八ヶ岳を歩く(赤岳〜権現岳)
ファミリーパーティーメンバー 筆者 男(56才)
妻(56才)
次女(28才)
行程
(7/22) 美濃戸口〜行者小屋〜赤岳〜赤岳天望荘泊
(7/23) 赤岳天望荘〜赤岳〜キレット〜権現岳〜三つ頭〜天女山〜JR甲斐大泉駅
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| 朝の赤岳天望荘から横岳を望む | キレット付近から赤岳を振り返る |
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| 権現岳から赤岳,阿弥陀岳を展望 | 三つ頭より。左から権現,阿弥陀,赤岳 |
| 1日目(2000/7/22) JRで茅野駅に朝6:27に到着。登山客がドット降りる。バスは、8時過ぎまで無いので、改札口からタクシー乗り場へと急ぐ。運よくまだ客待ちタクシーが並んでいる。しかし登山姿の私達を見た途端、前の2台がスッと空のまま出て行ってしまった。何だか嫌われたみたいで気分はよくない。幸い3台目のタクシーは、運転手が降りてきてトランクを開け私達のザックを要領よく詰め込んでくれた。 早速、登山口の美濃戸口へと出発する。 車は高原野菜畑を真一文字に切り裂くように続いている。前方にはやや霞んではいるが、青空をバックに赤岳を主峰とする八ヶ岳連峰がシルエットを見せている。今日は絶好の登山日和だ。ズット幅広い舗装道路をたどって美濃戸口へ到着。タクシー代は4960円也。 もう登山客でニギヤカだ。小奇麗な50円チップトイレに寄り、登山届けを投函して、まずは意識的にユックリと歩を進める。美濃戸山荘までは林道を上る。後ろから車がドンドン追い越して行く。虻(アブ)がウルサイ。約一時間で美濃戸山荘に到着。ここで気がついたのだが、下の登山口では1日500円の駐車料がここまで上がると1000円になっていた。それでも各駐車場は超満車だ。そういえば、ここまで来る途中の空地にはずいぶんと無料駐車の車もあったっけ。 美濃戸山荘の人がヤカンと湯飲みを持ち歩き温かいお茶を無料サービスしていた。何処に泊まるかと聞かれ天望荘と答えると早速連絡しておくと言われ名前を聞かれた。そういえば、この小屋と予約の電話番号が同じだったっけ。 ここを出発してすぐに、赤岳鉱泉への道を分けて、柳川南沢に沿って進む。沢水は水量も多く音をたてて流れている。周りはコメツガなどの高木に蓋われウッソウとした中、緩い傾斜の石ゴロ道を相変わらずユックリと登って行く。沢を木橋で何回か渡り返しながらおおむね沢沿いを登っていく。1時間も登ると沢が少しだけ開けたところに出た。2、3パーティーが休憩を取っていた。ここまでくると沢の水量も減りチョロチョロといった趣で、手を浸すと気持ちよい。私達もここでザックを降ろし一息入れる。粉末を溶かして作ったポカリスエットと菓子パンを口に入れる。10分程休みを入れて腰を上げる。 そこから30分程登ると傾斜はグッと緩み沢床状のほぼ平坦な赤土道をたどる。更に30分も進み、登山道が流れ水で濡れてきたなと思ったら行者小屋の屋根が目の前に現れた。美濃戸山荘から約2時間かかった。 もう登り下りの登山客がイッパイで座る場所を探すのに苦労した。出発の時は晴れていた空も今は全く低い雲に蓋われ、迫力あるの横岳の大同心、小同心の姿は見えない。行者小屋は何と言ってもオイシイ水が豊富で、ここまでカラッポで持ってきた1リットルのボトルにも水を入れ、合わせて2リットルの水をザックに押し込んだ。そしてコンビニで買ってきた冷やし中華を取り出して味わう。残念ながら、ここから屏風状にそそり立つ名峰群は雲に隠され裾しか見えない。しかし一瞬、大同心が雲の中から姿を現した。