月曜日 火曜日 水曜日 木曜日 金曜日 集中講義
学部X限
15:55〜17:25
(最終授業日)
英語学特殊講義a


(前期)教育原理

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T限
17:30〜19:00
(最終授業日)
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英語教育法 英語UB会話
中国語UA(2)
英語UB講読(1)
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教育課程論
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(最終授業日)
英語UB講読(2)
中国語UA(1)
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米国の社会
情報科学概論

英語UB講読

すごく良いように見れば、横顔がちょっとだけイチローに似てるかなって感じの若い先生。ウィルスのついたメールをもらったために、前日にパソコンの再インストールをしていたら、なかなかうまくいかなくて朝の4時までかかってしまったという話から始まりました。Linuxを使ってるとか。なんか結構オタクなのかも。
この講読の授業では"How to read Film"を勉強します。映画の見方の勉強なんて楽しそうですね。


21st January 2002 (Monday)
ハリウッド映画の古典的な編集の仕方をデコパージュ・クラシークといい、その特徴としてインビジブル・カッティングがあるということを先週習った。つまりつなぎ目を見せないシームレスな映画の取り方だ。それに反してモダンはビジブル・カッティングをしてしまう。そのだ偉業はジャンプ・カットというものだ。デコパージュ・クラシークがハリウッドのグラマー(文法)というならば、モダンはアングラマティカルということになる。
デコパージュ・クラシークでは、クライマックスのすぐ後でカットし、次のショットに繋いでいく。カットしていることをあまり意識しないため、インビジブル・カッティングとなる。しかし、ミケランジェロ・アントニーニという監督が撮った「ザ・パッセンジャー」という映画の最後のシーンはクライマックス後も延々ととり続けているため、とても話題になったそうだ。そのシーンを見たけれども「??」と言うのが感想。
クライマックスのすぐ後でカットして次のシーンにいく例を見たのは、やっぱり「風と共に去りぬ」だった。
また、フラッシュバックやフラッシュフォワードという手法もあり、時間のラインをねじ曲げて過去にいったり(フォレスト・ガンプがその良い例)、未来に飛んでいったりする方法もある。
またパラレルという手法は、平行モンタージュといってAの場面とBの場面を平行して撮るというものだ。この例には、E.T.を見た。学校にいるエリオットと家にいるE.T. が同じような立場にあることを交互に映して、彼らの精神的つながりの深さを表しているシーンがそれだった。
7th January 2001 (Monday)
invisible cutting が特色だということを習ったけれど、今日はデコパージュ・クラシークの手法の中で、 jump cut を使われるとどうなるかということについて勉強した。
