聖者たちからのメッセージ6

BY 渡辺秀幸
ルキ・バガヴァンの悟りの21日間
ディクシャ・コース体験報告

25年来の友人であり、四柱推命、
奇問遁甲術、気学の師である上谷登茂枝先生と。
上谷先生は、バガヴァンとの個別のダルシャンでバガヴァンより
直接ディクシャを受けられ、現在はディクシャも精力的に行っています
もうすでに3人のガンの方が治っています。奇跡の連続です。
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聖者たちのメッセージ10
BY 渡辺秀幸

ディクシャ上級コース報告
久々の更新です。速いもので2007年になってしまいました。 人類の大転換点といわれる2012年12月まで残すところあと6年です。
昨年末はディクシャ上級コース参加という形で、インド、カルキバガヴァンの下を久々に訪ねました。このコースには、 日本人150名が参加しました。

頭頂葉と右前頭葉の活動を鎮め、
左の前頭葉を活性化させるディクシャ


今回、ディクシャで起こる脳の変化に関するこれまで私達が聞いていたのとは、少し違う説明を受けました。

ディクシャを受けることで、何故こだわり、捉われがなくなるのか、
あらゆる感情、体験の印象が何故すぐに雲散霧消してしまうのか?

多くの方々がディクシャで体験していることですが、これはディクシャによって脳の頭頂葉と右前頭葉の活動が鎮まり、左の前頭葉が活性化するため、という説明がありました。

悟りを開いた人の脳の状態

完全に悟りを開いた人の脳の状態がまさにその様だと言われています。
そのお陰で、過去を引きずらない、今に集中できる、のです。

前回インドに行った時に、統合された感覚器官をスローダウンさせることで、「私」がない状態が体験される、ということをお伝えしましたが、脳の頭頂葉と右前頭葉の活動を鎮めることイコール統合された感覚器官をスローダウンさせることだと思います。

この「私」が無い状態を恒常的な状態にするというのは、実は凄いことなのです。

光のサマーディ、ダイヤモンド・サマーディとは

サマーディ(三昧)と呼ばれる体験は、通常、超越体験と呼ばれますが、サマーディにも幾つかのレベルがあると言われています。

例えば、光の体験もその一つですが、光は、絶対が、現象世界を創造する時に、最初に現れる、最も精妙な要素と言われています。

ディクシャで、光に包まれたり、光を見たり、光の体験をする方が多いのですが、光を体験している時は、相対世界の最も精妙なレベルを体験していると言えます。
認識される対象としての光、認識している自己、つまり認識者、というように、ここには二元性があり、光の体験自体はとてもよい体験ではありますが、絶対の体験ではないことが分ります。

ただ悟りが進んだ段階では、超越した状態で、目を開いて、現象世界を見た時にも真我が発する光をも認識しているというか見ているレベルがあります。この段階では、物質のもつ色鮮やかで、光り輝く性質を体験すると同時に、またあらゆることを知る能力、知性とあらゆるシディ(神通力)を得るとも言われています。

チベット密教では、この状態をヴァジラ(金剛、ダイヤモンドの意)・サマーディと呼んでいます。

意識を自在に操る超人上江州義秀先生

最近私が主催するディクシャ会で、コラボレーションさせてもらっている上江州(うえず)義秀先生はタットァ・マシー(統一意識)もそうですが、このヴァジラ・サマーディも簡単に体験されるそうです。

上江州先生が、超人と言えるのは、それだけではなく、ほとんど食べない、寝ない状態をこの30年以上続けていることなのです。

飛行機の中等で1〜2時間寝ることもあるそうですが、もちろん、夢などは見ず、他の世界に行って、やはり救済活動をされているそうです。
常に忙しいと仰っていました。(笑)
上江州先生に関しましては、また改めて書きたいと思います。

「私」があるサマーディ、有種三昧

もう一つが、よく言われるところの、有種三昧といわれるサマーディの体験です。
そこでは、「私」と言う感覚が残っているサマーディと言われます。私と言う感覚は、ラマナ・マハリシによるとマインドが立ち現れる時の、あるいは世界が現れる時の原初の想念だといいます。

「私」が現れる時、同時に私でないもの、つまり他者が現れるわけで、この世界の分離、私達の根源的な苦しみ(サンスクリット語でドゥッカと呼ばれる)の原因と言われる二元性を作り出す、最初の原因となる感覚といえます。そういう意味からも、有種三昧は絶対状態の体験、やはり超越とは言えません。

クラッシック・バレエ界の重鎮にしてディクシャ・ギヴァーの久保栄治さんが、ご自身のホームページの中で、絶対状態について、バーナデッド・ロバーツの本「自己喪失の体験」から引用されていましたが、バーナデッド・ロバーツの言う自己意識という表現には、この「私」があるレベルも当然含まれています。

「私」がないサマーディ、完全なる超越

無種三昧が、絶対の状態です。そこには、「私」と言う感覚はありません。

完全に私が無くなれば、そこにあるのは、ただの意識、あるいは存在と呼ばれるものです。

バーナデッド・ロバーツの体験によると、ご本人は、完全に超越した状態、「私」の無い状態で、外界、相対世界を見ています。私が無ければ、他者との分離はありません。
他者を見れば他者になります。木を見れば、木になり、雲を見れば、雲になります。

タットワ・マシー、統一意識とは

この状態は、見るものが、見られるものになる、タットワマシー、統一意識、ワンネスと呼ばれる状態です。その時、バーナデッド・ロバーツは、見られる対象に、真我つまり絶対状態を体験しているのです。

TM瞑想のマハリシ・マヘッシ・ヨーギーによると、クリシュナ・ムルティがその状態に常にいたそうです。ある方の質問に、マハリシ自身もタットワ・マシーの状態にある、と答えていたそうです。

前回2005年4月の21日間コースで、統合された感覚器官をスローダウンさせるというセッションで私が体験したのが、まさにこの体験だったのです、と書きたいところですが、残念ながらそこまでは行きませんでした。(笑)
完全に行為に集中する

言葉にするのは、難しいのですが、経験とそれを見る者が、一体になっているような状態です。
例えば、そのセッションの後、すぐに昼食だったのですが、食事を盛る行為が、はっきりと意識できる、動作一つ一つを、完全に意識して行為している、食事を盛る行為が私、或は、私はいない、盛る行為だけがある、という感じです。

また、食べる行為も同様です。一噛み一噛みをきっちり意識しながら食べている、という感じで、私が食べている、というより食べる行為が私、或は食べる行為だけがある、とでも言えばいいのでしょうか、ドレッシングを付けないにもかかわらず生野菜がこんなに美味しいと感じたことはなかったですね。
でも、行為を十全に意識しているということは、行為者は行為に巻き込まれていない、ただ観照者として見ている、というのが正確な表現かもしれません。

突如英語が分るようになる

その後、スジャイダーサジー(ダーサジー弟子の意)の講義があったのですが、それまで分らなかった、インド訛りの早口英語が突如分るようになったのには、驚きました。
確かに微妙にゆっくりと聴こえる様になったのだと思います。コース中は沈黙の業だったので、筆談だったのですが、字が突然上手になったのにも驚きました。一文字一文字、完全に集中して、書いているんですね。小学校の頃の習字の時間を思い出しました。

ゆっくり行為することの意味と価値

英語がゆっくり聞こえてきた、というのは脳活動がスローダウンした結果だと思うのですが、それとは別に、
日本の禅文化と言える茶道や華道、そして書道等の意味というか価値が良く分りました。
これらは、動く禅、覚醒をもたらすものなんですね。

