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No.198号
( 2005.03.15.)

発言・投稿は:h-hiroba@nifty.com
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目次

● 誤射ではない!! イタリア記者銃撃事件
● なぜ道州制実現を目ざすのか
● 混合診療で医療はどうなるか(洗心洞大学講座のご案内)

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● 誤射ではない!! イタリア記者銃撃事件 
    ([TUP-Bulletin] [TUP論説]より)

                      (TUP  萩谷 良)

 イラクの抵抗勢力に拉致・拘束されたイタリア紙「イル・マニフェスト」
の記者が、解放されて車でバグダード空港へ向かう途中、米軍の銃撃を受け
負傷、同乗していたイタリア軍情報局の救出工作チームの責任者が落命した
3月4日夕刻の事件について、日本のマスコミの報道は及び腰、あるいは無
関心の姿勢のようです。
 しんぶん赤旗、報道ステーション、News23がとりあげましたが、継続性を
期待できるのは赤旗だけかもしれません。 米国は事件をあくまで「誤射」
として片づけようとしていますが、ああいう事件を誤射と呼ぶことのうちに
無視できない問題があることを、以下明らかにします。

◆英語・仏語圏の報道にもとづく事実経過
 2月4日に拉致されたジュリアーナ・ズグレーナ記者は、3月4日夕刻に
目隠しをされて、人質引き渡しの場所に車で連れて来られた。上空にヘリコ
プターの爆音が聞こえた。拉致集団メンバーが車を置いて去ったあと、目隠
しのまま待っていると、ほどなく救出責任者ニコーラ・カリーパリ氏の呼び
かける声がした。雨後でぬかるむ道路を車で空港に向かった。空港まで1キ
ロ足らずの地点で、突然サーチライトで照らされ、すぐに戦車などによる銃
弾の雨を浴びせられた (現地時間午後8時55分頃)。

 車を運転していたカリーパリ氏の部下が、自分たちはイタリア人だ、と叫
んだが、射撃は10〜20秒間続いた。ズグレーナ記者によれば300〜400発の銃
弾が発射された。
米軍は、車のエンジンを射撃したと言っている。記者の隣に坐っていたカリ
ーパリ隊長が記者の上に覆い被さって守り、こめかみに被弾して即死。記者
は彼の最後の息を聞いている。記者も左肩に被弾、鎖骨を骨折し左肺を損傷
した。運転手は、携帯電話でローマの首相官邸に連絡した。

 官邸ではベルルスコーニ首相が、情報局幹部、およびイル・マニフェスト
のガブリエレ・ポーロ社長と、解放祝いにシャンペンを飲んでいたところ
「アメリカに撃たれた」「ニコラが死んだ」という情報局員の叫び声が入っ
てきた。
 携帯電話は、米兵に押収され、まだ返却されていない。車を運転していた
情報局員は生き残り、記者とともにローマに帰って、当局の事情聴取を受け
ている。記者は帰国後、6日付の自社紙に「私の真実」と題する手記を発表、
事件のいきさつを書いている。

◆ 証言のくいちがい
 銃撃を行なった部隊(陸軍第3歩兵師団とも海兵隊とも伝えられる)の証
言によれば、現場は爆弾テロの多い、イラクで最も危険な地域なので、検問
所を設けた。高速で走ってくる車があったので、手による合図、白色光の照
明、ついで威嚇射撃で制したが、速度を落とさないので射撃したとのこと。
記者らが通ることは、少なくとも現場の部隊には知らされていなかった。

 記者と情報局員によれば、車は40〜50キロで走っていた(イタリア外相は
40キロを越えないと議会で答弁)、照明などでの事前の警告はなく、照明後
ただちに銃撃が始まった。運転手は照明を浴びて即座にブレーキをかけたが
止まらないうちだった。
 現場は、米軍により完全に制圧された「特別の道路」で、検問の必要はな
い。検問所はなく、銃撃したのはパトロール隊だった。

