| 月曜日 | 火曜日 | 水曜日 | 木曜日 | 金曜日 | 集中講義 | |
| 学部X限 15:55〜17:25 (最終授業日) |
英語学特殊講義a |
(前期)教育原理 (後期)教育方法論 |
(前期)教育心理学 | TOPに戻る | ||
| T限 17:30〜19:00 (最終授業日) |
英語UB作文 |
英語教育法 | 英語UB会話 |
中国語UA(2) |
英語UB講読(1) |
(夏休み) 教育課程論 |
| U限 19:20〜20:50 (最終授業日) |
英語UB講読(2) |
中国語UA(1) |
英語UB講読(3) |
米国の社会 |
情報科学概論 |
| 先生は女性で、さばさばとした話し方をする方です。結構こういうタイプは好きかも。教える流れもスムーズで慣れた感じです。理科系の女性って感じかな。語学系の女性の先生にはいないタイプかも。 女性から見た女性ってなんか厳しいんだよね(^^ゞ |
| 10月1日(月) 前期のみの科目の単位が取れたかどうかの発表が教務課に貼ってあった。気になっていたのは、やっぱりこれ、教育心理学。だって落としたぁ!と泣いてる子をよく見たので、ちょっとドキドキものだったのだ。 で、最初見たときに自分の名前がないので「え″〜」だったんだけど、よく見ると名前があったので、や〜れやれだった(^o^) |
| 7月13日(金) とうとう最後の授業になってしまった。心理学はテストは要らないけど、聞いていてやっぱり面白い。人間の心理を読みとるって楽しいもんね。自分の心理を読みとられるのはイヤだけど(^^;) 3年と4年で時間の余裕があって心理学の授業が取れそうだったら取ろうっと。社会心理学とか臨終心理学とかあるんだよ。 さて、今日は教育評価の方法について。教育評価とはなんぞや。それは教育上のさまざまな判断や決定のために情報を収集して利用する活動のことで、これには1.目的は何か 2.どのような情報が必要か 3.それをどう利用(解釈)するかがポイントとなってくる。 評価の仕方にも、事前に行う「診断的評価」(適正検査みたいなもの)とか、途中で行う「形成的評価」(小テストがそれ)、達成度を見るための「総括的評価」(学期末テスト)などがあります。しかしテストとか検査って作る方も大変なんですね。難しいのを作るとみんなの点数が悪くて評価ができない(床効果)、簡単すぎると満点の人が多すぎてこれまた評価できない(天井効果)、よってテスト自体を採点すると「判別力の低いテスト」と診断されてしまうのです。面白いですね。 いろいろな検査の中に性格検査というものがあります。性格とはなにか。人の行動に見られるさまざまな個人差を説明するための「構成概念」の一つです。一般にある「性格」があるという場合、ある人の行動パターンに時間や状況を越えての一貫性があることを前提としています。が、もちろん不変ではありません。(私は人生の半分まで生きてるけど、性格じぇんじぇん変わりません)構成概念は、それ自体は直接観察できず観察可能な事象から推測されます。例えば知能とか欲求がそれです。性格検査にはたくさんの検査方法があります。質問紙法、投影法、作業検査などの他に面接法、行動観察法、日記や作文からの分析などです。質問紙法はY−G検査が有名ですね。いろんな質問に「はい」「いいえ」「わからない」のいずれかを答えていくものです。授業中にも10問づつですが、神経質かどうかの検査と、劣等感の検査をしました。たった10問でもなんとなくわかるそうです。ちなみに私は神経質は平均、劣等感は平均以下でした。投影法はロールシャッハのテストが有名ですね。インクを紙にぽたっと落としてそれをはさんで広げるとインクによる模様ができます。それが何に見えますかというものです。作業検査は数字がたくさん並んでいて足して一の位を数字と数字の間に書いていく作業で、内田クレペリン検査が有名です。私も何回かやったことがあります。このような検査は信頼性と妥当性がなければいけません。信頼性とは、いつどこで何回やっても同じような結果が得られるテストのことです。妥当性は本来測定しようとしているものを正しく測定できているのかを示す概念です。神経質かどうかを問うのに、あなたはリンゴが好きですか?なんていう質問は間抜けですよね。 質問紙検査の長所は実施方法が簡単で、集団で受けられます。データを客観的に処理できます。が、短所は被験者が回答を意図的に操作する可能性があります。