|
|
|||||
|
特別企画 プロレスは死んだ? −ミスター高橋徹底批判
|
|||||
![]() |
|
今、実に久々に、ネット上の「プロレス世論」を眺めてきたところである。 |
|||
| 最大の目的が達成されているのだから、私にはなんの文句もないよ。 人間に感動できないリアルファイトのボクシングの試合でも、一方の選手がコーナーから立ち上がらずに終わってしまう試合はいっぱいある。今日の深夜のWOWOWでもそんな試合を見せられた。バンナは我慢比べに耐えられなかった。そうに違いないのである。 プロレスっていいじゃない、やっぱ! 高橋先生の本を読んで意気消沈している人には、これだけは知っていてほしい。 日本のプロレスラーは、そんな歪んだジャンルのなかで、それでも、「俺には意地がある」と叫んでいるのである。 |
|||||
|
レスリングは今、「ノア」にある 1月8日
|
|||||
|
|
|||||
|
第7回 『プロレスファンよ 感情武装せよ! ミスター高橋の誰も言わないなら俺が言う』 4月16日 |
|||||
|
|
|||||
| やっと同志出現か、と喜び勇んで読んだのだが、なんなんでしょ『プロレスファンよ 感情武装せよ! ミスター高橋の誰も言わないなら俺が言う』(ターザン山本 新紀元社)。奇書中の奇書でしょう、これ。 発言を要約するとこうなる。 「高橋よ、俺の知らないところでこんなことをやっていたのか」(新間寿) 過激な仕掛け人も知らなかった!? アントニオ猪木の「ひとりアングル」、恐るべし!? で、自慢。 「私はWWFの会長をやった」 だから、なんなんでしょ。 「しゃべりにくくなった。日本のプロレスは真剣勝負じゃなきゃいやなんだ」(辻よしなり) 反論になっていない。 「ミスター高橋はプロレスラーではない。口では詳しく言えないけど、 レスラーにしかわからない部分がある。それがプロレスでスよ」(ウルテ ィモ・ドラゴン) 口で言えないんなら対談するなよ。 「プロレスはもともとシュートだったのに、プロモーターがそれを恐れた。お金を取ってお客さんに見せるには、“ワーク付け”をしなければな らない」(宮戸優光) WWFのプロレスにもシュートが含まれている、という見解はこの本のなかでは唯一の収穫。じゃあなきゃ、ダイナマイト・キッドが車椅子生活になったりはしないよ。しかし、「ワーク付け」って、グレーゾーンをさらに広げているだけのような気も……。 「僕はピーター信者です」(大槻ケンヂ) 信者を「刺客」のなかに入れてはいかんよ。 大槻さんの話芸、相変わらず心がまったくこもっていない。この人、 真情なんてほったらかしで、気のきいたオチを考えているだけなんだもん。 「流血の魔術を最初に書いたのは俺だ」(井上義啓) これも「刺客」じゃねえ。 「俺は命を狙われた。高橋は殺さなあかん」 矛盾しまくり。YIさん、ご健在じゃないですか。 「俺の書いてきたものはいったいなんだったのか。俺の40年を返せ」 おじいちゃん、取り乱しちゃってます。 「京愛子が挨拶に来たときは泣いた」 そんな女子レスラー、誰も憶えてません。いい話ではあったけど。 「体を張っていない人の主張には乗れません」(吉田豪) 書評としてはそれでいいんだろうけど……。 「みんなうまいことを言う」(ターザン山本) 気味が悪いから、内輪ぼめはやめてほしいよ。 「俺は頭がいいんだから、みんなVIP待遇をしろ。売れっ子ライターの豪ちゃんはそうしてくれてるんだから」 そりゃ、インタビュアーは取材対象を立てますよ。この人の肥大しまくった自意識は確かに面白いんだけど……(山本さんの自意識については、拙書『競馬怪人』にも書いたので読んで下さい)。 結局、みんなして高橋先生を肯定しているだけじゃん! そもそも、山本さんは、こんなことを書かれたばっかりなのである。 <若い頃、僕の喉元につかえていた、「プロレスの試合は、すべてシナリ オのあるショーなのか?」という疑問に、「とどめ」を刺したのは、『週刊プロレス』編集長だったターザン山本氏の言葉だった。(中略)話の流れで、プロレスの試合に真剣勝負はあるのかという話題になった時、躊躇なく山本氏はこう言いきった。 「プロレスの試合に真剣勝負はひとつもありませんよ。全部、シナリオがあって、勝ち負けも決まっているんです」 ひとつも? 真剣勝負はひとつもない? 確認のため重ねて聞く僕に、彼は「ひとつもありません!」ときっぱりと断言した。ああ、やっぱり そうだったんだなあ……。>(岩上安身「<カミングアウト>と挌闘の民営化」『現代思想』2002年2月臨時増刊) 少なくとも二つあった、と高橋先生は書いているのに……。 