日常生活の中で、可能な限りゆっくり行動してみる、ということは悟り、覚醒を促す意味でとても重要です。

普段の行為スピードをゆっくりする為には、そこに意識的なものを持ち込まなくてはゆっくり出来ないからです。ふだんの慣れ親しんだ無意識的な行動が、気づき、覚醒を伴って、行なわれるでしょう。

上級コースでは、沈黙の業とこのゆっくり行為する、ということが徹底されましたが、これらは自己の内側外側問わず、気づき・覚醒を強め、悟りを速めるめる上でとても重要です。(続く)   2007年1月15日

聖者たちのメッセージ9


インドの覚者ニサルガダッタ・マハラジの弟子でやはり覚者であるラメッシ・S・バルセカールはその著書「人生を心から楽しむ」(マホロバアート)のなかで、その原初の状態について以下のように記述しています。

意識だけが存在する

「存在するすべては意識です。その原初の状態では、それを現実、神、絶対、無と呼んでもいいのですが、何かに気づくべき理由がありません。
それで、休息している意識は、それ自身に気づいていません。この突然の感覚、I Am (私は存在する)が起こる時だけ、それは、自分自身に気づきます。I Am(私は存在する)は、気づいているという非個人的感覚です。

そして、この時、休息している意識が活動している意識になり、潜在的エネルギーが、現象化されたエネルギーになります。それらは二つではありません。潜在的エネルギーからは、分離したものは何も出てきません。意識だけが存在します。それは、世界の見かけという幻想とエゴの感覚を創造し、本当は純粋な融合の中に、多様性という幻想を認識します。(この後続くが、省略)」

原初の状態をラメッシ師は、休息している意識、と表現しました。そして、気づきが起こる、「私はある」と。

他の箇所で、師は、現象が現実に見えるという幻想の時も、真実に目覚めたあとも、現象宇宙のあらゆる物や対象物は、意識の産物であり、私たちはまさに意識に他ならず、それ以外の何ものであったこともありません。と述べています。

罪悪感からの解放、人生を心から楽しむ


それにしても、このラメッシ師のこの本「人生を心から楽しむ」(副題、罪悪感からの解放)は、素晴しいです。

ラメッシ師曰く、「罪と罪悪感の問題は、働いているのは、神の意思ではなく、人間の意思であるという根拠に基づいてただ起こるものです。

もし”主の御心が行なわれますように”が完全に少しの躊躇も無く受け入れられ、人が、自分という個人がやっているのだと言う感覚を少しも持つことなく、何であれ自分がやるようにプログラムされていることをやるなら、罪や善行の感覚は起こることが出来ません。

私の意思などない、全ては神の意思である


それゆえ、人が人生に参加して、喜びであれ、痛みであれ、幸福であれ、不幸であれ、成功であれ、失敗であれ、その瞬間に起こっていることを何であれ神の意思として受け入れることが出来さえすれば、それが自己覚醒なのです。

そして、賢者はこのように、罪と罪悪感という重荷を心にもつことなく、人生に参加するのです。」と。

バガヴァンも同じことのことを仰っていますね。私の意思などない、全ては神の意思である、と。
ディクシャを受け、思考感情を「見る」と、この感覚をもって行動してゆくならば、速やかに苦しみからの解放、自由が訪れることでしょう。(続く)
2006.9.28

◎ディクシャ中の「光」に関する上江州義秀先生のコメント
私達のディクシャ会場にて最近出現している、沢山の「光」(ギヴァー谷口祐子さんの撮る多くの写真に出現)について上江洲先生にバレエ界の世界的重鎮久保栄治氏がお伺いしました。

その答えは
◎あの光は人々を援助する為に、愛の心のディクシャ講師達の呼びかけに応じて来て下さっている霊団の方々である。
◎あの白色で強烈な光はディクシャの目的にあるような、人々への愛と人類への援助に呼応して来て下さっている高貴なる存在である。


聖者たちからのメッセージ8
by 渡辺秀幸

「私」がない状態とは

統合された感覚器官をスローダウンさせるというセッションでの体験を語る前に、このセッションの目的である、「私」がない状態、について考察してみたいと思います。

カルキ・バガヴァンによると、この「私」がない状態は、生命或は純粋意識であり、この宇宙を作り出したものであると。そして究極的にあるものは意識だと、仰っています。そしてこうも仰っています。
「意識を見ることは出来ません。なぜならあなた自身が意識だからです。
その本質はアーナンダ(至福、歓喜)と愛です。しかも理由のない無償の愛です。」と。

存在のはじめに在りしもの

ところで、バガヴァンは、究極的にあるものは意識だと、仰っていますが、この意識、純粋意識に先立ちものがある、というのが聖者たちの一致した見解です。

意識に先立つもの、つまり存在の始めに何があったか?ということですが、それは絶対存在とか絶対状態と言われています。
この究極の状態を絶対「無」と表現する人もいますが、果たして無が、有になりえるか、という疑問が残ります。

インドの聖典ヴェーダによると存在の始めに「水」があったとされています。その水にゆらぎが生じ、熱をはらみ、その熱に気づきが起こった。「タッド・エーカム(私はある)」と。(それにしても不思議です。原初に水があったと、しかもその水を作ったものはいない!この点に関して後述))

「水」、或は「熱」それはなんらかの質量を表しています。
最初に何らかの存在があった、そして、その存在に突然ゆらぎが生じ、存在に気づいた。
英語で表現すると最初にBeがあった、そのBeが、Beに気づいた。この時、意識が生じるわけですが、この意識は、Beingと表現できます。
さて、このi n gに注目です。純粋意識は完全な静寂といわれていますが、実は静寂の中に動きをはらんでいることが分ると思います。

至福の正体


BeがBeに気づいている動きです。もちろん、この動きは、微かな揺らぎと呼べるものです。現象世界はまだ現れていません。見る者と見られるもの、見るプロセスは、一体です。実は、この微かな動きこそが意識の中に至福を作り出しているのです。バガヴァンは言います。意識の本質はアーナンダ(至福、歓喜)と愛です、と。
この続きはまた。
2006.9.21

写真上谷登茂枝先生と。上谷先生は、政財芸能界、にも多くの顧客持ち、石原裕次郎も先生のお世話になり、延命したとのことです。毎月20日から26日まで東京・高円寺03−3316−0532、1日〜7日まで下関0832−32−2582、10日〜17日まで福岡092−761−0029、にて四柱推命による鑑定を行なっています。初回4000円という超良心的な価格で鑑定を行なっています。信じられないほど多くの方が、病気、問題から解放されています。
バガヴァンからも貴方は美しい、と言われたそうです。
(内面のことだと思いますが笑)


聖者たちからのメッセージ7
 
BY 渡辺秀幸

久々の更新です。
昨年4月末にインド、カルキ・バガヴァンのコースからから帰って来て1年半が経ちました。前回までの話は、昨年の出来事です。
この間、インドでマスターしてきたディクシャを実際に多くの方に行なってきました。

1回のディクシャが、瞑想数百回分の脳の変化をもたらす!!