自分自身をよくみせようという動機が働くということです。が、嘘偽尺度の導入によってある程度は防御できます。つまり「嘘をついたことがありますか」のような絶対に「いいえ」と答えることのないような質問をいくつか入れて点数で表せるようにしてあるのだそうです。なるほど〜、底が深いですね。 投影法の長所は被検者自身に自覚されていない情報を引き出すことができるということ。つまり意図的に行われないこと。が、短所は結果の解釈にあたってかなりの熟練と洞察力が必要とされることです。 性格検査を取り扱うには注意が必要です。また、性格には「善い」「悪い」はない。性格が「良い」か「悪い」かを知るための検査ではないことを知っておく必要があります。また限られた側面しか把握できないこともあります。そして、結果は変動するということを頭に入れておく必要があります。そして、最も重要なことは検査方法を忠実に守って実施。結果の解釈にも習熟しておくこと。そして、検査結果の取扱には細心の注意を払う。第三者に知られ本人の人権が脅かされることがあってはならない。また本人に知らせるにも配慮が必要です。先生から結果をしらされて自殺してしまった中学生もいるそうです。 評価を行うということはどういうことのなのか。その評価検査を使用する人が検査を正しく理解し、目的を常に意識して何のためにするのかを考え、適切な情報収集をし、結果の解釈や利用性を考え、結果報告についても十分な配慮を必要とすることです。伝えるならばどのように伝えるべきなのかというった点について判断するための基礎的な知識が必要。 ということです。 さぁ、再来週のテストがこわいよ〜(T_T) |
| 7月6日(金) 今日は学習の基礎の理解と新しい学習研究の理解について。今日の授業では覚えてくださいねと言われた単語がたっくさんあって「げっ」って感じだった。覚えるのは駄目ですぅ〜(T_T) 学習というのは何も教室で行われるだけではありません。どこでも学習という行為は行われます。学習に対する言葉は本能です。過去の経験に基づく比較的永続的な行動の変容に対して遺伝的に決められた特定の刺激に対する一定の反応というわけです。学習のタイプには4つあって、一つは古典的学習(古典的条件づけ)、一つはオペラント学習(オペラント条件づけ)というもの、さらに観察学習、そして洞察学習というものです。 古典的学習にはパブロフの条件反射やワトソンの恐怖条件づけが有名です。パブロフの条件反射って本当は消化の研究をしていた時にたまたま見つけてしまったものだそうです。面白いですね。実験を重ねていくうちに自分の近づく足音で犬が反応してしまうようになったので食事(肉)を与えるときだけベルを鳴らすようにしたそうです。この時、食事は無条件刺激 (UnConditional Stimulus:UCS) と言い、食事に反応する唾液を無条件反応 (UnConditional Response:UCR)、後のベルは条件刺激 (Conditional Stimulus: CS)、それに対する唾液を条件反応 (Conditional Response) と言うようになります。以前に習ったワトソンの恐怖条件づけも同じく、金属音が無条件刺激、それに対する恐怖反応を無条件反応、白いものを条件刺激、それに対する恐怖反応が条件反応ということになります。これらはどちらかというと「受動的」です。 反対に「能動的」なものがオペラント学習で、自発的行動となります。スキナーの実験で示されるように、レバーを押すとえさが出てくる仕組みの箱に入れられたネズミは、一回学習するとエサをいつでも得ることができるようになります。この時のエサを強化子と呼びエサを得る方法を学習したということを「強化された」と言います。オペラント学習においては、自分の行動が効果を持つという認識が必要となります。強化するにおいて強化スケジュールというものがあります。大きく2つに分けると、連続強化と部分強化があります。連続強化というのは、レバーを押しさえすれば強化子を得られること、部分強化というのはレバーを押す頻度によってエサ(強化子)を得られる頻度も違うことです。部分強化には、さらに周期的、非周期的、定率、乱率があります。月給は周期、魚釣りは非周期、手間賃は定率、パチンコなどのギャンブルは乱率ということになります。そして、一旦学習させた行動をやめさせることを消去というのですが、この消去には上のスケジュール、特に部分スケジュールがとても影響してきます。