ターザン山本、刺客たる資格なし!! しかも、この本で山本さんは無茶な言い訳をしている。 <ターザン ボクもよくそんなことを言ったよなあ。> 他人事かい!? 社民党のマドンナ議員以下だなあ。 <吉田 ひどいですよ。 ターザン いや違うんだ。ボクからすると岩上さんという人格に対して、 岩上さんのレベルを考えたら、そのことを言わないと、やすく見られるわけですよ。 吉田 ええ> 納得するなよ、吉田豪! <ターザン 岩上さんはジャーナリストとして活躍されている人だし、大道塾の東孝さんや夢枕獏さんと親しくて、大道塾を応援して、自らも競技をやっているという人でしょ。そういう人を前にしてそのことを言わなかったら、ボクが彼に対して嘘をついたことになるわけですよ。あの言葉は、彼のレベルに合わせて、理解されると思ったから言ったわけで、(中略)ボクは岩上さんがインテリだと思ったから、言っただけの話なのにねえ。> つまり、こういうこと? ボクはバカなプロレスファンには「プロレスは真剣勝負だ」と言うが、有名人とお友達のインテリに嘘はつけないので「プロレスの試合に真剣勝負をひとつもない」と言う。 ふざけたこと、言ってんじゃありませんよ!! そんな変節しまくりの言動をしてきたから、前田日明兄ィにこう言われたりするんだよ。 「日本が法治国家でなかったら、山本の首を日本刀でぶった切って、校門の前に飾ってやるよ。落ち武者みたいでお似合いやろ」 表紙では、脳みそが透けて見えている人が血の涙を流して怒っているのに、最後の最後で山本沈没。 この本、高橋本以上にプロレスラーのプライドを逆なでしている。 読後の感想はただひとつ。 「活字プロレス」の低すぎるレベルをまたしても思い知らされた。 (つづく) |
|||||
|
|
|||||
|
第6回 小川vs橋本の謎とアントニオ猪木 3月16日 |
|||||
|
|
|||||
| <猪木さんが何を考えているのか、今、小川との関係がどうなっているのか、私にはわからない。ただ、小川が強いことは誰もがわかっていることで、これから教えなくてはいけないのは、それをプロとしてどう生かしていくかだろう。 猪木さんの試合にあって小川の試合にないのはドラマ性だ。藤田だっ て、セメントの世界に閉じこもっていたら、ドラマを生み出すことはできないだろう。ドラマ作りの部分――その奥義を教えてこそ、初めて彼 らが闘魂の遺伝子になる。>(P72) なぜ、アントニオ猪木は、弟子である小川直也に「談合破り」をやらせたのか。 乱暴に言い切れば、それが、WWFを超えるビッグ・サプライズを生み出せる「日本のプロレスの最終兵器」だったからである。 賛否両論は確かにあった。『ゴング』の金沢編集長なんか、今も「小川 直也はプロレスラーとして認めたくない」と言う。私も、東京ドームの白け切った記者会見場で、友人のライターからこう聞かれた。 「どうなんだよ、この試合」 そんなもん、こう答えるしかねえよ。 「この試合を見るために、この仕事をやってんじゃん」 友人はうなずいてくれた。 「そうだよな。最高に面白かったもんな」 揺れているのである。最高に面白いものを見ても、体質的にそれを認められない。プロレス村の掟、長州力支配の圧力を我々は感じつづけてきた。 長州力はこう言った。 「お前のやりたいのはこれなのか」 私が見たいのは、まさに「これ」なのだ。 残る疑問は、自分がやらなかったことを猪木はなぜ、弟子にやらせたのか、ということだろう。 マサ・斎藤との巌流島決闘を前にした猪木はこう語っている。 「今までの俺は試合に関して、自分から条件を出したことがなかった。 フロントの要求、対戦相手の要求をすべて無条件にのんできた。しかし、今回だけは俺の夢とロマンを通させてもらうつもりだ」 巌流島決闘において、アントニオ猪木が排除したのは、観客とミスター高橋だった。プロレスを成立させる最優先の要素を猪木は排除したのである。 のちに徹底して談合を排除したスタイルで闘った船木誠勝が「社長、社長」と叫ぶなか、猪木は血塗れの顔面に草をくっつけて、瀬戸内の小島を這いまわった。 その時、わたしは、「プロレスについて何か書きたい」と思った。大げさに言えば、人生を決定づけられた光景だった。 アントニオ猪木は、40歳を過ぎて、プロレスが「ロック様がやっているようなもの」に堕してしまう風潮に抵抗したのである。 前田日明は、猪木のことを何度も「反面教師」と表現した。猪木がやれなかったことを弟子の前田、船木がしっかりと実践したこと、日本のプロレスの「伝えてきたこと」について、我々ははっきりと誇っていいと思う。 当事者の小川直也がWWF入りを画策していることについては、成り行きを見守るしかない、とは思うが……。 まあ、今の時点で言えるのは、小川直也は、ザ・ロックやアンダーテイカーの役割はできても、マンカインドやカート・アングルの役割は未経験だ、ということだろう。小川が「オリンピック・シルバー」という 役割であの「道徳劇」に入り込むことができるかどうか。 かなり難しい、と言う他あるまい。 (つづく) |
