日立電鉄線ファン
このページでは、管理人からのお知らせや独り言を扱います。2004年4月以前にお知らせしていた日立電鉄関係のマニアックな行事やイベントの告知および掲示板については、再開しませんのでご了承下さい。
(2009/03/08記述)
約半年ぶりに全線の現況を見てきました。
大きな変化は、やはり久慈浜ずい道の閉そくでしょう。何回となく通過した常磐線のガード下や、あのトンネルの坑口がコンクリートでべったり塞がれていたのを見たとき、予期していたこととは言えショックでした。また、大沼駅前広場に日立電鉄タクシーがずらりと勢揃いしていたのにはこれまたビックリ。さすがにマイカーをねじ込む訳にも行かず、線路側の様子に変化も無かったことから大沼駅の撮影は割愛しました。
なお、一部を除き軌道敷跡は除草作業が済んでおり、橋梁跡など途切れた箇所は並行道路に迂回するなどして、下草が芽吹く季節を前に、全線の様子を比較的容易に確認する事ができました。しかし、新年度からは沿線自治体による各種工事が始まります。軌道敷の景色も大きく変貌してゆくことでしょう。
(2008/05/26記述)
年度が改まってから1ヶ月半が過ぎ、ようやく先日、全線に亘って線路跡を見てきました。川中子駅跡は農協施設の新築工事によって踏切から続いていた軌道跡がざっくり途切れ、南高野駅跡に駅の痕跡はありませんでした。
そんなこんなで広大な空き地と化した久慈浜駅跡をデジカメ(一眼レフタイプのもの)片手にウロウロしていると、「久慈小学校はどこでしょうか?」と車の中から呼び止める声。英語を教えに行くと言うお姉さまが助手席に広げてあった地図には、なんと日立電鉄線がくっきりと…。「ここの空き地が久慈浜駅の跡です。」図上を指差して案内を始めると、「電鉄線、無くなっちゃったんですね。」
何ともほろ苦い一期一会でした。
さて、今回(5/23)の現況確認から、原則として文中に出て参りましたデジカメによる撮影とします。と言う訳で、今までよりは若干画像のUPが早くなるかも知れません。ただ、今回はお試し撮影(と腕が未熟)の要素もあって、露出が今一つのカットがあることをご承知置き下さい。次回以降は何とかしたいと思います。
それから、鉄道線管理グループの移転先となった旧常北太田駅構内ですが、2008/05/09付茨城新聞に「JR常陸太田駅周辺整備」が10月にも一部着工するとの記事が載っていました。今年度は自治体への用地払い下げも本格化することから、線路跡には大きな動きが出てくることでしょう。
2004年11月以来UPしてきました「日立電鉄線の廃止問題に関するコメント」は、一旦削除いたしましたが、廃止から日数も経ち一段落したので、改めてコメントを出す予定です。相変わらず反論の持って行き場の無い、一方通行のコメントとなりますが、ご容赦願います。(当コメントは、随時少しずつ加筆、修正します。)
現在は、鹿島鉄道鉾田線が廃止され、茨城交通湊鉄道線が存廃問題の渦中にあります。大きい視点から捉えれば、エコロジー対策としての鉄道の有用性は論じるまでもありませんが、地域(の納税者)レベルでは、地方ローカル線の維持と道路整備の、どちらに税金をかけた方が住民にとってプラスになるのか、現在、管理人の中での答を出せていません。
ただ、過去にもこの欄で述べましたが、利用客が減少して採算が合わなくなったローカル線は、無理に残す必要はないし、かと言って、沿線住民の多数意見に反して事業者が意地で線路を撤去することもなかろう、と言うのが管理人としての基本的な考えです。茨城県内では、日立電鉄線も含めた3路線について冷静に見つめれば、「残すのには無理がある」ほど利用者が減ってしまっていたと考えられますが、他方、いずれの事業者も並行バス路線の採算性改善のために、「意地になって線路を撤去」させようとしているようにも見受けられました。しかし、関係従業員の雇用や生活を勘案すれば、事業者としてはそれこそ苦渋の選択をせざるを得ない状況であったとも思います。