すぐ、買ったばかりのIXYデジタルカメラを取り出しスイッチONしたが、撮影可能状態まで数秒かかってしまい、その間にその姿はドンドン雲に狭められていってしまった。デジタルカメラは、こういう場面では誠に使い勝手が悪い事がわかった。電源をONしっぱなしでは電池がすぐに無くなるし。 行者小屋で約30分休んだ後、文三郎道を経由して赤岳頂上に出発する。この道は初めてだ。国土地理院の25000分の1の地図で覚悟はしていたが急な上りが続く。金網で作られた急な階段が連続する。またたく間に息が上がる。金網階段以外も急なザレ道で鎖はついているものの慎重に歩を進める。ただ転んでも転落するような危険はない。前を行く平均年齢60才は超えておられるとおぼしき男性5人のパーティーに道を譲られた。余り先に行く自信は無かったがご好意を受けた。小屋から30分ほど登り、稜線までのほぼ中間点と思われる所で傾斜が緩やかなになった。既に一息入れているパーティーもある。疲れたような顔付きの中高年が多い。ここで私達も休憩を取る。5分ほど休み、さらに上へと向かう。ここからは補助鎖のついた急坂が続く。しかし鎖を使わなくても十分登れる道である。ただ下ってくる人達を見るとアリガタイ鎖のように見える。 行者小屋から1時間も登った頃、やっと中岳と赤岳を結ぶ稜線にたどり着いた。花は文三郎道の途中から急に増え、ミヤマダイコンソウの可愛い黄花、ハクサンシャクナゲ、高嶺シオガマなどが目立つ。 稜線上の分岐は風が強く、身体の冷え切らないうちに頂上を目指す。ザレた急斜面をジグザグを切って登っていくとやがて10分程で岩稜の取り付き部に着く。ここでステッキをザックに取り付け両手をフリーにして岩をつかみながら身体を引き上げていく。シッカリした足場、手がかりが豊富で危険な感じはそれほどしない。花はますます豊富になり、チシマキキョウか岩キキョウ、チングルマに似た薄黄色のチョウノスケソウ、タカネツメクサなどが次々に現れる。普段は冴えないイワベンケイがここでは新鮮に見えた。 少しおおげさな言い方かもしれないが、岩場をよじ登って行くと、上から30人以上の中高年の団体が降りてきた。急斜面に、テラス状にチョット横に張り出した場所を見つけ、そこで手で身体を支えながら待つことにした。いつも思う事ですが、団体は10人程度の小パーティーに分割してほしいと思う。特に緊張する場所で長時間待たされるのはつらい。ようやく列も通り過ぎて、岩場のアチコチで待たされていた人達が一斉に動き出す。ほどなく短いハシゴが現れそこから数分で頂上に着いた。行者小屋から約2時間がたっていた。 厚い霧が強風に乗り山を這い上がってくる。何も見えない。霧が薄くなるのを狙って赤岳のしるしの前で記念写真を撮る。山シャツだけでは寒く、妻と娘は早速、記念の品物をあさりに頂上小屋に飛び込んで行ってしまった。私は、小屋の前に組まれたテラスに腰をかけ、霧が切れて何か見えないかと空しい期待を持って震えていた。 結局、ささやかにバンダナを2本だけ買って2人が戻ってきた。早速、ザックをかつぎ、下の天望荘に向かって下り始めた。道は上部は岩稜帯だが足だけで降りられる。ステッキが身体を支えるのに役に立つ。急な斜面になると鉄柱に取り付けられたクサリがシッカリとついている。それに掴まりながら降りて行く。傾斜がゆるむと岩礫帯のジグザグ下りに変わった。と同時に、急に雲が切れて清里側の下界が見えた。平地には光が差し込んでいて屋根がキラッと光っている。雲は西の諏訪側から山をかけ登り、清里側へ降りる途中で消えているようにも見える。もう天望荘は目と花の先だ。今は午後2時、頂上から25分位かかった。4日前に予約を取っておいた。この小屋は個室が40室位あり数人パーティーにはありがたい 1人当たり7500円に個室代4000円をプラスして3人で泊まった。2畳ほどの部屋に1畳ほどの中段が付いた2段式だ。中段に娘、妻と私が下に寝るとイッパイになった。