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「久々に歩いた神戸」(98/6/29)

この週末、久々に神戸の街を三ノ宮から神戸にかけて歩く機会がありました。距離にして、約3〜4kmくらいを40分〜60分くらいかけてゆっくりと歩きます。震災直後の電車がまだ復旧していなかった頃、よくこの距離を歩いていました。一番長い距離は、新神戸―須磨の約11km。あの頃は、本当に多くの人が歩いていました。センター街、元町商店街を抜けていく道が一番歩きやすく、安全でした。そして、店先では、屋台の様に豚汁等の暖かいものが売られていました。

この週末に歩いた時、震災前と同じ様にのんびりとした感じがしていました。特に元町商店街は、物を売るのが仕事なのか、店番をするのが仕事なのかと言うような、のんびりとした雰囲気が漂う商店街です。

取り壊された国際会館は、まだ工事中ですが、随分概観が出来てきていました。
センター街の「星電社」もやっとリニューアルオープンされていました。少し南に下りていくと、居留地15番館が復元されてレストランとしてオープンされていました。今日はいい天気で、窓を開け放して食事をする人々が外から伺えます。また、その建物をスケッチしている人もいました。

大丸も去年リニューアルオープンされましたが、その際に出来た喫茶店は、いい天気の時には、店の前の歩道にテーブルや椅子を持ち出してそこで飲食をする事が出来ます。

JR神戸駅寄り側まで行くと、神戸中央郵便局があります。建物はまだ建設中で、仮説郵便局で業務を進めているようです。元町商店街を抜けたところにホテルがあります。このホテル、震災時にはおそらく2〜3年製の新しいものだったのですが、このホテルは取り壊すでもなく、修正するでもなく、ずっとほったらかされた状態であります。中に入れないように板を打ちつけたりしているのですが、周りの建物がどんどん修理が進んでいくのと比べると、取り残されてるみたいで、何だか寂しさを誘う感じがします。

そして、この近くにファミリアの本社があるのですが、この建物の角っこに大理石(??)製のスヌーピーがあります。こんなとこにあったか??
新しい店、特にコンビニを多く見かけるようになりました。

JR神戸駅構内には、食べ物関係のエリアが出来ていましたが、また新しくエリアが作られていました。
神戸のお土産や雑貨、植物、飲食店等々、何でも手にはいりそうでした。
無くしたものもたくさんあったけど、新しく得られたもの、得られつつあるものもあります。

「負けちゃいましたね」(98/6/27)

ジャマイカ戦も負けてしまって、とうとう1点の壁が越えられなかったですね。全部1点差。
でもジャマイカ戦では、念願の1点が入ったので、「やっと入ったねー」と何だかほっとしてしまいました。

私自身はサッカーファンではなく、Jリーグでの試合も殆ど見る事がありません。だから、今日の試合を見ていて、「え、交代って制限があるんだー」とか、結構激しい(押したり引っ張ったり、こけかたも半端じゃないんですね)んだとか、「なんで、そこでゴールしないん???」とか肩に力が入りながら観戦してました。

ところで、W杯が始まってからあるサイトで、中田選手の公式ホームページがあって、フランスからメールを送ってきてると聞いて、早速見にいってみました。彼の文章は素直なと言うのか、非常に読みやすくて分かりやすいものでした。そして、彼が書いている内容は非常に「まっとうな」ものだと感じました。自分のことを自分の言葉で書くことの大切さを感じていたから、いろいろと忙しい中、メールを読んだり、書いたりしてくれていたのだと思っていました。それなのに、クロアチア戦で負けた後に、おそらく想像を絶する様な内容と数のメールが彼の元に届いたのでしょうね。文章は穏やかなものの、おそらく随分憤慨していたのだろうと感じました。フランスからのメールはしばらく休むということになりました。

「ここがいけなかったんじゃないか」という指摘をする事と、その人を貶める様な事を本人に伝える事とは同じじゃないですよね。特にEメールなんて、匿名性が高くて、簡単に送りつける事が出来てしまうから、送り手は何も考えないで送ってしまうのでしょうけれども。

結果は残念ながら負けてしまったけれど、次に向けてまた頑張って欲しいなぁと思いました。だって、次は日本&韓国が開催国になるんですよね?今度こそ、日本も韓国も初勝利!
卑屈になる事なく、帰ってきて欲しいです。

「鉄道」(98/6/26)

