香色山・山頂経塚群



                                  

            香川県指定史跡 香色山経塚群                                                       1号石棺墓                        

         香色山山頂の石仏の裏には「再埋経塚銘井序」                                        弥生時代の石棺墓です。この時代の一般的な
         として江戸時代に発見された経塚の記録が残って                                      石棺は板状の石材を用いるため「箱式石棺」と
         います。平成7年夏にこの場所で緊急の発掘調査が                                     呼ばれています、この石棺は柱状に割れる性質の
         実施され、上下二段構造の珍しい経塚(1号経塚)を                                     流紋岩を使用しているため、この様に珍しい形状をし
         含めて、少なくとも4基の経塚が造られていた事が                                      ています。
         わかりました。このほかに弥生時代の石棺墓群や
         壺棺墓も発見されました。



                        

            経塚・末法思想とは                       1号経塚 平安時代後期末頃(12世紀)          1号経塚下部石郭より出土
                                  

         仏教には「釈迦の死後千年間はその教えが          上下二段構造の石郭を有する経塚は国内で          銅板製経筒と瓦質容器  
         守られる時期(正法)、その後の千年間は教えが        初めての発見でした、
         残り修行すれば効果の得られる時期(像法)、
         その後は仏教が衰え天災や地変が続発する時期
         (末法)が訪れる」という末法思想があります。
         このような危機感から、仏教経典を弥勒が出現する
         世法で守り伝えるために、書き写し経典っを容器(経筒)
         に納めて土の中に埋納した遺跡が経塚で、見晴らしの
         良い小高い山の上や、神社仏閣などの敷地などに
         造られました。 




                     

           山頂の石仏                    「再埋経塚之銘井序」                             山頂周辺
                                    経塚の記録の書かれた石仏裏面