「マヌの法典」(岩波文庫)は人生を「学生期」「家住期」「林棲期」「遊行期」の四住期に分け、それぞれの住期において守るべき準則を詳細に規定している。
 
 初めの「学生期」は師についてベーダを学ぶ時期である。
 「入門の儀式を行いたる後、師は先づ第一に学生に身体の潔斎、作法、聖火の礼拝、及び朝夕の薄明時の勤行の諸規則を教うべし」(第2章69節。以下、2-69と略記)
 「而して、学習を始めんとする者に対しては、師は常に倦むことなく、「卿よ。数習せよ」と言うべし」(2-73)
 「黎明には、太陽の現はるるまでサーヴィトリー賛歌を唱へて立つべく、薄暮には、星座の明かに見ゆるまで坐してそを誦唱すべし」(2-101)
 法典の諸節を読むとき、はるか2000年の昔にインドの大地で、昇る太陽や星座と対しつつ、ヴェーダの学習に励むバラモンの学生達の日々が彷彿としてくる。

 学生期を終えた者は結婚して子をもうけ、仕事に励んで家に住む家住期に入る。
 「人生の四分の一の間を、師のもとに過ごしたる後、バラモンは結婚して、その生涯の第二の四分の一を家に住すべし」(4-1)
 「生計のみを支ふるために、非難する所なき、己の職業に従事して、肉体を不当に苦しむることなく、財を積むべし」(4-3)
 「決して生計のため、世俗の生活法に従うべからず。実直にして、偽らざる清きバラモンの生活をなすべし」(4-11)
 「幸福を欲する者は、無上の満足に止住し、心を抑制すべし。なんとなれば、幸福の根底は満足にあり、不幸の根底はその反対の心境にあればなり」(4-12)
 「すべて生物は独り生まれ、独り死す。独りそは善業の果を楽しみ、独り悪業の罰に苦しむ」(4-240)
 四住期の優劣関係について、「マヌの法典」は以下のように述べる。
 「而してヴェーダ及び聖伝の規定によりて家住者は、彼等全ての中にて景勝なりと言われる。なんとなれば、彼は他の三者を扶養すればなり」(6−89)
 然り、然りとして、特に付け加えることはあるまい。

 さて、子を育て終え、孫の顔を見る年齢に達したとき、「マヌの法典」は人に対して、家を出て森林に移り住む「林棲期」に移行せよと託宣する。
 「家住者、顔に皺より、毛髪灰色となり、その子に子息を見るに至らば、その時、彼は森林に赴くべし」(6−2)
 「耕作による全ての食物、及び彼のすべての財産を捨て、その妻を子に託し、或いはこれを伴いて森林に赴くべし」(6−3)
 「彼は獣皮、及び樹皮を纏い、朝夕に沐浴すべし。又、常に辮髪し、体毛、髭、及び爪を切ることなく蓄ふべし」(6−6)
 かくして、彼は人為のもの、文明的なるものを次第に捨て去り、森の中に徐々に溶け込んでゆくのである。
 「規定に基づき三火にて火祭を行ひ、適時に、新月、満月祭を行ふを怠るなかれ」(6−7)
 「乾地、或いは水中に生じたる野菜・花・根・果実、浄き樹木に生じたるもの、及び森林に生ずる果実より抽出したる油を食すべし」(6−13)
 こうした林棲期の生活は、どこかアイヌ民族の生活を想起させる。そういえば、アイヌも「森の民」であった。
 「或いは決然として、東北の方向へ直進し、水と空気にて生活しつつ、身体の倒るるまで歩むべし」(6−31)
 この一節は、晩年に至って道のために決然として家を出たトルストイの行動を想起させる。

 そして、法典は、森の民たる林棲期を経た者に、更に身にある物を捨て去り、無一物になりきる「遊行期」に移行することを促す。
 「されど、かくして人生の第三の部分を森林にて過ごしたる後は、世事に対するあらゆる執着を捨てて、その生涯の第四の部分を遊行に過ごすべし」(6−33)
 最早、定まった住まいすら振り捨てる時期に至るのである。
 「捨つることなく、捨てらるることなき孤独者に、解脱の成就ありと了知し、常にただ独り、成就を求めて、伴侶なく遊行すべし」(6−42)
 今や、伴侶もない天涯孤独の身に戻るのである。
 「死を希ふことなく、生を希ふこと勿れ。下僕がその報酬を待つが如く、時期をのみ待つべし」(6−45)
 死と生に思い煩うことなく、天命に委ねるのである。
 「怒れる者には怒りを以って報ゆる勿れ。呪われたる時には祝福すべし。又七門に散在せる虚偽の言語を語る勿れ」(6−48)
 ここに至っては、福音書のイエスの言葉を連想させずにはおかない。東西の賢人は互いに無関係に同一の境地に達したのであろうか、それとも、両者の間には何らかの関連があったのだろうか。
 「最高我を楽しみ、坐禅し、外部の助けによらず、肉欲を全く断ち、己れのみを伴侶となし、解脱の福祉を希ひてこの世に住すべし」(6−49)

 かくしてバラモンの訓えによれば、人は四住期を経て解脱に至ることになる。この四住期の訓えによれば、現代社会は身につける物を捨て去る事ができず、いつまでも家住期に止まって、正しき死ー解脱に至れないでいる社会だということになるのかもしれない。

【参考文献】「マヌの法典」田辺繁子訳 岩波文庫 昭和50年2月20日第11刷

2002年1月21日記

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四住期