| 月曜日 | 火曜日 | 水曜日 | 木曜日 | 金曜日 | 集中講義 | |
| 学部X限 15:55〜17:25 (最終授業日) |
英語学特殊講義a |
(前期)教育原理 (後期)教育方法論 |
(前期)教育心理学 | TOPに戻る | ||
| T限 17:30〜19:00 (最終授業日) |
英語UB作文 |
英語教育法 | 英語UB会話 |
中国語UA(2) |
英語UB講読(1) |
(夏休み) 教育課程論 |
| U限 19:20〜20:50 (最終授業日) |
英語UB講読(2) |
中国語UA(1) |
英語UB講読(3) |
米国の社会 |
情報科学概論 |
| 2002年1月17日(木) 後期試験は来週の24日、授業内で行われるとの発表。プリント(自筆のもの)持ち込み可なので、やったあ!でした。授業内にテストをしてくれるというのがとっても嬉しい。なんせ木曜日は3つ授業を取っているからね。 今日のテーマは教師のあり方、態度みたいなものでしょうか。教師はいつも反省して経験を積み重ねていくのが良いという話。そして授業形態にはいろんなパターンがあって、1クラスを2つや3つに分けたり、2つのクラスを一つにまとめて、それから再び3つに分けちゃったり・・そんな授業形態があるそうだ。そんなこと実践している学校って本当にあるんだろうか?小学校ならまだしも中学、高校でそんなことやってるんかしら。 と、なんやかんやで本日も5時10分に授業が終わったので、食堂に行ってゆっくり夕飯を食べて次の授業に臨んだのでありました。ご飯を食べて次の授業の教室に行く途中に、この講義の先生に会いました。先生も私を覚えていてくれたらしく、にこっと笑ってくれたので「ありがとうございました」とお礼を言っておきました。 |
| 2002年1月10日(木) 今日のテーマは「総合的な学習の時間」の構想と教育実践のあり方。題名だけ見るとなんだか難しそう・・・で、講義を聴いていてもなんかさっぱり・・・・です。つまりは子供にどうやって勉強させるか?ということでしょうか?その体系、スタイルなどの説明だったような・・・なんか資料が小学生用だったので、ちょっとやる気をなくしていたりして・・。この先生もやっぱり兵庫教育大から来られているんだろうな。 |
| 2001年12月13日(木) 今日もNHKの「学級崩壊」の中学校版のビデオを見た。こっちもすごかった。でも、学校だけで対応せずに保護者、地域に協力を要請した学校は、割となんとか壊れていく学校を建て直したりできているようだった。 ある中学の生徒で、茶髪にした学校を休みがちな生徒がいたのだけれど、先生の話は真面目に聞くし自主的に茶髪を黒く染め直したりするのを見て、いったい彼の心の中はどんな思いがつまっているんだろうと思ってしまった。彼は先生が方を回すと腰にしっかりと腕をまきつけてきているのだ。決してこれは先生を拒否している様子ではないと思う。いったい何なんだろう? ある学校では、修学旅行に全員参加を目指して先生が走り回る様子を撮していた。なんだか、とっても恥ずかしかった。そこまで生徒にかかわらないといけないのか。生徒に先生が翻弄されているようにしか見えなかった。 この授業は後期に入ってから殆ど参加しているけれども、一度も「なるほどぉ」と感心したことを聞くことがなかった。が、今日のビデオの後の先生の話は、とても興味深かった。 なぜ、今先生が先生として尊敬されなくなっているのか、学校が学校として高貴な所と思われなくなっているのか・・・その原因についてである。 その理由の一つに、現代は情報化社会であり、情報はTVやラジオ、インターネット(これが一番強烈かも・・・)、塾から引き出すことができる。明治時代、学校とお寺は寄付で造ったものであり、一番立派な建物といえば学校であった。そして情報を得る場所であったのだ。その希少価値から先生=崇拝するべき人という図ができているわけだが、今ではどこからでも情報を得られるようになったので、先生がなにさっ・・・になってきたわけである。んーーー、こんなこと聞いたら、先生になりたくなくなるじゃん。 もう一つの理由は、最近の子供が先生に求めるものが変わってきたということだ。つまり、「智」は塾やインターネットから得られるから、もっと人間関係を濃くして・・・ってとこだろうか。 私は、英語の楽しさを教えてあげたいなぁなんて呑気に思っているのだが、ひょっとしたら、そんなの誰も求めていなくて、親から得られない愛情を求められるような社会になってきてしまっているのかも知れない。 |
