「ついにはくしごうをてにいれた!」
大学受験を予定している皆さんへ

これから大学受験を予定している皆さん,僕は12年前に受験舎にお世話になり,11年前に東京大学に入学し,今年の3月に大学院博士課程を修了しました.12年前の大学受験は確かに大変でしたが,今思えばそれから後の方が人生における試練だったように思います.なぜなら大学受験は受験舎の先生方のように,経験豊かなアドバイザーに支援を受けることができるからです.一方大学に入学してからは,自分を束縛したり,導いてくれたりする人は基本的にはいません.自分で責任をとれる限り,どのようなことも自由なのです.これは怖いくらいの自由です.自分の行動に意味はあるのか,はたまた徒労なのか,自分はどこに向かっているのか,それとも止まっているのか.そのような基本的なことを,自分で自分に説明しないといけないのです.
皆さんの夢はきっと大学に合格することではなくて,その先まで続いているものではないかと思います.もしくは,夢というとらえどころのないものを言語化できずに,もやもやしているのではないでしょうか.どうか皆さん,とりあえず大学受験という「コタエのあるモンダイのカタマリ」などというものは,経験豊富で詳しい人によく対策を教えてもらい,軽快に乗り切ってしまってください.すべてはそこから始まります.

ほんとうに,それがすべての始まりです.


(2007年3月末のメモより)

大学生活11年。ついに博士号を得た。
僕は昔から「はかせ」になるのが夢だったので、その夢がようやく実現したことになる。夢には、2種類ある。「夢見る夢」と、「叶える夢」だ。どちらも常に人の心の拠り所となる点は同じである。しかしその、心の拠り所となるプロセスが異なる。
「夢見る夢」は、美しく、簡単だ。ただずっと、心に秘めていればよいから。
「叶える夢」は、もう少しダイナミックだ。その夢を叶えるための手段をあれこれ考えないといけないし、なかなか夢の実現へ向けて前進していないときは自分の夢設定能力や夢実現能力を自分で疑わなければならない。そしてもう一つ重要なことは、「もしも叶ってしまった時に心の拠り所がなくなってしまう」という点である。
叶える夢は、その実現が困難であるほど人をがむしゃらに進ませるエネルギーを生み出す。しかしがむしゃらになればなるほど、叶ったときに真っ白になってしまう。

それが、今の僕だ。
これから何をやっていこうかな。

よく、「具体的な夢ほど叶いやすい」という。確かにそれは当然である。具体的な目標が出来て初めてそれに至るまでの過程を考えることが出来るからである。しかし僕は自身の経験から、こう言ってみたい。「適度に抽象的な夢が叶いやすい」と。
およそ夢というものは、願望と憧れをもって今の自分からかなり離れたところに思い描くものである。そしてその夢の実現に向けて計画を練る。しかし計画通りにものが進むのはほんの一時期であって、夢の実現というものは常に波乱万丈のプロセスを経るものだと思う。逆に当初の計画通りに実現できる夢というのは、どこかこじんまりしているはずだ。
だとすると、夢の実現の過程には必ず「途中修正」の時期が来る。予定通り進んだ分、予期しなかった問題、予期しなかった好条件を照らし合わせて、進むべき道を省みる作業である。これは夢の実現に旅立つ当初の計画立てよりも、ずっと複雑で難しい。そこでものをいうのが、「夢の抽象性」である。夢は抽象的であればあるほど、その実現判定を柔軟に行うことが出来る。ジャイアンツのプロ野球選手になりたい野球少年は、タイガースに入団しても夢が実現したことにはならない。しかしプロ野球選手になりたい野球少年は、ジャイアンツでもタイガースでも、メジャーリーガーとなっても夢は叶ったことになる。

僕は、はかせになりたかった。漠然とアニメに出てくるロボットを作るはかせを頭に描いていたが、僕の進路は高校に入ってから今までの14年で何度も大きく変わった。大学で研究する、ということは決めていても「何を研究するか」の部分は何でもよかった。だからこそ、何度も立ちはだかった予想外の問題に対して「博士号をとる」という条件のもとで柔軟に対処できた。専攻を変えたり、研究室を変えたり、研究対象を変えたりできた。夢が具体的でありつつも、着陸地点を比較的自由に選べる抽象性を持っていたからこそ実現できたのだなと実感する。

ホールインワンで勝ちたいボールは、ホールが近づくほど、軌道修正不可能な自分に苦しむだろう。しかしよいスコアで勝ちたいボールは、一打ごとに明らかになる新たな状況を確かめながら、次のアイアンを選んだり、風を待ったりすることができるのである。

僕は夢を一つ叶えた。それは既に僕に後戻りの出来ないほどの人生の方向性を与えてしまっている。
あれ? 今、僕が次の夢を探す作業は、「叶う夢の途中修正」と似ているな。
さて、僕はいま、どんな夢を叶える途中にいるのだろう。
予定通りに進んだ分、予期しなかった問題、予期しなかった好条件を照らし合わせて、一番自分が憧れる場所に、次の「叶える夢」をおく。
そして、また、旅立つ。


2007年4月
独立行政法人 産業技術総合研究所 研究員
東京大学 客員助教
栗原一貴
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