歴史ガイド (7)王禅寺
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■解説
王禅寺村は、江戸時代の初期頃までには、麻生郷から独立して一村になり、はじめは二代将軍秀忠の婦人であるお江与の方に嫁入りの際に与えられた領地(お化粧領)でした。お江与の方と秀忠が他界した後の1632年(寛永9年)からは徳川家の菩提寺である芝増上寺の領地(御霊屋領)となりました。 王禅寺の中央を走る尾根道の東側を表郷、ほぼ西側を真福寺谷戸といい、農業の自然条件には恵まれず、余業として柿が栽培され、禅寺丸と呼ばれ江戸にも出荷されていました。 昭和40年代から大規模な宅地開発が進み、かつての農村的な風景が近代的な都市景観へと大きく変換しました。しかし、なお現在、残された谷戸地や畑・山林などに昔の面影を残しています。 |
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■見学のポイント(ガイドパネル所在地)
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