私には心のふるさとのようなものがいくつかあります。
学生時代、7年間過ごした青春のふるさと、埼玉・川越。
同時代、駒子の越後湯沢は、私の雪国のふるさとです。
そして氷ノ山は山のふるさとです。

姫路は、生まれ育った地であり今の生活の場でもあります。
1977年、寛子さんと結婚してから、4回も姫路市内を引越しています。
1997年に仁寿山山麓の快適な加藤マンションにやってきました。
この山麓に来るまでは、広峰山・市川の河川敷、そして姫路城が、バイクやランのコースでしたが、今は、すっかり遠のいてしまいました。しかし変わりに素晴らしいトレーニングコースが生まれました。
それらをまず
ふるさとマップ(画像)から紹介しましょう。  

仁 寿 山
加藤マンションから、いなか道を北へ500mも行くと、この山の登山口になり、隣に位置する麻生山の登山口もそばに有ります。
仁寿山は1800年頃、姫路藩家老河合寸翁が建てた仁寿山校があり、頼山陽も講義に訪れているそうです。
登山口から幅の狭い舗装道路が、標高175mの電波塔が多く建っている山頂に続いています。
道路の勾配は急過ぎてロードレーサーでは、死にそうになってしまい、以来この地は、ランと決めています。
山頂からの景色は、市川の穏やかな流れ・広峰山などの連峰・街中のお城の姿も眺められます。
又南方には、ガス波止に続く播磨の穏やかな海が広がっています。
山中には、季節ごとの植物も豊富で、特に春の息吹は強く感じ入ります。
山のふもとの大きないなかの家には、立派な樹木や草花が多く、道行く人を楽しませてくれます。この辺りは、造園屋さんの系統が多いようです。

  仁寿山二景(画像)  菜の花畑(画像)   6月の草花(画像)   

   

麻 生 山(小富士山)
仁寿山の東隣に位置し、標高は、仁寿山より2m低い173m。山頂からの景色は仁寿山以上に良い。
山頂には、古びた寺があり、元日、夜明けと共に護摩たきの行事が行われています。
この麻生山から仁寿山を経て、南西へ1.5キロほど離れた御旅山にかけて、良く走ったものです。
これを「姫路臨海アルプス」と名づけています。

   山頂からの景色(画像)   ふもとの草花(画像)   護摩たき(画像) 

木庭山(小赤壁)
加藤マンションから南東5キロの海沿いに、標高100m程度の木庭山が有ります。海側に切れ落ちる100mの絶壁は、小赤壁と呼ばれています。
この名の由来は、仁寿山校を頼山陽が訪れた時、月夜に小舟を浮かべ、この絶景を楽しんで、中国揚子江の赤壁に因んで名づけたそうです。
その頃の瀬戸内海は、今の日本海以上に澄み切っており、海岸は自然のままで砂浜が広がり、この地の絶壁が美しかったことでしょう。夜は、月と星も今以上に輝いていたことと思います。 
わずか200年前のことなんですが・・・。
さてこの地は、私のバイクコースになっています。急な坂を踏み込み、登りきって開ける播磨の穏やかな海の眺めは、今の世なりに素晴らしいものです。
この山頂では、休日によく模型の飛行機をリモコンで飛ばしています。やってるのは、おじさんが多いのですが、風をよみ、鳥になってるんだろうと思いました。夢が有っていいことです。
バイクでこれより東へ2キロほど踏みこむと、海端に八家地蔵の大きな地蔵さんが祭られています。
そして東隣に福泊海岸があります。ここは、人工の砂浜で若者がキャンプやビーチバレーなどめいめいが自分の時間を過ごしています。私も時間に余裕の有る時は、ここでバイクから下り、芝の上で寝っ転がります。
          
          
山頂から(画像)

高御位山(画像)
ふもとに鹿島神社を控え多くのハイカーに人気の有る山です。
加藤マンションに来てから、この山にもよく行くようになりました。私のコースは、国道2号線のすぐそばからこの連峰に入り、山頂を経て神社へ下りてくるコースで、なかなか良いクロカンコースです。

 トップページへ