|||||
|
|
|||||
|
第5回 マンカインド曰く。プロレスは「ショー」だからこそ、狂おしい! 2月24日 |
|||||
|
|
|||||
| ザ・ロックは自慢する。ロック様の友達は……ニコラス・ケイジ、ルーサー・バンドロス、マイク・タイソン、シャキール・オニール、ブルーズ・ウィルス、ジャック・ニコルソン……。 だからなんなんだよ。 つまりは、「プロレスは市民権を得た」ということらしい。 <……俺たちの業界は、ここ数年で正真正銘のルネッサンスを経験した。 俺たちの観客層は、急速に広がっていった。「スポーツ・エンターテインメント」という新しい呼び名が定着し、その変化とともにまったく別種 のスタンス――業界内の人間と、俺たちをサポートしてくれてるファンの側の両方で――が生まれた。以前はプロレス・ファンの多くが、その愛 情を隠していた時代もあった。ちゃんと業界の動向を追い、俺たちのT V番組も観ててくれるけど、朝になって仕事に行ったら、自分たちの趣味はおくびにも出さない。もうそんなことはなくなった。プロレスは堂々と表に出られるようになった。中西部からマンハッタン、シリコンバレーからサウスダコダまで、プロレスはサッカーのワールドカップもかくやと思えるほどの熱烈さで受け入れられ、支持されている。新しい千年紀が夜明けをを迎えた時点で、俺たちの典型的な大人のファンは、五分五分の割合で大学の学位を持ち、平均年収も5万ドルを超えた。TVの視聴率もうなぎのぼりで、団体の株は現在、ウォール街で取引されている。>(『ザ・ロック』白夜書房P360) ……だ、か、ら、な、っんなんだよ! 自伝を「大学の学位」と「年収」で締めくくるロック様って、本当にクールじゃないな。クールじゃない、って意味では、田中正志先生の鬼の首を取ったような「ビッグビジネス最強論」にも酷似している。 ロック様の自伝を読むかぎり、「優れたシナリオライターがいるから、WWFは知的でお金持ちの層にも支持された」ということになるのだが、そうじゃないだろう。 WWFのルネッサンスは、「放送作家」ではなく、レスラー主導のアングルが切り開いたものなのである。 それは、映画『ビヨンド・ザ・マット』の監督が、ザ・ロック、アンダーテイカーではなく、マンカインドに焦点を合わせたことにも如実に現れている。映像のみでできあがっていたWWF世界で、初のベストセ ラーを出し、アメリカという「暗黒大陸」に「活字プロレス」を誕生させたのもマンカインドことミック・フォーリーだった。 残念ながら、ミック・フォーリーの自伝『ハバァ・ナイス・デイ!』 はまだ翻訳されていないのだが、この本を紹介した町山智浩さんの書評 (「バンプ“バカ”一代!ハードコア超人伝説 ミック・フォーリー自伝 『ハバァ・ナイス・デイ!』」『新世紀アメリカンプロレス読本』洋泉社) は、必読である。特に、高橋先生の本によって「こんな仕組みになって いたのか。もう、プロレスは観たくない」などと思ってしまった人は、是非、読んでほしい。 <1994年3月17日ドイツ、ミュンヘン。信じられないよ、耳をなくすなんて!> そんな書出しで始まるこの自伝は、いきなり、「プロレスとは何か?」 という疑問に解答を出してしまう。 ビッグバン・ベイダーとの試合で耳が引き千切れ、それでも、皇帝戦士に向かって「いいジュース(流血)だろ」と言うカクタス・ジャック(この名前が日本ではおなじみだ)……。引退したミック・フォーリー は、この凄惨な場面をこんなふうに振り返る。 <そこで試合中止になるのがいわゆる「真剣勝負のスポーツ」だ。でも プロレスは「インチキのショー」だから、その後も続いた> WWFの「カミングアウト」は、単に、真実を告白した、ってことではない。 「ショーだから困るんだよ」 ミック・フォーリーはそう言ったのである。 世界最大の「つくりものの」団体、WWFに入っても、ミック・フォ ーリーはゼニカネに転ばなかった。 アンダーテイカーとの「ヘル・イン・ア・セル・マッチ」が決定したマンカインドは悩んでいた。