| 2001年12月6日(木) いつ放映された番組か知らないけれど、NHKが特集を組んだ「学級崩壊」現象の特色と原因というビデオを見た。学級崩壊という言葉は知っていたけれど、実体を知らなかったのでビデオを見てびっくりしてしまった。本当にこんなことがあるんだ!という思いだった。小学校4年、1年、4年の実例が3つあったのだが、ホントにすさまじい!大声をだす。私語がやまない。すぐキレル、教室を出ていく。その中で、ちゃんと授業を聞くために本を開いている子もいるのだ。なんて教室なんだ。 で、どうしても素人には、その子供の奇異さや、その子供のしつけはどうなっているのだということに目が行きがちなのだが、この教育方法論の授業の先生は、先生の態度が甘いのだという指摘であった。ふーーん、そういう見方もあるのか・・・と目から鱗の感じだった。 昔は1クラス40人から50人近くもいて、誰一人変な行動をする子はいなかったのに、今は1クラス30人から40人の間で、それも1学年にたった2クラスしかないような学校が多いみたいだ。そんな中で一人の先生では手に負えないような実体があちこちであるのだ。でも、この少子化の時代に甘やかされて育った子供には、先生から目をかけられないという事実がとても辛いのだろう。奇異な行動をすることで自分に向いてもらおうとしているようだった。 私が実際に先生の立場であんな状況におかれたら、どーするだろう?嫌気がさして、さっさと先生業をやめちゃうのかも。 学級崩壊の原因には、「学級つくり」が出来ていない、生徒が楽しくなるような時間を作っていない・・・そんなところにあるようだ。 そして、奇異な行動をする子を叱るだけでなく、そんな中でまじめに本を開いて授業を聞いている子をとにかく誉めてやる・・・それが良い方法だそうだ。誉められるのが嫌いな子はいない。何をすれば誉められるのかを子供に知らせてやらなければいけないのだ。 私も誉められるのは好きだ。そういうのは外国人はとても上手だ。だから、私は日本人の先生はあまり好きでない。特に月曜の作文の先生。うまく作ったと思った文章を、こともなげにけなす。何か言ったら「そんな言い方はしない」で済ます。でえ〜っきらいだっ(`´) ホントに一気に授業を受ける気がしなくなるし、こんな先生のためにgood jobをしようとは思わないものだ。 |
| 2001年11月29日(木) 今日も遅刻。でも一番前の席に座ってまじめに授業を聞いていた・・・・・(つもり)。 こんなに訳の分からない授業は今までに経験したことがない。 今までの授業で、どんなにつまらない授業でも何か「ふーん」と思ったり、「なるほどー」とか思うことがあるのだけれど、この授業だけは、何を聞いても何とも思わないのだ。 いつも思うのは、「先生、この授業を担当して幸せですか?」ってことだ。 今日は生徒に対する授業のあり方みたいなテーマだった。 |
| 2001年11月15日(木) 教室の前を通ったので、プリントがあるかなと覗いたら置いてあったので、プリントだけ取ってきた。今日は自主休講。 |
| 2001年11月8日(木) もう堂々と遅刻。でも今日は10分くらい。 今日は教育の理念、教科内容・教材研究、授業とはどうあるべきかなどの説明。 やっぱり、こういうのは聞いていても実践しないことにはワケわからんという世界だ。 教師と生徒と教材の関係なども考察する。 教育に関する法律って、日本で50−60ほどもあるそうです。おどろき! |