日本で最初に自動改札を取り入れたのは、関西の阪急電車であるのに、JRはなかなか自動改札にならなくて、去年あたりから順次自動改札になっているところです。そのJR西日本が今まで駅で回収して廃棄していた使用済み定期券を社員の名刺や記念品用のトランプ、名刺タイプの時刻表、路線図などのリサイクル活用していくと発表があったそうです。

定期券の磁気膜と印刷を化学薬品ではがして、新たに図柄や文字を印刷するんだそうで、名刺は通常品と同程度の100枚1200円の価格になるそうです。毎日大量に発生する定期券や切符がこういう形でリサイクルされていくのはいい事ですよね。

ところで、自動改札でも言わている様に関東ではJR主導、関西では私鉄主導と言われています。
JR西日本が自動改札の導入を本格的に開始する前に、関西の主な私鉄5社が共同で使える「スルっとKANSAI」というプレミアムカードが使える様になりました。今は大阪市交通局、阪急、阪神、能勢等の異なる複数の私鉄に1枚のカードを使う事が出来て、裏に乗車記録が残っていくので、非常に便利なカードなんです。こんな風に共通になる前は、大阪市交通局(地下鉄)用に1枚、阪急用に1枚という様にそれぞれの電車用にカードを持つ必要があったけど、今はそれが1枚で済むから。これってホントに便利で、たとえば仕事で初めての場所に行かなければならない時に、路線図や料金表で探さなくても、カードを改札に通すだけで、後は勝手に計算してくれるしね。これに参加していない関西の各鉄道会社も導入を考え出した(JR西日本ですら!)という事ですから、もっともっと使える鉄道が増えるとホントに便利極まりないんですけどね。

『「民都」大阪対「帝都」東京−思想としての関西私鉄』の著者である原武史氏が、JRを含めた日本全国でこれほどの規模のターミナルはないだろうと、阪急の梅田ターミナルを挙げています。他に、近鉄の上本町、南海の難波のターミナルも関東にはない壮大なターミナルとも言っています。
また、三宮は比較的私鉄JRの駅がまとまっているけれど、JR三ノ宮、阪急三宮、阪神三宮、神戸市地下鉄三宮と名前が違っている。大阪もそうですね。JR大阪駅周辺に、阪急梅田、阪神梅田、大阪市地下鉄東梅田、西梅田。関東では、私鉄のターミナルは先に出来たJRの駅に付属して、両者は一体の物という観念が強く、乗り換えが簡単に出来る点は利用者にとって便利な点でもあります。

けれども、関東の発想に立てば、無駄とも思える長いコンコースには、JRとは区別されたターミナルを「自社の顔」と見なす頑ななまでの姿勢を感じる事が出来るんだそうです。私はずっとそういう不便さ(とにかく乗り換えに時間がかかる!)に慣れていたので、ターミナルは長い、大きいものだと思ってました。

震災からこちらは、JRも私鉄も大きな被害に遭いながらも少しでも早く動いたJRにお客さんが随分と流れたそうで、今やJR対私鉄でサービスを競っているところがあります。JRはとにかく速い。それに対して、三宮−梅田(大阪)間については、阪急、阪神電車の定期を持っている人はどちらの電車にも乗れるサービスや、姫路−梅田まで乗り換えをしなくていい様にと「私鉄乗り入れ」をするというサービスが始まりました。関西にお住まいでなければ分かりにくいところですが、阪急にしろ阪神にしろ大体梅田−三宮がメインな路線で、三宮から西は山陽電車という別の私鉄が走っているのです。

山陽電車はほぼ海岸線を走り、JRは平行しながらも少し山に近い側を走っています。垂水、明石辺りで近づいて、それからは又離れて、今度は姫路辺りで合流します。
明石駅も前は、少し離れていました。雨が降っていたら傘をささなければ行けないような距離で、JR明石駅は高架であったのに対し、山陽明石駅は木造の平屋な駅でした。その木造駅舎がJRとほぼ一体化する形で、JRとくっついて乗り換えに便利になったのは、ここ2〜3年ほどの間のことですが、ほーんと便利になりました。

「らくごのご」(98/6/24)