足の故障を抱えたアンダーテイカーは木偶の棒状態(って、足が痛くなくても木偶の棒だと私は思うが)。マンカイ ンドとアンダーテイカーの間にはなんの遺恨もなくて、ライターが書いたサイドストーリーで試合を成立させることもできない。 ショーン・マイケルズが金網の横から放送席に落ちるビデオを観ながら、マンカインドはアンダーテイカーにこう言った。 「テリー、これよりすごい試合ができるだろうか」 バンプは下手でも人柄は最高にいいアンダーテイカーは、ジョークを飛ばした。 「てっぺんから落ちたらどうだ(笑)」 「落ちたら、もういっぺんよじ登って、また落とされる、ってのは(笑)」 見ると、マンカインドの目がぎらぎらと輝いている。 「それ、マジでやってみようか」 結果、マンカインドは金網の上から落とされて、肩を脱臼。もう一度落ちて、さらに椅子が顔面に降ってきて、アゴを脱臼、鼻には自分の歯が突き刺さり、下唇の裂傷から舌が飛び出した。 <最初に僕が書いたとおり、真剣勝負のスポーツならここで試合中止だ。でも、ショーは続けなきゃならないんだ!> ……バカである。ほんと、バカなんだけど……。 生身の人間にここまでやられて、「ウソくせえ」と言える人間がいるだろうか。 放送作家がこんなシナリオを書いたら、そいつは殺人犯である。 WWFをブレイクさせたもの、WWFのカミングアウトを支えたのは、「ショーとしての完成」ではなく、レスラーのビッグハートであり、シナリオを超えたレスラー主導のアングルなのである。 まさに絶妙のタイミングでWWFはカミングアウトをしたわけだが、マンカインドがリングを去って、スーパースターと放送作家頼みのプロレスをやっているWWFが失速してしまうのも運命だろう。 ロック様のフニャフニャなハートでは支えきれないって! 先頃も、WWFは、高いところから人間を落とすだけの「非情なアンダーテイカー」を復活させたが、「できんボーイ」が元ECW勢や日本人レスラーの「善意」にあぐらをかいているだけだって! まあ、反論はあるだろうけど、少なくとも言えるのは、視聴率が急落している現在のWWFは、「唯一のお手本」にはなり得ないということだろう。 (つづく) |
|||||
|
|
|||||
|
第4回 高橋先生、「よいアングル」とは何ですか? 2月23日 |
|||||
|
|
|||||
| 3800円もする世界一の人気レスラーの自伝『ザ・ロック』(白夜書房)と高橋先生の本、どっちが面白いかと問われたら、私は迷うことなく高橋先生の左手を上げる。 ともに「プロレスの作り方」を詳細に描いているのだが、アントニオ猪木とザ・ロックでは、その「質」が明らかに違う。 <「おい、こりゃ『ロック様とうたおう』じゃないんだ! てめえらは黙ってろ!> <ロック様が作っている料理の匂いが嗅げりゃあな。> 口はうまいよ。それは認める。 「元気ですかぁー!? 元気があればなんでもできる。元気があれば、 PRIDEの高いチケットも買える」 ヘッポコな詩の朗読を含めて、猪木がザ・ロックに劣っている点はそこだけだろう。 そもそも、ザ・ロックの「プロレスの作り方」のどこに、感動したり、 感心したりできるだろう。 <「サバイバー・シリーズ」で俺が優勝すると聞かされたとき、俺は自分の人生が、大きな曲がり角にさしかかったのを実感した。俺が興奮したのは、勝てるからじゃない。前々から言っているように、このビジネ スはつくりごとで、実際に誰かが誰かを負かすなんてことはありえない。 選手は脚本に沿って動く――“ロック様”なら、身のほどをわきまえている、というところだろう。それがこの世界のならわしだ。俺が興奮し たのは、ロッキー・メイビアが勝者になる……「サバイバー・シリーズ」 のチャンピオンになるのがどういう意味を持つか、そしてその先になにが待ち受けてるかを考えてみたからなんだ。それは途方もないチャンスで、ビンスを筆頭とするオフィスの面々が、いかに俺の将来性を高く買ってくれているかを如実に物語っていた。>(『ザ・ロック』P195) ただ単に、脚本通りにスターへの階段を上っていったザ・ロックの「プロレスの作り方」には、正直言って、なんの感想もない。 だからどうしたの? そう言う他ない。 それに比べて、高橋先生が書いた新日本の「プロレスの作り方」は切実で豊かだ。 空手道場の若い衆には最後まで伏せられた「対誠心会館」の殺伐としたアングル。その闘いで、誠心会館の弟子はアゴを骨折し、シュートで仕返しに来た若い衆に襲撃された小林邦明は、救急車で運ばれた。 小林とのシングルマッチの直前、高橋先生は斎藤彰俊にこう告げている。 <「これはルールのある喧嘩だ。空手の技で突こうが蹴ろうが好きにやってくれ。レスラーは何をやってもびびったりしないから。とにかく遠慮なしに思うようにやってほしい」>(P49) <けっきょく最後まで、リングに上がらない青柳の門下生たちにはアングルを知らせずに通した。だから、小林と斎藤の試合で起きた場外でのセコンド間のもみ合いは、何の申し合わせもない本当の喧嘩だったのだ >(P51) それが、「猪木イズム」というものだろう。そんな精神で作られたプロレスだからこそ、平田淳嗣は唇がちぎれ、ジョージ高野は鼻の骨を失っ た。問題なのは、そういった「伝説」が現在の新日本プロレスのレスラ ーからは嗅ぎ取れなくなった、ということだと思う。 この「対誠心会館アングル」が、新日本プロレスの傑作なのだとしたら、高橋先生が、なぜ、次のような結論に行きつくのか、私にはさっぱりわからない。 <プロレスの根幹であるマッチメイクも、プロの構成作家などを入れてアイデアをふくらませたほうがいい。場合によっては、シナリオづくりをすべてまかせてもいいだろう。自分がやって実感したことだが、内部の人間だけでは視野が狭くなり、行き詰まってしまうのだ。>(P204) そうなのだろうか 。 見落としてはいけないことは、「対誠心会館アングル」を成り立たせたのは、「シナリオを書く人」ではなく、シュートをまったく恐れなかった 小林邦明の「レスラーの持つビッグハート」だったということだ。 ライターが書いたシナリオを超越したレスラーのビッグハートが、最高のサプライズを生み出してきたのは、WWFも同様だ。そして、レス ラー主導のアングルが消えてゆく過程で、WWFも明らかにパワーを失っている。 というわけで、次回は、ミック・フォーリーの「ショー・マスト・ゴ ー・オン」な「プロレスの作り方」と「マンカインドが去ったWWF」 について考えてみよう。 (つづく) |
|||||
|
|
|||||
|
第3回 君は「打ち合わせを忘れる男」大木金太郎を見たか!? 2月22日 |
|||||
|
|
|||||
| <現在の新日本では試合前に選手同士が会って、「俺がこういうふうに して勝つ」「じゃあ俺がこんなふうに受けて負ける」……といった打ち合わせをしている。これは気心が知れている日本人同士の試合が中心になったことも一つの理由だろう。>(P20) この指摘は鋭い。これがつまり、新日本プロレスの危機のキモなのではないか、と私は思っている。 綿密に打ち合わせをすれば、「完成されたエンターテインメント」が生まれる――これは本当なのか。 こと細かく打ち合わせをしたとしても、それが水泡に帰してしまう例 を、高橋先生はしっかりと書いてくれているのである。 <もう一人、いろいろなアイディアを自分で考えすぎるために、頭の中で整理がつかず忘れてしまうのが大木金太郎さんだった。 大木さんは、いつも試合前になると早めに私を呼び、いくつものハイスパットを説明してくれる。 「いいかい、高橋君、俺があいつをロープに飛ばして、返ってきたところをボディにヘッドバットを狙う。それをあいつが読んで俺の胸を蹴り上げて、さらにそれからだねえ……」 とまあこんな具合に、いつも自作のシナリオを延々と説明してくれるのだ。 こっちは、どうせ大木さんは試合になったら忘れてしまうのがわかっているから、真剣に聞いているふりをして、右から左へ聞き流していた。 本当は対戦相手の意向をもう一方のレスラーに伝えるのが通常の段取りだが、大木さんの細かいハイスパットのプランは、相手に言ってもし方がないので伝えないことが多かった。案の定、試合になったら、いつ もの通り忘れている。>(P24) ……打ち合わせが素晴らしいプロレスを生み出すのだとしたら……働けよ! 高橋先生。 では、打ち合わせを忘れてしまう大木金太郎が、プロレスラーとしてダメだったのか、といえば、そんなことはない。大木金太郎こそ、プロレスの豊かさを証明してみせた名脇役だった。 待ちに待ったアントニオ猪木とのシングルマッチに敗れ、観客が「格から言っても当然だな」と思っていると、自らの額を何度も何度もコーナーポストに打ちつけて悔しがる。試合自体は、なんの変哲もないプロレスだったが、その姿は、確かにプロレスの理不尽さを体現していた。 ルー・テーズに「シュートの試合をひとつ上げるとしたら」と質問すると、イの一番に出てきたのが、対大木金太郎戦だった。 「大木は最初から試合をするつもりなんかなかった。