そして、頻度が少なければ少ないほど消去は難しくなります。それは「期待度」が高まってしまっているからです。パチンコで今日負けた人は「明日勝つかも」と思ってまた明日もパチンコ屋に足を運んでしまいます。競馬や競輪にお金をつぎ込む人も同じことでしょう。一旦学習したものを消去させようとしても消去できないことを消去抵抗といいます。こういうことから、プログラム学習がいいのではないかという話にすすんでいくわけです。 プログラム学習というのは、学習者に出来るだけの誤りをさせないためのものです。目標を細かく設定したり、即時にフィードバックさせたり、学習者ベースの原理を適用したりすることがありますが、果たして、誤りを犯してはいけないものなのかどうか。そんな問題も発生します。そこで誤りの意義を問うために仮説実験授業というものがあったりまもします。 観察学習は、日本の民放連が2年前に発表したように、性や暴力を扱った番組を夕方の5時から9時には放映しないとしたように、マスメディアから得る子どもへの影響は非常に強いということがあります。子どもは大人のしていることをよく見ていますから、自分も真似しますし、しても良いと考えます。ですから、善悪の見境なしに見たものを真似するということです。 洞察学習は、猿が頭を使ってエサを取るという例をあげていますが、これにはちょっと疑問が残ります。なぜなら猿だから出来たということはないのか?と思うからです。犬なら、エサを取るために頭を使って道具を使うってことは絶対にあり得ないと思うからです。 最後に学習の転移について。学習を促進する時の要因となるものは、「正の転移」といいます。逆に妨害するときは「負の転移といいます」 なんだか、先生の休みが多かったせいで進み方が早くなってしまったので、あたふたしている私です。 |
| 6月29日(金) 今日は学級集団の理解について。いよいよ教育心理学の本髄に入ってきたか・・・という感じです。 先生は今までの時間のロスを埋めるためか、かなり進み方が早くなっています。 前期テストは7月27日に行われるそうです。5問くらいの用語説明、3〜4問の記述式設問だそうだ。教科書の持ち込みはやっぱり駄目なんだろうなぁ〜(-_-;) 今日の覚えるべき用語は「社会的促進」「社会的抑制」「社会的手抜き」「社会補償」「ソシオメトリック・テスト」などである。 社会的促進と抑制に関しては、課題の難易度によって学習形態をどれにするかを決めるための目安となる。これはグループ学習において適・不適を見ることができる。一般に単純な課題では、他者といっしょに作業する方が遂行が促進されるが、複雑な課題では遂行が妨害される。なぜなら、グループ内で「誰かがやってくれるだろう」と思ってしまう(社会的手抜き)からだ。これは複雑になるほど可能性が強くなる。自分が興味の持てない、また重要でないと思ってしまう様な課題についても社会的手抜きは起こってしまう。そして、その中で責任感の強い人物が他者の不足分を補うために努力量を増大させる。これを社会的補償というのだ。これは他のメンバーの力があてにできないと判断したとき、また集団の高価がその個人にとって重要な意味(価値)を持つときに現れる。 ソシオメトリック・テストとは、モレノによて考案された集団成員に一定の基準に基づいて選択あるいは排斥の感情を抱く他の成員を指名させることによって此処の集団成員の選択、排斥関係、集団全体の構造あるいは組織化の程度を測定・診断し、改善の手がかりを得るというものだ。これは、あまりオススメできる方法ではなさそうだ。なぜなら被験者があとで答えの確認をしあい、結局排斥したい人物を同一人物とした場合のいじめなどの発生があるからだ。 こんなテストをするくらいなら、毎日の観察をして、生徒の関係を把握することの方が先決だと先生は言っておられました。 |
| 6月22日(金) ひょっとして・・・とは思っていたんだけど、やっぱり先生は今ご懐妊中だそうだ。おめでとうございます\(^o^)/ でも、ひどく体調が悪いそうだ。つわりがひどいのかな? で、今日先生がプリントを配ってくれるのに私の席の近くまで来た時にびっくりしてしまったのだが、3週間前に全然気が付かなかったお腹が、ぽっこり出ていたのだぁ〜(@_@) すんごい赤ちゃんの成長! でも、あんな急にお腹が大きくなるものなのだろうか。はー、びっくりした。 今日は教育心理学でも中心的理論である「ピアジェの発生的認識論」について。大事な箇所のようだ。 この認識論には2つの働きかけがあります。