関西ローカルABC系の「らくごのご」が25日深夜で最終回を迎えることになりました。

1992年から6年間続いたこの番組は、桂ざこばと笑福亭鶴瓶がお客さんからもらったお題3つを盛り込んだ三題噺(即興落語)を競うものです。最初はこの二人でする事が多く、順番はその場でじゃんけん。
まだネタが出来ていない時は、後からする方がいいけれど、後からする方は前にした人のネタや落ちが使えないので、それなりに苦労する事も多いらしく、そういう駆け引きを込めたじゃんけんを見るのも楽しいものでした。

最近は、ざこばさんと鶴瓶ちゃんの他にもう一人落語家を招いて3人でする事も多くなりました。中でも月亭八方さんや桂金枝さんは、本来であれば吉本の所属なので、松竹所属のざこばさんや鶴瓶ちゃんと同じ板で落語をする事はなかったそうで、「画期的だ」と盛り上がっていたのはとても印象的でした。

いつもはお笑い系の番組に出る事も多く、なかなか落語を聞く事が出来ませんが、この番組ではちゃんと着物を着て正座で落語をしていました。最近はどうか分かりませんが、番組が始まった頃は毎回違う着物を着ておられ、鶴瓶ちゃんは着物を誂えていたとか、季節に合わせた着物を見せて頂いたりして、「粋」を感じると共に、お二人の番組(落語)にかける意気込みの様なものが感じられた事もありました。

古典落語もいいけれど、お客さんからもらった題目で落語を作るところや、作れなくて苦労しているところが見られるのもすごく良かったのに、最終回とはとても残念です。放送終了の理由は同じ題目が繰り返される様になったからだそうです。題目は、前に使われなかったものというのが原則ですから、これはもしかしたら仕方のない事かもしれません。今後は年に数回のスペシャル番組に変更されるそうなので、見逃さない様にしたいと思います。

「社員証」(98/6/23)

単なるパウチッコの社員証から磁気カード型になり、数年が経ちました。今日から、事務所は定時外は常に施錠され、その社員証がキー代わりとなります。その社員証を差し込む事で、ドアを開ける事が出来る訳で、トイレに行く時にも社員証を携帯していなければ内線電話を使わないと中に入れない事になります。ドラマなんかで見た、IDカードを見につけている光景が当り前の様になっていきます。

タイムカードも無くなって久しいです。タイムカードの代わりに社員証をすっと認識させると、社員番号と時間を記録していくのです。前は自分で残業計算をしていましたが、今や全部コンピューターがしてくれるので、便利になりました。

社員証の目に見える情報は、会社名、住所、氏名、顔写真くらいで、以前はあった入社年月日だとか誕生日だとか、社員番号は表面上からは無くなってしまい、さみしいくらいです。

聞いた話ですが、今の小さいお子さんの中には、ダイヤル式の電話を見た事のない子が多くて、初めてダイヤル式の電話を使った時に、穴に指を入れたまま「音が鳴らない〜」と言ったとか。それは回すものだという事が分からなかったのですね。ダイヤル回す気持ちだとか、タイムカードを押す気持ちだとかを込めた歌もありますが、その内「これなんや〜」って不思議に思う人が出てくるんでしょうねぇ。

 

「人の縁」(98/6/22)

「縁」とは不思議な物だとつくづく思ってしまいます。というのも、昨年末にゴールインしたカップルの新婦は、私が大学生の時に所属していた子供会のサークルで知り合った人で、その時彼女は小学生でした。彼女と知り合う為には、いろいろな分岐点での選択の結果が影響しているのです。中学、高校、大学と進学先を決める時にはいつも運が良い方に傾いていたと自分では思っていました。大学のそのサークルに入った時にも、子供会は2つあったので、もし違う方を選んでいたら、彼女とは知り合えなかった訳です。だから、彼女と知り合う為にはいくつもの偶然と必然が重なって来ているんです。

大学を卒業して、子供会を解散した後も、細々と彼女との付き合いは続いていきます。久々に小さく同窓会をした時に、サークルの先輩が「彼女、ちょっと気にかけたって」という一言を私に投げかけます。あまりそういう事を言う先輩ではなかったので、それがとても気になり、嫌がるテニスやパソコン通信に誘ってみました。
後で、彼女に聞いてみると、その先輩が見抜いた通り、いろいろと嫌な事があって仕事を辞めて神戸脱出を図っていたということでした。(だから、先輩はすごく鋭かったことになります。ただ、その先輩は結婚されてる事もあり、自分では細かく動けないし、私だと女同士でいいからという事だったみたいです。)

