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「子午線」(98/5/31)

私が住んでいる明石市は子午線(東経135度)が通る、日本標準時の街です。この3月に震災から復興して再オープンしたばかりの天文科学館はその子午線の上に建てられています。展望台に上ると、床に線がひかれていて、それが子午線であることの説明もあるので、私はずっと子午線上に天文科学館があるのだと疑ったこ事もありませんでした。ところが、今の地図上では天文科学館は子午線上にないのだそうです。

それは、日本独自の測量の方法によって生じた差なのだそうで、1928年と1951年には「標準時は天体測量に基づいて特定されるべき」と天体測量が実施され、正午に太陽が南中する場所を135度と制定したそうで、その結果、あえて地図上の135度線から東に約380メートルを、天文学経度での子午線とし、1960年にその線上に天文科学館を建設したそうです。

建設省国土地理院が、人工衛星を使ったGPS測量による地図制作に移行することを打ち出したそうで、数年後の移行を目指すのだそうです。これが実施されると、今現在は天文科学館と離れている子午線が天文科学館の方に動いてほぼ一致する事になるということです。

子午線の本来の意味を追求した結果が、半世紀近く前の天体測量で決められた子午線の上に建てられた天文科学館に、新しい地図がやっと追いつく形になったという事で、標準時の街の面目躍如と言ったところでしょうか。
でも、すごいですよね。半世紀も前の子午線に対するこだわりがやっと証明されるという事なんですから。

逆に地図の135度線上に子午線のモニュメントを建設したところは作り直しをしたり、見直しを迫られているのだそうです。今まで地図上の子午線と一致してなくても、太陽に合わせている「本当の子午線」だという事実に、今度は地図の子午線が動いてくる訳で、逆に今一致していても数年後には離れてしまい、太陽にも合わないとなれば、意味の無いモニュメントになってしまうのですから。大切なのは、誰かが決めたからとかそういう事ではなくて、「本来持っているはずの意味」なんだと感じました。
6月10日は「時の記念日」。この日に明石を通過する新幹線や特急電車に乗っていると「子午線通過証」がもらえるそうです(というのも、通学、通勤ではもらったことがないもので・・・)。
 

「原チャリ」(98/5/30)

馬鹿で手がかかる程可愛いというけれど、私にとってそれは、どうも原チャリ(原動機付き自転車−どうみても自転車とは思えないのですが)の様です。今の原チャリは3台目。免許を取った次の日から原チャリを乗ってましたから、かれこれ14年。1台平均5年弱は長いのか、短いのか。

1台目は、父親が勝手に買ってきたもの。まぁ、私がお金を一銭も出していない事を思えば文句の言えた義理でもないのですが、HONDAのTactでなんだかんだ言いながら一番長く乗っていたもの。私が普通免許を取った当時は、まだ原付講習会は義務ではなかったので、原付を買ってこられても乗り方も分からず、「こんなの乗れるのかなぁ」と思ってました。案の定、最初は自分は乗らないでエンジンをかける練習をしていたら、ウィリーになってしまい、頭では「右手を元に戻す」と分かっているのだけれど、右手が動かないで、「ええぃ」と新品の原チャリを放りなげたこともしばしばありました。(もちろん父親の見ていない所で、ですけどね)
当時の原チャリは今のものと比べると、小さかったけれど、結構丈夫でした。

2台目は、自分も半分お金を出して買った、今でも一番のお気に入り。HONDAのTacty。一見黒かと見間違えるメタリックネイビーの渋い色が大好きでした。3年も乗ったか乗らないかの内にさらわれてしまい、今でも行方不明です。

3台目が今乗っている、手間とお金のかかる「お嬢」です。前の2台は青系統の色だったのですが、それが誰でも乗れる色で、一番盗まれやすいと言われました。原チャリが無いと、通勤にもちょっと不便なので、Tactyには心残りな気持ちは残っていたのですが、新しい原チャリを買う事にしました。お気に入りをさらわれて、気分はブルーでしたから、電話でバイク屋のおっちゃんに頼む時には、「とにかく盗まれにくいバイクをお願い」と言ってたら、持ってきたのは、紅色に近いピンクのバイク。在庫でたくさんある=売れない=乗りたくない色=盗まれにくいバイクと、なんだか可哀相なバイクですが、でも、可愛い色なんですよね。
結構気に入って乗っているのですが、これが、前の2台に比べたらやたらめったらお金がかかるんです。