布団は4組あったが4人で寝るには少々窮屈だろう。白馬岳で体験した天井裏の暑いところで1畳に3人で寝かされたことと比べれば、ここは天国である。トイレは洋式で、最近、和式が苦手な私にはうれしい。食事は、夕飯も朝飯もバイキング形式だった。オカズは10種類以上あったと思う。いろいろな山菜、ウインナーソーセージ、スクランブル卵、タラノメの天ぷら、コンニャク、シイタケなどの煮物などなど、なかなか豊富である。これにゴハン、そしておいしかったのが豚汁で、いずれも"お代わり"には快く応えてくれた。 充分いただいた後、部屋に戻り明日の天気予報を聞こうと携帯ラジオのスイッチを入れる。オールスター野球放送がちょうど始まった。天気予報のある6時50分までラジオを消して、暫く今日の道を回想する。時間になり天気予報を聞く。明日は、晴れで降水確率、午前10%、午後20%だそうだ。しかし山の天気予報では八ヶ岳は曇りか霧、一時雨という予報だ。つまり下界は晴れていても山には雲がかかる今日のような天気か? 外の風音はますます強くなり不安が胸をおおう。もし風が強かったら明日は権現岳には行かず、以前に3回ほど降りたことのある比較的安全な地蔵尾根を下ろう、などと考えているうちに眠りについていた。赤岳〜権現岳間は30年以上も昔に一人で歩いた事はあったが、どのような道だっかは全く覚えていない。 2日目(7/23) 朝3時まで比較的よく眠れた。窓の外では間欠的に風がウナリを上げている。アア、この風では初めて同然の権現への縦走は怖いな。などと考えながらウツラウツラとしているうちに明るくなってきた。朝食は5時からだ。外に出ると既に10人以上が強風の中、食堂棟の前に並んでいた。今は、4時40分頃、ちょうど日の出が始まる時間だ。数十人が清里側に並び下界を見ている。昨日と同じように赤岳頂上や阿弥陀岳や横岳は雲で見えないが下は見える。それに今朝は昨日見えなかった行者小屋もよく見えた。金峰山などの奥武蔵連山にたなびく雲の隙間から光がさした。ご来光だ。あわててカメラを向けた。後でモニター画面を見てみると日の出の雰囲気には全然なっていなかった。今まで低かった雲が徐々に薄くなってきた。横岳の見える場所に出ると山にかかる雲が赤く染まるとともに横岳がだんだんと下から赤黒いゴツゴツした岩肌を現してきた。なかなか幻想的な光景だ。あわててシャッターを押した。 食堂棟前の行列が消えた頃、食堂に行った。入り口に入るとまだ満員だった。朝飯も夕飯と同じように山上としてはかなり豪華なバイキングだ。 食事後、お湯を500mlテルモスに無料で分けてもらい部屋に戻る。仕度を整え、とりあえず頂上にもう一度行こう。そこから先の行程は天気次第だと、3人で確認しながら出発する。小屋の主人が見送ってくれている。この主人は花に詳しく以前2回泊まったときには、夜、客を集めスライドで八ヶ岳の花の紹介をしてくれ、私にはなんとなく懐かしい顔だ。その主人に「この風でキレットへ下るのは大丈夫か」と尋ねると、「これはそよ風だ」と全然、強風などとは思っていない。「慎重に行けば心配ない」と言ってくれた。その言葉で妙な安心感が生まれ、行く気になってしまっている自分に気づいた。 ステッキはザックに結びつけたまま赤岳頂上を目指してユックリと登り出す。皆、ほぼ一斉に行動を開始するのですぐに行列になった。おまけに上からもドンドン降りてきて、行列は直ぐにストップした。その後もアチコチで止まりながらおよそ40分強かかって頂上に着いた。6:20だ。 着いた時には頂上を蓋っていた厚い霧がみるみる薄くなり周りが急に開けてきた。遠くの山が姿を現した。南アルプス、富士山、奥武蔵の連山だ。急に天井がパッと開け青空に変わった。ラッキー!。興奮で胸が踊った。 もう迷いも全く消え、当然キレットへ行く。