| 【Q】テロは世界を変えたか?(不破議長にインタビュー) |
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日本共産党の不破哲三議長は10月22日、党本部で『朝日新聞』のインタビューに応じ、米国で発生した同時多発テロ事件とその後の米国によるアフガニスタンへの武力行使、これらをめぐる日本共産党の対応や立場、さらには国際情勢の動き、日本の対応、宗教と文明論などまで、以下のように語りました。聞き手は、『朝日』のコラムニスト早野透氏。インタビュー要旨が10月26日付の『朝日新聞』に、全文は10月29・30日付『しんぶん赤旗』に掲載されました。 同時多発テロの歴史的な意味は? ●早野 2001年9月11日というのは、歴史のうえでもかなり記憶されるべき日になると思います。「あれで世界が変わった」ということがよくいわれますが、それは広範にある共通認識だろうと思います。しかし、いったいどこがどう変わったのか、何が変わってくるのか、そういうことについての歴史的意味について、分かったようで分からない。議長はあの事件をどうとらえているか、まず総括的な話をうかがわせてください。 ●不破 いままでテロというのは、基本的には世界でもあれこれの地域での局地的な問題だったのですが、それが文字どおり国際テロとなり、世界全体が対処しなければいけない21世紀の大問題になった、ということは明白だと思います。 先日、わが党の中央委員会総会(第3回中央委員会総会)があり、そこで私も発言して、このテロは地球文明と人類社会に対する攻撃という性格をもっていることを指摘しました。人間が地球上のどこにいようが、まったく自分に関係のないことのために命を脅かされるという事態が生まれたわけです。この国際テロを根絶することは、21世紀の最大の問題の一つだという位置づけをしています。 ただ、それに対してどう対応するのかという問題について、戦争という手段しか考えつかなかったというのは、この国際的な大問題に対する、国際社会の対応として――実際は国際社会ではなく、アメリカ中心の一部の国ぐにがやっていることですが、非常にまずい対応をしたと思います。 これは国家間の戦争ではないのです。相手は国際組織、国際的なテロ集団であって、地球上、どこでなにをやるか分からない勢力です。それを本当に追いつめるためには、全地球的に、どこの国でもこういうテロは許さないという意思統一が政府レベルでも国民的規模でもなされ、テロ勢力にはどこにも足場も逃げ場もないという状態を地球上につくりだすことが先決です。 イスラム諸国だったらテロ集団が庇護されるかといえば、決してそうではありません。イスラム諸国でも、こんなテロを結構だとする者はごく少数派です。ですから、国際社会が本当にテロ勢力を包囲し追いつめることは必ずできるし、その状態をつくりあげることに、一番の基本問題があります。 それをやらないで、使いなれた方法というか、戦争という手段に訴えてしまった、しかも、アメリカなど一部の国の決定だけでそれをやってしまった。しかも、その戦争は、報復戦争という色合いを日増しに強めています。ここに、大きな問題があります。 「何が変わったか」という最初の設問にもどりますと、世界を脅かす形で国際テロの問題が現れたこと、さらに、国際社会がこの問題にどのように対応して解決するかという問題が提起されていること、こういう点に、21世紀的な新しい問題があると思っています。 なぜアメリカがテロの標的になったか? ●早野 国際テロリズムが、飛行機を乗っ取ったりするという段階から、なぜ九月のような事件をひきおこすような深刻な状況になったのか。同時に、なぜアメリカが狙われるのか。こういう問題についての基本的な認識はいかがですか。 ●不破 大きな問題からいいますと、アメリカ中心に資本主義諸国が世界に進出しているなかで、“南北問題”といわれる大問題が深刻になっています。いまアフガニスタンの民衆の生活をテレビの映像で見ても、あまりにも極端な貧困です。侵略と内戦の二十余年といわれますが、それだけにとどまらないきびしい貧困で、しかも、同じような状況が世界の大きな地域に広がっています。この状態と富の頂点にある国ぐにとの格差が、これだけ狭くなった地球上で、非常に激しく深刻な形で現れているわけで、こういう問題が、一つの背景として大きくあります。 もう一つ、これらの国ぐにが、大国の政治悪というか、諸大国の勝手な行動からさんざんな被害をうけてきたし、いまも害悪をうけている、という問題が重大です。 “なぜアメリカが”ということについても、私は、この問題にかかわるいろいろな背景があると思います。まず決定的に大きいのは、アメリカが、中東問題で、ダブルスタンダード(二重基準)と批判される行動をとってきたことです。イスラエルとアラブ世界の関係は、戦後ずっと続いてきた問題で、経過も単純ではないのですが、ともかくイスラエルが国際的に決められた国境をこえてヨルダン川西岸とガザを侵略していることは、まぎれもない事実で、これは、だれが見ても明白な侵略です。ところが、アメリカは侵略をやめさせる真剣な対応をしないまま、イスラエル応援の立場をとっている。しかし、イラクがクウェートを侵略したら、ただちに兵を出す。この不公正さはなんだという思いが、湾岸戦争でアメリカの側につき基地を提供した国ぐにであっても、アラブの諸国民のあいだには根強くあります。 