タイヤの交換、マフラーの交換、カギの付け替え、ライトの電球の付け替え・・・。
マフラーも前の2台が全然交換なんてした事がなかったので、交換しなくちゃいけないものだとは思ってなかったんですね。で、なんだかうるさい。誰がうるさいのかと思っていたら、自分のがうるさい。「何でかなー?」と思いながら、それでも乗っていたら、とうとうお巡りさんに止められてしまって、仕事帰りなのに、「暴走族かと思われるから、はよ交換しぃ。」と言われてしまった。

カギは、最初はエンジンキーと、メットインのところのキーと、ガソリンをいれるところのキーと3個所が同じキーだったのに、エンジンキーとメットインのところを悪戯されてしまい、「3つ全部換えるとお金がかかるから」と言われて、結局、今は全部違うキーになってしまい、バイクのキーホルダーには3つのかぎとU字ロックの鍵とで、全部で4つを使いこなしている状態。普通の時にはいいんだけれど、ガソリンを入れに行った時に、お兄ちゃんが気を利かせてくれたつもりで、ガソリンキーとそのままエンジンキーに突っ込んで、回らない状態で、やっと「あれ?なんでこんなにたくさんのカギ?」みたいに気が付いてくれます。毎回恥ずかしい思いをしながら、この鍵じゃないんです、とせっかく入れてくれた鍵を抜いて違う鍵をセットします。

そんなこんなでお金のかかっている原チャリですが、この前、前のカゴのネジが緩んでいるなぁと思って放っていたら(この時にちゃんとしてればよかったんですけど)、なくなってしまってました。だから今、残りのネジまでなくなるとまずいかなという気持ちと、3本で留めていたネジが2本になって安定しないのとで、カゴを取ってしまったら、カゴのないのがすごく不安定で、意味もなく前につんのめりそうになります。ま、カゴの無いくらいは我慢できる範疇なんですが。

おととい、夜帰る時に、なんだかおかしいなと思っていたら、ライトの電球が切れてました。そう真っ暗!お巡りさんに会っていたら、今度は無灯火で注意されていたかもしれません。。。
カゴくらい我慢しようと思っていたのに、電球が切れてしまっては仕方ありません。バイク屋のおっちゃんとこに行って直してもらわなければなりません。

ホント、手間とお金がかかる「お嬢」なんですが、ただ、これを「とにかく盗まれにくいバイク」と、予算も何も言わずに、あとメットやU字ロック一式を持ってきてくれて、結構可愛くて気に入ってたら、おっちゃんが「ほんじゃまた」って帰ろうとするので、そこで初めて、「あ、お金は?」と思って、「おっちゃん、これどれくらいするんやろ?」と聞いたら、おっちゃん「計算してないから、また今度な」と言って帰ってしまったのでした。
今度の日曜日、ちゃんとおっちゃんとこに連れていかないと・・・(T_T)。
 

「今日の漢字変換」(98/5/28)

私は、会社でも家でも日本語入力システムは、「MS−IME」を使っています。別に何だっていいんだけど、問い合わせとかあった時に答えやすい様にというのと、特にこだわりがないからです。

でも、何だか最近、「MS−IME」が馬鹿な様な気がしてなりません。「学習」するようには設定している筈なのに。そしたら、今日はまたはげしい漢字変換をしてくれて、とうとう笑ってしまいましたのでちょっとだけなんですが、披露します。皆さんの漢字変換は大丈夫ですか?

はげしそう=禿思想(激しそう)

得意先をせんたくする=得意先を洗濯する(選択する)

はいしゃ=歯医者(配車)−何回も「配車」と変換しているのに、「歯医者」が出てくるんです。

はこんだ=破婚だ(運んだ)

大体どういう発想で、こんな単語が日常的に出てくるんだと言いたくなるくらいです。それとも、仕事で疲れている私を慰めてくれているつもりなんでしょうか??馬鹿なヤツほど愛い奴と思いながら、さらに疲れて仕事を続けます。
 

「『ちびくろサンボ』はどこに」(98/5/27)