一つは外界への働きかけ。机をバンバンと叩いたり、スプーンを持って机をコツコツしたりする動作はすべてこれだと言えるでしょう。これは叩くことで外界と関わっているのです。 そしてもう一つがシェマというもの。シェマとは「自分が引き起こせる行動の型」、あるいはその「行動を可能にしている知識の構造」をいいます。このシェマには「動作シェマ」と「表象シェマ」があります。この表象シェマですが、自分で概念を作っていく動作ですが、たびたび間違いであることがわかって概念の作り直しをしなければいけないことがあります。これは大人でも毎日することですので、子どもだけが行う動作ではないのですが、これを同化と調節といいます。調節は自分を外界にあわせる、同化は自分に合わせて外界を取り入れるということです。 さて、ピアジェは認知発達には各段階があるとしています。若い順に並べると、感覚運動→前操作→具体的操作→形式的・抽象的操作という具合です。感覚運動は以前に習った原始反応のことです。前操作は「ごっこ遊び」やアミニズム(生きていない物にも生命を与えるような思考。子どもなりの合理的な論理を反映)、直感的思考(見かけに惑わされる)、そして自己中心的です。 それが、成長すると自己中心的から脱中心化になります。他人の視点が取れるようになるわけです。これは7〜8歳の頃から始まります。そして保存の概念の確立もできるようになります。これは何かというと、もともとあった物理的な物の数や液量などはそれを変形しても変わらないというkとがわかるようになることです。、そして、さらに成長すると形式的操作期(可能性の文脈において論理的に物を考えることができるようになる、内容から独立した形で論理の形式を操作できるようになる)に入ります。 |
| 6月15日(金) 今日も休講。先生の体調、よっぽど悪いんだろうな。 |
| 6月8日(金) 教室に行ったら、中はまっくらだし鍵も閉まっている。なにかの間違いだろうと思っていたのだけれど、誰も上がってこない。ひょっとして休講?! 掲示板に見に行くと休講になっていた。 昨日の夜に見たときは休講になっていなかったから今日突然休講になったのだろう。 めっちゃむかつく(`´) 休むんだったら、前の日に連絡せぃ! くーーーーーっ(`´) |
| 6月1日(金) 今日は幼児期について。幼児期は、言語能力の急速な発達と、自己意識の芽生えという2つの大事な時期であります。 言語能力においては、クーイングから、喃語→ジャーゴン(jargon)→発語→2語文という経路を辿ります。 また、自己意識の芽生えに、2〜4歳の第一反抗期というのがあります。また鏡像認知という「鏡を見て、自分が自分であるという認識ができる」時期が2歳頃にあります。反抗期というのは、自分が確立できているか否かを見るためにも必要なもので、無いと大人になってからおかしい人が出来てしまいます。こわっ。 今日のびっくり。動物は生まれると1〜2時間くらいでさっさと歩くのに何故人間は歩くまでに1年もかかるのか。お母さんの子宮の大きさって制限がありますよね。風船だって制限があるし・・・(ひょっとして変な例え?(^o^; で、人間は脳が大きいし、脳の発達を優先してしまうので、子宮内で収まるためには内臓もしっかり大きくしていかないといけないので、手足が犠牲になっているのですね。で、必然的に小さくなって機能も生まれてすぐには働かないというわけです。 いろんなことを知るって、ホントにすんばらしいっすねぇ・・。しかし、この乳児期や幼児期のいろんな反応や現象を身近に感じられないっていうのは、つまんないっすねぇ。なんか、赤ちゃんがぽこっと出来ないでしょうか・・・(^^;) いろんな実験をしてしまいそうです。あはは。 来週までにレポート提出です。「乳幼児期の子供の二つの相反する側面について」 課題1:子供の有能さ、無力さを示す具体例を1つづつ挙げ、それについての感想。 課題2:有能さ、無力さを併せ持つことが人間の発達においてどのような意義を持っていると思うか自分の見解を述べよ。 |