| 2001年11月1日(木) 15分くらい遅刻して行った。しばらく話を聞いていると教育の歴史の話だった。はっきり見えてきたのは大正時代の頃から。この頃になると自由主義教育が入ってきた。つまり児童中心の教育だ。ベルバルト的でない考え方が一気に出てきた時代だそうだ。理科の実験なのも子供に実験をさせるようになったのは大正時代が初めてだそうだ。今まで何故なかったかというと、もちろん危険だからだ。 で、戦後新教育という時代に入る。ジョン・デューイの経験主義的教育論の影響が大きくなる時代である。身近な生活的諸問題を取り上げるようになったのだが、果たしてそれが教育と呼べるのか?と疑問が大きく取り上げられていくことになった。 そして昭和30年代。系統学習の始まりの時代である。教科内容を系統的に順序立てて教科課程を組織するようになったのだが、詰め込み主義の復活となってしまた。この時代に始めて道徳教育も導入されたそうだ。 そして昭和40年代。教育の現代化。1959年のスプトニック・ショックによって世界的な科学技術の高度発展に呼応して高校の数学・理科を中心に現代化を提唱した時代である。特徴としては、ブルーナーが「どの教科でも知的な性格をそのままに保って発達のどの段階の子供にも効果的に考えることができる」と提唱したことである。これによって教科内容の精選が行われた。「発見学習」や「学び方学習」が提唱された。しかし、昭和40年、50年代からいわゆる「おちこぼれ」が目立つようになる。 教育課程論と同じ事を再度習ってる・・・・って感じ。歴史は繰り返すじゃないけど、教育界もあーでもない、こーでもない・・・・と教育の仕方をやりくりしているのね・・・・(^^;) |
| 2001年10月25日(木) 眠いのをがんばって家を出て4時に学校に着いた。今日はしっかり前の席で聞くぞぉ〜と思っていたら、待てど暮らせど先生が現れない。だいたい教室に入る前に出席簿が置いてあって、資料もそこに置いてあるはずなのに生徒がどっかり座っているからおかしいなぁとは思っていたんだけど。 で、20分が経過して、みんなは「休講、休講」と言いながら教室を出て行っちゃったのでありました。私も心の中で「わーーい」と思いながら図書館で中国語の予習をしようと教室を出ていったのでありました。 |
| 2001年10月18日(木) 昼寝をしていたら起きられなくて、20分の遅刻をした。遅刻をしたので一番後ろの席に座ったらモニターの文字が小さくて全然見えなくて困ってしまった。やっぱり前の席に行くべきか・・・。 今日は教育原理でも習ったルソーの話から入っていた。あとヘルバルトとかラインとかディースターヴェーグとかの名前が出ていた。どの人も教育とはどのように進めていけば良いのか思案した人で、ディースターヴェーグさんはドイツ人で世界で初めてカリキュラムというものを設定した人だそうだ。 この教科を教えてくれている先生は、とっても真面目で時間の配分などばっちりな人なんだけど、こんな授業を教えていて楽しいんだろうか?と疑問に思ってしまう。チャイムより早く終わってくれるのが、とっても嬉しい。 |
| 2001年10月11日(木) もう眠くて眠くて、半分目が閉じながらの授業であった。 私は「〜方法論」とかいうのが苦手だ。こういう理論を習っても実践にいかせるのかどうかが疑問なのだ。方法なんて自分で編み出していく物だと思っているし、紆余曲折して確保していく物だと思ってるからなぁ。ま、いいや。 今日の授業は「教えるとはなんぞや」から始まった。教えるという感じの語源や由来、象形文字などを交えて、教えるとは「子供が価値あるものに交わる、出会う(交わされる、出会わされる」ということらしい。学ぶという字も、子供が両手を会わせて「おせぇ〜て」と行ってる様なことの象形文字から来ているらしい。子供によっての一番最初の教師は、やっぱり「親」だそうだ。親のみなさん、しっかり! もともと教えるというのは、正統的周辺参加から始まる。マヤ族の助産婦さんの例を挙げると、一代からずっと助産婦なのだ。おばあちゃんやお母さんのやっていることを、実際に見ながら、子供ながらに手伝えることを手伝いながら、手順を覚えていくのだ。これによって状況判断、問題解決、予見能力を養っていくわけである。また変化の状況に応じた判断と意志決定もできるようになっていくわけである。 で、時代は飛んで、中世ヨーロッパの教授法。コメニウス(1592−1670)は、世界で始めて絵本を作った人で、教授・学習活動のモデルになっている。視覚に訴えた直感教授法というものを編み出したようだ。 ・・・・・そのあとは、かなり眠かったようでノートの字の判読不可能・・・・・(^o^; |