ディクシャは私がインドに行く前に想像していたものより、はるかに素晴しいものでした。それは、多くの方の体験談を読んで頂ければ、一目瞭然かと思います。
これまでの皆さんの体験から、1回のディクシャが、瞑想数百回分の脳の変化をもたらしているのではないかと思っています。

インド滞在中、ダルシャンの時にバガヴァンが、瞑想だけしている人々を低次の人々、ディクシャを受ける人々を高次の人々みたいな言い方をしていたので、その時は、えっ、瞑想だけしている人たちが、低次元だって、バガヴァンは何を言ってるのだろう、とその時は、訝しく思っていたのですが、今は、全くThat' s right!という感じです。

妻、ディクシャでこだわりが無くなり、夫婦円満に

例えば、私の妻は、10数年間、TM瞑想をしていまして、上級者向けのシディ・プログラムというものを長年亘り行なっており、空中浮揚なども出来るまでになっていたのですが(といっても1〜2秒で落ちます笑)、それでもたまに口論などになると、私はすぐに忘れるのですが、妻は半日から1日は引きずっていました。ところが、ディクシャを受けるようになってから、長くて2〜3時間、最近では、10分位で忘れてくれるのです!!本当に楽になりました!私が(笑)

インド占星術の吉日でディクシャ会をスタート108名来る

さて日本に帰ってきてから、最初のディクシャ会を開催する日時は、インド占星術の吉日(ムフルタ)で決めました。そのせいか、私の開くディクシャ会は、とても好調で、都内で最初に開いたディクシャ会は、なんと受講者とディクシャ・ギヴァーあわせて、インドでは最大吉数と言われる108名の参加者に来て頂きました。
その後も波はありますが、多くの方に来て頂き、その中から多くのディクシャ・ギヴァーも生まれました。

インドに行けば、悟りを開いて、全てOKか?

ただ、、ディクシャギヴァーになれば、悟りを開いて、全てOK、と言う感じで、インドに行って実際帰ってきたら、以前より苦しみが増していた、という方が、結構いると最近聞きました。
もちろん、大変ハッピーになって帰ってきている人たちの方が断然多いと思います。少なくとも私の周りの多くのディクシャ・ギヴァーはそうでした。

インドのコースには誰でも簡単に参加できるが・・・
前記の人たちは、たいていディクシャもあまり受けず、瞑想などの精神修養法をそれまでほとんどしたことがなく、ストレスを溜め込んでいる状態でいきなりインドに行った人たちだと思います。(現在、日本に数名いる認定講師と呼ばれるディクシャ・ギヴァーの1〜2日のコースに参加し、そのコースでよっぽどバッドな体験でもしない限り、ほぼどなたでもインドに行けるようです。)
インドで連続して集中的にディクシャを受けたことで、凄い浄化が起こっているのです。
潜在意識に蓄積されたトラウマやストレスなどの過去の残存印象(サムスカーラ)が、顕在意識に浮上してきた時に、サムスカーラに伴う否定的なというより不快な思考・感情をうまく処理できないために、その感情に翻弄され苦しんでいるのです。

苦しみから逃げ回る人類

しかし、このようなことは多くの人々に、人類に起こっていることです。
多くの人間は、このような不快な思考・感情に巻きこまれ、それから逃げようとして、酒やドラッグに溺れたり、誰かと会話したり、インターネットやメール、テレビ、ゲーム、セックスなど色々なことをして紛らわそうとしています。(その結果、この文明社会ができた、ともいえますが)

苦しみから永遠に自由になる方法

それらの思考・感情は、確かに不快なのですが、顕在意識に上ってきたということは、それまで隠されてきた、あるいは蓋をされてきた心の中のごみが、解放されて出てきているということなのです。

そのごみ、その不快なエネルギーを直視しようとせず、逃げ回れば、再び潜在意識に還流して、封じ込められ、また同じような状況になれば、頭をもたげてきて、我々を苦しめることになります。

「見る」ことが、解放、悟り!?

この不快なエネルギー、感情、感覚から人間が自由になるための最も効果的な解決策、と呼べるものは、この感情、感覚から逃げず、むしろ積極的に味わうことなのです。

あるいは、その感情に注意を向け、全身全霊でその感情を見るのです。この方法は古来より多くの聖者たちが、語ってきた方法です。例えばTM瞑想でも、クンダリーニ・ヨーガでも禅でも、タントラ、タオ等、どのような行法を行なっていても、悟りを早める方法として知られているものです。

恐怖が愛に、怒りが勇気に、性欲が至福に変容する本当の錬金術

不安や恐怖感というものは、胸のあたりから発する肉体的バイブレーションでもあります。怒りは、はらわたが煮えくり返る、というように胃の辺りから発する肉体的バイブレーションであり、性欲であれば、性器周辺でバイブレーションが起こっているはずです。もし、そのような感情、感覚が沸き起こってきたならば、その感情、バイブレーションに注意を向けます。集中し味わいます。もし、それらの感情、感覚というものを完全に体験するならば、恐怖は愛に、怒りは勇気に、性欲は至福に変容することでしょう。

セックスでさえ覚醒の体験になる!

この錬金術ということで言えば、例えば、セックスでさえ、サマーディ、超越の体験に導くことが出来るのです。実はセックスにおいてエクスタシーを体験している時には、会陰辺りにあるムラダーラチャクラでのエネルギーの爆発が起こっています。

通常下方に、或は外側に放出され、精液と共にエネルギーは、消失してしまい、心身ともにダウンすると。
ところが、そのエネルギーを浪費させず、上昇させ、覚醒のエネルギーに変換させることができるのです。

女性に関しましては、その時に、エーテル体で男性の性エネルギーを受け取っていますが、ムラダーラから頭頂のサハスラーラチャクラへの通路がきちんと開いている方だと、自身のエネルギーと男性から流入したエネルギーが混ざり合って、上方にエネルギーが上昇し、凄いエクスタシーとともに超越するはずです。
ただしこの場合は、男女ともムラダーラではなく、脳の中心か、頭頂に注意を向けます。(女性の場合、ハートのセンターでもOKです。)

性行為が、聖行為に変る瞬間

男女とも同時に爆発した場合は、当然男性にも女性エネルギーがエーテル体を通して流入してきます。
エネルギーの交換作用、相乗作用、同調作用が起き、それこそ核爆発のような凄いエネルギーが発生し、上昇し頭頂を突き抜け、それで、お互い超越するのです。

性行為が、聖行為に変る瞬間ですね。(笑)

ところが、上方への通路が出来ていない方は、しかもご本人が、オーガズムに至れない場合、男性エネルギーの流入と相俟って下方の性器周辺のチャクラだけ異様に活性化してしまい、欲求不満に陥ってしまうでしょう。
その場合は、とにかく頭頂、脳の中心に意識を向けるかたちで瞑想をし、エネルギーを上方に上げることで、或は、注意を内側に向けることで、バランスをとり、鎮めます。

インドで恐怖が愛に変った瞬間、恍惚を感じる

インドのコース中、こんな体験がありました。
前回ご紹介した統合された感覚器官のスローダウンを目的としたディクシャの体験をシェアーしてください、と皆が集まったところでダーサジー(お弟子さん)が、話された時です。

私は一応そのとき体験があったのですが、基本的にアガリ性なので、体験を話すつもりはありませんでした。ところが、誰も手を上げて応える人がいなかったので、なんとなく体験をシェアーしなくてはいかんかなぁ、という感じになって、手を上げようとしたら、例によってドキドキしだしました。ところが、そのドキドキに注意を向けたとたん、恋のときめきのようなウットリした感じになって、えらく気持ちよく話し出すではないですか!(笑)

錬金術のメカニズム

このアガるという感覚は、恐怖の一種ですね。はらはらドキドキ、恐怖は胸から来ますが、愛も胸から来ます。この恐怖と愛というのは全く正反対のものですが、同じ胸から発するバイブレーションでありエネルギーです。
その恐怖のエネルギーが解放される時に、その恐怖を味わう、或は見ることで、不純物が落とされ、純粋なエネルギーに変換されるのではないでしょうか。(インドでは、見ることで、不純物を焼き尽くすといいます。これをタパスと言います。タパスコではありません。笑)