例えば部屋に入ってくるシーンから部屋の中の目的地に行くまでの必要のないシーン(ドアから目的地までの間のこと)を、カメラアングルや他のものを撮してカットしちゃうことを言う。でも、あまりこれは多用しない方が良いという指摘はあった。わかり易い jump cut の例として風と共に去りぬのワン・シーンを見せてもらった。アシュレーが部屋から出るところをちらっと見せておいて、カットはスカーレットに行き、再びアシュレーがかなり歩いて違う場所にいるところを見せていない方法だった。まぁ、こっちは映画の中でもスムーズにカットがつながれていたので見易かったけれど、モダン・スタイルで名を馳せたジャルク・ゴダード監督の "Breathless" (邦題は勝手にしやがれ)では、思いっきりジャンプ・カットをしているので、「え?」と思うことが多く、とっても見ていて不快であった。おまけにフランス語の映画で訳も面白くなく(1959年作成だからね〜、翻訳家もすぐれた人なんていなかったんでしょー)、本当に見ていて疲れる映画だった。当時のハリウッドでは「すごい!」という評判だったそうだけど・・・(-_-;)
10th December 2001 (Monday)
今日はデコパージュ・クラシークというハリウッド映画によく使用される映画を撮るための方法について。
これには、double exposureや、desolve, multiple image などが使用される。
要は、同じ画面内でシーンがいくつも重なったり、前のシーンが薄くなって次のシーンが濃くなったりするシーンのことだ。
その例に風と共に去りぬと、踊るマハラジャともうひとつ、シルベスター・スタローンがすっごく若い時に端役で出ていた、映画(名前は忘れた)の3つを見た。
踊るマハラジャって、うわさには聞いてたけど、インドらしからぬ、とっても変で面白い映画だ。ただ映画館に行ってまで見たいとは思わないけどね・・・・
3rd December 2001 (Monday)
今日はモンタージュ(もとはフランス語)という言葉の解説について。
モンタージュ写真という言葉は聞いたことがあるけれど、今日の授業を聞いていて、モンタージュの意味がすごくよくわかったような気がする。つまり、今までの映画は、切ったり貼ったりして編集していたのだけれど、モンタージュというのは組み合わせていくっていう感じなのだ。だからモンタージュ写真って、目撃者の意見を聞いて「作り上げた」写真ってことなんでしょうね。
26th November 2001 (Monday)
今日はカメラが主体になって、さも主人公が語るように撮ることによって、映画の良さを引き出す手法について学習した。
たとえば、二人の登場人物による会話のシーンであれば、最初は二人を撮っておいて一人がしゃべったら、その人をクローズアップして撮し、もう一方がしゃべったら移動して、また移動して、、、移動して。。。の繰り返しをするとか、
まるで、誰かの目で見ているような感じでカメラを移動させて、声なきナレーターが実はこれが言いたかった・・・みたいな撮り方をするという話。
今日もモンティーパイソンのビデオを見たんだけど、これは、めちゃ面白かった。
19th November 2001 (Monday)
さぼり〜
12th November 2001 (Monday)
今日は、prose narrative と、film narrative の違いについて。各々の視点と種類と定義の違いを検証した。けど、半分以上意味がわかっていない。。。この違いを見るために、E.T.ともう1つの映画(題名を忘れた!)を見た。
映画でも小説でも、話を進めていく、the first person narrator と、the omniscinet narrator がいて、前者は主人公、後者は主人公以外の人のことをさす。で、映画で主人公から見た話を作るには非常な困難が伴うということがわかった。だって、主人公の目でみた映像を映すと、主人公が登場できないからだ。で、その失敗作として、The lady in the lake という1945年に作られた映画があげられていた。