 当日、この時刻に、イタリア人人質を救出した車が通るということは、米
軍には知らせてあり、バグダード空港では、イタリア政府、情報局関係者、
記者のつれあいであるピエル・スコラーリ氏のほかに、CIA関係者と米軍
の大佐も記者らを迎えに来ていた。

(なお、記者と同乗していた情報機関員の人数もヨーロッパと米国では、
カリーパリ氏のほかに2人(前者)、1人(後者)という違いがあるなど、
情報のくいちがいが多数みられる。「検問所」という言葉も、検討ぬきに使
われている)    (以下省略)

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● なぜ道州制実現を目ざすのか
 (生活者通信メルマガ版・Vol.6より)

      生活者主権の会 道州制推進委員会委員長 平岡昭三

(一)私は、平成元年、会社を定年と同時に、一退職者の分際で、日本の主
だった人々50名(首相、各大臣、新聞・テレビ各社長、財界・労 組・言
論各界幹部)宛てに、日頃この国の政治 について、思っていた事30項目
の、問題提起と改善策を提言した。之に対し反応のあったのは、僅かに二人。
一人は、産経グループの総帥と云われた鹿内信隆氏、今一人は、大前研一氏
だった。共に、「全く同感だ、一緒に頑張ってこの国を良くしよう」との事
だった。

 大前氏の「企業参謀」を読みたかったが、本屋にないので本人に直接聞い
たが、手元に無く絶版との事だった。「平成維新」を読んで、目から鱗の落
ちる思いがした。諸悪の原因は全て、長年の過度の中央集権制による集金・
集票システムにあり、之を改めるには、その対極にあり、分権の理想の形で
ある道州制に大変革するしかない、との考えに惚れ込んで、之だと思った。

 自分自身、60年生きて来て、この国は「お上はご無理ご尤も。」で終始
一貫、ちっとも変わらずやって来た。「此の儘で死んで行くのか。之は何か
がおかしい。せめて生きてる間に、之が大変革され、世の中が総代わりする
のを見て死にたい」と思っていた。

 そこで平成四年、大前氏の平成維新の会旗揚げの報せを受け、私は一も二
も無く、その旗の下に馳せ参じた。一人で、友人・親戚・住民に檄を飛ばし、
百名以上の会員を得た。平成維新の会の当初の勢いは、今にも維新が始まる
ようで凄かった。

 平成クラブという政治家の集りが作られ、国会議員が超党派で百名以上集
まった。菅直人・鳩山由紀夫・羽田孜・上田清司・前原誠司・中山太郎・武
藤嘉文・竹村正義等々錚々たる顔ぶれが集まった。

 創立パーテイの席で、大前氏は私に「自分が作った83の法案を、皆で議
員立法すれば、直ちに維新は実現する」と云ったので、私は「それは甘い。
党に帰ったら、党から立法を止められ、実現出来ない。新党を作らねばダメ
ですよ」と云ったが採用されなかった。ここで新党を作っていれば、日本の
歴史が変わっていたかもしれない。
 之と相前後して、細川護熙氏が日本新党を立ち上げた。残念であった。
その後、平成維新の会は、各地に分散し、当生活者主権の会も、その一つと
なり今日に至った。大前氏が都知事選に出た時は、私は会計責任者をやった。

(二)当会では、昨年、本委員会が結成され、専ら、民主党に道州制の実現
をPRして来た。昨年は、同党衆院議員の大半及び参院議員の一部を、正副委
員長で歴訪し、道州制を基本政策にし、それで選挙を闘うよう要請した。 
その甲斐あってか、同党はマニフェスト等で道州制標榜を、基本政策とする
事を明記した。最近は、同党内部の、地方分権や道州制の作業部会に、我々
が特別に陪席する事を、許可してくれている。