しかし、より深いレヴェルから見るとこのようにも言えます。
元々、真我から発した純粋なエネルギーが、ネガティブな思考が介在することで、恐怖のエネルギーになるのではないでしょうか。つまり元々は恐怖のエネルギーとして内在しているのではなく、むしろ愛であるエネルギー、或は純粋なエネルギーとして発した時に、同時に思考が介在し、恐怖に変換している、とも言えます。バガヴァン曰く、思考も地球を取り巻く思考層からやってくると。

恐怖のエナジーが観照者の覚醒意識に変換する


この話題に言及しだすときりが無いのでこの辺でやめにします。

唯一つ言えることは、その感情、思考を見た時に、私達の意識の焦点は、観られる対象から見ている主体である真我の方にシフトしていっているということです。恐怖のエナジーは、純粋なエナジーに変換し、それは更に、観照者の覚醒した意識に変換されるということです。

真我とは見るもの、見られるもの、見るプロセスの完全な合一した意識


純粋意識、真我意識とは、見るもの或は観察者がそれ自身を完全に見ている状態です。よく言われる喩えですが、目が目それ自体を見ている状態といえます。

さて、せっかくですから、統合された感覚器官のスローダウンの体験談を次回お伝えします。今度は1年半後ではなく、もっと早いと思います。(笑)
2006年8月27日

聖者たちのメッセージ6カルキ・バガヴァンの悟りの21日間ディクシャコース体験報告

前回の続きです。コース中は、夜の11時から12時くらいの間に寝て、
3時半から4時の間に目が覚めました。
お弟子さんたちも早起きで、毎日一緒に瞑想をしていましたが、
瞑想自体も変わりました。

意識の拡大、周囲のものとの一体感


それまで、内側深くにどんどん入っていくと外側のことが分らなくなる、
という感じでしたが、丁度自動的に自己のマインドを「見る」
ということが起こったあたりから、
内側だけでなく外側の世界も同時にはっきりと意識できるようになりました。
外側で何が起こっているか良く分るのです。
それだけ意識が拡大したといえるわけです。


それ以来、以前より人間も含め周囲のものとの一体感を感じるようになりました。
(タットワマシーは、見るもの全てが私、
或は私の真我という意識状態ですが、
それに少し近づいたと言えるかもしれません)


白い光に包まれる
またアーナンダ・マンダラという呼吸法というか
テクニックの後のディクシャでは、
意識が頭頂にあるサハスラーラ・チャクラを突き抜けた、
と感じた瞬間、白い光に包まれる
というような体験もしました。

おそらく宇宙の中心にあると言われる
霊太陽の光であり、
絶対界と相対界の境界にある叡智のレヴェル
リタムバラー・プラジュニャー
の光だと思います。
残念ながら短い時間でした。
あれが続けば大悟してたかなー、
とちょっと惜しまれましたが、
今回、沈黙の業をしっかりやった
ご褒美にバガヴァンが一瞥を与えてくれたかな、
と今は思っています。
(アマチも言ってるように、完全なマウナは
恩寵をもたらしてくれると言います。)

それ以来、曇りの日でも目を閉じると、
あれ?今日は晴れてたっけ、
という感じで意識に明るさが増しました。
性格も明るくなったかもしれません。(笑)

強烈なエクスタシー体験


それが起きた翌朝です、瞑想が終わった後に、
シャバアサナで横になっていると、
尾てい骨の辺りからエネルギーがガンガン上がってきました。
それはエネルギーの洪水という感じで、すごいエクスタシーを体験しました。
その日、誰かの体にちょこっと触れただけなのに、
その方から、電撃が走ったと言われました。

途中ですがこの続きはまた。
すぐ書く予定です。(6月3日)

バガヴァンの意識状態は?
さて続きです。こういった体験中、
至福感と静寂(平安)が、伴なっていた事は
言うまでもありません。
エクスタシーの場合は、更にそこに肉体的な
快感が加わっているような感じです。

又、その後、統合された感覚器官をスローダウン
させるというセッションがありました。

バガヴァンによると
この世界から切り離されているという、
分離感を作り出す大元は「私」と言う感覚であり、
この「私」と言う感覚は、私たちが世界を捉えるために
働かせる感覚器官がある特定のスピードで
強調しあっているために起こる
錯覚だと言います。

どういうことかといいますと、
私たちは例えば誰かを見ている時に
相手の話を同時に聞いていると思っていますが、
実際には相手を見ている時には、
相手の話を聞いてなく、
話を聞いている時には
相手を見てないそうです。

この聞くことと見ることのチェンジが
あまりに速く生じているので、
同時に見ながら聞いているように
錯覚していると言います。

例えば映画のフィルムは1秒間に16コマ以下だと
連続した動きとして捉えられなくなります。
スライドのような感じになります。

同様に、感覚器官もある特定の
スピードで協調しあうことによって、
同時進行しているように感じるそうです。

それが、「自分」「私」という感覚を作り出す
錯覚だといいます。

バガヴァンは言います

この協調しあう感覚器官のスピードを
スローダウンさせることによって、
自分という感覚は消えます。
そこに残るのは、生命、
或は純粋意識と呼ばれるものです。
この宇宙を作り出したものです。

究極的にあるものは意識です。
それがあなたの自分自身に対する見え方です。
しかし意識を見ることは出来ません。
なぜならあなた自身が意識だからです。
その本質はアーナンダ(至福、歓喜)と愛です。
しかも理由のない無償の愛です。

私があなたに、この状態を与える
プロセスはたったの7分です。
あなたは「私」や「自分」無しで、
全てを捉えるようになります。
全く異なる捉え方になります。

例えば、私が皆さんを見る時、
私は皆さんが私の外側にいるようには感じません。
皆さん全員が私のお腹の中にいるように感じるのです。
途中ですが続きます。
(6月15日)



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カルキ・バガヴァンの
悟りの21日間ディクシャコース体験報告

4月末に日本に帰ってきました。
4月3日にインドに入り、その後21日間のディクシャコース、
最後にアーユルヴェーダのパンチャカルマを3日間受けて帰ってきました。
一言で言ってしまうと、大いにバージョンアップしました。

今回の具体的な体験談をお伝えする前に、
ここに至るまでの私自身の長いようで短い道程を
簡単に振り返りたいと思います。

確か19歳の時、大学に入ってまもなくの時です。
一本の映画を見ました。
「ブラザーサン・シスタームーン」という
聖フランチェスコのことを描いた映画です。
物語はこんな感じです。
裕福な商家の家に生まれたフランチェスコは、
十字軍兵士として戦争に行くまでは、
金持ちの放蕩息子という感じで、酒に女に
(映画には描かれていませんが一説によると男にも笑)
自由奔放に遊んでいました。

ところが戦争から命からがら帰って来たフランチェスコは、
悪夢にうなされ、その悪夢から目覚めると完全に
フランチェスコの見る外側の世界は変わっていました。
見るもの全てが美しく輝いていたのです。
後で分ったことなのですが、
その時フランチェスコは悟りを開いていたのです。

その後、地下室で奴隷のように働く使用人たちを
仕事を放棄させピクニックに連れて行ったり、
家の財産を町中の人々にばら撒いたり、
そんなこんなで、父親から責められ、
ついに親元を去ります。

そしてフランチェスコはアッシジの町外れにある廃墟になっていた教会を
ひとりレンガを積みながら再興し始めました。
やがてかつての遊び仲間数名も、フランチェスコの姿に心を打たれたのか、
ひとりずつ加わってゆき、行動を共にするようになりました。