この授業の前に、あるゼミの説明会があったので行ってみたのだが、先生がなんだか軽そうな感じがして、説明会に来てるメンバーも見て「やめよ・・・」と思ってしまった(^^;) クラスメートに一人女の子の誰とも口をきかない女がいて(男とは誰とでもしゃべるバカ野郎なのだ、そいつは)、そいつの姿を見たので、2年間もこのバカと一緒に勉強はできないと思ったのだ。それにしても、そいつが語学文法系コースを取ったと分かったことが、すっごいショックだった。他のゼミの説明会でも顔を合わすかも知れない。あーー、絶対そいつと同じゼミなんか取りませんように(=_=)
5th November 2001 (Monday)
先週習った、3つのコードを表す映画を見た。なんか私はひどくお疲れで、意識朦朧としていた。
29th October 2001 (Monday)
この授業も眠くてやる気無し。ぐーーーー(=_=) 先週習ったCODEには3つの種類があって、CULTURALLY DERIVED CODES, SHARED ARTISTIC CODES, CODES UNIQUE TO CINEMA っちゅうのがあるそうです。
その、それぞれのCODEの例の映画を見ましたが、なんのこっちゃ??でした。
ヒッチ・コックのサイコという映画の中の女性がシャワーを浴びているところで殺害されてしまうシーンを見て、このCODEを検証しますが、これも全然面白くない映画で半分寝てました。
22nd October 2001 (Monday)
今日は、signifier と Signified を結びつけるものとしてのCode(s)というものを考察。このコードがあってこそ、お互いに笑いが生じたり、理解が生じるというもの。
例えば、昔に流行った漫画の話で笑いが起こるとすれば、その漫画のことが「コード」と呼べる。モールス信号や郵便番号もコードでごじゃります。
15th October 2001 (Monday)
嫌いな先生の授業のあとの、この購読の授業は好きです。
今日、先生は糊のきいた真っ白のワイシャツを首のボタンまでピッシリ留めて来ていた。出席を取る先生をぼーーーっと見ながら「首まで留めて苦しそう・・・でも先生痩せてるしなぁ。でもなんだか学生みたいだなぁ」とか思ってたら、隣に座っていたクラスメートの子も同じことを考えていたらしく「先生、中学生みたい」とメモに書いてきたので、二人で大笑いしてしまった。
今日は映画におけるSyntaxについて。統語法とか統語論というそうです。なんのこっちゃ。映画のSyntaxはどんどん変化してきています。Syntaxの一つにHollywood Grammarというのがあり、これは1930年代から1950年代によく使われました。どんなのかというと、close-up から long-shot になっていくショットがハリウッド・グラマーの一番の例だそうです。
その例として、1939年に撮られた「風邪と共に去りぬ」と、1997年に撮られた「タイタニック」の2本を見ました。前者は医者を捜すスカーレットのクローズアップから医者を必要としているのは彼女だけではないというのを表した無数の負傷した人々が寝る広場、後者は海に落ちたのはローズだけでなく船に乗っていた無数の人々というシーンでありました。
1st October 2001 (Monday)
前期試験が戻ってきました。79点〜(^-^) あと1点欲しかったなぁ。残念。平均点数は67点だそうで、えらい高いのでびっくりしました。
後期からSyntaxについての勉強だそうです。これは映画では慣用句の使用のようなものだそうです。
その例として、今日は「フォレスト・ガンプ」を見ました。ガンプが背骨の矯正のために両足にギブスをはめていた時期があったのですが、それを学校の悪ガキどもにからかわれて石を投げられたりします。それから逃れるために走るのですが、その走るシーンと走る道が、幼少の頃のガンプと大学に行くくらいの年齢になったガンプが走るシーンでダブルで使用されるわけです。これを映画の慣用句というのでしょう。
フォレスト・ガンプはずいぶん昔にビデオで見たような気がします。今日久しぶりに見て、とってもなつかしいし、良い映画なのでまた見たいと思ってしまいました。
16th July 2001 (Monday)
今週から補講期間だと思い、補講がないから帰ろうとしていた私。友達に教室に行こうって言われて「なんで?」とか言ってしまった私でした。たははーーー。
今日は、tropeについて。今まではsignifier が、signified を表していただけですが、tropeという新しいものが加わることによって、違う signified が表されることがあるという説明。よって、denotation と、connotation にも関連してきます。今まで習った語句はstatic(静的)ですが、このtropeはdynamicallyで動的です。
例として見た映画では、あやしいおじさんが、会おうとしていた人かと思わせて実はただのおじさんだった、また農薬をまく飛行機かと思わせておいて、実はこれがあやしい人物があやつる飛行機だった・・そんな感じでした。が、なんだかわかったような、わかんないような・・・
(^^;)
9th July 2001 (Monday)
今日は、30日のテスト内容と夏休み中の課題の件について黒板にたくさん書いてあったので、それの説明と書き写しが主でした。それから、ちょっと授業になりました。
転喩は映画で使う方が、文学で使うより効果(効率)が高いということの説明でした。そして、そこから受ける情報や意味の量もたくさんあるということ。Metonymy は英語版の速記だと教科書は言っていました。
そして、synecdoche は、metonymyの一種と考えた方がよいとのことでした。