| 5月25日(金) この授業はお気に入りの一つ。先生がハキハキしててとってもいい感じ。授業の進め方もうまい。 今日は乳児期(誕生〜1歳半)の勉強。誕生から1ヶ月は「新生児」というそうだ。 まず、乳児の行動の一つに原始反射が見られます。これは新生児の一定期間のみに見られる反射で、反射の役割として、生存のために不可欠、環境を探索する(自分にとって安全かどうか学習のプロセスを引き出し、快・不快の区別をする)の2つの重要なものがあります。この原始反射の例として第一歩行、口唇反射、モロー反射(抱きつき反射)、バビンスキー反射、逃避反射などがあります。このほとんどは出生から遅くても4ヶ月くらいで消失しますが、消失しない場合は神経系病気の疑いを持った方がいいということです。これによって、障害児の早期発見につながるわけです。なるほど〜。やっぱり研究、実験って大切なんだなあとしみじみ思いました。 また乳児には選考注視というものがあります。乳児って本当は目が悪いそうです。でも何かをじっと見ていたりしますよね。そのじっと見るものにも、しっかりと好みがあるということです。一番好きなのは「顔」それから顔に近いパターン、字の羅列などに興味を持ちます。色だけのものにはあまり興味を持ちません。この乳児の視覚能力というのは、特定の対象(刺激)に早い時期から注意を向けるという傾向(制約)があります。顔が好きだと言うことでしたが、やはり目や鼻の位置がちゃんとしている方が好きなようで、部品が正位置に並んでいない顔は好まないようです。ということは、顔ってわかってるんだねぇ。 奥行き知覚があるのかどうかの実験はギブソンの知覚的断崖実験で明らかになっています。生後6ヶ月までは絶壁感というものを持っていないようですが、6ヶ月を過ぎる頃から奥行きなどを認識します。 またボウルビィの愛着理論も有名で、順を踏んで特定の人との関わりを築いていきます。これは、のちのち成人した時に友人との安定した人間関係に影響を及ぼすともいわれています。 この愛着というものはペットから見た「エサをくれる人」みたく、子供から見ると「食事を与えてくれる人」が一番愛着のある人と見ていた時期もあったようですが、ハーローの代理母という実験から、やはり身体接触の重要性が問われるようになります。 また、エインズワースの乳幼児を一人にしたり、みんなと一緒にしたり、赤の他人と一緒に同席させることで、不安度を調べるストレンジ・シチュエーション法というのがあります。この実験をさまざまな国で行った結果が出ていたのですが、西ドイツでは親に対する愛着は日本のそれと比べると格段に低いです。日本は子供と一緒に寝ますから、子供が親から離れるという恐怖心は非常に高いのでしょう。 やっぱり、ある程度の自立って必要だと思うけどなぁ。 |
| 5月18日(金) 今日はシュテルンの輻輳(ふくそう)説とジェンセンの環境閾値(いきち)説について。 子供の発達には遺伝と環境が関係してくるということを先週学習しました。その遺伝と環境の働きの単純加算によって発達するとしたのが、輻輳説です。環境閾値説は特性によって遺伝が規定する割合と環境が規定する割合が異なる環境は閾値として働くとしています。例えば特性A(身長・発語)などは環境が貧しくとも可能性の健在は小さい頃からあります。知能は環境と共に徐々に伸びて来るものです。学業もどちらかといえばそんな感じ。でも絶対音感とか外国語音韻はいくら環境がよくても何らかの顕在する可能性がないと花開かないとしているのです。花開いた頂点に当たるところが閾値となります。ですから一定水準以上は個人の持つ遺伝的可能性に依ることが多いわけです。 さて、次にピアジェの認知発達理論(教育心理学の半分以上を占める)、フロイトの精神分析理論、エリクソンの心理・社会的発達段階、コールバークの道徳性の発達理論を学習しました。 ピアジェは発達は段階を踏んでいくとしました。この段階は飛び出すことはなく、固定的としています。彼は児童期(約18ヶ月から約6歳まで)前期を前操作期とし、見かけに惑わされる直感思考型としています。児童期後期(6歳〜13歳くらい)を具体的操作期としてより合理的思想ができる時期としています。 フロイトは生理的欲求から生じる緊張が活動を引き起こすと考え、引き起こすエネルギーのことをリビドーと呼んでいます。彼は性的な段階をあてはめています。例として麻薬に走る人は、乳児期にあるべき口唇期肛門期で、満たされなかったためとしています。これを口唇期固着と呼びます。ただ、この理論は自分の患者から集めたものなので、実証性に乏しいと言われています。 エリクソンは社会との関わりが発達に影響を及ぼすとしました。教育心理学において、主として問題になるのは青年期における自我同一性の危機(identity-crisis)です。自分らしさを形成してそれを受容する。自分の能力を試す時期なのですが、ここで妨害が起きると「同一性拡散」(混乱)に陥り居ます。モラトリアム(大事な決定を先に延ばすこと)になったりするわけです。 コールバーグは道徳性に段階があるとしました。ここで、あるテスト問題を出されて自分の回答と段階を見る機会があったのですが、どうも私は幼児期から抜け出ていられないようです。簡単に言うと、死にそうな妻を助けるためにお金で買えない薬を盗んでもよいかという問いにどう答えるかが問題だったのですが、私は盗みはいけない!としたのですが、この回答って水準1で大人の考えではないみたいなのです。ひょえーーー。どーーしよーーー、私は大人じゃないんだわ〜。 |