やがて教会は再興し、貧しい人々や病人達が
大勢集まってくるようになりました。
一方アッシジの町中にある既存の教会は、
人々がフランチェスコの教会の方に集まるようになり人は減るばかり。
フランチェスコの教会は、既存の教会に妬まれたのか、火をつけられ、
一人、帰依者も殺されてしまいます。

その時のフランチェスコの気持ちを代弁すれば、
一体キリスト教、キリスト教会というのは、なんなのだ?!
キリストの教えは誰のために、何のために存在しているのか?
責任者出て来い!といった感じでしょうか。(笑)

私が間違っていて彼らが正しいというのか、
それを問質すべく、
その責任者たるキリスト教、キリスト教会の中心にいる
ローマ法王に会いにフランチェスコはローマに行きます。
フランチェスコの魂の叫びに法王も
純粋だった若い頃を思い出し、フランチェスコに跪きます。
そして映画は終わるわけです。

フランチェスコが悟りを開いた場面から終わりまで涙が止まりませんでした。
丁度道を求めていた時だっただけに、
これだ!これが私の生きる道だ!という感じで
大変感動したわけです。

その後日本中をアクセサリーを売りながら旅したり、
ヒッピーと呼ばれる人々と交わったり、
ヨーガに興味を持ち始めた頃、
マハリシマヘッシヨーギーが書いた
超越瞑想(TM)入門に出会いました。
このときもこれだ!私の探していたのは!
という感じでTMを始めました。

マハリシは言います。
「神をしっかりと認識すると万物が自分の中にあり
自分が神であることが分ります。
神意識にに包まれているこの上なく浄化された境地に至れば、
行為の及ぼす束縛一切と無知に終止符が打たれます」と。

この瞑想は凄いです。
TMのイニシエーションを受けた日に
帰りのバス停で出会ったのが、
聖者メッセージ4で紹介したとおり最初にカルキ情報を
伝えてくれたHYさんなのですが、
それまでストレスを溜めてきたせいか、
注意力散漫で、集中力がまるで
無い状態が続いていました。

HYさんと話をしていて気づきました。
電車の中でもどこでも周りが気にならなくなり、
完全に集中しきっている自分がいるのです。
鏡を見た時に自分の目が
変わっているのに驚きました。
それまでの不安げな目から
自信に満ちた目つきに変わっているのです。

そして更に驚いたのは、
翌日朝目が覚めると世界が変わっていました。
子供の時学校が終わり夏休みに入っていくときのような、
とてもさわやかで開放された感覚になっているのです。
そういえば子供の時ってこういう感じだったよなー、と。
この体験を両親に話したら、
二人とも、瞑想を始めました。

母親と私は、二人とも東南向きの玄関が原因で
(もちろん原因は、後になってマハリシ・マヘッシ・ヨーギー
のヴァーストゥで分った事なのですが)
不安感が大変強くなっていて、
特に母親は不安神経症のようになっていました。

瞑想すると不安感が減ると言って、
母親は死ぬまで瞑想をやっていました。
(若いときの輸血が原因でC型肝炎から肝硬変になり
10年前に亡くなりました。)
私の唯一の親孝行だったかもしれません。

私の方は頭の先から足先までメントールを
なめている時のようなスースーした感じが
ずーと続いていて、時々不安感に
襲われることはありましたが
しばらくすると完全に消えていました。

中学2年の時に奥多摩にある山の頂上を征服した時に
味わった深い満足感が忘れられなかったのですが、
更にしばらくするとそれ以上の凄い満足感を
日常生活でも体験するようになりました。

そういった体験をする前後だったと思いますが、
HYさんがJ・クリシュナムルティの本を読み、
私に咀嚼して「マイインドをただ見る」(詳細後述)ということの重要性を
教えてくれました。

御蔭で、TMの体験と相俟って日常生活では更に雑念が減り、
葛藤もなくなり、人生がスムースで快適なものになりました。

私は子供の頃から短気で怒りっぽかったのですが、
この「マイインドをただ見る」を実践するようになり、
怒りの感情は芽の段階で摘むことが出来るようになり、
怒りからは完全に解放されました。

ところで「見る」ことの主体は何でしょうか。
それは心の本性である純粋な意識です。
そういう意味でTMをすることによって、
純粋意識が心に定着していましたから、
「見る」ことはとても容易でした。

感情とは一つのエネルギー現象です。
快い感情エネルギーもあれば、
不快と感じるエネルギーもあります。
そのエネルギーの現象を全身全霊で見ることによって、
全てのエネルギーは上昇し、純粋意識に、
至福のエネルギーに変容します。
それは瞬時に起こります。

ですから見れば見るほど純粋意識が
心の本性に注入されていくわけですから、
ますます覚醒が深まっていくということです。

ところで思考もエネルギーですが、
思考を見るのはもっと難しいのです。
より精妙なレヴェルのエネルギー現象だからです。
「見る」ためのエネルギー、純粋意識が、
更なる覚醒が必要なのです。

そのようなわけで私としてはTMでいうところの
宇宙意識(サクシーバーヴァ)には
まだまだ程遠いと感じていました。
そこには見るための努力、
観照するための努力がまだ存在していたからです。

宇宙意識の初めの一歩として
無努力の観照が、自動的な観照が
まずそこになければならないと感じていたからです。

そして前述のごとくカルキ・バガヴァンに出会い、
今回21日間コースに参加したわけです。

そしてディクシャをお弟子さんたちから与えられ始めてから
数日後の4月14日、この日はゴールデンシティーのある
アンドラ・プラデーシュ州の新年にあたり、
アンマ(バガヴァンの奥さんでマザーデヴァインの化身と呼ばれています)の
ダルシャンのあるネーマン寺院に向かってゆくバスの中で、
それは起こりました。

自分の思考を、岸辺に立って、
川の流れをただ見るがごとく、見ているのです。
思考は来て、そして去っていく、ただそれだけなのですが、
思考には巻き込まれていません。
そこには全くの努力はありません。
見ようという努力無しに見ているのです。
サクシーバーヴァの前段階、必要条件といえるものです。
その時はまだ、どうせ一時的な体験だろう、と思っていました。

そしてアンマとのダルシャンがありました。
今までアンマには全くというほど思い入れは無かったのですが、
アナハタ・チャクラがガーンと開いた感じになって、
止め処も無く涙が溢れてきました。
ダルシャンから戻り、夕方になっても
まだ努力なしに見ていました。

スジャイ・ダーサジーというお弟子さんが、
今日はセッションはお休み、
映画を見ましょう、ということになり、
何の映画かなー、と思っていたら、
なんと「ブラザーサン・シスタームーン」だったのです!!