2nd July 2001 (Monday)
今日は、connotative meaning を伝える映画で役立っている用語2つについて。
一つは、metonymy (換喩、転喩)で、もう一つは、synecdoche (提喩、代喩)です。
前者は例をあげて言うと、「汗」 (detail) を見ると 「暑い」 (an idea) とわかるように、connotation が強すぎると、association(関連)が作動して、 connotation ではなくて、反対に denotation になってしまうという現象がおこります。他に王冠を見ると王様と思うのも同じく metonymy です。
後者は一部を見せておいて、全体を表す、または全体を見せて一部を表す、そういった表現方法です。例としてモーターや、車輪を見せて、車を表す。また、法を見せておいて、その一部である警官を表す・・・そういった表現方法です。

今日見たビデオはフランス映画で、精神分裂症の男が自分の父親と関係を持っている女性を殺す前に、自分が移っている鏡を割って、その割れた何枚もの鏡に彼の顔が写っているのを見せて、鏡が割れている→彼は分裂症、という図式を表しているものでした。

さぁ〜て、これから私は、Four Wedding and a Funeral を見ることにします
(^o^)
25th June 2001 (Monday)
今日も、iconとindexとsymbolsについて。again
先週の内容とほぼ同じようなもので、復習といった感じでした。
今日参考に見せてもらった映画は、どこが参考なんだろう?って感じでしたけど・・・
前期試験は7月30日にするそうです。びえーーーん(T_T)

18th June 2001 (Monday)
今日は映画での表示上的役割と内包的役割として何があるかという模索。3分法(trichotomy)を使うと、アイコン(icon,類似記号)、インデックス(index, 指標)、シンボル(symbol)があげられるということです。
アイコンって何かというと、絵とかデッサンとか図表、地図などのように、そのままを表せるもの。インデックスは、煙を見ると火事、女性が裸で眠る枕元のそばの大金で売春婦の稼ぎ、シンボルというのは、鳩を見たら平和、フェニックスを見たら不死という感じ。そういったものが映画でも使われるということです。
今日は定時より10分ほど早く終わろうとしていたのですが、先生が終わるか終わるまいか悩んでいるうちに。生徒の方が黙々と鞄に教科書や筆入れを入れていくので、「まるで、インデックスのようですね」と先生が言っていました。おもしろい〜(^o^)
11th June 2001 (Monday)
今日は、文学にも syntagmatic connotation とか paradigmatic connotation っていうものがあるのかっていう勉強。もちろんあります。で、文学の場合は後者の方が優先されます。で、映画の場合は前者が優先されるわけです。
4th June 2001 (Monday)
今日は、syntagmatic connotation がどんなものかという学習。習ったけれど、「こんなもの」とはっきり定義できない難しさがある。Paradigmatic connotation は違いがはっきりわかるけれど、今日見たビデオにおけるsyntagmatic connotaion だと、「だから?だから何?」って聞きたくなる例だった。

ま、違いがわかっていれば良いとのことだったので、わかっていることにしよう。違いのわかる○3歳!(^o^)
28th May 2001 (Monday)
映画における内包的役割というのは、他の芸術を利用する、記録することができる、文化的知識を利用するなどがあると先週に学習しました。
それを活かすために、フィルムメーカー(監督ってことでしょうかね)は、どういうことをするか。一つの対象を撮るのに、真正面から撮るとか、カメラの移動していろんなアングルで撮るとか、はっきり/くすんで、新鮮/ぼかし、背景がクリアー/ぼんやり、何分もかけて/一瞬だけ、こういった技巧があるわけです。これが映画の内包的助けとなっています。これを、chosen(選択されたもの)と、すると当然選択されなかったものもあるわけです。選択されなかったグループのことをparadigm(パラダイム、範列。例えばある文中のある語に対して、実際には用いられていないがその語の代わりに選択されうるような他の語の全体がなす集合を範列という)と呼びます。そして、選択されたものとされなかったものの「差」を、paradigmantic connotation と言います。これは、言語学的な記号論の1つで、もう一つに、syntagmatic connotation があります。

今日の課題の表す映画として、炊いた肉、ちゃうちゃう(-_-;) タイタニックが選ばれ15分ほど映画鑑賞がありました。どんなシーンかというと、上流階級の晩餐会に招待されたジャックが階段の下でローズを待つシーンと、晩餐会が終わってジャックがローズが来るのを待つシーンです。階段がポイントになっていて、階段の上から相手を見るように撮るか、下から相手を見るように撮るかで、お互いの力関係が表されると言うものです。ふーーん、そんな風にいちいち考えながら映画なんか見ないよなーーー。
つまり、下から撮る方が、上にいる人の立場が相手より強いということを表せるわけですね。