| 5月11日(金) 今日は発達心理学について。これは、子供自身が持つ特性・特徴を見ていく学問であります。 ヨーロッパ中世以前では、子供という概念は6−7歳くらいまでで、それからは「小さな大人」だけだったそうだ。だから中世で行われていた処刑なども子供は見ることができたし、そのうえ処刑の手伝いまでさせていたというのだ。しかし、ルソーが自分の著書である「エミール」でそれを批判し始めるのだ。これでルソーは子供はおとなと心理的に異質であるだけでなく、社会的、文化的にも異なる存在であることを含めている。 よって発達心理学というものが出てくるわけで、身体的発達と精神的発達の2側面があります。身体的発達の有名なものに、「スキャモンの発達曲線」がある。大きく分けて甲状腺、副腎、体重、子宮などの発達を比べると、受精から大人になるまでの体の発達に伴って発達するものと、年齢にあまり関係ないものなどがある。例えば甲状腺などは「お年頃」と言われる年齢の頃がピークで発達している。世代が進むにつれて発達速度が促進されることを発達加速現象と言う。この発達は発達勾配現象というものに見られるように、地域・民族・階層によっても違うことがみられる。身長などは東京と鹿児島の14歳同志を比べた場合、東京の子供の方が高い。 そして、この発達を決める要因は遺伝か環境かという問題が当然のように起こってくる。遺伝だと言うのは、ゲゼル。環境だと言うのはワトソンである。ゲゼルは一卵性双生児を使って実験をしたのだが、この結果にはブーイングが多く、あまり正確な実験とは言えなかったようだ。が、ダーウィンやバッハ、ベルヌイ(数学者)の何代にも渡る家計を調べた結果、遺伝の重要性を強調するのに用いられることになる。 またワトソンも幼児を使って残酷な実験をし、人間の発達は出生後の学習によって方向付けられるという学習理論を打ち出した。が、現在では遺伝と環境が一緒であろうというのが一般的な考えのようだ。 |
| 4月27日(金) 先々週、先週と休講だったので、まさか今日は休講にはなっていないだろうと思った。休講になっていた理由は先生の体調不良だそうだ。春になると体調を壊す人が多い。クラスメートにも一人体調をくずして1週間ほど休んでいる人がいる。そういう私もなんか毎日しんどい。 最初の授業から、興味深いことを教えてもらった。心理学ってやっぱり教師になるためには必要だなと思うけど。教えてもらってもなかなか分析して対処するって事はむずかしい。 まずは心理学とは何かから始まり、いろいろな検証でわかった効果などの説明を受けた。まず、心理学とは科学的方法に基づき、心の働きを解明しようとする学問であります。そしてラタネの実験から大勢いることによって何も発生しないこともあるという検証を知りました。10人の人に「これをやっておいて」と頼んだときに何人の人が本当に腰を上げてくれるでしょうね。これはいじめの現象にもつながることでしょう。 次にホーソン効果を習います。実験をするうえで正確な回答が得られない理由の一つです。たとえば工場で「照明の明るさでどのくらい生産量が変わるか調べます」とアナウンスした時に、明るくしたら生産量が増えたというのは半ば分かり切った答えなのですが、実は暗くしても生産量は増えていたという事実。これは、アナウンスによって労働者の仕事への意欲が増えてしまったからなのです。なるほど。 そしてプラシーボ(偽薬)効果。これは去年の時事英語の題材にもありましたね。そして、ピグマリオン効果。これは特定の人間に期待することによって、その対象となった人間が実際に実力を増すという事実です。だから先生というものは、みんなに平等に期待を持ち続けてやらないといけないんですよね。 なんだか、とっても楽しい授業になりそうです。これは、教師にならなくても対人関係にとても役に立つと思います。 |