大木に何があったのかはわからないが、正直、あれはヤバかった」 我々、プロレスファンは、そんなレスラーの一瞬の振る舞いを見るために、このジャンルを凝視してきたのではなかったか。 前田日明はこう語っている。 「(新日本プロレスに戻った時期は)破れ目がいっぱいあった。油断がな らないんだよ。外人も含めて、誰がいつ仕掛けてくるかわからなかった。俺が倒れて、掟通りに起こしてくれるはずだ、と思っていると、スコーンとエルボーを落としてきたりね」 UWFが新日本プロレスに出戻った一時期こそ、プロレスの(格闘技の、ではない)黄金時代だった。あれほどプロレスに興奮した時代はな かった。 つまり、そんな破れ目を無数に抱えたプロレスこそ、「猪木イズム」だったのではないか。だからこそ、アントニオ猪木は、試合前の選手同士の接触を快く思っていなかった。 新日本プロレスだけがそうなのではない。「日本のプロレス」はそういうものなのだ。 たとえば、天龍源一郎を一瞬にして失神させた「キレた」ジャンボ鶴田の俵返しである。 常に「相手を怪我させないように」と思って闘っていたジャンボ鶴田が、天龍の咽喉笛に入るチョップによって、一瞬だが、前後不覚の状態に陥った。正気に戻ると、闘っていた相手が泡を吹いて倒れていた。 「あのとき、俺はジャンボ鶴田の恐ろしさを知った」(鶴田友美) 20年間でたった1度のこんな瞬間を見逃さないために、私は日本武道館に通っていた。 「エンターテインメント」プロレスの代表のように語られる全日本の「四天王プロレス」も「打ち合わせからの逸脱」から誕生した。 1993年7月29日、日本武道館での三沢光晴―川田利明戦。「四天王プロレス」の誕生を高らかに宣言した激しい攻防のあと、三沢光晴は、 謎の言葉を残している。 「最後は本当にいやだった。自分で自分に言い聞かせていた。ここでや らにゃいかん。(川田が)後頭部から落ちているのが見えているんだから。 ちょっと非情すぎたね」 数年後、三沢はこんな種明かしをしてくれた。 「川田は中途半端にやると、中途半端なことを言い出すやつなんですよ。 『今度やったら負けない』とかね。それに、当時、あいつはふてくされたようないい加減なプロレスをやっていた。川田に思い知らせる必要があった」 「試合(エンターテインメントとしての完成ももちろん含めて)を作ろうとする自分、個人的な確執を清算しようとする自分、二人の自分がい た」と三沢は言った。 「日本のプロレス」の進化は、「シナリオライター」が生み出したものでは断じてない。アングル、ハイスパットという概念を超越した「定型からの逸脱」が、日本のプロレスを突き動かしてきた動力であり、最大の魅力なのだ。 その集大成が、アントニオ猪木の「舌出し失神事件」の「ひとりアングル」だった。それも、ご丁寧にミスター高橋先生ご自身が丁寧に書いてくれているのであった。 というわけで、次回のメインエベントは、「打ち合わせなし」アントニオ猪木対「笑顔で打ち合わせ」ザ・ロックの激突! (つづく) |
|||||
|
|
|||||
|
第2回 ザ・ロック、マンカインド組vsミスター高橋 2月19日 |
|||||
|
|
|||||
| つづいてのイチャモンは、「まえがき」からである。 高橋先生はこう書いている。 <戦前のプロレス、ジョージ・ハッケンシュミットとフランク・ゴッチが闘った時代から、プロレスの内部においては「どちらが強いのか」などという命題はなかった。プロとして競い合っているのは、昔も今も「ど ちらがうまいか」ということだ。>(P2) まことに力強い断定である。 高橋先生は還暦を過ぎた人生の大先輩。きっと、フランク・ゴッチと も親交があったに違いない。 しかし、その直後の文章はどんな風に理解すればいいのだろう。 <いつ、どんなふうにして、闘いがプロレスというショーになったのかは定かではない。おそらく歴史にして一〇〇年くらいだと思うが、興行というビジネスをしていくうえで、誰かが考え出したか、あるいは暗黙 のうちに、このようなショー形式になっていったのだろう。> 思いっきり断定しといて、直後にここまで「いいかげん」になるのは、 どうかと思うぞ。「一〇〇年くらい」って、アバウトすぎます! ハッケンシュミット対ゴッチの第1戦が行われたのは、1908年。 およそ93年前の出来事である。それ以前にも「興行」としてのレスリ ングが行われていたかもしれないが、私はその資料を見たことがない。 しかも、である。史上初の「プロレス」は、約2時間の締め技のみの応酬に、途中で席を立つ観客が続出したといわれている。 