなかったのでした。今日は二週間ぶりの講義です。今日は日本が西洋文化を取り入れた第二期に活躍した大西祝(はじめ)についての講義ですが、大西祝が影響を受けた人の講義でもありました。それは誰かと言うと1724年から1804年まで生きたカント(Kant)でした。カントは三批判書を書いた人で、純粋理性批判、実践理性批判、判断力批判が有名です。カントがした事というのは、「人間理性の批判および吟味」ということです。彼は人間理性の権脳と限界の探究をしました。それは、現象(現れている形)と物自体とは違うのだと言っています。どんなことかと言うと、各々の人間の本当の姿を知ることは誰もできないということです。人間だけでなくても良いのですが、誰が「これが本物だ」と言えるのか、言えないじゃないかってことです。誰も根本的に「私」というものを知ることはできない。だから知ろうとする努力も関係ないし、それを悩むこともないって言うのです。友達、恋人、親子、夫婦、どの関係においても1対1の人間関係があるわけですが、どんなに近い関係であろうが、どんなに毎日一緒にいようが、本当の私を知ってもらえることは不可能だと言うのです。だから「私のことを判ってよ」というのは不当な要求ではないのか。それは無理というものだということです。これって、別の意味で考えるととっても楽ですね。

またカントは「コペルニクス的転回」をした人で、例えば本は読み取るのではなくて、自分を読み込むのだと言います。本だけでなく、映画でも綺麗な物を見て感激する時でもいいのですが、なぜ自分が「あーー、この映画はよかった!」と感激したり、「この花はとても綺麗だ!」と思うのか。それは映画に自分を投影するからだ。花の中に自分が持っているものを再発見するからだと言うのです。ここらへん、うーーんと唸りましたね。そう言われてみればそんな気がします。だから同じ本を読んで感激する人も居れば、感激しない人もいる。これは各々の投影が違うからなんですね。自分を投影するということは、「そういう見方をしている自分を発見する」ということでもあります。だから本や映画や花が我々に感動を与えているわけではないのです。
さて、コペルニクス的転回という言葉は一個の単語として普及しているそうです。コペルニクスって地動説を説いた人ですね。つまり地動説が出るまで天動説がまかり通っていたのに、それを180度ひっくり返した説を説いた。よって全く違う見方をすることを言うのですね。

カントはこういう見方をしながら、いろいろなことを考えましたが、ただ神の存在、魂の不死、自由の存在は人間の理性によっては理論的には証明できないと、ちょっとあやふやな所も残しています。スピノザという同じ哲学者がいますが、かれはスピノザ決定論というほど、感情を一切排除した哲学を残しています。この時間に、この場所で、この人が、これをしていること、これは宇宙の歯車の一部として決められていて意味のあることなのだと言っています。でもカントはそこまで言い込めると、殺人なんかも決められていて、意味のあることなのかということになるので、ここら辺は曖昧にしているようです。

こういう哲学はどこから来たのかというと、英国経験論の影響と言われています。Empiricism Εμπεγρια (うーーちょっと綴りに自信がありませんが(^^;) 、Scepticism (懐疑論)から来ているということです。
突然、先生に名前を聞かれました。で、この名前というのは何についていると思うかと聞かれてしまいました。「私」とは何なのか、「名前」というのは何なのか。先生の言うには人間の体は赤ちゃんから幼児期、青年期、大人になって死ぬまで新陳代謝を繰り返して、顔も姿もどんどん変わっていくのに、なぜ名前は変わらないのだ?ということです。この名前というのは何についているのか(?_?)(?_?)(?_?)(?_?)(?_?)(?_?)(?_?)

先生の答えは「記憶」でした。うみゅーーーーー(?_?)