で、結局、最初は嫌々来ていたテニスにはまって、おまけにそこで、11歳年上の伴侶を見つけてしまう事になります。お付き合いが始まって1年経ったかどうかくらいでゴールイン!
で、今日はその結婚式(半年前の事!)で知り合った二人(新婦は彼女の同級生、新郎は彼女の伴侶の同級生。なので、やっぱり11歳年の差夫婦)がゴールインと相成ったのでした。

いろいろな人のネットと、その補助的な役割を果たした通信ネットがいろいろと交わって、「出会い」を作っていったのかと思うと、すごくすごく不思議で、感動的に思い、今の幸せな気持ちがいつまでも続いて欲しいと思いました。

「原チャリ その後」(98/6/20)

前に書いた原チャリのかごとライトの修理にやっと行ってきました。
「町の自転車屋さん」な為、電話しておっちゃんがいる事を確認してから行きます。

自転車屋さんに着くと、おっちゃんは自転車商売をしているところなので、店の前で待ちます。店の前では、近所のチビッコギャングみたいな小学校4年生くらいの男の子が4人いました。みんな自転車で乗り付けていたのですが、内一人は自転車のカゴに犬のぬいぐるみを入れていて、すごく可愛らしかったです。多分、犬を連れ歩いている気分なんでしょうね。で、彼らは何をしているのかというと、おっちゃんの工具を使わせてもらったり、針金の切れ端をもらって、自転車改造(!?)にいそしんでいたのでした。

私がおっちゃんを待って、ぼーっとしていると、「かっこええバイクやなぁ」と言います。「何で?」と聞くと、「だって、かごがないやん」(そっかー、かごが無いのは、かっこええ事なんかー)と思いながら、「ちゃうねん。かごが取れたから付けてもらいにきてん」と言うと、「そのままのがかっこええのに〜」(^_^;)
「早く原チャリに乗りたい〜」とか言いながら、彼らが去った後はすごく静かになりました。

最近のバイク(と言っても私はHONDAのしか乗ってませんので、もしかしたら、他のメーカーはもうしてるのかもしれませんが)のライトはOFFスイッチがありません。UPかDOWNだけで、常時ライトが付いている状態です。ですので、普段ずっと使っているDOWNのライトが切れるのが早くて、UPの方は使える状態です。だから私は2つの電球が中にセットされているのかと思っていたら、違うんですよね。1つの電球で、中のフィラメント(中でクルクルってなってるやつ)っていうのか、そういうのが2つあって、特別な電球みたいです。「最近なー、ライトが切れるってよう来るわ〜」と言ってましたが、以前のバイクであれば、夜だけライトを付けていたので、取り替える事はなかったのですが、今はエンジンを掛ければ常時点灯している状態ですから、切れるのも早いのでしょう。取り替え料は1500円かかりました。

で、終わってから、店頭に並んでいる新しいバイクを見ていました。最近よく見かける様になったバイクで、レトロ調の丸い感じのがあるのですが、HONDAの Tact もそういうデザインになっていました。でも、よくみてみると、なんだか今までのバイクと違います。おっちゃんに聞いてみると、今回のから、ブレーキが変わって、後ろブレーキを使うと、同時に前のブレーキも柔らかくきくんだそうです。(ディスクブレーキといってましたが、私もよく分からない)油圧ブレーキなので、そっと止まれるんだと聞きました。前はDio(今私が乗ってるバイク)しかなかったスタンドロックが出来る様になったり、マフラーも良くなって「地球に優しく」変わったそうです。とは言え、全体的に一回り大きくなった感じがしますから、扱いがちょっと大変になるかもしれません。

ここで、普段原チャリに乗る事がない方の為に、私のバイクを例にして説明しますと、エンジンキーを抜く時に「Lock」の所までまわすと、ハンドルロックされてハンドル部分が動かなくなります。でもそれは多分力任せにどうにかすると壊れて動かせる事が出来る様です。それから、キーが無くても車と同じ様に配線を直結させるとエンジンがかかるみたいで、そうやって盗難にあっていく訳です。で、スタンドロックですが、解除しないとスタンドがあがらない状態で、どうやってもバイクを動かす事が出来ない状態になりハンドルロックよりも強烈です。これとタイヤにU字ロックをする事で、かなり盗難が防げるみたいです。あと、エンジンを切るとガソリンメーターがempty をさすようになっています。これも同じ盗難するなら、ガソリンがたくさん入っているものという心理を利用したものだそうです。といろいろと機能追加されてますが、Tactのお値段は据え置きだそうです。