『ちびくろさんぼ』が絶版になったと聞いて、そんなにこのお話は読まれなくなったのか?と思っていたら、絶版の理由はそんなものではありませんでした。「人種差別」が問題なんだそうです。
細かい部分は忘れてしまったけれど、最後のトラがぐるぐる回ってバターになって、そのバターを使ってホットケーキをたらふく食べたという所は本当においしそうで、忘れられない描写でした。そんなに差別が問題になるような絵本だったんでしょうか。別にサンボだろうが、トムだろうが、太郎だろうが構わない訳で、たまたまサンボが主人公であったから、問題になっているのはおかしい様な気がしてたまりません。

少し前に、“『ちびくろさんぼ』の絶版を考える”という動きがあって、黒い犬が主人公の「ちびくろサンポ」だとか、名前や主人公を変えた本が出ていました。そういう「置き換え」されたものがいいのであれば、お話そのものに問題がある訳ではなさそうです。つまり、お話に出て来る「サンボ」が問題になっている訳です。

肌が黒いから?
このお話が「人種差別」だと言い出した人は、何を持ってそう判断したんでしょうか?
主人公が黄色い肌で「太郎」という名前だったら、問題は無かったんでしょうか?
白い肌で「トム」という名前だったら、問題は無かったんでしょうか?
黒い肌で「サンボ」という名前だったら差別だという意識の中にこそ、差別は潜んでいないのでしょうか?

少し前まで使われていた言葉のうちのあるものが、「差別用語」となって使われなくなってきています。
言葉を使わなくなったからと言って、本当に差別する心はなくなるものなんでしょうか?
どんな言葉を丁寧な表現にしても、その言葉に込められた気持ちが変わらなければ、何も変わらないのと一緒で、言葉が貧しくなるだけだと思うのです。
“「***」という言葉を使っちゃいけない”といちいち考える方が不自然な気がします。

個性の違いをあげつらうのではなく、受け入れる事。その為にはいろいろな表現にあふれている方がいいと思うのですが。

物語の表現やマークの模様を調べ上げて、いちいちイチャモンを付けるよりも、どの駅にエスカレーターやエレベーターがついてなくて、困っている人が多いとか、もっと大きいものに目をむけたらいいのにと思ってしまいます。
 

「コップ半分の水」(98/5/23)

ここに、コップ半分の水があります。
あなたはそれを見て、「コップに半分
も水がある」「コップに半分しか水がない」とどちらに感じますか?

一般に、前者はポジティブ思考、後者はネガティブ思考と言われます。
が、見る人の立場や環境によって、感じ方は違ってきます。砂漠で喉が渇いていれば、「コップ半分の水」もありがたいでしょうし、海で溺れていれば、「コップ半分の水」ですら見たくないでしょう。
溺れている人に「コップの水」を押し付けてもありがたいどころか、きっと怨まれてしまうでしょう。
自分が正しいと思う気持ちを押し付ける事は、場合によっては非常にトンチンカンな事になる場合が多いのできを付けなきゃいけないと思う。
 

「明石原人祭り」(98/5/20)

今日、家に帰り着くと、近所に幟がはたはたと風になびいていました。なんだろうと思っていたら、この週末に行われる「明石原人祭り」の幟でした。

「明石原人祭り」とは、太古にいたかもしれない「明石原人」に想いをはせる祭りで、講演があったり、原人の仮装をしたり、夕暮れの海岸でかがり火をたき、オカリナの音色を聞きながらわいわいしているお祭りです。

97年には「めのう製の石おの」が見つかり、明石原人の存在を実証出来ると色めきたっています。私は「明石原人」は有名なのだと思っていたら、明石だけでしか有名でないみたいですね。約200万年前の象(アカシゾウ)の化石も見つかっているんですが・・・

なんでも1931年に見つかった骨が鑑定の為に送った東京大学で東京大空襲にあい、焼失してしまって、今だに人類学・考古学会を巻き込んだ時代論争が続いているのだそうです。「めのうの石おの」の発見で5〜6万年前の旧石器人の実証が出来そうなのだとの事です。

5〜6万年前(しかし、5万年前と6万年前て随分差が大きいですよね)の明石原人が見た海は今見る海と随分違うんでしょうか。天文科学館では、「明石原人が見た星空」をしているみたいです。

明石原人のホームページがあります。
発掘調査の様子も載っていました。
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「たこやき 大阪初おいしい粉物大研究(熊谷真菜著・講談社文庫)」(98/5/19)