2000.5.25.(木)
今日も先生は20分の遅刻でした。待てども待てども来やしない先生かな・・・・
今日は半分以上が先週の講義の復習のようなものでしたので、今日改めて何かを感じたということはありませんでした。でも仏教の華厳宗はずっとずっと古くからあるのに、17世紀の天才が同じようなことを考えているという現実も面白いですね。今日先生が言っていましたが、ライプニッツが「単子論」の元になるものを考えたのはなんと15、6歳の時らしいです。で、確立していった歳が18の時!なんと天才ってやっぱり早くから頭角を現すのですね。私の18歳の時なんて・・・・・(お恥ずかしい・・・)
単子論では「存在するものすべて(個体)に意味のないものは無い」ということでしたね。人間にしろ、石ころにしろ、机にしろ全時間、全空間、はたまた全宇宙を写す鏡なのだということです。
ライプニッツは最初、名前を付けるのに考えあぐねたそうです。最初アトム(atom)にしようかと考えたらしいですが、ギリシャ語でアトムのアは否定の接頭語なんですね。ギリシャ語でα’τομον(atomon)と書きます。このαが否定を表し、日本語で言う「非、不、無」を意味します。そしてtomは英語でcut,cut,cutの意味で「切られたもの、切断されたもの」であり、またatom自体が一つの語句ではなく合成語となるため「一つ」を表す言葉として適さないと思ったそうです。で、フランス語にmonadeという単細胞生物という意味の語句があったので、これをもじってmonodologieとしたそうです。日本語のアトムって原子と訳していますが、これは「不可分者」→原子(それ以上分けられないもの)として付けられたそうです。アトムと聞くとどうしても物質的なものを想像してしまいますね。ライプニッツはそれがイヤだったようです。もっと生命的な原子としてくれる語句を探していたのですね。
彼は個体(monade=生命体)はそれぞれ他のすべての個体を映し、それぞれが他のすべての個体に映されていると説きました。
人間は我々が目に見えることしか信じませんし、それが限界と思っていますね。例えば「ここはまっ暗だ」と人間が感じていてもフクロウは見えている、コウモリも見えている、可視カメラもわずかな光を取り込んで暗闇を映している、決してまっ暗なわけではありません。我々は石ころは石ころ、机はただの机、意志も持たない無生物と考えていますが、それは人間が知らないだけで、ひょっとしたら息をしているかもしれないわけです。よって個体というのはすべてに意味を持ち、それは優劣の差でもなんでもなく、生命現象の現れが強いか弱いかだけなのではないかと問うているわけです。それが、意味を持って宇宙へと連立しているのだと言っています。いかがでしょうか。

2000.5.18.(木)
いつも先生は10分から15分遅刻してきます。で、7時のチャイムが鳴ってもまだ授業をします。お願いですから早く来て、7時までに授業を終わって下さいませ!20分の夕食タイムはめちゃくちゃ貴重なんですぅ。
先週からの続きで日本の西洋文化を取り入れた一期から二期の話です。ずっと福沢諭吉(一期時代)の話が続いていましたが、今日は西周(にし・あまね)、加藤弘之が活躍した頃の話から、二期に活躍した井上円了、井上哲治郎、大西祝(はじめ)らの話となりました。西周は4月20日の講義にも出てきましたが、哲学という訳語を作った人です。加藤弘之は「国体新論」では天賦人権説(仏ルソーの考え方である人権は天が与えたもの、生まれながらにしてもっているもの)を解きましたが、その8年後には「人権新説」でダーウィンの自然淘汰説に基づいて社会進化を説き、人間の諸権利(自由・平等など)は生まれながらにして人間がもつのではなく、国家と共に生じたと180度違う見解を述べています。(こんなこともあるんですね!)
英のThomas Hobbsが「人間は人間に対して狼である」という言葉に影響されているようですね。個人の存在というのは約束(国家による法律や刑法)ごとによって守られている。国家が個人に代わって個人の存在を認めてくれているという説です。
第一期が過ぎるとその反動が起きてきます。西洋文化を取り入れるとそれに反発を感じる時期ですね。だいたい1880年代後半から起こります。きっかけとなったのは「不平等条約」です。主に2つあって、一つは「治外法権」、もう一つは「関税自主権がない」ことだったようです。「日本をバカにしてる!」と思ったんでしょうね。実際バカにされていたかも知れません。これをさらに悪化させたのが「ノルマントン号事件」で、英国人や他の外国人船員は事故を負ってもみんな助かったのに、日本人乗組員は全員死亡なんて事故があったそうです。よって必然的に「国粋主義者」が出て、「尊皇攘夷」の思想が出たわけです。先生曰く、「森首相はこの時代に生きていれば幸せだったのにねぇ・・・・」でした。ほんとにあの森さんは一体何を考えているのでしょうか?
二期時代に活躍した有名な人が先に出た井上円了、井上哲治郎、大西祝等ですが、井上円了はもともと仏教、華厳宗のお坊さんさんで、華厳とライプニッツ(Leibniz)の話へと移っていきます。西洋では17世紀を天才の世紀と言うそうですが、100年に一人出たらいい天才が17世紀には3人も出ました。一人は仏のDescartes, 蘭のSpinoza、独のLeibnizというわけです。綴りだけで誰がわかりますか?デカルト、スピノザ、ライプニッツです。ライプニッツは微積分の発明者で多国語を繰り、詩も書き、論文も書きとめちゃくちゃ天才だったようです。どんな脳だったんでしょ??
彼が書いた本にMonodologie や Discour de Metaphysigue などがあります。日本語訳は「単子論」、「形而上学叙説」です。monodo とは monadeの変形なんですが、もともとの意味は単細胞生物です。単子論では要するに個人が生存していることには「意味」があるということを説いているようです。
「どうして私は生きているんだろう?」「どうして私は生まれたんだろう?」って誰でも人生のうちに考えますよね。その答えにもなるべく本かも知れません。生きていることに意味があるのだ。それは宇宙に通じているのだということです。要するに個体は全過去を写す鏡、個体は全未来をも写す鏡、そして時間だけでなく、空間をも写す鏡ということです。宇宙の宇は「空間」、宙は「時間」を表しているんだそうです。Miroire de l'universe.