と、ここまで書いて、原チャリのスタンドって分かってもらえたのかどうか、ちょっと心配になりました。自転車もスタンドって言うのかどうか分かりませんが、自転車(ママチャリタイプ)を止める時に「スタンド」を立てますよね。あれと同じ様なやつで、原チャリも止める時にガッチャンとスタンドを立てるんですが・・・ううう、説明って難しいですよね。これでまだ「スタンド」ってやつが分からない人は、今度外で原チャリがどの様に止められているのか見て下さい。で原チャリの図体がでかくなると、このスタンドを立てる時とか、バイクから降りて押したりする時に力がいって大変なんですよね。こういうのに慣れてくると、たまに自転車を移動させるのに、持ち上げるとひょいっと持ちあがって、「(バイクに比べて)なんて軽いの!」と思ったりします。

自転車で思い出しましたが、サドルロックというんですか、サドルが上向いてるやつ。あれはいかにも盗難されにくそうって感じがします。盗難される方とする方といたちごっこの様な気もしますが、メーカーが盗難されにくいようにと機能を考えてくれるのは次に購入する時の参考に出来ていいことだと思います。

「自然素材」(98/6/19)

HOTリンクに、TAEちゃんの「手作りBaby Wearのお店」を追加しました。
TAEちゃんは、私の少年隊友達りゅうちゃんの妹さんです。

私もどちらかと言えば、敏感肌で、化繊物や直接ニットが肌に触れるのは駄目でした。とは言え、最近は化繊でもずいぶん肌触りのいいもの(テンセルとか)も出来ていますし、ニットの下に着るシルクのシャツとかあるので、大分マシですけどね。店頭とかで探す時に、ある程度デザインのいいものは化繊物が多くて、綿100%とか探すとポロシャツとかが多いので、困る事も多いです。

TAEちゃんの扱っている商品は、晒し加工をしていない綿100%のサッカー天竺(生成り)とそれを草木染めした生地(茶色)の組み合わせで、グレー(緑茶染め)とブラウン(ほうじ茶染め)の2色。可愛い帽子やシャツ、シューズまでありますし、手作りキットや、デザインを送って当選したら作ってくれるというコーナーもあります。おまけにネームや品質表示を付ける位置も考えてくれるのはありがたいですね。これって、変なところにあると、ちくちくしてすごく気になりますから。

今日、ニュースで「化学物質過敏症」が取り上げられていましたが、これは、日常生活に溢れている化学物質に過敏に反応してしまうという症状で、部屋中アルミ箔で覆ったり、洋服を甕(箪笥を作る時に使われる化学物質がダメ)に入れたりしなければ生活が出来なくなっていたりしている様子が紹介されてました。花粉症も20年前は特別な病気の様に言われていたけれど、「化学物質過敏症」もあと何年かしたら、花粉症と同じ様に一般的になるんじゃないかとも言われてました。「化学物質過敏症」に至るメカニズムは多分花粉症と似た様なものだとも言われてましたので、小さい内は、デザインもいいけど、やっぱり品質に重きを置く方がいいのかなと思います。

「修学旅行」(98/6/18)

就学旅行は、住んでいる地域によって行き先が違うのでしょうが、私が小学生の時は、伊勢志摩へ。確か行き帰り共にJR(当時国鉄)で、市内の小学校3校ほどで借り切り列車になっていました。キャンプみたいな泊りがけのイベントはそれまでにもあったにも関わらず、修学旅行はとても特別な感じがしました。伊勢といえばこれ!「赤福」は旅行に行く前に学校で注文して、帰りに受け取るというシステムでした。

中学生の時は北九州。行きは神戸から船で、帰りは新幹線で帰ってきました。一番の目玉は長崎での自由行動。自由行動が出来るかどうかは、中学2年の京都への遠足で自由行動というのがあって、それで問題なく自由行動が出来るかどうかと普段の行動で判断されるもので、確か旅行の直前まで出来るかどうか揉めていたような気がします。初めてみた海地獄と血の池地獄。あれはかなりなインパクトでした。