立命館大学の卒業論文を契機に「たこやき」の調査を開始されたとあって、「たこやき」の歴史から「たこやき」をめぐる技術までいろいろな角度からの研究をまとめたものです。

明石焼きや明石の歴史にもふれられています。

好っきゃねん大阪 「月刊たこやきめぐり」

単なるタコ焼きグルメの本ではありません。
タコ焼きの歴史から、蛸壺、小麦粉、ソース、爪楊枝、タコ焼きの為の鍋にまつわる技術等々、勉強になります(^^)。明石のたまご焼き(明石焼)が最も古く明治半ばにはあったとされ、昭和初期の明石の風景写真も収められています。明石のたまご焼きが出来たのは、明石玉を作るのに、接着剤として卵白が必要とされ、余った卵黄をリサイクル活用する為だと言うのが通説とされています。明石玉というのは、装飾品である珊瑚玉のイミテーション。明治35年には特許を取り、日本国内は勿論のこと、アメリカ、中国への輸出も盛んであったとのこと。明石玉の写真はカラーで載ってます。明石象(ナウマン象。市役所に飾ってある)の骨格標本は見た事がありますが、明石玉の本物は見た事がありません。今の明石焼きを産んだかもしれない明石玉を一度見てみたいです。

この本では、陶器の明石焼というのがあるので、それと区別して「たまご焼」と呼んでいますが、この明石焼というのは、蛸壺と同じく昔はさかんに焼かれていたものだけれど、だんだん廃れてきているものです。
JR/山電明石駅の南側の歩道部分には明石焼のブロックが敷き詰められています。明石は雨の少ない所なので(だからため池がめちゃくちゃ多い!)、昔から瓦や蛸壺、焼き物には関係ないのですが、カルシウムやマッチが作られていました。(カルシウムというのは実際の所、よく分からないのですが、「**カルシウム」という看板を出している工場で、白い塊を乾燥させているのです。)転校する前の小学校の近くにはマッチ工場が近くにあり、よく覗きこんでいました。瓦も蛸壺もほとんど作られなくなり、マッチも百円ライターが出た頃から工場がなくなっていったように思います。

この本の挿し絵を描いておられる伊藤太一氏は、明石に馴染みの深い方です。
明石に関係する本だとか、お知らせの配布物でよくお目にかかります。もうこの挿し絵を見るだけでとても身近に感じられる程。
あぁ、おいしいたまご焼きが食べたくなってきました・・・。

「ポケモンの秘密(ポケモンビジネス研究会・小学館文庫)」(98/5/18)

ポケモンとは関係ないですが、「サザエさん」のカツオ君の声が変わってますね。
顔は変わってないだけに、何だか随分違和感を感じてしまいます。その内、慣れる事が出来るのでしょうか?

この本はポケモンを知っている人も、知らない人も、どうしてポケモンがこんなに受け入れられているのかを知る事が出来る本です。ちなみに、私はポケモンはほとんど知りません。

この本を読んでいると、チャンスはどこに転がっているのか分かりません。
97年末に、「ポケモン」を見ていたこどもたちが光の刺激によってケイレンをおこるという事件が起きました。この事件は欧米にも報道され、取り組むべき問題だとされました。アメリカのテレビのプロデューサーから是非ビデオを見せてほしいと依頼があり、第一話を見せたところ「ハートウォーミングだ」と感心されたそうです。これがきっかけで、98年9月からアメリカの90%の地域で放送が開始され、ヨーロッパでも秋から放送が始まる予定で話が進行しており、アジアでも台湾、韓国、香港を含めた12ヶ国で放送開始される予定になっているんだそうです。

この本を読んで思った事は、関わっている人が皆、こだわりを持っているという事でした。キャラクターグッズもすべてチェックしているんだとの事で、「お金儲けのために、とりあえずキャラクターをつけた商品ならなんでもいいというところは断っています。」とのことで、そうでないものに対しても、「なんかこれ、いいみたい」「これちょっと変!」という感覚で決めていっているのだそうです。この「いい」とか「変」とかを数字や言葉で言い表す事は出来ないけれど、真実を言い当てている事があるそうです。

