資本主義は間違っている講座(人間の屑による貧乏大研究)




14.砂漠にて


 私は今、アリゾナ州スコッツデールというところでこれを書いている。  表向き、早春のアリゾナはこう紹介できると思う。  空はどこまでも青く、乾いた風はすがすがしく、住人(つまりは白人。私は滞在三日目だが黒人 の女の人は二人しか見かけていない)は敬虔でフレンドリー。  私のいるホテルの前には、こんな石碑がある。 「世界で一番住みやすい町、スコッツデールにようこそ!」  初日ですでに、私はここから逃げ出したくなったのだが……。  理由は多々あれど、象徴的なのは、アリゾナ州の州都、フェニックスの光景だった。  仕事でもある野球観戦のあと、私はブルースの聞けるナイトクラブに行こうかと考えていた。出
演者をチェックして決めた店は、フェニックスのセントラルのそのまたど真ん中にあった。  タクシーを降りて驚いた。その店は4本の高層ビルの下にあった。ビジネスセンターの1階部分
が巨大なレストラン街になっていて、その最深部にまだ開店していないブルースクラブはあった。  レストラン街に足を踏み入れてさらに驚いた。  土曜日の午後5時だというのに、開いている店は5軒に1軒!  真新しく巨大なイタリアンレストランは単なる机と椅子を積め込んだ倉庫と化している。  そこで出会った人間は12人!
 そのほとんどが閉まった店の前にあるテーブルでテイクアウトのファストフードを食べていた。  アメリカは、中心を失ったのだ。  セントラルストリートを30分歩いてもタクシーは1台も来なかった。そもそも、車がほとんど
走っていない。私のいるホテルがある郊外のスコットデールストリートは、死を覚悟しなければ歩
行者が横断できないほど、ひっきりなしに乗用車が行き来しているというのに……。  巨大スーパーとそれに隣接する小奇麗なレストランしかないスコットデールの夜がいやで私はダ
ウンタウンに来たのである。  セントラル全体が完全なゴーストタウンだった。銀行のアリゾナ支店、ゼロックスのビル、ヒル
トンホテルにハイアット……。高層ビルだけがあって街がない。おそらく、ラジオ局があったとお
ぼしきビルの電波塔は、先端を失って傾いていた。その下のいい感じのバーは廃墟だった。廃墟を
間において営業しているのは金券屋とトップレスバー。かつて、ビジネス街の底辺を支えていたで
あろう「普通に居心地のいい店」は、ことごとく潰れている。  アジアでは絶対に考えられない光景である。  土曜日の丸の内はゴーストタウンと化すが、ちょっと歩けば、有楽町、新橋の雑踏がある。香港
の高層ビルの谷間には屋台がある。その国がどんな体制であろうと、中国人は中国人の生理をもと
にチャイナタウンを作る。  では、アリゾナ州には何があるのかといえば、その名も「アリゾナセンター」があるという。  その近くにさしかかって、目を疑った。  アリゾナセンターというけして巨大ではないショッピングモールの入り口にあるバー。ホットパ
ンツのウエイトレスがいる、というだけのなんの変哲もないスポーツバーに人が溢れ返っていた。
おそらく、ゴーストタウンのすべての住人がそこにいた。  2階には、皮肉としか思えないバーもある。その名も「昔の西部のスポーツバーはこうだったス
ポーツバー」である。その向かいには、人っ子ひとりいない「昔のアメリカのディスコはこうだっ
たディスコ」もある。もちろん、外壁には大きく「エルビス」の文字がある。  街が消え、人は大切なものを失った。失ったものを企画モノのパビリオンとしてしか取り返せな
い――それが唯一の超大国、アメリカの現実である。  中庭では、ネイティブ・アメリカンのバンドが哀愁のメロディーを奏でていた。ヘタクソだった
けど、この場所でしか聞けないソウルミュージック、しかも、酒がうまくなる音楽には違いなかっ
た。  廃墟のブルースクラブに行ってもろくなことはないだろう、と思った私は、タダ聞きのバンドで
ビールを飲んで帰ろうと思ったのだが、腹の立つことに、どこにいても聞ける下らない音楽を流し
ているすべてのバー、レストランのアルコールが持ち出し禁止だった。  哀愁もまたスポイルされている。  悪くないバンドだったけど、これまで私が出会ったこの大陸の音楽――よさげな街を歩いて、よ
さげな音楽が聞こえたのでふらっと店に入って酒がうまい、という体験とは決定的に違う。  ダウンタウンが消え、郊外のショッピングモールだけに人がいる、ということは、国全体が、サ
ブウェイとバーガーキングとフーターズ・バーとブロックバスター・ビデオと巨大スーパーになっ
た、ということに他ならない。  金融資本と結託したジャンクフード屋、バッタ屋のひとり勝ちを「体制」として推し進めれば、
こうなるに決まっている。そして、我が祖国の最高権力者が言う「聖域なき構造改革」も「ピカピ カのゴーストタウン」で国土を覆う政策に他ならない。  それでいいの?  よくない。よくないから、インディアンのバンドを呼ぶ。作り物の古き良きアメリカに腰をかけ
る。  それで、疲れは癒える?  悲しさはまぎらわせる?                          (つづく)