頂上で15分ほど回りの景色を堪能した後、もう少しここにいたい気持ちを振り切り、先を急ぐ。短いハシゴを3つほどこなすと、阿弥陀岳方面との分岐標識の立つ岩場に出た。ほとんどの人が阿弥陀岳方面へと降りて行く。 クサリの付いた岩場をトラバースして行くのは私達しかいない。忘れていた不安が頭をよぎる。トラバースに沿って鎖はついているが、遊びが大きすぎ、かえって体が振られ危険だ。手掛り、足掛りが豊富にあるので、慎重に岩を掴み、足場を確認しながらソロリソロリと岩を巻いて行く。およそ50mも巻いたところでやや広い岩場に出る。そこで後ろの2人を待っているうちに不安は少しづつ消えて、代わりに度胸が湧いてきた。 実は私は、4年ほど前から緑内障で通院している。最近は症状も進み、右目は視力0.1、左目は0.7から1.0で極端な視力差で遠近感に自信が無い。特に日向/日陰のコントラストが強いところはひどい。おまけに視野も意識して見ようとしないと周り全てが見えない。こんな事もありバランスには人一倍自信がもてなくなってきている。危険な山歩きもこれを最後にしようかなどと考えると悲しくなる。つとめて体力だけはつけてカバーしようと、日頃からスクワット、腹筋運動などのエクササイズは心がけている。 トラバースを抜けたあとは、比較的快適な稜線歩きになる。この辺は竜頭峰あたりか。これから行く権現の峰々が行く手に横たわっている。目を転ずると阿弥陀岳が朝日に輝いているのに気がついたた。早速、シャッターを押す。 やがて清里へ下る真教寺尾根道との分岐の標識に出た。この道は鎖が続く難路だとガイドブックにあった。おそらく私はこの道には今後とも踏み込まないであろう。などと考えながら下っていくうちに道は段々と険しさを増してきた。鎖のついた急斜面の上まで来ると下から人の声が聞こえた。誰か登ってくるなと待っていると若い男性2人が次々に顔を現した。「ここから下、コワイ所があるか」と尋ねると、「キレットに近い下の方が、ここよりもキツイ。登りより下る方がもっとコワソウ」と答えてくれた。もう覚悟はできている。お互いに「気をつけて」と言葉を交わしてから、鎖を掴み、慎重に下った。そこからも鎖で下ったり、尾根上を歩いたり、阿弥陀岳側の斜面を下ったりしながら比較的快適に降りて行ったと思う。というのは、余り危険な思いをしていないのでよく覚えていない。 また、急な岩場に差し掛かった。今度もまた下から人の気配を感じた。待っていると若い女性と三脚をザックに載せた中年の男性が現れた。男性は「バカと何とかは高い所が好きだ」などと大きい声で独り言を言いながら上へ去って行った。さて今度はこちらの降りる番だと後ろの2人を振り返ると、2人のすぐ後ろに若い男性3人組がついていた。当然、「先にどうぞ」と言って譲った。その3人は、お礼を言って次々と鼻歌まじりに下っていった。3人が去ったあと、私達も下り始めた。まずは、急斜面の岩場を鎖に沿ってトラバース気味に巻く。その先に10段位のハシゴがある。慎重にハシゴに取り付く。さらに岩場を下るとまたハシゴがある。そこをユックリと下ると比較的安全なところに出た。ここで大天狗のズングリした岩峰が目の前にあるのに気づいた。なかなかの眺めで当然カメラを向ける。 妻が後ろから「お父さんはトラバースの時、体を山側に傾けて歩くので、後ろから見ていると滑り落ちそうでコワイ」「地球にまっすぐに立て」と今日も言われた。妻の言う通りなので、意識して鉛直に立とうと思っているのだが、いつも緊張すると自然にそうなってしまっている。 そこから眺めの良い尾根道を少し下っていくと、今度は岩屑の多い、ややルンゼ状の急な斜面が下に見下ろせる所に来た。何処から降りるのかとペンキ丸印を探した。急なところは尻をついて足を伸ばし尺取虫みたな格好で下った。丸印を見つけながら慎重に道を探した。