アメリカの歴代政権は、相手がイスラエルなら、なにをやってもイスラエルを擁護するが、アラブの国がなにかしたら、ただちに軍事的にたたく。イラクに対しては、湾岸戦争が終わってからでも、なにかアメリカに気に入らないことがあると、すぐ爆撃機や巡航ミサイルで爆撃する。こういう不公正なことを中東の諸国民の面前でやってきているということが、アメリカに対する見方の根底に大きく横たわっています。 それからまた、戦後の中東でのいろいろな国際紛争を見ると、アメリカがすべて介入しています。たとえば、イラン・イラク戦争(1980年〜88年)。このときアメリカは、“イラン憎し、イラン革命反対”ということでイラクを応援し、さまざまな形で軍事援助をおこなってフセイン政権を強力にしました。アフガニスタンでは、1979年、ソ連の侵略とこれに対するアフガニスタンの国民の反撃の戦争がおこったときに、アメリカはこの戦争に背後から介入しました。このときの軍事支援はビンラディンらを育てる結果となりました。しかし、ソ連が侵略に失敗して撤退したら、“あとは野となれ”式の態度をとりました。 つまり、アメリカの中東での行動は、イスラエルとアラブとのたたかいに不公正な態度で介入してきたことだけでなく、その他の紛争問題についても、自分の国家目的から利用できるものは利用するが、利用価値がなくなったらそっぽを向くという、大国の勝手横暴を、もっとも典型的にやってきたものでした。それが中東におけるアメリカの存在でした。ここに、アメリカが国際テロの標的になった背景があると思います。 しかし、ここで大事なことは、われわれはいわゆるリンケージ(連結)論にたって、そういう基本の政治問題が公正に解決されないかぎり、テロは解決できないという立場はとらない、ということです。 どんな「大義」をかかげてもテロは許されない ●早野 いろいろなことのツケがまわったから、といういい方はしないと? ●不破 ツケはツケで解決しなければいけないけれども、ここに原因があるからテロがおこっても仕方がないんだという立場は、いっさいとりません。 私たちは、だいぶ前にこういう問題を経験しました。1978年にPLO(パレスチナ解放機構)がテルアビブで、子どもや女性が乗ったバスを襲撃するテロをやったことがあるのです。多数の死傷者が出ました。このテロの理由づけは「イスラエルの侵略反対」でした。そのとき、私たちは、「赤旗」で、“だれがやるにしろ、無辜(むこ)の一般市民を犠牲にするテロは許されない”という立場を表明したのです。そうしたら、PLOの東京事務所長が、最初は非公開の手紙をあちこちに出して、「日本共産党はイスラエル側になった」という非難をばらまき、最後にはそれを活字にして公表しました。もちろん、私たちはそれに反論しました。 3年後の1981年にPLOのアラファト議長が来日したとき、私はアラファト氏と会談しました。私はその会談の席で、当の事務所長を目の前において、“この人は、日本共産党をこういって攻撃している。われわれはアラブの大義には賛成するが、テロには反対だ。それを攻撃するのはまったく許されない態度だ”ということを指摘したのです。アラファト氏はその場で、「分かった」として「事態の克服」を約束しました。その後、不当な攻撃はぴたっと止まりました。 われわれは、パレスチナ人民の独立国家建設という事業はずっと支持してきているけれども、そういう大義があるからといってもテロは許されるものではないという立場を、こういう形で、早くから公にしてきたのです。 テロ問題にかぎらず、私たちは、ある国際的な要求を支持するときでも、その運動のなかでいろいろな問題が出てきたとき、それに対して、党としての自主的な判断と立場をとるということを、堅持してきました。パレスチナの独立国家建設の運動でも、1960年代にPLOができてしばらくの間は、運動の大勢は“イスラエル抹殺”論でした。つまり、“イスラエルには中東に国家をつくる権利はない”、“イスラエルは中東から出ていけ”という立場だったのです。しかし、それではこの問題は解決できません。ですから、私たちは、1973年に、宮本顕治委員長(当時)が日本記者クラブで講演したときに、“日本共産党はイスラエル抹殺論にくみしない。イスラエルの国家的生存権を認めるべきだ”ということを表明しました。その後、党の代表団が現地にいってPLOと会談したときも、この態度について話しました。 私たちがここで示した中東問題解決の目標は、パレスチナ人の独立国家とイスラエル国家とが共存できる関係を中東につくるということでした。この立場はそのときは国際的な運動のなかで少数意見でしたが、いまでは国際政治の上でも、中東問題解決の当然の大前提になっています。 テロ問題では、いま説明したように、目標に大義があるからといってそれはテロを正当化する理由にはならないし、大義だからといって不道理は許されないということは、私たちの一貫して変わらない態度です。 ですから、こんどの国際テロ事件についても、私たちは、なぜアメリカが標的になるのかという政治的な背景の分析はもちろんやっていますが、しかし、だからといってこれらの政治問題が解決するまでテロ問題の解決をのばすという態度は認めないのです。 私は、テロがおきた直後の9月17日と報復戦争が始まった直後の10月11日、志位委員長と連名の書簡を、世界の約130カ国の政府首脳に送りました。