私は今日の授業を聞いて、私個人が生きている意味より、私が「誰」と関わりあって、「どんな」事ができるのかを考えた方がいいのだろうと思いました。と、いうことは一人でこもっていちゃいけないのですね。いろんな人と関わりあって「何か」を生み出さないといけないのです。
自分風に解釈してとても気持ちが晴れたような感じでした。

2000.5.11.(木)
1週間空くと先々週にどんな授業を受けたんだったか、すっかり忘れていますね。
今日は1時間半中、全部福沢諭吉の「文明論之概略」という本の内容についての講義でした。明治維新まで西洋文化・文明に触れることのなかった日本でしたが、福沢諭吉や西周などの努力によって欧州の文化に触れるようになりました。が、これは非常に重大なことで、間違って伝えたとしたらどうなるでしょうか。福沢諭吉はこの本の中でしきりに欧州は個人の自由を尊重し、同じ意見だけが存在するのではない世界、違う意見をも認めあう世界だと説いています。特にゲルマン(今のドイツ)の存在を意識していたようでしきりに日耳曼と書いています。が、彼は欧州にはキリスト教という宗教が根強く個人に浸透していたことを無視しています。ですから、個人の自由は認められているけれどもそれは個人のわがままということではなく、キリスト教が説く人間愛を根底においたものであることを説いていないわけです。これは非常に危険ですね。今日の授業で感じたことは先生は福沢諭吉が好きでないなということでした。それと先生は説明をしながら自分もその内容について考えているという感じが多々見受けられました。
今日も先生はよく脱線しました。古代ローマの話が出ました。ローマ全盛期の頃は長かったのですが、これはシーザー(Caesar、カエサル)に見られるように将軍となるべき人間が何においても長けていたことによります。幼少時代から将軍になるべく教育をみっちりと受けていたそうです。例えば12歳くらいから東大クラスの教授から教育を受けているような状態だったそうです。一つのことだけに長けていたのでは将軍にはなれず、シーザーの有名な Veni, Vidi, Victi は頭韻、脚韻をうまく入れたすばらしい言葉といわれています。「来た!見た!勝った!」ですね。当時のローマ人は遠くゲルマンやガリア(仏)、ヒスパニアなどの国に遠征して勝利を収めていたため彼らのことを「田舎者、野蛮人」などと蔑んで見ていたそうです。そして「永遠の都ローマ」(Pax Romana)などと言ってたそうですが、歴史上、繁栄が永遠にあった国などありません。今アメリカがPax Amarica などと言っているようですが、日本もそうですが、少年による殺人や銃の乱射など悲惨な事件が多い時代となってきている、この事実がすでに永遠の都からは、ほど遠くなってきているのではないだろうかという先生の説明でした。私は全く同感です。これは人間の、犯人の人格によるものだと思いがちですが、実は社会が崩壊、内部が腐ってきはじめている徴だと言えるでしょう。
先生は鹿児島出身だそうです。鹿児島といえば西郷隆盛というすばらしい人間がいますが、彼は儒教の陽明学をしっかり勉強した人だそうで、有名な言葉に「敬天愛人」があります。天(道理)を敬い、人を愛すですね。お互いを愛することが自然であれば、儒教が説く夫唱婦随や、兄弟の上をたてよ、先生の影を踏むな、などと一瞬時代錯誤でしょって言いそうな言葉ももっともだ・・・ということにはならないでしょうか。本当にこの授業は大好きです。哲学の道に進もうかなぁ・・・・(^o^)

