日本的モノ造り

 言うまでもなく日本は工業国です。

 信頼に足る品質の物を安く、大量に生産し、世界中に売りまくって来ました。

 戦後の復興から一致団結し、係長・課長・部長と組織的にチェックの目を張り、品質の向上に努めてきた成果です。

 ある程度の「品質」が確保出来る様になると、今度は「利益」を追求する為にコスト削減に走ります。商売なので当然の行為なのですが、こうなると開発部署といえど管理職の仕事はコストの管理です。最近の不況も手伝ってコストは年々厳しくなってきます。

 でも余り厳しくなると、数字にならない「味」とか「こだわり」の部分は削らざるを得なくなります。直接の設計者に「こだわり」があったとしても、件の「組織」の壁に阻まれて表に出て来ることは出来ません。
 逆に一度「こうしたら良かった」とかいう事例が有ると、杓子定規に何にでも当てはめるのでモノによっては「そこまで必要か?」という部分も出てきます。
 結果「何を買ってもたいして変わらない製品群」が出来る訳です。

 有れば良い、動けば良いモノはこれでも良いのですが・・・事実多くのモノが以前より安く手に入る様になっています・・・趣味のモノ、使って得られる感動を目的に購入されるモノまで同じ造り方で良いのでしょうか?。

 一番解りやすいモノで言うと車ですかね?。最近「安い割に良く出来た車」が多く出回っています。先日事故の代車で乗ったカローラも特に不満は無い車でした。
 でもそれだけ。特に感動は有りませんから「コイツになら○○万円出す」という買い方は出来ません。この手のモノの適正価格と言うのは無きに等しいです。安けりゃ安い程良いのです。

 でも車ってそれだけでは有りませんよね。所有する事、走る事に感動が有ればそれなりの対価は払うものです。事実この時代でも「外車」に乗る人は結構居ますし、自分だってKTMなんぞに乗っていたりします。

 日本製品で何が不足しているのかというと「感動の演出」ですね。値段なりの品質は備えているのだけど、それ以上のものは無し。外車って日本車並の装備は無くても、メーカーなりに「削らない」部分が有るのです。この潔さと信念が感動を生むのです。
 「多少本来の目的と関係ない所で難が有るけれど、ユーザーが本当に喜ぶモノを作る」というのは元々「日本の職人気質」とされていましたが、今ではすっかり海外のモノです。

 この先産業界も2極分化して行くでしょう。それは感動を与える製品を作る所と、必要最低限の製品を作る所です。感動を与える製品は経費以上の対価を得る事が出来ますが、必要最低限の製品はいつまでもギリギリまでのコスト低減を迫られるでしょう。

 その時に日本の製造業がどちらに属しているか興味深い所です。

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