ハッケンシュミットとゴッチは、本当に、「どちらがうまいか」を競い合ったんですか、高橋先生? ミスター高橋は「現場の人」「至近距離の人」であって、体験のみで語 っていく部分はわかるのだが、この歴史認識はいかがなものか。高橋先生は、ルー・テーズの世代のプロレスラーとプロレス論を交わしたことがあるのだろうか。 さて、今回のメインエベントである。 高橋先生はこう書いている。 <私がメインレフェリーをしていた頃は、特別な事情がないかぎり、対戦相手の外国人選手と日本人選手が試合前に顔を合わせることはなかっ た。これは、緊張感をなくしてはいけないという猪木さんの方針による ものだった。>(P18) これは、非常に重要な指摘だと思う。なぜなら、このような「緊張関係」こそ、新日本プロレスとWWFの違いを、端的に言い表しているか らだ。 ザ・ロックの自伝(『ザ・ロック』白夜書房)によれば、世紀の大一番 と呼ばれた1998年レッスルマニアにおける対スティーブ・オースチン戦の直前、ザ・ロックはこんな提案をしたという。 「どうだろう、スティーブ、俺がスタナー(オースチンの必殺技)を返すというのは?言っとくが、それで終りじゃない。俺はあんたにも、 ロック・ボトムを返してほしいんだ」 リング上のザ・ロックから「トレーラー・トラッシュ」(家が買えない トレーラー暮らしの白人。人種差別者という隠喩もある)と罵倒されるオースチンは、人懐っこい笑みを浮かべた。 「いいぜ」 そんなことをわざわざ大げさに書くザ・ロックは、少なくともプロと してクールじゃない。互いに、必殺技を返したから、それがどうしたというのだろう。 さらに、二人はリング上、控室で「立ち稽古」を繰り返し、そこには、実況アナのJRもアウトラインを聞きにくる。試合直前にも、袖でウォーミングアップをやりながら大声で技や見せ場を怒鳴り合う。 最後は、なんとユニゾンで叫ぶ。 「行くぜ!」 こんな「試合」があるか!? こんなことをやっているから、ザ・ロックというレスラーは、スーパースターでありながら、セミのビンスやシェーンのリアリズムに簡単に 食われてしまうのである。マンカインドとの名勝負も、対戦相手の「自虐趣味」ギリギリの常軌を逸したプロ意識があってなんとか成り立ったもの。相手が殴ってきたら、十年一日のごとくガードして反撃に移るザ・ ロックの「受けないプロレス」については、はっきり「しょっぱい」と言うべき時期がきているのではないか。アントニオ猪木を見て育ったのなら、あのだらけ切ったファイトスタイルを許してはいけないよ。 アントニオ猪木は、プロレスが往々にして単なる「演技」(ザ・ロック がやっているようなもの)に流れてしまうことを知っていた。それを警戒したからこそ、「緊張感をなくさないために」外人との接触を禁止したのである。 そりゃあ、ザ・ロックとストーンコールドみたいに綿密なリハーサルを繰り返せば、安心して見られるショーはできるだろう。しかし、アン トニオ猪木はそれを許さなかった。 <だから私は、いつも試合前の会場を走りまわり、日本側と外人側の控室を行き来して、伝書鳩のよな役割を果たしていたものだ。>(P18) そんないいかげんなことで、「完成されたエンターテインメント」(高橋先生の言う現在のプロレス)が簡単にできあがってしまうものなのか。 演技を完成させるのなら、ザ・ロックのように「立ち稽古」を繰り返すべきなのではないか。 おそらく、アントニオ猪木は、決められたコード通りに演奏される軽音楽より、モード上に展開される重厚なアドリブの応酬を愛したのである。それが、「日本のプロレス」の出発点だった 。 そんなこと、20年も前から、いろんな人が論評してきたことではなかったか。「高橋理論」や「WWF流のスポーツ・エンターテインメント」 なんぞにはびくともしない観察眼、芸能を愛でる心が、日本のプロレスファンにはすでに備わっているのではないか。 (つづく) |
|||||
|
|
|||||
| 第1回 「最強の演技」とは何か! 2月18日 | |||||
|
|
|||||