道は岩屑の多いルンゼの真ん中を避けて側斜面に付けられていた。それにしてもこの下りは長い。ますます慎重になり遅くなった。先程、追い越して行った若い3人組が遥か下を下っている。およそこのようなところを標高差で100mも下ったろうか。小広く突起状に突き出た見晴らしのよい場所に出た。一人の中高年がそこで休んでいた。私達も立ったままザックを降ろしペットボトルを取り出し水を飲んだ。緊張で喉がカラカラだった事がわかった。上ですれ違った2人がコワイ所といったのはこのあたりのことかと理解した。しかし、私には、ここを登りに使うのはもっと嫌だなと感じた。 ここからの道はザレた斜面をジグザグに下っている。緊張もほぐれて下っていくと道の脇にコマクサが咲いているのを見つけた。あらためて回りを見ると、アッチにもコッチにも、コマクサの群落ではないか。しかも株が大きく、1株からだけでも10以上の花が咲いている。 回りには、立ち入りを制限するような看板やバラ線、杭など一切なく、ごく自然に足元の近くで貴重なコマクサに出会えたことが嬉しい。人の多い八ヶ岳にもこのような場所が残されていたのだ。是非このままで大切にして欲しい。 道は、草木帯に入っていった。そしてキレット小屋へ着いた。赤岳頂上から約2時間が過ぎていた。小屋の脇にもコマクサがイッパイだ。小屋には、小屋番の若い男性がセッセとゴミをドラムカンで焼いている以外は誰もいなかった。空にはすでに雲一つ見えず、クラクラするほど明るく暑い。 アクエリアス2本を買って木陰が蓋う先の道で休んだ。ここのアクエリアスは350mlの大きい缶で350円也。最近、250mlの細缶タイプが増えている中でここは良心的だ。 空缶を小屋まで戻しに行って、さあこれからは権現岳目指して登り道だ。いつもそうだが、まずは意識的にユックリと登り出す。後日、妻はここの登り出しが特に辛かったと言っていた。暫く登って行くと中高年の男女6人パーティーが下ってきた。何処から来たかと聞かれた。答えてから聞き返すと彼等は編笠山の青年小屋を朝立ったそうだ。 そこからわずかでツルネと呼ばれているらしい展望のよい丘上の場所に出た。赤岳、中岳、阿弥陀岳の山岳風景が印象的だ。ここでまたザックを置いて一口菓子やパンをほうばる。何か危険な場所を過ぎた解放感のようなものを感じ、心も落ち着いている。 行く手を見ると権現岳の前衛峰の旭岳が高く、しかも細くせり上がっている。まだまだ気は抜けないと心を引き締めて出発した。やがて道は急で細い尾根道を登っていく。標高差にして100m以上登っただろうか、下からも見えていた頂上付近の大きな岩を目の前にして、それを回り込み、今度は急な下りで一部三点支持で降りた。ガイドブックにあった61段のハシゴがすぐ先に見えた。既に先に3人のパーティーが取りついているのが見えた。 ここでハシゴに行く前に少し休もうという事で手前のやや広い場所で休みを入れる。5分も休んだろうか、さあ登ろうかとザックを背負ったら上の方から声が聞こえてきた。ここからはハシゴの上が見えないので、兎に角待っていると中年男性が降りてきた。聞くとあと2人降りてくるという。3人が降りた後、ハシゴに取り付いた。3点支持を守ろうと頭に描きながら登って行ったが、これにこだわると妙にぎこちない。一段づつ数えながら、あと何段と引き算をしながら登って行った。下を見ないせいか恐怖感はない。61段登り詰めると今度はクサリが付いた急な斜面が待っていた。それを辿ると広い高台に出た。そこで赤岳〜阿弥陀岳、その間に顔を覗かせた横岳の大同心、小同心の黒い突起を眺めながら2人を待った。権現の頂上はもう目と鼻の先だ。権現頂上の岩峰の左には富士山も見える。2人ともニコニコしながら登ってきた。早速、50m先の権現岳に移動した。既に10人以上の人がいた。ここまでキレットから約2時間が立っていた。