2000.4.21.(木)
今日は日本の哲学の時代背景、影響された国などの授業でした。明治維新前後から哲学の第一期が始まるわけですが、それは第五期、第六期へと続いていきます。第一期は1860年から80年代で、欧州から法律、裁判、憲法、郵便制度などが取り入れられます。郵便制度は前島密が取り入れたものです。このころ中国や東南アジアがのきなみ欧州の国に占領、支配されていたので日本はとても危機感を覚え欧州のこういった制度を早く取り入れていた方がいいと思ったようです。同時にこの頃の哲学はヨーロッパ哲学(=西洋哲学)なわけですが、同じヨーロッパでも英・仏・独の哲学はそれぞれが微妙に違ったようです。英と仏はわりと似ていて数学のような哲学で、自然科学、数学、物理学、生理学と密に結びついたものでした。が、なぜがドイツの哲学は宗教のようで神秘的な体験と結びついていたため、わかったようなわからないような哲学となってしまいました。通常哲学というのは飛躍、曖昧、なんとなくといった状況は認められないためドイツの哲学は日本以外の国からは相手にされなかったようです。よって現在の日本の哲学というものも英・仏・米では全然認められていません。アメリカはずっと後になるわけですが、やはり英・仏の哲学をくみ取って数学的なものです。もっと詳しく言うと英は論理を大切にする哲学、経験論が流行、有名なところではダーウィンの進化論があります。仏は論理より実験(化学のような)を重んじる哲学、実証主義が流行りました。日本はやはり神様の国だからでしょうか。英仏の哲学に触れたもののちっとも日本には根付かなかったようです。日本の第二期は1880〜1900年で、過去20年に欧州からのものがどんどん入ってきた時期をやり過ごして、少し反省をし始めた時期となります。つまり新しいものばかりを取り入れて古いものを軽視する必要はないではないかと言う人が現れ始めた時期でもあります。またこの頃にドイツ系哲学が紹介された時期でもあります。第三期はアメリカ哲学(プラグマティズム)が紹介されました。これは早稲田大学が拠点となりましたが、ちっとも根付かなかったようです。ちょうど1868年の明治維新から半世紀が経ったころです。第四期はいいものは統合していこうという時期です。これが京都学派と海外では大変有名となった西山幾多郎を中心とした京都での活動です。なぜ京都なのか。漠然とわかるような気がしますが、やはり平安時代鎌倉時代に都であったこと、また仏教の拠点であったことなどが原因でありましょう。古い伝統に新しいものを取り入れた画期的な時代です。
日本には過去ン千年の間に天才が同時代にぼこぼこと現れた時期が2回あります。一回目は平安、鎌倉時代です。代表的人物として比叡山を中心とした最澄、道元、茶を伝えた栄西、鎌倉時代の法然、紛争の絶えない西本願寺、東本願寺の親鸞、現在の創価学会のもととなる日蓮などがそうです。そして二回目は先出した京都学派の面々です。京都学派は日本より欧米の方がよく知られています。第五期は西田幾多郎の弟子である三木清(1897-1945)の時代。そして第六期が実存主義が流行った時期で現象学、分析哲学、比較哲学などが日本で活発となりました。この頃マルクス主義も流行ったのですが、今ではさっぱりですね。
今日は先生はよく脱線したのですが、この脱線話の方が面白かったです。一つは、何故日本は明治の頃に西洋化に成功したのか。これは海外の学者が認めたことなのですが、江戸時代までの教育水準の高さ、体力がしっかりと蓄えられていたことに依るようです。基礎がしっかりしていたから新しいものが入ってきてもぐらつくことがなかったというわけですね。これは言えてますねーーー。私も日本のことと日本語をしっかり勉強してから英語を勉強するべきですね。何故日本人は海外生活をすると日本人だけで群れるのか。今ちまたでは国際人になろう!なんて言っていますが、これは日本を知ってからのこと。国際人というのは英語や外国語が堪能だけではいけないのです。日本のことをよく知って理解して海外の人とそんな話題ができる人こそが国際人といえるのだということ。なるほどねーーーー。私はまだまだ国際人とは言えません。先生いわく、自分の国を褒める日本人は皆無だと言っていました。海外の人は貧富があろうが、階級があろうが、発展途上国であろうが自分の国をとても愛していて、こんなところが良いとはっきりと主張するそうでうす。さぁ〜て日本のいいところってなんでしょうね?