我らが前田日明兄いのリングスは活動を休止し、インディーの星、FMWは二度にわたって不渡りを出した。 日本のプロレスは、マジ、危機である。 どうすればよいのか。 当然のことながら、私はプロレスラーではない。「業界」の人間でもない。自分のできる範囲での「どうすればよいのか」を考えた結果、『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』(講談社)を書いたミスター高橋先生を標的にすることにした。水平チョップには水平 チョップを、言説には言説を、というわけである。 書物の細かい分析に入る前に……。 まず、なによりも腹が立つのは、「活字プロレス」と呼ばれるまでに成熟したプロレス雑誌が根底から揺さぶられているのに、受けて立たなければならない人がこんなことをほざいていることである(『週刊スパ!』 2002年2月19日号)。 <今回の件は黙殺ということで、コメントできません。>(『週刊プロレス』佐藤正行編集長) <読んでません。>(『週刊ゴング』金沢克彦編集長) 危機感の希薄さを指摘する以前に、この御両人に、高田延彦を批判する資格があるだろうか。リングに上がろうともしないのだから……。 「何も言わないので、逃げたと見なす」 高橋先生からそう言われたら、「活字プロレス」の不戦敗である。 商人の道としても、何も言わないで同じ生業をつづけるのはどう考えたっておかしい。自分の文章が読まれなくなるのだぞ。 私は文章を書きつづけたいから、反撃をする。 では本題。 まず、表紙からいこう。 表紙に「最強の演技」とあるが、これはどういう意味なのだろう。 この地上で一番優れた演技? それは違う。そんなことを言ったら、ロバート・デ・ニーロや勝新太郎が黙っちゃいない。 最強のように見せるための演技? おそらく、そういうことだろう。 だとしたら、このジャンルの土台は、「最強であること」なのか。「最強のように見せること」なのか。 この問いに対する答えは明白である。大金をかけ、多くの人間が協力 し、演技を重ねてまでして守るべきもの、それは「最強であること」である。 それがなかったら、ヒクソン・グレイシーがスターになることも、PRIDEが大きなビジネスになることもなかった。プロレスラーが叫んだ「最強」をみんなして札束に変えたのだから。 高橋先生の説を全面的に信用するなら、アントニオ猪木は「最強の演技」をしたのである。 アントニオ猪木が唯一無比のスターであり、その闘いが高橋先生のメ シの種であったのなら、高橋先生がスターを支える土台を守るのは、高橋先生が属する人間集団の掟であったはず。テレビがいくらマジックの種明かしをつづけても、業界人が最後の一線だけは守るように。掟が、 ときとして合理的ではないことは、イスラム世界を見れば明らかだろう。「合理的であること」自体、時代によってどうにでも変わる。真実はひとつ、とか、現在の民主主義社会の常識からして不合理、といったよう な一方的なジャッジはどう考えたって横暴なのだ。 「最強の演技」というタイトルがつけられた時点で、「高橋理論」は重大な矛盾を抱えている。このタイトルは、プロレスラーの「強さ」もプロレスラーの「演技」も、ともに貶めているからだ。 プロレスラーは強くない。かといって、シルベスター・スタローンほどの演技ができるわけでもない。 そういうことになってしまうのだ。 ことの真偽ではない。「最強であること」がまずあって、その上に「いや、これはやっぱり演技だろう」とか「いや、あの一瞬だけは違う。あの一瞬、ジャイアント馬場は最強だった」とか口を挟むことができるプロレスという豊かなジャンルが存在したのである。その激しい振幅のな かにこそ、プロスポーツとしての解放感が湛えられていたのである。 それでも、高橋先生が、「業界のために書いた」と言うのなら……。 「最強の演技」をするプロレスラーの立つ地面をひっくり返すようなことはするなよ。 そう言いたくなる。 もちろん、これには反論もある。 <……プロレス界の将来を案ずるからこそ、外から眺めることで見えた 結論がカミングアウトすることだったんです。エンターテインメントと して公表したなら八百長という間違った用語で揶揄されることもない。 だから最初、タイトルは『構造改革の提言』で副題は『プロレスはショーだからこそ面白い!』がいいと提案した。もっとも、「そんなモン売れないよ」と替えられましたが。>(前出『週刊スパ!』) 現状を肯定して素直に白状することが「構造改革」なのか、という疑問はさておき、そうなのだとしたら、次のような疑問が浮かび上がる。 カミングアウトしたら、日本のプロレスはもっと面白いものになるのか? 高橋先生は「面白くなると信じたから書いたんだよ」と言うに違いない。しかし、このような言い方が根本的に間違っているということは、 WWFと新日本プロレスの具体的な相違点を見ていけば誰にだってわかるのである。しかも、その相違点、新日本プロレスの素晴らしいところを、高橋先生自らこと細かく書いてくれている。 ということで、次回のメインエベントは、「ザ・ロック、マンカインド組vsミスター高橋」のハンディキャップマッチである。 (つづく) |
|||||