中東問題などについてはそれぞれなりにいろいろな立場をとっている各国政府に訴える書簡ですから、そこでは、これらの政治問題をどう解決するかは抜きにして、21世紀に同じ地球上に生きる者として、国際テロの根絶に道理ある力をつくそうじゃないかという一点にしぼって、私たちの提案をおこないました。 国連の制裁行動――非軍事と軍事と ●早野 日本共産党が2回の書簡を世界各国に送ったというのは、日本の政党のなかでは唯一目立った行動だったわけですけれども、なぜ二度出たのかをよく読みくらべてみると、最初は法と理性というスタンスでの解決、いわば経済的制裁、ないしは政治制裁という段階での議論をされている。2回目の書簡になると国連憲章42条の軍事的措置まで認めるという違いがある。これはどうしてなのですか? ●不破 2つの書簡のあいだに、別に立場の違いはありません。9月17日の書簡は、ああいうテロがあって、それに対してアメリカが戦争を用意しはじめた段階です。二度目の書簡は、10月8日に戦争がはじまってその3日後の10月11日に出した書簡ですから、時期的にはその違いが反映しています。2回目の書簡では、現実におきた戦争について、戦争をはじめた結果はこうなっているじゃないかということも解明して出したのです。 私たちはもともと、国連の制裁という場合、国連憲章第41条(非軍事的な制裁の条項)とあわせて、第42条(軍事的な制裁の条項)があることをいつも視野に入れています。湾岸戦争のときにも、私たちはそのことを視野に入れて行動しました。しかし、国連としては、まず経済制裁など、非軍事の手段をとる段階が非常に重大な意味をもつのです。 たとえば、リビアのテロ派によるパンナム機爆破事件のときには、国連としては、経済制裁の手段でまず対応しましたが、それがリビアに大きな影響をあたえ、事件後約10年たった時点で容疑者を引き渡させることに成功しました。このときの容疑者はリビアの国家機関のメンバーでした。ですから、まず経済制裁など、非軍事の強制手段の段階で可能な力をつくす。それでもどうしても相手が応じないときには、憲章第42条の軍事的制裁が問題になりますが、これは性格からいえば、警察行動の領域の行動だといってよいと思います。そして、この警察行動をやるときには、イスラム社会をふくめた国際的合意が、当然の前提になります。 ●早野 警察行動というのは軍事的措置のことですか? 警察行動的性格だということですね。 ●不破 そうです。軍事的制裁ではありますが、内容からいえばこれは警察行動の性格をもつもので、しかも、イスラム世界をふくめた国際的合意のもとにおこなわれるものです。こんどのように、一部の国の判断で、これが「制裁」だとして、国家間の戦争の方法を勝手にもちこむということとは、まったく違います。 アメリカでいまやっている軍事報復と、国連の制裁とは、軍事行動という共通面をもってはいても、一方は一国の判断と利害で勝手にやる戦争であり、他方は国際社会が道理をつくして犯罪勢力を追いつめる警察行動的な性格の強制措置ですから、そのあいだには根本的な違いがあります。相手が一定の理性をもっていれば、かつてのリビアのように、アメリカからは「ならず者国家」と指定された国だけれども、非軍事の制裁の段階で、爆破事件の容疑者の引き渡しという対応をする場合もありえます。 こんどの場合は、タリバンから交渉の提案があっても、アメリカ側が全部断って、いわば最後通告をつきつける形で開始した戦争です。この戦争をやめて、国連が国際法にもとづく告発や制裁の行動をとる道にきりかえたとき、相手側がどういう態度をとるかということは、やってみなければ分かりません。しかし、すでに戦争がはじまって、事態がこういった状況に現になってきているときでしたから、10月11日の第二の書簡では、憲章第42条の軍事的制裁の条項にも触れました。先のことまで具体的に視野に入れて発言しないと、状況にあった説得力をもたないと考えたからです。 ●早野 その間、ビンラディンが、ビデオをつうじて自分の犯罪を認めるような声明を出したということも、一つの要素になっていますか。 ●不破 それはありますね。というのは、第一の書簡では、だれを告発すべきかということについては未定だという立場でしたから。 あのビデオはビンラディンの犯行声明そのものではないけれども、しかし、多発テロを「神の一撃」だとしたのは、あのテロを支持し美化する立場です。これは、テロを告発する国際社会の立場とまったく違うものです。それからまた、以前には「自分は無実だ」というビンラディンの声明なるものが流れたこともありましたが、今回のビデオでは、あれだけの長文の言明のなかで、自分とアルカイダが無実だとは一言もいわない。さらに、次の二撃、三撃のテロを歓迎するという立場もとっています。こういう点で、直接自分の犯行だとまではいっていないけれども、政治的には国際テロの側に立つものだという名乗りをあげた声明でした。 ですから、第二の書簡では、ビンラディンを容疑者と認定することを前提にして、それに対する国際社会の対応を具体的に提案しました。 ●早野 日本共産党がビンラディンを犯人と認定したというわけではないのですか? ●不破 そうではありません。自分がこのテロの側に立っていることの名乗りをあげたという認定です。あのビデオ声明は、かなりクロに近いけれども、それだけで犯人だとの断定はできません。だから、書簡でも、容疑を自分から裏づけている、と書きました。 ●早野 そうすると、アメリカが自分で勝手にやっているという問題点はあるけれども、ビンラディンが容疑者であり、タリバンに責任があるという部分では、アメリカの主張に賛成するわけですか。 ●不破 アメリカの主張に賛成するかどうかということではなく、私たちは明らかになった事実にもとづいて主張をのべている、ということです。ブッシュ大統領がこういったからとか、小泉首相がこういったからとかいうことではありません。 日本は国連協力も「非軍事」で ●早野 そこで、前から視野に入れているといわれましたが、国連の軍事的措置を認めるというのは、私たちは“へぇ”と思うわけです。その場合、国連のこの軍事的措置に自衛隊が参加することはないですか、またすべきではないかということになるのではないですか。 ●不破 私たちは前から、憲法第9条をもっている日本は、国連のとる行動でも軍事的措置には参加できないという立場を明らかにしています。湾岸戦争や「国連平和協力法」(1990年、海部内閣が提案したが廃案になった)の時も、その立場は明確にしました。 私は、憲法9条をもっている日本だからこそ、このような事態がおきたときに、国連中心の道理ある措置を提唱すべきだと、思います。 先日の中央委員会総会でもいったことですが、日本の政府が憲法を守る姿勢をもっていたら、私たちが書簡で国際社会に提案したようなことを、本来なら日本政府自身が国際的な場で主張し提案して当然なのです。 私はこんどのことでも思うのですが、自民党の政治家たちは、日本が憲法第9条をもっていることに対して、ものすごい劣等感をもっています。“国際的な舞台で、第9条があるためにやるべきことがやれない”と考える。これが彼らの劣等感です。 ところが、憲法第9条というのは、世界の政治の舞台でも運動の舞台でも、かなり注目されています。日本の政治家であるなら、劣等感ではなく、日本は憲法第9条をもっているからこそこういうことができるんだという、憲法第9条の優位性を発揮して当たり前だと、私は思います。 日本の自民党政治というのは、外交がゼロですから、憲法第9条のもとにいる自分が残念だと思ったり、そのことがみすぼらしく見えたりするのですかね。湾岸戦争のとき多国籍軍に入れなかったとか。 ところが、その日本が海外に軍事的に出てごらんなさい。このあいだ、難民への物資輸送で自衛隊機がパキスタンにいきました。その部隊に武器を持たせて派遣したわけですが、「武器は飛行機の中におけ」といわれた。それで、パキスタンの部隊が、この忙しいなかで、千人も動員されて丸腰の自衛隊を守った、との報道もありました。民間機だったら、こんなことはやる必要がないのですよ。軍用機だから攻撃される危険があるということで、そういうことにもなる。しかも、日本の自衛隊が武器をもってパキスタンのなかをウロウロされたら、パキスタンの政府としても困るのです。 アジアを侵略したあれだけの歴史をもつ日本ですから、その“軍隊”の進出については、アジアはものすごく警戒するわけです。話は少し飛びますが、いまから13年ほど前、インドを訪問してインド共産党マルクス主義との会談をしたとき、現地のマスコミにもとめられてデリーで記者会見をやりました。そうしたら、最初の質問が「日本軍のアジア進出の危険」についてだったので、ちょっと驚きました。日本で自衛隊をめぐるきな臭い話が伝わって、「日本軍がまたくるのか」という話になっている。それぐらい、アジア全域に日本の軍事進出に対する警戒心が強いのです。 その半面、日本が憲法第9条をもっていることへの安心感が強い。日本の政府はアジアと真剣に対話しないで、アメリカやNATO(北大西洋条約機構)の側とばかり対話しているから、アジアでは信頼の柱になっている憲法第9条の値打ちが見えないで、これを劣等感をもって見ることになる。同じアジアにありながら、考え方や気持ちの上では、日本の政府とアジア諸国のあいだにはこれだけの開きがあるわけで、このこと一つとっても、このままでは21世紀の日本の外交的前途はたいへんだと思わざるをえません。 憲法第9条をもった国として世界平和への貢献の道を ●早野 国連はぎりぎりの場合、軍事的措置の行動をおこすべきだという書簡の論理でいきますと、日本はその場合、憲法第9条があるから、小泉首相ではないけれども武力行使はできない。しかし、後方支援ぐらいはしなければいけないということになりませんか? ●不破 憲法のもとでは、軍事と非軍事の区別はどんな場合でもきっちりさせないとだめです。 ●早野 そうすると、日本が国連の軍事的措置もふくめてやるべしやるべしといいながら、しかし私たちは憲法第9条があって軍事的措置にはいっさい参加しませんというのは、劣等感ではないけれど、なにかこそばゆいような気がしないでもないのですが、自信はもてますか? ●不破 それは日本の姿勢だと思います。だいたい日本が国連に入るときに、憲法第9条をもった国として国連に入ることが大前提でしたから。それだけ、外交の面とほかの活動の面で、国際貢献を大いにすべきなのです。とくにこんどの問題では、国際社会が21世紀の新しい問題に対して新しい対応を探究することが問題になっているのですから、憲法第9条をもった日本は、世界平和の立場で国際貢献をする一番いいポジションにあります。 アフガニスタン問題では、すべてが解決したあとの「平和」の問題、政権のあり方の問題もありますが、そういう先の先のことではなく、現実にいま取り組むべき緊急の課題が、難民救援をはじめ無数にあります。憲法第9条をもった国だからこそ世界のなかでいちばん役割をはたせるはずなのに、そういう問題に対して、いままで日本政府はろくに仕事をしていないでしょう。