32年前に見た後、何度もビデオ屋に足を運んで
探しては見つからなかった映画を
まさかこのインドの地で見ることが出来ようとは。
しかも今日は自分にとってある意味、記念すべき日です。
自動的に「見る」ことが起こった日として。

インドではインド映画以外はほとんど上映されません。
ましてビデオ屋もありません。
33年前のイギリス映画ですから、
20代のお弟子さんたちが、
この映画のことを知っていたとは到底思えません。

聞けば、この「ブラザーサン・シスタームーン」、
バガヴァンの推薦映画とのこと。
ガーンというか、ウヌヌヌという感じです。(笑)

バガヴァンが推薦映画を探して、
世界中からビデオを取り寄せ、
寝転がって部屋でビデオを観てたりして。(笑)
1番弟子のアナンダ・ギリさんやサマダシンさんたちに
マッサージさせたりして。(笑)

冗談はともかく、映画を観ながら、
ここに至るまでのことに思いをはせ、
32年前にこの映画を観た時のように、
感動していました。
また自分を守り、導いてくれている存在が確実にいることに
感謝せずにいられませんでした。
この続きはまた。最後にドノバンが歌う主題歌の詞を
(ドノバンもTMをやっていましたね)

兄である太陽よ。姉である月よ。

 その声もその姿も、 めったに私には届かない、

 自分の悩みだけに心奪われて。

  兄である風よ。姉である大気よ。

 私の目を開いておくれ。 浄く美しい心の目を。

 私を包む栄光が、目に見えるように。

 神に与えられた命。 私にも神は宿る。

 その愛がいま、 この胸によみがえる。

 ブラザーサン シスタームーン

 今こそその姿に触れ、 その声を耳に。

 そして胸を打つ、 溢れる、この愛。

 神に与えられた命。 私にも神は宿る。

 その愛がいま、 この胸によみがえる。

 ブラザーサン シスタームーン

 今こそその姿に触れ、 その声を耳に。

 そして胸を打つ、 溢れる、この愛。


(5月11日)


4 21日間で悟りを開かせるディクシャとは

は本日3月30日からタイ、インドに出かけてきます。
主な目的は、バガヴァンの下で、21日間のディクシャと呼ばれる、
バガヴァンの悟りを得させるためのエネルギーを受けてくることにあります。
また同時に人々にディクシャを与える能力というか技法を
伝授してもらうことにあります。

実は昨年世界的に有名なグル
(とくに欧米で、また世界一裕福なグル
とも呼ばれている)
シュリ・シュリ・ラビ・シャンカール師が
バガヴァンの下を尋ねました。

ラビ・シャンカール師は現在49歳位の方ですが、
若いときからかなりの長い間マハリシ・マヘッシ・ヨーギーの下で
時間を過ごしたそうです。
ですからマハリシの下で20年間過ごした、
現在藤堂オフィスの藤堂正基さんのヴェーダの師匠でもある
ラーマムルティ師とも大変親しいとのことです。

マハリシの下で悟りを開いたラビ・シャンカール師は
マハリシのアドバイスに従い南インドバンガロールのそばで
アシュラム(道場)を開いたそうです。

ラビ・シャンカール師の本「ゴッド・ラブズ・ファン」(出帆新社)を読む限り、
バガヴァンの教えとそっくりです。

バガヴァンを尋ねたラビ・シャンカール師は
人々に早く悟りを与えるために、バガヴァンより
ディクシャをすることを薦められたそうです。
おそらく、ディクシャをバガヴァンより直々に伝授されたのでしょう。
ラビ・シャンカール師の下でも最近ディクシャが始まったと聞きます。

もう一つびっくりする出来事ですが、
やはり昨年、マハリシの45年来の側近の方が、
バガヴァンの下を尋ねたそうです。

その方は、マハリシの超越瞑想(TM)を最も初期に
習った方です。国際本部で財務を担当している方だそうです。

マハリシに45年前に何時悟り(ここでいう悟りは、TMでいうところの
宇宙意識サクシ・バーヴァをさします。)を開くのか尋ねたそうですが、
その時の答えは25年後。
25年たって悟りを開いてなかったので、その時も聞いたそうです。
何時悟りを開くのか、その時の答えは20年後。

そして20年経ち(つまり合計45年)悟りを開いていなかったその方は
バガヴァンのことを耳に挟み、バガヴァンの下を尋ねたそうです。

そして21日間のディクシャを受け、
その結果、ついに悟りを開いたのです!!

その後マハリシに接見したらマハリシが大変驚いていたそうです。
(おそらく悟りを開いていたので)
その方はご本人もディクシャをバガヴァンよりマスターしたそうです。

そしてマハリシにこのディクシャをやってもいいか聞いたそうですが、
現時点では、返事が無い!(マハリシも悩んでいるのでしょうか?笑)
で、バガヴァンに聞いたところ、勝手にやりなさい!(笑)
この先TMの方も意外な展開になってゆくかもしれません。

この話を誰から聞いたかといいますと、
マハリシがかつて日本に長期滞在したときに
マハリシの側に長い間いた日本人のT・Eさんという方からです。
この方、マハリシが日本にいる間、何回かマハリシから
あなたは日本を変える人物になる、と言われたそうです。

で、そのT・Eさん、今何をやっているかと言いますと
やはりバガヴァンの下でディクシャを受け、
現在実際にご自分もディクシャを行っているのです。
私もTEさんよりディクシャを受けましたが、とても強烈でした。

瞑想の合宿に長期間参加した時のような、
大変リラックスした状態になりました。
T・Eさんから聞いた話では、
T・Eさんのディクシャを受け
光の海に漂っているような体験を
した方もいたみたいです。

元々TEさんと私は、27年前くらいから知り合いなのですが、
どうしてバガヴァンのことを興味を持ったかと言いますと、
やはり二十数年前にT・Eさんと私の共通の友人HYさんから
インド料理店を経営するJさんの話として、
マハリシが、近い将来カルキが現れるだろう、と予言している
と聞いていたからです。

カルキというのはビシュヌ神の第10番目、最後の化身と言われ
(我々が知っている、クリシュナや仏陀、ラーマも
ビシュヌ神の化身と言われています。)、
人心乱れ、世の中に悪がはびこる暗黒時代、カリユガ
(鉄の時代、今現在がカリユガの時代と言われています。)
を破壊するために、白馬に乗って現れる、
という、インドでは知らない人がいないくらい
有名な言い伝えがあります。
(今、白馬の騎士が話題になっていますが、笑)
 
その時は、ふーんという感じで聞いていたのですが、
その後何か心の奥に引っ掛かっているというか、
記憶の片隅に残っていました。

そして、今から5年位前、私達がTMの団体への
宝石の卸を辞め、経済的にピンチだった時、
H・Yさんがインターネットで検索していて、
カルキを見つけたよ!と教えてくれたのです。
最初は、え、あのマハリシが予言していたカルキ?
と当然信じられなかったわけです。

そして、H・Yさんから聞いたら、
なんと日本のカルキムーヴメントの
中心になっている人は、
私の昔から良く知る人だったのです。

私が二十数年前瞑想を教えていた時、
藤堂さんと一緒に名古屋にセンターを開設しました。
その時ミーティングに参加していたすごい素直で
明るい感じの高校生がいました。

その高校生はその後東工大に進み、修士課程終え、
お父さんの事業を引き継いだあと、
バガヴァンに出会ったそうです。
紹介がが遅くなりました。
その人の名は大矢浩史さんと言います。

大矢さんが開くミーティングにも何回か参加しました。
教え自体は、マハリシがかつて統一意識(タットワマシー)
に達しいていると評したJクリシュナムルティ、オショー・ラジニーシなど
多くの聖者と言われている人々のいっていることと同様です。

教えの根幹にあるのは、瞑想やヨーガで意識の中心(存在)を作り、
その中心からとにかく心の内側のマインド、感情、呼吸、あらゆる現象を
ただ見る、ということです。
24時間の覚醒、宇宙意識サクシーバーヴァに
至る前の段階としての観照ですね。

これはとても良いのですが、大矢さんが書いた
バガヴァンに関する本(神の誘い、出帆新社)
の話があまりに凄すぎて信じられないのです。
シディー(超能力)を信じている私ですが、
そこに書かれてあった大矢さんがインドで取材した体験の数々は
これホントなのー、というあまりに奇跡的体験ばかりなのです。