確かに、見せてもらった「ポケットピカチュウ」は、めっちゃ可愛かった!
あ、ピカチュウシールが付いてます!
「好調さにあやかるもよし、可愛らしさに心なごませるもよしで、職場やいつも目にするモノ、場所にご自由に貼ってお使い下さい。」とあるので、MO装置に貼り付けてます。いつもピカチュウがここに。
 

「一番星見つけた」(98/5/17)

明石には、防災行政無線というのが、あります。
防災行政無線というのは、震災を教訓に整備されたもので、災害などで通信手段が断たれた時に、情報を広範囲に同時に伝えるシステムです。市役所から学校などに設置した46ヶ所の屋外スピーカー、避難所等199ヶ所に設置したラジオ型受信機に情報を伝えるものです。

無線の機能チェックを兼ねて、毎日夕方5時になると、時報音楽が流れます。
うちは、そのスピーカーが道を挟んだ向かいにある事、4階にあるので、スピーカーの位置とほぼ平行にある事から、すごくびっくりする位聞こえます。その音楽が「夕焼け小焼け」(多分・・・違ったかな?)だったと思うのですが、15日から6月末まで「一番星見つけた」になりました。この歌は、市立明南高校(現:県立明石南高校)の初代校長の生沼勝氏が作詞した、明石にゆかりのある歌として紹介されています。

ところがところが、防災音楽を聞いても歌詞が浮かんで来ないのです。
なんとなく「いちばんぼ〜し、みぃつけた〜」という感じは分かる様な気がするのですが、それ以外の歌詞がまったく分からない。だからなのか、時報音楽ももう一つに聞こえてしまいます。う〜ん、どんな歌詞だったんだろう?

「コンサートマナー」(98/5/12)

「みーは倶楽部」で、最近コンサートマナーの話で盛り上がってました。
今回は「お母さんだってコンサートに行きたい」とお母さんからの書込みもあって、考えさせられる内容でした。私自身は「是非、お母さんだってコンサートやお芝居に行ってもらいたい」と思っているのですが、お子さんが出来るとなかなか難しいみたいですね。近所にお子さんを預かってくれる人がいたらいいのですが、そうもいかない場合、お子さんを連れて行くか、断念するかのどちらかになってしまいます。特に、お芝居やコンサートは夕方から夜にかけて行われれる場合が多く、余程親しい人でないと預ける事が出来ない状態になってしまいます。また、お子さんが小さい場合、往復の道のり、2時間程の時間や会場の雰囲気、音響等々に我慢出来るかという問題もあります。

うちわやボード、MCの時の無意味な嬌声等々はコンサートがあるといつも出て来る話なのですが、今回は「親子席」を巡ってでした。つまり、親子席があるにも関わらず、普通の座席にこどもを立たせたり、駄々をこねたりするこどもをなだめきれず周囲に迷惑をかけた親子がいたという話もあったのですが、大抵の人がマナーを守っていても、一部の人が守れなかったら「だから小さい子なんか連れて来るから・・・」みたいに一括りに見做されてしまいます。けど、皆が皆そうじゃないんですよね。ちゃんとマナーを守っている親子だっているでしょうし。

専業主婦になった友達の中で、当初はゆっくり出来ていいけど、段々世の中から取り残される感じがして不安を感じるという人がいます。「昼間はこの子としか話してへんねん。」とまだ片言くらいしか話の出来ないお子さんを指して言う友達もいました。

日常を楽しく生活していく為にも「非日常的世界」を持つ事は必要なんじゃないのかなと思います。コンサートやお芝居はそのものも楽しみなのですが、どちらかと言えばその日を待つ事の方が楽しみになるんだと思います。

さださんのコンサートは、老若男女、もういろんな人が行ってて、どんな人が来てるんだろうと考えるだけでも楽しいです。少年隊のプレゾンも結構年配の方(でも男性はやはり少ない!)も多くて落ち着いて見る事が出来てました。聞くべき所は静かに聞いて、拍手や手拍子もする。それが普通のコンサートだと思っていたんですが。。親子連れであれどうであれ、自分だけでなく、その場を共有する人たち皆が楽しむ気配りが出来れば「良かったね」っていう気持ちで帰途につけるのになと思います。

ところで、江戸時代の武士に育児休暇の習慣があった事を示す古文書が見つかったそうです。それには「私の妻が男子を出産したので、定めの通り七日間引きこもらせていただく」という内容で、愛知県県史編纂室は「武士はこどもを可愛がったり、妻をいたわって、親子、夫婦のきずなを深める機会がずっと多かったようだ」と話しています。