民間ではいろいろな方がボランティアでずいぶんやっています。そういう活動を世界の先頭にたっておこなって、「憲法第9条をもっている日本は、そういう面ですごい活動をするんだな」と思われることをこそ、めざすべきなのです。 戦争を放棄した憲法のもとで、憲法をごまかしごまかしして自衛隊を出動させても、だいたい「武力行使をしない」建前のものが、軍事活動の役にたちますか。同じ戦線を組んでも、かえって邪魔になるだけでしょう。 ●早野 その点、政府・自民党からすれば、“だからこそちゃんとすべきだ”“もう少しきちっとした協力ができるように武器・弾薬も輸送すべきだ”という議論になってしまうわけですが? ●不破 そういう議論をする人はいるでしょうが、これは、つきつめれば、戦争にもっと本格的に参加できるように、憲法第9条を捨ててしまおうという議論にゆきつくものです。ですから、問題の根本は、日本国民がなにを選択するかということです。憲法を変えるか変えないかというのは、日本国民の選択の問題ですから。 今年の憲法記念日の前に、朝日新聞で憲法についての世論調査を発表していました(5月2日付)。憲法そのものにはいろいろ意見がありますが、第9条を守るか守らないかといったら、「守る」というのが多数派でした(第9条を「変えない方がよい」74%、「変える方がよい」17%)。あの自民党総裁選の直後で、政界では改憲論が活気づいた時期の調査だっただけに、注目しました。 私は、これは、いまみたいなコソコソした議論ではなく、真正面から議論すれば、国民は意思統一できると思っています。いままでの歴代政府がやってきた、正面からの議論を避けてごまかしで憲法を崩してゆこうというのが、政治も憲法も堕落させる道です。 ●早野 国連中心にやるべきだというのは、ある意味では小沢一郎さんがずっと主張しつづけていることと同じですね。もっとも彼の場合、武力行使もすべきだといっており、そこは明らかに違いますが、現在の状況の問題意識という点では、共通していますね。 ●不破 小沢さんは、憲法改定論者です。8年ほど前の著作(『日本改造計画』)で、憲法第9条について自分の改定案まで発表した人ですから。そういう立場での議論は、議論としてはもちろん成り立ちます。これに対して、われわれは、日本の憲法は、将来の日本の進路にとっても、また世界の平和の政治の発展にとっても、大きな意義をもっており、これを守るという立場です。21世紀にこのどちらを選ぶのかというのは、国民の選択なんですよ。 私は、21世紀には、日本の国民は、小沢さんの主張ではなく、憲法を守るという選択をする、その条件が十分にあると思っています。 国際社会が合意した行動でこそ、制裁と人道が両立できる ●早野 ついでといってはなんですが、国連の軍事的措置というのは、国連安保理の決議があって、米軍中心の多国籍軍という形もありうると思いますが、これは認められるのでしょうか? ●不破 それは、そのときの問題の性質とそのときの条件によりますね。たとえば、1991年の湾岸戦争のときには、国連決議による多国籍軍という形をとりました。私たちは、多国籍軍の存在と行動を頭から否定する態度はとりませんでした。これは、国連安保理の決議にもとづくもので、国連憲章第42条に該当すると見ていましたから。あのとき、われわれが批判したのは、経済制裁をやってまだその効果もあげていないのに、しゃにむに軍事行動に走るというその性急さでした。あのときは国連安保理の会議でもフランスがかなり粘って、アメリカの性急な行動を抑制する立場で議論していましたが、結局は押し切られました。 私たちは、「急ぎすぎる」という批判をしたわけで、国連憲章にてらして違法だとして、多国籍軍の存在と行動を頭から否定する態度はとらなかったのです。 今回のアメリカがとった報復攻撃は、国連安保理の決議なしに勝手にはじめた軍事攻撃であって、前回の湾岸戦争のときとくらべても、根本が違っています。 ●早野 たとえば、経済制裁などをアフガニスタンに適用したりすると、あの苦しんでいる民衆がさらに直接苦しむということになると思いますが、これはやむをえないということですか? ●不破 それは逆なんです。いままでもアフガニスタンで苦しんでいる民衆に対して、たとえば水の救援、食糧の救援、それから地雷除去などの国際活動が非常に多面的にすすめられてきました。ところが、アメリカがはじめた戦争行動は、こうした国際的な援助活動を全部たちきってしまったのです。 朝日新聞の報道で読んだことですが、アフガニスタンでは地雷を除去する活動が長年つみかさねられてきて、「ここは除去された」とか「ここはまだ除去されていないが、どこに地雷があるかは分かった」などの累積がずっとあった。それがこんどの戦争で全部水の泡になった。おまけにアメリカがいま爆撃に使っているクラスター爆弾というのは、広範な地域に地雷をまきちらすことも可能な爆弾だというでしょう。そういう点では、いままでボランティアや国連諸機関の努力でやられてきた人道的な国際援助をたちきってしまったのが、いまの戦争行動だと思います。 いまアメリカ軍が「人道」の証明だと称してアフガニスタンに食糧をばらまいている話があります。11月8日の国連総会で「食糧の権利」の問題で報告する人がいるのです。その人が、最近、「ああいう行動は、国際的な救援活動の中立性をそこない、信頼をそこなうもので、きわめて有害だ」という告発を記者会見でしています。