ところで私はタイタニックを見たことがないのですが、この15分くらいのビデオを見てDVDでも買って見ようかなと思いました。結構面白かった。でも友人に言わせると「別にすごく面白いというわけではない」と言っていました。
21st May 2001 (Monday)
今日も映画における denotative meaning と、connotative meaning についての学習です。
先週は映画はどちらかというと denotative だけれど、実は connotative でもあるということを今週は学習しました。映画には声(サウンド)とイメージ(映像)によって「表示上」的でもあるわけですが、実は他の芸術を利用することによって、「内包的」でもあるわけです。その芸術というのは、ダンス、音楽、絵画などですが、フィルムは文化の産物でもあるわけなので、記号論学者が「diegesis」
(物語世界)とオブ者よりも越えた「内包性」も持っているということです。(なんのこっちゃ??)
今日はボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」をもじった映画を見ました。でも、何をもじってるのかわからなかったです。ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」の絵を久しぶりに見ましたが、女性のたぷたぷのお腹を見たら「くくく、私のお腹みたい」って思ってしまいました。
もう一つ、イスラエルのジョークを引用した場面のあるイスラエルの映画も見ました。なんか変わった映画でしたが、続きを見たくなるような映画でした。
14th May 2001 (Monday)
今日は denotative meaning と、connotative meaning についての学習です。
伝達の方法には上の2つの方法があります。前者は「表示上の」という意味ですが、つまり文字通り表していることです。「バラ」という言葉を聞いて、バラの花を頭に浮かべることです。後者の場合は内包的という意味で、バラという言葉を聞いて「愛」とか違うことを思うことです。つまり文字通り以外のことを思うことです。鳩と聞いて、平和、ピースと思い浮かべるのもそうです。
英語や日本語のような Language System
は、内包的要素が多いですが、フィルムになると、そのままを伝えますから、言葉通りということになりますね。
英語って100万語もあるんですって! 比べてフランス語は30万語だそうです。が、フランス語には比喩的な単語が多いので、英語ほど不自由しないようです。ほんとなのかな。

7th May 2001 (Monday)
この授業だけは、未だに何を目的とした授業なのか全然わかりません(-_-;)
今日も"How to read a film"の本を段落ごとに読んで理解していったのですが、言語システムとしての言語(日本語とか英語のこと)は、signifer が「言葉」であり、signified が「意味」であるということ、しかし映像における signifer と signified は言語におけるそれよりも距離がずっと短いということを学習。
言われてみれば、「そーですね」って思うけど、それってそんなに大切なことなんだろうか? つまり視覚から入ってくる方が意味をとらえるのが早いってことなんですね?!
今日は、Alfred Hitchcok の「北北西に指揮を取れ」(で、いいのかなぁ?)の一部を見て、そのなかの signier と、signified
が何であるかを検証してみました。
しっかし、ほんとにこの授業は不可解じゃーーー(-_-;)

23rd April 2001 (Monday)
今日は言葉と言葉のシステムとの違いを学習したのですが、なんだか先生の質問の意味がよくわからない授業でした。英語とか中国語とか日本語は言語のシステムであって、言語ではありません。言語というのは、旗信号や、のろしや、モールス信号なども含むのです。その中に言語システムがあるという話です。今日はとっても面白い映画を見せてもらいました。恋愛している二人が旗だけで「愛してる」とか話をしてたり、暗殺されたシーザーが「ブルータスよ、お前もか」の台詞を懐中電灯を点滅して言うとか、モンキーパイソンの映画だそうです。なんか聞いたことのある名前なんだけど、誰なのかよくわかりません。
今日の授業は、ほんとにさっぱり??でみんながあんまり静かなので先生もしらけてしまって、早く終わることとなりました。

16th April 2001 (Monday)
映画にはいくつかの見るためのポイントがあります。何かを示唆しているものを、signifer と呼び、その示唆した結果を、signified と言います。 またsignifer が signified するもの自体を code と言います。この説明を受けたときは何を言ってるンだかわからなかったのですが、今日の映画の"ET”を見て、やっとなんのことか分かりました。ETが一度死にかけるのですが、それは植木の花が枯れることで示唆されます。そして心臓停止で死んだと診断されてから、エリオットと最後のお別れをした時に息を吹き返すのですが、それもやはり枯れていた植木の花がむくむくと立ち上がることで生き返りを示唆するわけです。つまり、植木の花がsignifer で、「死」や「生命」を、code で signifiedされた
わけです。
これからそんな映画の見方を習っていくわけです。