とにかく疑っていてもしょうがない、インドに行ってみよう、
ということで、4年半前の冬バガヴァンの下を尋ねたのです。

その時はH・Yさんも含め20名近くで行きました。
マハリシの下で、1年近く上級のテクニックをやり、
マハリシや国際本部の人々からも大変評価されていた
大学教授の方も参加しました。(その方は、昨年バガヴァンの下を尋ね、
やはりディクシャで悟りを開いたそうです。)

とにかくお弟子さんたちの愛のある接し方には驚きました。
謙虚な感じでエゴっぽいものが無いのです。
周りに注意が行き届いているというか、
例えば、誰かが少しでも顔を曇らせたりした時は、
すかさず、どうしました、という感じで話しかけてくるのです。
で、話を聞き解決策を伝える、という感じですね。

幸運にもコースの最後の方の接見の時、
バガヴァンや一番弟子のサマダシンさん
(この方ほんとに美しいです。ラーマを女性にした感じです。)
から私の前世や妻との前世からの関係、
スワダルマ(天命)等を教えてもらいました。

他にも語りつくせない体験があったのですが、
これは本物に違いない、
伝説のカルキかどうかはともかく、
この人は間違いなく
人々を悟りに導くために現れていると。

これはバガヴァンの直弟子の人から直接聞いたのですが、
あの有名なサティヤ・サイババも悟りを開きたいなら、
カルキの下を尋ねなさい、と言ったそうで
サイババのファミリーの人たちも
来ているそうです。

話は変わりますが、バガヴァンによると、
日本人が最も早く悟りを開くそうです。
しかも、まもなく!!(後数年内だそうです、俄に信じられない話ですが)
ただ2012年までは、浄化作用として
自然災害、特に水害、の危険性があるそうで、
東南海地震による津波被害でしょうか。
ジョーティシュ的に言うと、この5月末までは、
特に土星のトランジットの影響が良くないので要注意です。

そういう意味で、早い段階で多くの日本人に悟りを与えたい、
というのがバガヴァンの思いのようです。
私はバガヴァンにはジョーティシュ・プルシャを
活性化してもらいたいと思っています。

帰ってきてからバガヴァンのメッセージなど、又お伝えしたいと思います。
(3月30日)


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  マンディーン占星術が告げる日本の未来 

2ヶ月振りの更新です。
昨年後半は色々ありました。
何といってもスマトラ島沖の地震による津波被害がショックでした。
女性聖者アマチのアシュラムのある南インド西海岸のアラッパード村も
かなり被害にあったようで、村人が140人以上亡くなられたそうです。
アマチは被害者のために24億円の献金を発表していますが、
我々も可能な限り協力したいと思っています。

かつて世界中に超越瞑想やアーユルヴェーダを広めた
聖人マハリシ・マヘッシヨーギーは、アマチを偉大なシッダ(成就者)と評しました。
バガヴァンもアマチを完全に悟りを開いた聖者と評していたと聞きます。
ところでアマチの信奉者の人たちは、新宿でホームレスの人たちに
炊き出しボランティアをしているそうです。本当にえらいです。

そのアマチが2002年の時点で、2005年は悲劇と危険の年になるだろうと
思った、と述べられています。
この大津波は、2004年の最後に起こり、2005年になった
今も惨劇の後遺症が大きく残っています。

しかしアマチは、「これで暗いことが終わればよいのだけれど、
そうではない、という気がする。私達は皆、何かひどいもの、
戦争のようなものがこれに続かない様に祈らなければなりません。」
と話されていたそうです。

マンディーン占星術というのがあります。
これは、個人ではなく国家や世界の未来を
予測する占星術です。
国家を占う場合も個人と同様に、
国家の誕生時間を元にチャートを作ります。

日本の場合、戦前は、大日本帝国憲法の発布された日、
1889年2月11日8時30分をもって誕生時間としていました


マハリシマヘッシヨーギーの方のジョーティシュでは
戦後はというとサンフランシスコ講和条約の発布された日、
つまり日本がアメリカ占領から独立した日を戦後日本の
誕生日としていました。
つまり1952年4月28日22時30分です。
この時間でチャートを作ると、(チャート近いうちに載せます)
戦後の色々な出来事がピッタリ当てはまってくるのです。

1990年始めに株式市場でバブルが弾けてから、日本は
景気低迷が続き、今日に至るわけですが、
ここ何年も年間の自殺者が3万人にも達するという
異常事態が現出しています。
世相的にもなんとなく暗い感じがこの十数年つづいていますが
ジョーティシュで見てみると、この18年間、土星のマハダーシャ(大運)が
ずうーと続いていたんですね。

日本の上昇星座は、射手座ですから、土星は、2室3室の支配星で
しかも逆行して第10室に滞在しています。
第10室は、政財界のトップや支配者層、また社会全般を
表してしています。この土星かなり否定性を
帯びています。マラカ(Killerキラー)でもあります。

この第10室の土星には様々な意味がありますが、
まず社会の支配者層に多くの困難さと問題を与えます。
第4室、12室にもアスペクトしていますので、
財政的な破滅をも表しています。
また第10室の土星は、めまいがするような高みに上げて、
落下させるという意味があります。

土星のマハダーシャに入った
1986年12月11日の2年後の1989年1月7日に
昭和天皇が死去されました。
そしてその年の12月14日に土星のアンタダーシャ(中運)から
水星のアンタダーシャに入りました。

日経平均株価は、12月末には3万8千円台
という史上最高値を記録しましたが、
明けて1990年1月はじめから株が値下がりを始め、
2月26日には、たった1日で日経平均が、
1500円も下げるという大暴落が起きました。

この株価暴落は、ソロモンブラザースという外資系というかユダヤ系証券会社の
合法ではあっても謀略的ともいえる、株や日本国債の投機的売買によって、
もたらされたと言われてれています。
多くの日本人がこの株の暴落によって多額の財産を失い、
逆に彼らは何千億円と儲けたといわれています。

水星は、第7室と第10室の支配星で第4室うお座にいます。
第4室は国土や不動産、国の財産を表しています。
うお座で水星は、衰弱します。
反対側の第10室には、逆行した土星がいて、度数からいっても
ハードな相互アスペクト、つまりお互いがとても強い影響を
与え合っています。
これは何を意味するでしょうか?
これは個人のチャートにもいえることですが、
第4室で水星が害された場合、また土星に害された場合、
詐欺や不正手段、盗みによる
財産の損失という意味があるのです。
どうですかピッタリでしょ。

水星のアンタダーシャになってから、もちろん土地バブルも弾けました。
この水星かなり問題をもたらしていることが分ります。

土星マハダーシャの前の木星マハダーシャ、水星アンタダーシャの時は
故田中角栄元首相がロッキード事件で逮捕されています。
この方めまいがするほど高みに上ったのが、木星マハダーシャ、
土星アンタダーシャでしたが、
結局土星アンタダーシャ期に金権腐敗政治と批判され退陣
水星のアンタダーシャに入って
ロックフェラーらに独自外交を睨まれて、キッシンジャーらにはめられ、
賄賂をつかまされ(自ら掴んだのでしょうが)、逮捕と。

この時政財界の大物が何人か逮捕されています。
水星のダーシャの時期は気をつけなければなりません。
ところでもう直ぐ土星のマハダーシャが終わります。
普通個人のチャートだと
土星が終わり水星のダーシャになると
憑き物が落ちたように明るく軽くなります。
やれやれやっと土星の時期が終わるか、
と普通はなるところなのですが、
ことこの日本の出生チャートの水星からは、
明るさが見えてこないのです。
ひょとしてますます悪くなっていくかもしれません。。
今回はヴァーストゥから外れましたが、この続きはまた。