つまり、中立的立場でやらなければいけない難民の救援活動を、軍事作戦の一翼に組み込んでしまうわけで、そうすると、軍事活動とは別個に中立的な立場でやっている人たちまで「あれは軍事作戦の仲間だ」とみられてしまうわけです。 国連がやる軍事制裁の活動なら、国際的な諸機関との相談や合意の上で、一般の市民に犠牲を出さず、救援活動を保障するということに、大いに知恵を出せるし、よほどきちんとできると思います。 テロ新法――自衛隊を戦場近くに出したいという一心で ●早野 少し話を変えて、「テロ対策特別措置法案」についてうかがいます。米軍への後方支援と被災民支援の二つが組み合わさった法律ですが、どんなふうに思われていますか? ●不破 こんどの法案というのは、ともかく自衛隊を戦場に近いところに出したい、そういう法律上の枠組みを一気につくりたい、そういう願望だけでつくられた法案です。 ですから、「難民救援」といっても、日本がやる行動が、本当に難民救援の役に立つのかどうかは、何も検討されていない。それから、われわれは自衛隊の海外出動そのものにもちろん反対なのですが、自衛隊を派遣しようという政府自身が、法案にもりこまれた自衛隊の行動がアメリカのやっている戦争に実効性があるのかどうかを、まともに検討していない。国会でいくら議論しても、見えてくるのは、ただともかく自衛隊を戦場近くに出したいという思惑だけです。 先ほどの難民救援物資の話でも、国連機関がイギリスと中国と韓国と日本の4カ国に物資の応援を頼んだとき、それにわざわざ軍用機を使ったのが日本でした。それもパキスタン製で日本に輸入されたものを自衛隊機でパキスタンに運びかえすという、笑い話のようなことまでやった。ともかく自衛隊機を出したいという動機だけで行動しているから、こんなことになるのです。 それで思い出すのですが、湾岸戦争のときに、難民救援のために自衛隊機を送るという話が急に出てきたことがありました。そのとき私たちは「赤旗」の特派員を中東の現地に派遣し、現地の日本大使館や国際移住機構(難民救援の国際機関)の取材をしました。驚いたことには、現地の日本の大使館筋にはなんの事前の相談もない。難民救援機関の方は「軍用機は必要はない。かえって危険だ」という見方でした。普通の民間機だったら平穏に飛べるものを、軍用機で運ばれたら攻撃を受ける危険がある、ということでした。 ところが、そういう現地事情を調べることもしないで、ともかく自衛隊機を出すチャンスだということだけでことを決めてしまう。政府のこの態度には、本当にあきれたものでしたが、こんどの法律も同じ精神でつくられています。 私がこんどのいきさつで注目しているのは、後藤田正晴氏のように、これまで自衛隊海外派兵などの問題で苦労してきた人が、「このやり方は何だ」と言い出していることです。いままでなら、憲法を破るなら破るなりに、それなりの論立てを積みながらやっているわけです(笑い)。ところが、こんどの“小泉手法”というのは、論立てなしが特徴です。たとえば、巡航ミサイルを発射したところは戦闘地域かと質問すると、「ミサイルが真っすぐ飛んでゆけば戦闘地域で、あとから人の操作がくわわれば戦闘地域でない」とか、どこにもちだしても噴飯ものの議論が、とめどもなく飛び出してくる。法案の法解釈そのものが、法律的にまったくの無防備なんです。 理屈なしの小泉手法は国民の不安を広げている ●早野 いまの閣僚答弁のレベルは、不破さんが予算委員会でわたりあっていたころの政府・自民党とくらべても低すぎるでしょう。 ●不破 ちょっとひどすぎます。昔だって、ひどい話はありましたけれどもね。 余談になりますが、私は、ベトナム戦争の終結についてのパリ協定(1973年1月)が結ばれたあと、国会で、田中角栄首相と大平外相に、日本はどういう立場でアメリカのベトナム戦争を支持し応援したのかについて、質問したのです(1973年2月)。 「どうしてベトナム戦争がはじまったのか」と聞きましたら、田中首相たちは「トンキン湾で米軍が攻撃をうけたからだ。それで安保理事会の決議にもとづいてはじまった戦争だ」と平気で答弁します。私が、「とんでもない。国連の安保理の決議など存在しない」と指摘したら、外務官僚があわてて知恵をつけて、「国連には報告しただけでした」と訂正しました。トンキン湾で攻撃をうけたというのもでっちあげだったことがあとで暴露されましたが、「米軍はベトナムにいたから攻撃されたのだろう。ジュネーブ協定では外国軍隊はベトナムにいてはいけないことになっているのに、なぜトンキン湾にいたのか」と追及しましたら、困ってしまいました(笑い)。大平外相などは、別の機会でしたが、「事態はそれほど複雑怪奇でありました」(笑い)と答弁したほどです。 つまり、“アメリカはいつでも正義”という立場で行動してきたから、なぜ自分たちがこの戦争を正義と認めて支持してきたのか分からない、それどころか、ベトナム戦争がどうしておこったのかの経緯も知らない、という日本政府の外交姿勢がはしなくもさらけ出される結果になりました。 日本外交は、出発点からアメリカの旗のもとにすすんできたから、自主的な立場で自分がとる国際的な行動の足場を一つひとつ道理にもとづいて踏み固めるという作業をいっさいやってきていない、ということです。 それでも、その当時は、こうした追及をうけて弱点や矛盾が暴露されると、そのことを恥じる気持ちが、政府答弁のはしばしからうかがえました。しかし、いまは、それを恥じる気持ちなど、どこにも見えません。本当にひどい世界になってきています。 