高校生の時には北海道。東京まで新幹線で行って、夜行列車に乗り換えて行き、帰りは小樽から船で帰ってきました。途中、何故か北海道大学がコースに組み込まれており、ポプラ並木のところで記念撮影。北大に進学した先輩が案内してくれるというのが、毎年のお決まりになっていたようです。何より思い出に残っているのは、その帰りの船の中での英語の授業。当時はこんなとこまでと思ったものでしたが、それは、引率されてる他の先生方の息抜きをさせる為と聞いたのは随分後になってからでした。

今年、その卒業した高校の修学旅行先がイギリスになったらしく、県内の学校では初のヨーロッパへの旅行ということで新聞に載っていました。北海道でも自由行動はありましたが、イギリスでも設定されているとは言え自由行動があるようです。設定されているのは、ホームズ博物館、イギリスの家庭訪問、ビートルズゆかりの地、アービーロード訪問などです。なんでイギリスかというと、この学校が建学される時のモデルがイギリスのパブリックスクールだったからだそうです。似ても似つかない学校になったんじゃないかと思いますが。

この学校を創立した園長先生はかなりなバイタリティー溢れる人で、確か32歳で学校を創立し、その学校の10周年の時には岡山にも姉妹校を創立。以後、校務もこなしながら、2つの学校の中学・高校の6学年分の英語を受け持ち、自宅では塾もされていました。おまけに、成績の悪い生徒を不定期ではありましたが、日曜日の午前中(くらいしか時間がなかったのだと思うのですが)に自宅の塾に呼び寄せて補習まで行うという、仕事三昧な先生でしたが、飛行機が大嫌いで、北海道まで旅行に行っても絶対飛行機を使いませんでした。その園長先生が私が高3の時に亡くなり、それから高校の改革も随分進んだみたいです。丸刈りも変な鞄も変な制服も無くなり、今や在校生がすれ違っても分からなくなってしまいました。北海道への旅行も移動手段に飛行機が取り入れられて移動時間の短縮が図られる様になりました。

普段の生活では体験出来ない様ないい体験が出来るといいですね。御両親の懐はちょっと厳しくなるかもしれませんが(*_*)。

「マンボウと鰆」(98/6/16)

金曜日にご飯を食べに行ったのですが、そこの日替わりメニューに「マンボウのもつカラシ煮込み」というのがありました。東京の人と一緒だったので、「東京で、『神戸でマンボウのモツを食べてきた』と言っても信じてもらわれへんのとちゃう?」と話をしていたのですが、神戸で話をしても信じてもらえませんでした(^_^;)。

魚とは思えないほどのこりこりとした食感でしたが、マンボウを捌いている所を見ていた訳ではないので、それがマンボウで無かったとしても判断は出来ません。

が、6月5日付けの神戸新聞の明石版で、外洋の魚であるマンボウが海水温上昇で播磨灘を回遊しているのか、何故か豊漁だという記事があります。東北で食用として市場に出回るそうですが、こちらでは、水揚げしたものを捌いて食べたり、放したり、県水産試験場で飼育したりしているそうです。新聞に載っているマンボウは体長約70センチ、約20キログラムで、見た目はホントに大きな感じがします。
マンボウは外見がユーモラスで何だか食べる感じがしないのですが、よくよく考えてみれば、タコでもイカでも食べてしまう私たちですから、マンボウでも一緒ですよね。ただ、私が食べたのはモツだけですから、残念なことに身を食べる事は叶いませんでした。

逆に漁獲量が激減しているのが、瀬戸内に春を代表すると言われている鰆。乱獲とエサ(クロダイの稚魚)の減少と言われているそうです。生きたエサを大量に食べるのだそうですが、人工ふ化をさせて3センチ前後まで育てた稚魚を瀬戸内海に放流するんだそうです。

鰆は明石の魚の棚でも味噌漬けで売られています。これがホコホコとしておいしいんです。

「われ笑う、ゆえにわれあり(土屋賢二著・文春文庫)」(98/6/15)

著者の土屋賢二氏は、御茶の水女子大学哲学科の教授なんだそうです。こういう先生に教わったら、哲学も楽しいかもしれませんね。私も大学では、哲学は必修課目だったので授業を取らなければならなかったのですが、プログラム的に取れる哲学は2人の先生のもので、一方は人気のある先生で、大教室に入りきれないくらいの授業で、もう一方は煽りをくらっている状態でした。人気があるというのは、どういう意味であったのか、今となっては覚えてません。話が面白かったのか、単に単位が取り易かったのか、先生に人気があったのか・・・とにかく覚えていないのですが、最初は大教室に人があふれるくらいで、「こんなので授業がなりたつんだろうか」と思ったものですが、日が経つにつれ生徒も少なくなって、それなりになっていったようでした(それでも大教室)。