最後に、エメラルド王早田英志さんの半生を描いた
映画「エメラルド・カウボーイ」が、シネセゾン渋谷で現在上映されています。
凄く面白いそうです。ニューヨーク・タイムズは
「非常にユニークなドキュメンタリードラマ、一見の価値あり」と評していました。
私も近じか見に行く予定です。

また妻の親戚の黒木和男監督の映画「父と暮らせば」が
3月5日から岩波ホールでアンコール上映されます。
昨年の多くの映画賞を総なめしましたね。
日本映画ペンクラブ賞日本映画ベスト1、毎日映画コンクール監督賞、
日刊スポーツ映画大賞監督賞他、主演の宮沢りえもたくさん賞をもらっていました。
是非見に行ってください。
(2005年2月15日)

 南インドの聖人
バガヴァンのフォトンベルトに関するコメント

フォトンベルトに関する
バガヴァンのメッセージをお伝えしましょう。

以下は、はある方のカルマに関する質問に
バガヴァンが答える形で話されたものです。

バガヴァン: 
私たちは「あなたのカルマ」とか「彼女のカルマ」
というようには話しません。
個人のカルマというものはありません。
人類のカルマがあるだけです。

例えばラマナ・マハリシが癌で亡くなりました。
ラーマクリシュナ・パラマハンサもそうです。
他の聖人たちにも問題はありました。
あなたは完全にカルマから自由になることは
できません。

なぜなら、それはあなたのカルマではありませんし、
更に言えば、そもそも「あなた」というものなどないのです。
「自己」というのは幻想に過ぎないと話したことがありますね。
それはただ消え去るものです。
ですからそこにあなたのカルマというものがどうして存在できるでしょう。

さてあなたは、しばしば様ざまな考えで悩み混乱させられます。
私たちが酸素を吸い込み二酸化炭素を吐き出すのと同じように
私たちは考えを吸い込み、考えを吐き出しています。

地球には思考層があり、過去1万1千年の間にこの地球に生まれた人々
の考えの全てが包含されています。
彼らの体験の全て、概念の全てがそこに蓄えられているのです。

これが人類のカルマと呼ばれるものです。
この人類のカルマがあなたを通って流れます。
例えばあなたが空気の汚れたマドラス市内に住んでいるとします。
自ずとその汚れた空気を吸い込みます。
あなた自身それを避けられませんし、
それから自由になることはありえません。
すなわちそれと同じように、人類のカルマがあなたに絶えず
影響を与えているのです。

しかしそれなら人は、1万年以上の歳月にわたって
蓄え続けた現在の全てのカルマから自由になれるのでしょうか。
はい、それは可能です。

さてこの思考層がどこに貯蔵されているかわかりますか?
これらの思考は地球磁場に蓄えられます。
過去1万1千年間に起こった全てがここに貯蔵されているのです。

以前シューマン共鳴(地球の心臓の鼓動)についてお話しましたが、
この周波数は普通7.8ヘルツです。
それが今11ヘルツになっています。
数学的に予測すると2012年には13ヘルツになります。
周波数がここまで上がると、地球磁場は消失してしまうか、約3日の間
かなり弱くなります。

地球の中心には回転している核があり、
それによって地球磁場が生じます。

地球自体、フォトンベルト(光子帯)を通過しています。
このフォトンベルトが地球磁場を弱めます。
それによって地球磁場は今後弱まり、おそらく地球共鳴の振動数が
13サイクルにまで高まると地球磁場は0(ゼロ)になります。
その後また回転し始めますが、逆回転するでしょう。

この現象は以前あったでしょうか?
はい、ほぼ1万1千年間隔でこの現象が繰り返されていることを
立証する化石がたくさん見つかっています。

更に言えば、インド、チベット、中国、中南米など、世界中の古い経典の
ほとんど全てにこの現象が記述されています。

例えばあなたがコンピューターのプログラムをしていたとします。
そこで停電が起こると、プログラムは全て消えてしまいます。
ですからそれを避けるためにUPS(無停電電源装置)を使います。

これと同じように地球共鳴の振動数が13ヘルツに達すると、
ある意味で停電が起こり、地場が消失します。

地場が消失するとそこに蓄えられた思考も消失します。
これによって1万1千年間の記録がなくなります。

この現象が起こると人類はカルマから自由になります。
この現象は過去に何度も起こっています。
これについて言及している経典があります。

しかし現時点では、たとえあなたが悟ったとしても、
カルマから自由になることはありません。

たとえラマナであろうと、あなたであろうと同じ空気を吸わなければなりません。
違いは単にラマナには、「自己」というのが解消されていたので、
苦しみというのは、心理的レベルでは生じないということです。

しかし、カルマを完全に解消し、二度と戻らないようにするには、
2012年までに最低でも6万人が悟る必要があります。
新しい世界が持ち上がるのは、この時だけです。

ですから皆さんは出来るだけ早くムクティー(悟り)のために自分自身の
準備を進めていかなければなりません。
それはとても大切なことです。

以上がバガヴァンからのフォトンベルとに関するメッセージですが、
この中で誤解していただきたくないのは、
自己がなくなるというバガヴァンの表現です。

これは自己がなくなり無になってしまうということでは
ありません。

自己という感覚は、自己でないものつまり他という感覚を生み出します。
この感覚は世界と自分が分離した感覚です。
これはもちろん
愛とは反対の感覚であり、自己にあっては葛藤を
そして自己の周りつまり家族や社会に対しては
対立や紛争をもたらす
根本的な原因になっていると考えられます。

バガヴァンの言う悟りとは、
このように世界と自分を分け隔てる
自己という感覚がなくなった状態であり
言葉を変えれば世界あるいは宇宙万物
と自分が一体になった状態を
表しています。

万物の中に永遠で絶対の至福である
真の自己を見出します。
この状態をサンスクリット語で
「アハン・ブラフマスミ 」
我はブラフマン(大我)なり
と表現しています。

(2004年6月9日)

悟りの時代の本格的到来


ところで今日2004年6月8日はとてもとても
重要な日です。
私が崇敬する南インドの霊性指導者
バガヴァンによると今日から本格的な
悟りの時代が始まる!と。

思えば1975年に、やはりインドの霊性指導者
マハリシ・マヘッシュ・ヨーギーが悟りの時代の夜明けを
表明してから今年で29年の歳月を迎えようとしていますが、
いよいよ本格的な悟りの時代がやってくるというわけです。

神の恩寵、というか神の恩赦と言ったほうが
適切な感じですが、多くの人々に悟りを開かせる
力が宇宙から降り注いでくるらしいのです。
そしてその恩赦の期間は2012年6月まで続くと。

その後は、2012年12月に地球は
フォトンベルに完全に突入すると言われています。
これが何を意味するか、バガヴァンのメッセージを
後でお伝えしたいと思います。

ご存知の方も多いと思いますが、
今日の14時11分頃から20時19分まで
金星が太陽面を通過します。
これは日本では130年ぶりの
現象だそうです。
金星は物質的な豊かさを表す星で
豊饒の女神ラクシュミ神と
関係しているわけですがすが
ラクシュミ神は物質的な豊かさだけでなく
精神的豊かさ、悟りに導く神として
インドでは最も愛されている神様です。

仏陀が悟りを開いたとき、
やはり金星が関係していたそうです。
弘法大師空海がやはり悟りを開いたとき
明けの明星金星が輝いていたという有名な話が
残っています。

という訳で、今日の14時から20時ごろまでは
ぜひ瞑想をして過ごしてください。
私はジュース断食と瞑想三昧に浸りたいと思います。

(2004年6月4日)


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