だから(どこが“だから”なんだ(^^)?)、すーさん、夏のプレゾン&年末のディナーショー&いつあるか分からないコンサートにりゅうちゃんが行きたいと言ったら、快く行かせてあげてネ。私も一緒に行くから(^^;)。

(98/5/14 追記)
このままでは、「お母さんをコンサートに連れてって」にしかならないので、追記です。
結局他人に迷惑をかけない事が「コンサートマナー」だと思うのです。他人と言うのは、勿論他の観客であり、舞台の上の人。間のいい掛け声ならその会場にいる人全員が楽しい思いをするでしょうが、だからと言って、あの人がしたのだから私も、という様に節操の無い事をしていけば、結局舞台の上の人が何を言い、何をしているのか分からない本末転倒な状態になってしまいます。

迷惑をかけないというのであれば、どんなに小さいこどもでも連れていっても構わないと思うし、そういう躾が出来ていないのであれば、冷たい言い方かもしれないけれど、連れて行かない方がいいでしょうし、それでも行きたいとなれば、身近な人の協力がどうしても必要になると思うのです。

「環境ホルモン」(98/5/4)

「環境ホルモン」という言葉を最近よく耳にします。最初聞いた時には人工に対する何かいいイメージを持ってしまったのですが、全然違うんですね。「人体への影響が心配されている内分泌系撹乱物質」の事で、ダイオキシンやPCB等摂取する事で、その物質が体内でホルモンの撹乱をしてしまうのです。

環境ホルモンの働きを持つ合成化学物質は、缶詰の内容物の金属臭を除く内側のコーティング、食品や飲料のプラスティック容器、合成洗剤、化粧品にもふくまれているとされています。

これらの濃度を測る場合に非常に小さな単位(例えば1マイクログラムは100万分の1グラム、ppbは十億分の1)ですが、これらは体内に蓄積されていき、次世代に伝えられていくのです。成人であれば蓄積されても影響がわかりにくいのですが、胎児が成長するある過程で、環境ホルモンが摂取されると大きく影響される事があるのだそうです。

合成化学物質がホルモン作用を撹乱し、生殖能力を低下させ、発達を阻害し、免疫系のはたらきを弱めるという事実を裏付ける証拠がふえつつあると言う事で、絶滅に瀕した動物を調べた時に特に多く見る事が出来るのだそうです。
妊娠率の低下。雛が正常に孵化しない、雄がいない(=メス化するオス)、正常そうに見えても突然衰弱し、死に至る若い個体。ダイオキシンも今よく報道されていましたが、これも「発ガン性」よりも「発育と生殖への有害性」が認められる事の方が問題なんだそうです。
甲状腺ホルモンの分泌異常を示す症状を出しているもの、免疫機能が低下する事による伝染病による大量死。見た目には、その障害がわかりにくいのだそうです。
例えば渡り鳥で帰ってくる鳥が減っているのも、体内で蓄積されている合成化学物質が、渡りをしている間にどんどん脂肪(合成化学物質は体脂肪に蓄積される事が多い)を燃焼する事で、溶け出してきて脳にまで回って「帰る」という本能を狂わせて帰れなくしているのではないかという仮説が出ているそうです。

環境ホルモンそのものが勿論問題なのですが、それよりも企業秘密とかで情報が明示されない事も問題です。ダイオキシンを測定する時にも、空焼きをしたり普通と違う操作をする事で測定値を下げたりしていました。公共機関や業界が規制をする状況にないと判断している以上、消費者が判断して折り合いを付けていかなければならないという事なんだそうですが、その判断基準があてにならないというのはとても不安な事でもあります。

ただ、それ以上に、日常で使用しているものの内で何が環境ホルモンに関係あるのかを自分が分からない事の方が問題かもしれません。。。特に目に見えて症状が出る訳ではないので、そんなに危機感が感じられない事も正直な感想です。

次の3点は「奪われし未来」の第12章にわが身を守るためのガイドラインです。

水に注意する−除草剤、殺虫剤によって汚染されていないかどうか。飲料水を塩素処理してもホルモン分泌系に影響は及ばないとの事。また瓶詰めの天然水の安全性を過信しない事、特にプラスチック・ボトルの場合は要注意という事ですが、売られている飲料水の殆どはプラスチック・ボトル詰めのものですよね。