しかし、国会論戦などを通じても、小泉内閣の政治手法に対する国民の不安は次第に広がってきている、と思いますね。 たしかに自公保の数の多数はあるのですから、この数にものをいわせて、国会を突破することはできます。しかし、大きな問題は、小泉内閣はこの無責任な政治手法でどこへ日本をもっていこうとしているのか、このことについて国民のあいだに非常な不安が広がりつつあることです。 ●早野 ただ、いまだに小泉内閣の人気は高いのですが、これはどう思いますか? ●不破 ものごとはやはり質的な変化をおこすには一定の時間がかかりますからね。まだそこまではきていない(笑い)。 しかし、いま沈殿しつつある批判の累積というものは、やがて政治をも動かす非常に大きな力になってくると思いますね。 ●早野 少し歴史的、大局的にうかがいたいのですが、この10年、湾岸戦争、周辺事態法、今回の法案と、憲法をめぐる事態、変遷というのは、だれの目にも明らかなのですが、これはどういうふうにご覧になっておられますか。大きな意味での日本の憲法状況というのは変わっていってしまうのでしょうか。私個人は護憲世代なものですから、困ったものだと思うわけだけれども、時代の流れはやはりそっちにいってしまっているのかなというふうに思ったりもするのです。 ●不破 政治の舞台の変わり方と、国民レベルの変わり方とは違うと思うんですよ。先ほど憲法問題についての「朝日」の世論調査の結果を話しましたが、そこにはやはり健全なものが現れています。 日本の改憲派は、憲法9条の改定を直接問題にするということではどうもことはうまくすすまないと考えて、90年代のはじめごろから、「環境問題がふれられていない」とか「在日外国人の権利が明記されていない」、だから「憲法は古くなった」など、からめ手から攻めようという動きに出てました。そのとき、私たちは、日本の憲法は、国民の権利の問題でも世界のなかで先進的な内容をもっているということを大いに強調しましたが、いずれにしてもそういう議論が横行したのです。その結果でしょうか、先日の「朝日」の世論調査では、からめ手を本気にしての憲法改定の意見が比較的多くありましたが、改憲派が改悪をねらっている本命の憲法第9条については、「守るべきだ」が多数になっている。これは大事な結果だと思いました。 政治のほうはどうか。自民党の政治というのは、昔から「理屈はあとからついてくる」といわれた世界なのですが、このごろは、あとからでも理屈をつけること自体が嫌になって(笑い)、理屈なしで走ってしまうというところまできてしまっている。これも、私はそう長続きできるものではないと思います。国民がこうした政治手法に対する危なさを感じているというのは、戦争問題と生活問題の両面でいま並行してすすんでいることですから。 国連主導の平和秩序の建設は21世紀の重要課題 ●早野 そういうこともふくめて日本の国家戦略というか、日本の国のありようというか、それは、憲法の問題、そして日米安保の問題、重視されている国連の問題などです。アメリカとのつきあい方というのは、これからどうしていくべきなのか。それから、先ほど国連を重視するというお話をされましたが、国連は実態として本当に集団安全保障の実力をつけていきうるのか、結局アメリカ支配のバージョン(一形態)になりはしないのかなど、いろいろ思うのですが、そこで日本はどういう意味で国家戦略を設計したらいいのか、このあたりはいかがでしょうか。 ●不破 国連のことからいいますと、日本が国連に入ったばかりのころと同じ感覚で国連に代表される国際社会を見ていたら、大間違いになると思います。 国連には、一方で大国中心の安保理事会がありますが、他方では世界のすべての国が参加する国連総会があります。その国連総会では、アメリカがやってきている軍事攻撃や軍事干渉の行動について、ほとんど毎年のように非難決議が圧倒的多数で採択されています。核兵器の問題でも、アメリカなどは頑強に抵抗したのですが、とうとう期限を切って核兵器の廃止にむかうべきだという流れを押しとどめられなくなっています。ここでは、発展途上国が中心となった非同盟運動が大きな力を発揮しています。これらの国ぐには、安保理事会にはなかなかその声が反映しないけれども、国際社会では無視できない大きな力を発揮しはじめているのです。 ●早野 いままでは、結局のところ、対して力を発揮しない面が多かったのですが、いまは違いますか。 ●不破 じわりじわりと力を発揮してきています。だから、核兵器廃絶の問題などでも、以前には考えられなかったような国際的な決議の前進がかちとられるということも、おこってくる。ところが、日本は、国連に参加していても、アメリカ中心、NATO中心の見方ですから、そこが見えないのです。 もう一つは、国連は国際的な安全保障の機構としてつくられたのだけれども、実際には20世紀の国連というものは、新しい流れがあっても、結局は、大国間の政治的な闘争やかけひきの舞台になってきました。 しかし、冒頭、国際テロの問題で強調したように、国連が本当に国際社会の代表者として問題にたちむかい、世界的な意思統一の中心になり、非軍事、軍事の制裁行動をとる場合にも、本当の意味で国連の指揮のもとに世界が行動する、こういうことに本気で取り組みだしたら、そういう活動のなかからこそ、21世紀の国連の役割というものが現実に生まれてくる、ここが大事だと思います。 