伽耶院は 山陽自動車道・三木東インターチェンジから北へ2km、兵庫県三木市志染町大谷 にあるお寺です。
二天堂(中門)を入って石段をあがったところに立て札があります。

本堂と多宝塔、その間に後ろへ下がって三坂明神本殿(右の写真)
大化年間(7世紀半ごろ)に、法道仙人が毘沙門天のお告げによって創建したという修験道のお寺です。中世には、花山天皇の行幸もあり、全盛時代には数十の堂宇、百三十余の坊があったといわれ、かなり栄えたようです。
しかし秀吉の三木城攻撃(1578-1580(天正6〜8)年)のとき、ここの東南にある丹生山明要寺とともに兵火にかかって一山ことごとく焼失してしまいました。
その後江戸時代に姫路城主池田輝政や明石城主小笠原忠真らに帰依され、一部が再建され(本堂は1610(慶長15)年)て現在にいたっています。
二天堂(中門)の脇に立てられている説明板を読む
普段はひっそりとしたお寺ですが、毎年、体育の日の採燈大護摩には近畿一円から修験者が山伏姿で集まってきます。
護摩とは密教で、護摩壇を設け、護摩木を焚いて息災・増益・降伏・敬愛などを本尊に祈ることです。ここで行われる採燈大護摩は、中央に生桧葉600kgを方形に積み上げて、読経とともに点火します。点火の前作法としての「山伏問答」、「弓の作法」が著名です。
神戸新聞(東播磨版 1998.10.11)によりますと、1998年の10月10日は、天台宗系の山伏約300名が参加。
住民や観光客が見守る中、「山伏問答」などの儀式に続いて護摩壇に点火。高さ2メートルに積み上げられたヒバの葉から真っ白な煙が立ち上がり、あっという間に境内を包み込みました。
幼い子が煙にあたると、健康になるといわれ、御利益を願って家族らが子供に手で煙を浴びせたり、響き渡るほら貝や読経に手を合わせました。
庫裏に通ずる石段の脇の植え込みの間に小さなもみじが芽生えています。その脇に添えられた小さな板には、「持ち帰ってどこかに植えてやっていただけませんか」とありました。『草木を取るな』という標識はよく見かけますが、「植えてやって・・」や、「草引き十本」に心の休まる思いがしました。
山伏のこと、阪神淡路大震災のことなど住職さんから直接お話しを聞いて下さい。
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「舞子の浜」は小田桐 一良が作成したものです。
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