他の授業との兼ね合いもあって、私と友人とはもう一方の授業を選択したのですが、なんと、4〜5人の授業で出席を取る必要もなくなってくるほどの小人数授業でした。お陰でずる休みをする事も出来ない状態で、結構まじめに受けていました。でも試験になると、テキストから出題されたらなんだか難しそうだと思っていたら、「今までで一番悲しかったことを書きなさい」だったので、肩透かしをくらいながらも一生懸命に書いたら「優」をもらったのでした。

「われ笑う、ゆえにわれあり」の本も、「すべてを疑うのが哲学者の習性なのだ」と言っているそうですが、ホントにこんなにいろんな見方をして疲れないんだろうかと笑いながらも思ってしまいます。でも、逆に「常識」だと思い込んでいたものも、「そうじゃないのかもしれない」「こんな風に受け取れるんだ」という風に感じさせられる事もありました。

「東京は遠かった」(98/6/12)

今日は久々に日帰り東京出張してきました。午前中移動して、午後一杯会議をして、一緒にご飯を食べて、20時過ぎの新幹線です。先輩と一緒だったのですが、帰りは「退屈やなぁ」と言いながら帰って来ました。
帰りはグランドひかり7号車の1階部分だったので、座席は楽だったにも関わらず、です。

グランドひかりの2階建て車両の2階部分はグリーン車なのですが、1階部分は普通指定車にも関わらずグリーン車仕様となっているので、座席や、前の座席との間が広かったり、静かだったりするので比較的落ち着くことが出来ます。ただ、外の景色は期待出来ませんが、20時も過ぎると景色を眺める楽しみはなくなってしまうので、それだったら1階も2階もそう変わりはないと思うのです。

新幹線が出来るまでは、鉄道で大阪から東京まで移動するのはとても時間がかかったのでしょうから、3時間で移動できるというのはめっちゃすごい事だと思うのですが、慣れとは恐いもので、3時間で移動出来る事や飛行機で移動出来る事が当たり前の事だと思ってしまうと、なんだか退屈だとか、もっと早く行けないんだろうかとか思ってしまいます。飛行機を使っても空港までのアクセスだとかを考えると総合時間はそんなに変わらないと思うのですが、乗り換えだとかいろいろな変化があるので、気分転換は出来るかもしれません。

「おじさん改造講座8(文春文庫)・OL委員会秘法館(幻冬舎文庫)/清水ちなみ著」(98/6/11)

どちらも、「OL委員会」のアンケートを元にした本で、清水ちなみさんが編集されてるものですが、「おじさん改造講座8 〜女のひとり暮らしはこんなにこわい〜」は週刊文春に連載されていたもの(今は連載終了している)の集大成版で、「OL委員会秘法館『芸能家族』編」は「おじさん改造講座」の範疇外のものをまとめたものです。

どちらもすごいです(^_^;)。ここまで書いてもいいのかって感じです。目次をちょっとだけ紹介すると、「おじさん改造講座」の方は、「性教育大誤解物語」、サブタイトルにもある「女のひとり暮らしはこんなにこわい」、「通勤時間人間曼荼羅」、「我が家の地震対策&震災のその後」等々硬軟まぜこぜの読み応えのあるものです。
「秘法館」の方は、「××は方言だと知ったときの驚き」「肉体の門」など、これまた、タイトルから想像出来るもの、出来ないもののまぜこぜです。

これらの「OL委員会」の話はすべてアンケートに答えるという形で、清水ちなみさんの元に集まったもう様々な話の中のごく一部が表面化されたものです。やっぱり表には出せない話ってのもあって、そういうのは特別のルート(!?)で流れたりしています。だた、インターネットの掲示板とかも同じだと思うのですが、直接その人が知られている訳ではありませんから、本当の話なのか眉唾物の話なのか、まったくの作り話なのか、分かりません。それでも、そういう話を書いてしまうOLさんの「元気さ」はすごいものがあると思います。またOLという視点からの話なので、いい意味での視野の狭さからくる話題の掘り下げ方だとか、うっちゃってしまいそうな日常的な話題だったり、目から鱗が落ちる思いをしたり、ぷっと笑ってしまうときもあります。