 之は異例の事であり、我々はこの作業への意見書を提出している。

 本委員会が、同党の道州制実現に注力しているのは、同党幹部の多くが、
上述の如く、平成クラブのメンバーであり、道州制に理解が深く、結党いら
い、之を政策の一つとしてきた事、非力な本委員会が出来る事は限られてお
り、桶狭間を狙っている事、自民党との政策の違いを打ち出し、政権を奪取
して貰うには、中央主権制の対極たる道州制が唯一の王道であり、有権者を
動かすには、之しかないと信じられる事、などによるものである。然しなが
ら、同党は、肝心の選挙になると、誰も真剣に之を有権者に、説こうとしな
い憾みがある。それは道州制が難し過ぎて、理解し難いであろうとの思惑か
らである。

 本委員会は、次の総選挙に向け、同党幹部に道州制を最大の基本政策とし
て、有権者を真剣に説得するよう、要請を続けており、岡田代表に檄文を送
るなど、種々活動中である

(三)私は、今後の活動として、民主党への働きかけの他、次の三点に注力
中であり、之には本委員会各位のみならず、主権の会全員に参加を呼びかけ
て行きたいと考えている。

(1)道州制の与論喚起のため、政治家・新聞社・テレビ局・雑誌社等に対
し、与党の悪政や中央集権制の欠陥を指摘したり、その解決策を論じたりす
る提言をして行きたい。これ等の提言は、之までも15年間続けているが、
今後更にボルテージを上げて行きたい。そしてそれらを、生活者通信に掲載
して貰い、読者のご参考に供し、他の会員にも、類似のアクションに参加し
て頂き、中央集権打倒の大合唱の輪を拡げて行きたい。

(2)明治維新や曾つての全学連、フランスのカルチェラタン・インドネシ
ア・韓国の学生運動等々、全ての大改革は、若者の積極的参加なしには成就
は難しく、老壮者だけで騒いでも仕方が無い。 
 然しながら、今の学生は無党派が多い。そこで先ず大学に乗り込んで、諸
悪の根源の中央集権打倒を目指すべく、若者の決起を促す演説会を目論見た
い。目下、都内の若手区会議員や一新塾の有志等とタイアップし、その実現
を計画中である。

 本件にも、本会多数会員のご参加ご協力をお願いしたい。

(3)本会会員は、僅か二百数十名に過ぎない。真の政治の国民運動にして
いく為には、他の市民運動の会等とのタイアップの輪を、拡げて行く事が肝
要と考える。全国の平成維新の会とのタイアップも大事だが、手始めに、同
根の一心塾との連携を図り、本年度の本会総会にも、幹部の出席と謝辞を得
た。この様な連携の輪を、他の会員のご協力も得て拡げていきたい。

(4)以上の次第ですが、間もなく76歳の老い先短い身としては、皆様のご
支援ご協力を得て、何とか道州制の実現を見て死にたい、と云うのが私の悲
願であります。何分宜しくお願い申し上げます。
                  (平岡昭三)

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● 混合診療で医療はどうなるか(洗心洞大学講座のご案内)

  混合診療で医療はどうなるか、保険診療と保険外診療の混合について 
日頃は洗心洞大学の諸活動にご参加ご協力を賜り、心より感謝申し上げます。
 今回初めて医療問題を取り上げることに致しました。
耳慣れない『混合診療』がマスコミ等で報道されるようになったのは昨年の
ことです。『混合診療』とは、医療保険を用いる保険診療と医療保険を用い
ない自由診療との「混合」のことをさします。このため、治療法や薬剤の選
択の範囲は広がる
一方、医療費の負担が増え、お金持ちだけが助かるアメリカ型医療との批判
も出ています。

今回の勉強会にこの問題に詳しい、池川明氏(神奈川県保健医協会副理事長)
をお招きしてお話を伺います。皆様のご参加をお待ちしております。

開催概要・・・・・・・・・・・・・・・・・

日時 :平成17年3月28日(月)午後6時半〜午後8時半
場所 :県民サポートセンター2Fホール(横浜駅西口より徒歩5分・三越裏)
講師 :池川明氏(神奈川県保健医協会副理事長)
資料代:1000円(学生500円)

連絡先 洗心洞大学事務局

〒240-0004 横浜市保土ヶ谷区岩間町2−168
TEL 045−331−8144    FAX 045−331−8145
e-mail: sensin_do@yahoo.co.jp
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