食物に気を付ける−特にこどもと出産年齢に達していない女性は気を付けた方がいいとの事。食物そのものもそうだけれど、プラスチックと食物の接触を最小限に抑える事も大切だとの事。具体的には、食品を温めたり、電子レンジにかけたりする場合には食品をプラスチック容器に入れたり、ラップで包んだりしない事。プラスチッキのすべてが有害な訳ではないが、ある種のプラスチックからはホルモン作用撹乱物質がしみだす事が分かっているんだそうです。

化学物質の使い過ぎと暴露を避ける−こまめに手を洗う事。暴露というのは、摂取したり接触する事で体内に蓄積していくことです。特に殺虫剤には気を付ける事。

参考資料
「奪われし未来」 シーア・コルボーン、ダイアン・ダマノスキ、ジョン・ピーターソン・マイヤーズ共著、翔泳社
神戸新聞(98/4/22朝刊 4面「便利さのリスク」、98/4/25夕刊 1面「環境ホルモン溶出」)

「PostPet リンクラメイト」(98/5/2)

「リンクラメイト」というのは、
初心者向けメールソフト「PostPet」のホームページ(http://www.so-net.ne.jp/postpet/)で行われる企画物です。

「PostPet」は利用者を初心者に設定している事もあって、なかなか仕事用では使いにくいです(^^;)。でも割り切ってしまえば、とても可愛くて、メールそのものを楽しむ事が出来ます。(私は自宅でしか使っていません。会社で使うにはやはりちょっと。。。)ただ、初心者だけにメール交換する相手だってある程度限られてきます。(何と言っても、相手も「PostPet」を使っていなくては、ペットをお使いに出す−メールを出す−事が出来ないからです。)

「PostPet」のホームぺージは、イベントに参加したり、ダウンロードをしたりするにはパスポートが必要となります。パスポートは、SO−NET接続会員には無料ですが、他のプロバイダ利用者には300円(月額、税別)が必要です。パスポートを持っていると、「PostPetパーク」にアクセスする事が出来、そこではペット(テディベア、雑種ネコ、オカガメ、ミニウサギ)別の掲示板やいろいろな分類にまとめられたメール友達募集のページ、おやつやロゴマーク等々のダウンロードをする事が可能となります。

それでも、これだけだとなんだか退屈してしまいそうです。そこで、「企画物」があるのです。例えば、去年の夏には「海水浴」があったようです。(私はまだ「PostPet」をしていなかったので)
ナンパコース、日焼けコース、魚釣りコース、マリンスポーツ、遠泳コース、花火コースがあり、それぞれに参加したコースの中で、ペット毎に成果(どれだけナンパ成功したとか、魚を釣ったとか)を発表し、最も成果のあったペットにはおやつや壁紙等のプレゼントがあったようです。
今年の春には「お花見」があり、団子コース、酒豪コース、カラオケコース、花見コースがありました。

で、「リンクラ」ですが、「PostPet」ユーザーで「PostPet」のホームページを持っている人の所へ、ランダムにアクセス出来るものです。TOPページではなく、あくまで「PostPet」のページにアクセスする所がミソですが、「PostPet」ユーザーという共通な所があるので、それなりに楽しめるものでしょう。(ただ、バーチャルペットで見た目は皆一緒なんですけどね、でも大抵の「PostPet」ユーザーは自分のペットを“うちの子”と言って可愛がっている様ですね)

で、「リンクラ」。最初見た時、笑ってしまいました。ShockWaveで表示されたゲームで遊んでいたら、ホームページにアクセス出来ると言うものなのですが、そのゲームってのが、4つある電話BOXの内の一つが「私」の分で、他のBOXにはそれぞれペットが待機しています。電話がリンリン鳴ると、クリックして早いものから“どこかへ行ってしまいます”。で、「私」がうまく電話を取る事が出来ると、そこで「・・・のホームページを表示します」と自動的に表示されます。ネットサーフィンする時には、殆ど自分の興味のあるHPにアクセスするので偏りがちになりますが、「リンクラ」は自分で選択出来ない分、新たな「出会い」があるかもしれないものです。

ただ、これは「リンクラ第一期」の内容で、第二期は多少内容が変わっているかもしれません。