「電話」(98/6/10)

ここのところ、間違い電話の留守電が続いています。今日は「何時になったら、仕事から帰るんですか!」と怒られてしまいました(*_*)。私の留守電も、電話に付いてるメッセージをそのまま流しているので、名乗っていないのですが、その間違えてかけてきている人も、こちらに「**さんですか?」と尋ねる事なく、「**です。まだ帰ってないんですか?」といきなりのメッセージ。でも、どう考えてもその名前の女の人には心当たりがありません。間違い電話は今までにもありましたが、大概は1回くらいなんですよね。
でも、この人はここ2〜3日、毎日間違えてるんです。それもホントに私のいない時に。

実家にいるときから、私に関係するようなイタ電とか、そういうのは、ホントに私のいない時だとか、手が離せなくて出られない時にかかってきます。その昔、3ヶ月ほど私宛にイタ電がかかってきていて、それが何故か私が電話に出られない時にかかってくるので、家族が対応していたそうなのですが、どんどん話がエスカレートしていって、「結婚したいのに、家族に反対されて出来ない」とかなんとか言い出したそうです。親には、「お前は、親にも言えない様なヤツと付き合っているんか!」とか言われて、「イタ電と娘の言う事とどっちを信じるんや!」とごたごたしてしまいました。母親は「変な声や」と言ってましたので、もし本当に私の知ってる人だったら、分かったのかもしれないのですが、結局、私が一度も出ない内にそのイタ電はかかってこなくなったので、声も話も聞かずしまいでした。私以外の家族はみんな聞いたと言うのに・・・。

正直なところ、電話は苦手です。沈黙が続くのに切る事が出来ない電話が一番苦手です。
あれはあれで、便利なもんだと思うけど。

「「困った人たち」とのつきあい方(ロバート・M・ブラムソン著・河出書房新社)」(98/6/6)

最近この手の人間関係の為の本が多く店頭に並んでいます。ついつい買ってしまいましたが、いろいろな事が書かれていても、結局は、「困った人」に対処する自分を変える為の本なんですよね。自分が「困った人」だと思っている人に対して何か言ったりしたりして、態度が変わる様であるのなら、そういう人は「困った人」ではないんです。

会社の私が座っている席の前にその「困った人」が座っています。
最近、その「困った人」に対してすごく頭が痛いです。で、さらに「困った、困った」と言っている私自身が「困った人」になっていないかとさえ思う事も気持ちを重くさせる原因の一つです。そんなこんなで疲れてしまって、ちょっとクタクタです。

一応私のほうが年は上なのですが、そんなに変わりません。彼も三十路を迎えている筈ですから。
にも関わらず、誰かと一緒に仕事をするという事が非常に困難で、じゃあ一人で仕事が出来るのかと言われたら、「一人で客先に出してくれるな」と言われる位ですから、彼と仕事を一緒に出来る人は限られてくる訳です。
前々から感じていた事ですが、この所顕著に分かってしまった事は、「女こどもは自分より立場が低い」からまともに取り合わない態度が露骨になってきたのかなという事です。自分よりも立場が上の人から言われた事に対しては神妙に聞いていますが、そうでない私が同じ事を言っても嫌そうな反応を見せるので、それだったら言われないで済むように最初から仕事をしてくれたらいいのにとさえ思ってしまいます。

同じイヤな思いをするのなら、無視してればいいようなものなのですが、最近は私だけでない他の人もイライラしているので、目に付いた時に注意せざるを得ない状況になってきてしまっているんです。
別に贔屓しているのではないのですが、他の人たちは少しの事で「一緒に仕事をするのが嫌」だとか子供じみた事を言っているのではないと思います。それぞれがそれなりにアプローチはしてきていたし、一応会社だから、社会人だからというクッションの様なものを持っていたように思います。

おそらく上の人にそういう状況を説明しても「それでも使っていかなあかんのや」と言われそうですが、それだったらお手本を見せて欲しいと思います。正直会社に行くのもイヤだと思ってしまうくらいなのですが、それだと自分の損になるから「困った人」に対する方法を身に付けようというのがこの本の趣旨らしいのですが、どうも頭で理解できる事と感情はまた別物で、自分の未熟さをまざまざと感じさせられる今日この頃です。