今は11:10だ。 ここで長い休みを取る。ビニールシートを取り出して敷き、テルモスや、小屋で朝作ってもらった一人前のウナギ弁当や菓子、パン、カップソバなどを持ってきた物を次々に並べる。腰を下ろしコーヒーやお茶をテルモスのお湯で作ってたしなむ。甲斐駒、仙状、北岳など南アルプスはもちろん、穂高や槍の穂先もそれとわかるほどよく見えた。360度と言ってよいパノラマを背景にユックリ至福の時を過ごした。 その間、編笠山方面や三つ頭方面からドンドンと人が登ってきた。そのうちキレット方面まで足を伸ばした人は3〜4人程度だったと思う。 12時になったので、ひろげた物をザックに戻して下ることにする。本当の頂上は少し先の岩峰だ。根元まで進みそこにザックを置いて、頂上に登る。標示のそばには大きい剣が岩と岩の隙間に突き刺されていた。近くにいた男性にカメラのシャッターを頼む。 三つ頭に向かって下山を始めた。頂上の岩峰を回り込んでみると開けたところに出て、そこにも10人以上の人が腰を下ろしていた。2個所ほど短いクサリがついた急な下りもあったが、危険なところもほとんど無く三つ頭との鞍部に向かって降りる。ここはもう森林帯だ。そこから標高差30mほど登り返して三つ頭に到着。権現から約40分立っていた。 5分ほど小休止した後、腰を上げる。すぐ甲斐小泉方面への道を分けた後は、ひたすら森林帯の中を下って行く。思ったよりも風があり涼しい。この日の松本は36℃以上だった事が家に帰ってからわかった。気づかないうちに中年男性がスグ後ろにいた。当然、道を譲って先に行ってもらった。比較的急な山道を下って行くと、下から先程追い越した男性がコッチから降りた方が楽だと左側の道を指してくれた。親切な人だ。2回ほど指示された後、その男性は見えなくなっていた。 三つ頭から20分も下ったところで前三つ頭に到着。そこには先程の男性が座っていた。何処から来たか、自宅は何処だ、など一般的な話を交わした。その男性は地元の大泉村の人で、冬もここに登っているそうだ。その男性は一般道から外れて別道を下って行った。 それから私達も天女山を目指して一般道を下り始める。道は林の中を急降下して、所々、段差の大きい所や崩れかけたような道もありユックリと下って行く。標高2200m、2000mの標識石を過ぎ、1900m地点まで来ると道は急に緩くなった。ここで、また休みを入れる。次々と男性2人が目の前を通り過ぎていった。ここからは平坦に近い道をダラダラと辿る。三つ頭から2時間強も立った頃ようやく天の河原と書かれた広い台地状のところに出た。ここにはもう観光客の姿もあった。休みも取らず天女山へ更に下る。広い駐車場を過ぎ少し登り返すと天女山の看板が見えた。その脇にあったきれいなトイレを使わせてもらいハイキング道を下って行くと広い舗装道に出た。時間を見ると3:15で、後は自動車道を1時間で下っても、JR甲斐大泉17:07発の小淵沢行きには充分間に合いそうだ。 既に、私の両足の親指にはマメができ水がたまっており、三つ頭の辺りからズッと痛みが走っていた。 ここで、妻、娘と3人で握手を交わした。 ギラギラ照りつけ続けた夏光も、今は秋のようなやさしさに表情を変えていた。 (2000/7/30記) |
柳川南沢沿いに樹林帯を登る 行者小屋から一瞬横岳の大同心が見えた 文三郎尾根道に急坂を登る ![]() 岩場に咲いていた岩キキョウ 朝日に染まる横岳(天望荘より) 朝の赤岳天望荘より横岳を望む 赤岳山頂より権現岳を望む 竜頭峰付近から赤岳山頂を振り返る キレットへ下る途中より阿弥陀岳を望む ![]() キレットへ下る途中、岩場を回りこんでハシゴへ 途中の大天狗岩 ![]() キレット付近のコマクサ ![]() キレット付近から赤岳を振り返る 権現岳より赤岳、阿弥陀岳を展望 三つ頭より権現岳,赤岳 |