日立電鉄線廃止の後、代替バス路線に朝のラッシュ時も含めて数回乗車しましたが、立ち客がポツポツいるものの、電車時代と比べればガッカリするほどの乗客数でした。鹿島鉄道の並行バス路線も、「ラッシュ時の積み残し」は杞憂に終ると思います。一鉄道趣味人としては、逆に廃止による負の側面が噴出して、湊鉄道線の廃止が晴れて撤回されるのを祈らずにはいられませんが。
当サイトは、日立電鉄様の廃止届提出直後の2004年春、沿線に訪れた一部の自称「鉄道マニア」による度重なるマナー違反(危険行為)への警鐘の意味も込めて、2004年4月15日をもってサイトそのものの運営を中止し、全コンテンツを削除しておりました。さらに、管理人自身も転居という環境の変化があり、日立電鉄線の「追っかけ」から遠ざかっていました。
しかしながら、異郷の地にあっても日立電鉄線の情報は断片的に入り、「事後ニュース」と「存続問題とお願い」のページについてはコツコツと自パソコン内でのメンテナンスを続けてまいりました。そして、その量も大きくなってきましたので、「存続問題とお願い」、「事後ニュース」、「車両リスト」関連のページのみ、2004年10月19日から当分の間復活させることと致しました(「存続問題とお願い」のみ2004年8月16日から再開準備として仮UP)。ただし、情報ソースが限られておりますので、更新頻度と情報量が以前より格段に落ちますことをご了承下さい。特に、2004年7月以降の車両の動きは把握不能です。
なお、当サイトは運営中断前に、日立電鉄(鉄道部)様から種々の情報をご提供頂いていた関係から、存廃問題について中立の立場をとります(報道等については、Web上で確認できたものだけ機械的にUPすることとします)。ただし、「
廃止問題に関するコメント」のみ、個人的な考えを述べています。また、リンクフリーとしますが、相互リンクにつきましては個人的な都合により控えさせて頂きます。ご来訪の皆様のご理解とご協力をお願い申し上げます。(管理人へのメールもご勘弁下さい。妙に忙しいのでメンテナンスが大変…)
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2005年4月以降の、当サイト内各ページの更新方針についてお知らせしています。
- トップページ
- タイトルを「日立電鉄線ファン」に変更しています。(2005/04/02までの旧タイトルは「日立電鉄ファン」。)
車両解体・鉄道用地処分終了後も、当分の間はできる限りの追っかけ情報を提供するつもりでいます(が、いつまで続くことやら…)。
- 「最終稼動車両ラインナップ」と「廃線後に旅立った車両たち」
たぶん、現状のまま推移します。台車やMG・CP、アントの行先は大体判明しておりますが、どんな画像をUPすれば良いか思案中です。
- 新着情報
引き続きWeb上で日立電鉄関連の情報を得るか、実際に日立電鉄線沿線に立ち寄って変化を確認した場合に更新します。
- 廃止関連報道とお願い
- 留置車両の解体・搬出が完了しましたので、「過去の廃止関連報道」のページを新設し、2005年4月2日(土)から同6月24日(土)までの報道記事等をそちらへ移行しました。
- 2005年4月1日(金)付以前の報道記事については、「過去の存続問題報道(1〜3)」のページへ移行済です。
- 事後ニュース
- よほどの事がない限り、現行ページにて継続UPします。関連写真は撮影の都度当サイトのどこかにUPします。2006年10月以降は、鉄道用地の処分についての動きを中心に追っています。
- 現行車両リスト関連
- サイト容量に余裕ができたので、過去の画像を一部再UPし、各車両の紹介ページを順次リニューアルします。営業車両の各ページは2006/07/21に全車完了しました。工事用車両のページもリニューアル済みです。
- 全営業車両の解体・搬出が完了しましたので、今後の車両リスト本体のページの更新は、細かい数字のみとします。解体直前の「最期の姿」を撮影できた車両については、当該車両ページに解体中またはその直前の画像をUPしています。
- 管理人室
- 日立電鉄線の廃線問題についてのコメントをどうするか検討中です。
- 「点描・廃止前後」と「役目を終えた車両たち」の部分は、旧更新情報(車両運用)のページへ移行しました。