2000.4.20.(木)
先週出なかったので、すでにいくらか授業は進んでいたようで、途中からの参加で少し不安がありましたが、今日の授業は日本に外国語、特に英語が入ってきた歴史背景と、その訳をするにあたっての訳者達の苦悩などの話しでした。とても面白かったです。江戸時代というのは1603年から1868年の明治維新まで約200年続くわけですが、この時代というのは世界的に見ても非常に珍しい時代と言えます。江戸時代は鎖国政策を取っていたわけですが、外からの情報を入れないと同時に日本から外へも行かないということです。つまり外国を侵略しないということです。よって戦争もなく日本全国が平和でその平和が200年も続いたということは異例なわけです。この時代の日本は消極的に見えますが、平和国家でもあったわけです。1868年(明治維新)以前の日本はどちらかというと和魂漢才で、それ以降は和魂洋才となりました。英語にphilosophyという単語があります。これはphilosophiaというラテン語から派生したもので、もともとはギリシャ語のフィロソフィアー φιλοδοφιαだったのです。ちなみにギリシャ語というのは2600年ほど前にすでにあった言語で日本ではまだ弥生時代だったのです。おどろき!!日本人がこのphilosophyを初めて聞いたのは1591年だったのではないかと言われています。その頃の発音表記はカタカナでフィロゾフィとかフィロゾファとか耳で聞いたままを書いていたようです。外国語というのは向こうから勝手にやってきたものであってまだ積極的に取り入れて学問としていたわけではないようです。このラテン語のphilosophyは、philo(love) と sophy(knowledge or wisdome)からなっています。ですから本当は愛知もしくは愛智という訳でなければならないのです。今の哲学という単語とはほど遠い感じですね。1873年西周(にし・あまね)が訳語を作りました。その時に哲学としたのが今も定着しているわけです。この時、西さんもかなり苦悩されたようです。なぜならphilosophyというのは理を講じる学であり、「理学」と訳したいのがやまやまだったからです。が、その頃の日本は1868年以前の学問であった朱子(朱熹)学(=理気二元論)を崇拝していたため、その理と混同されるのがイヤだったためにあえて理という字を使いたくなかったようです。1870年代後半に英和辞典なるものがやっと登場しますが、その時の訳語は「性理学」でした。こちらの方が哲学よりずっと適訳だったのです。この性はnatureという意味であってgenderではありません。自然が持つ本来の性質、一番もとのあり方、物事の根本を探求する学問という意味では本当に正当な訳語だったのです。が、1877年に東大文学部設置の際に「哲学」という言葉を採用して以来「哲学」になってしまいました。さて、哲学書において東の西田幾多郎、西のハイ・デッカーという人物が有名です。西田さんは「善の研究」と言う本を1911年に出版、ハイ・デッカーは「存在と時間」を1927年に出版しました。日本の哲学のメッカとかどこかご存じですか。「哲学の道」があるところです。そう京都です。日本よりむしろ外国で京都に哲学に秀でた人物がいるということが有名になり、Kyoto School(京都学派)と呼ばれていたそうです。西田さんのこの本は「西でも東でも善いものは善い、悪いものは悪い」という考えのもとに書かれた哲学書のようです。機会があれば読んでみたいものです。