流山吟醸日記

2005年
3月度
 誕生日二題
 利根川の東遷
 定年退職への思い〔T〕

利根川の東遷

 「利根川の東遷」と言う言葉は地元では知っている方も多いと思うのですが、全国的なレベルで考えれば「知らない人のほうが多い」のではないかと思います。

 1590年、豊臣秀吉が小田原征伐を行い徳川家康を江戸に移封します。家康が江戸城に入ったのはその年の8月のことでした。

 当時の利根川は太平洋ではなく江戸の街を通り江戸湾(今の東京湾)に注いでいたというのです。もちろん当時の江戸は晩年の江戸とは比較にもならないのでしょうが、利根川水系と荒川水系が入り込み大湿地帯であったようで、ちょっとした大雨にも河川が氾濫する地域だったようです。

 そこで徳川家康は旗本の伊奈忠次に治水工事の対策を命じ、江戸の街を洪水から守るために、利根川を江戸湾(東京湾)から銚子(太平洋)へと流れを替える工事「利根川東遷案」が作成されたのです。
 それは 
@利根川の上流で新川を開削し利根川本流を渡良瀬川に合流させる
Aさらに渡良瀬川の栗橋〜関宿間に赤堀川を開削し常陸川(現利根川)に流す
B加えて関宿から野田にいたる水路(現江戸川)を開削する
という大土木工事でした。

 伊奈忠次 伊奈忠治 伊奈忠克と三代にわたって約60年間にも及ぶものだったと記録にあります。こうして322Km、日本では信濃川についで二番目の大河は人工的に完成したのです。

 私の勤務する会社でもこの「利根川の東遷」について聞いてみると、ほとんどの人が知らなくて「ヘー」と言う人が多いのです。私の住む東葛地区は「利根川の影響」を大きく受けており、お勉強という意味もあって紹介させて頂きました。