日米安保下の日本外交には3つの根本的な弱点がある ●不破 それから、日本の国家戦略についていいますと、自民党政府の国家戦略は日米安保――軍事同盟一本やりですが、この日米安保というのは、まず、こんどのように、アメリカが軍事行動をやったら、日本も自衛隊を出さないと「同盟国としてあいすまない」という立場に必ずなり、憲法違反の軍備増強や海外派兵に突き進んでゆく大もとになります。そこに第一の有害さがあります。 日米安保のもう一つの有害さは、日本の外交をゼロにしてしまったことです。だいたい日本の外交がゼロだということは、世界中が知っていることです。 ●早野 知られちゃっていますか? ●不破 だって、国際政治のうえで重大問題がおきたとき、日本に相談にくるという国は一つもないではありませんか。湾岸戦争のとき、おやじさんの方のブッシュ大統領でしたが、日本にくる約束になっていたのに、戦争がはじまったら、外交が忙しくなったといって、訪日をキャンセルしました。それほど、日本の政府は、国際政治では同盟国のアメリカからも頼りにされていないのです。ほかの国はなおのことです。 それは、軍隊の海外派兵ができない国だからではありません。外交的にアメリカのお供の国だから、日本にいってもなにも独自の新しい知恵があるわけではない、また日本と相談してなにか新しいことが見いだせるわけではない、そういうことが世界の常識になっている。だから、世界を緊張させる問題がおきて、国際外交が活発になると、日本はいよいよ影がうすくなるのです。 私たちは日米安保条約のない独立・非同盟の日本を望んでいるのですが、この目標は国民多数の合意がないと実現できません。しかし、そこまでゆく以前にも、外交の転換は可能だと考えています。 転換の第一は、アメリカにおまかせの外交から、日本自身の自主的な判断と選択を重視する自主外交にきりかえることです。どんな国際問題に対しても、日本としての独自の判断をもつ。アメリカのやっている行動に賛成するときでも、日本自身の自主的な立場で「これはこうだから賛成する」ということを最小限いえるようなところに踏み出さないと、国際社会で信頼をかちとることはできませんからね。 第二に大事なことは、憲法第9条をもった国なのに、日本ぐらい、対外関係を考えるときに軍事的な発想を優先させる国はない、という問題です。いつもなにか軍事的な「脅威」を探しては、それに対抗することを対外政策の基本にする。相手が北朝鮮であろうが、中国であろうが、「やがてこの国は脅威になるだろう」という立場でしかものを見ない。これは、現在の世界、とくにアジアではたいへん異常な立場です。 私は、この点を、一昨年(1999年)の東南アジア訪問のさいに本当に痛感しました。東南アジアというのは、ベトナム戦争の当時は、多くの国がベトナムに戦争をしかけたアメリカの側にたって、ずいぶん緊張した地域でした。それが、いまはがらっと変わってしまい、ベトナムもふくめた大同団結が東南アジア全域ですすんでいます。国際政治に対応する態度でも、“軍事同盟にも核兵器にも反対、大国の横暴は認めない”ということが、共通の大きな流れになっています。 そのなかでもう一つ実感したのは、どんな国際紛争に対しても、まず平和的な話し合いを中心にして対応するということで、軍事中心の対応を優先させる考えを強くいましめていることです。マレーシアで話し合ったときにも、こういうことを、首相直結の戦略国際問題研究所や外務省の幹部たちが、ずばりと指摘します。 ところが日本の場合は、対中国政策を考えるときでも、21世紀の半ばごろになると中国の経済力が大きくなって「脅威になるはずだ」という調子の、なんでも「脅威」からものを考える議論がさきに立ちます。このアジアで、21世紀に、日本と中国がどんな関係をもつことがアジアと世界の平和に役立つのかという発想がないのです。 これはどこに対してもそうです。「軍隊」がないはずの国なのに、外交はいわば防衛庁的な発想が主導するといった格好です。軍事優先のこの発想には、本当に日本独特のものがあります。対北朝鮮政策でも、テポドンの「脅威」だけが問題になるという時期がありました。ところが、アメリカが北朝鮮に特使を送って平和的な関係を探求しはじめたら、日本政府の側には、「戦争」に対応する議論はあっても、「平和」に対応する用意がなくて、困ってしまった。こういう事態が生まれるのです。私はここにも、安保体制のもとで日本がやってきた外交の根本的な弱点が現れていると思います。 三番目は、日米安保下の日本外交には、アジアの一員という立場がないことです。日本が、同じアジアに、アジアの諸国民とともに生きているということは、過去・現在・未来を通じて変わらない根本的な事実です。しかも、日本は、20世紀の前半の時期に、侵略戦争と植民地支配によって、アジア諸国民にあれだけの巨大な惨害をあたえたのです。その日本が、これからの日本の進路を考えるとき、アジアの一員という立場を抜きにして、未来にむかう進路を設定できるはずがありません。ところが、いまの日本の外交的立場では、はっきりいってこの根本が欠落しています。 侵略戦争と植民地支配に対して、限られた外交的な反省の言葉はあっても、真剣な反省の態度がないのも、その深刻な現れの一つです。 国際政治のなかでの立場でも、いまのアジアでは、圧倒的多数の国――23カ国中21カ国までが非同盟の流れに属していて、軍事同盟の一員として残っている国は、日本と韓国だけです。韓国は南北分断という特別の事情がありますが、日本は、そういう事情がないのに、アメリカとの軍事同盟のなかに組みこまれているアジアで唯一の国です。 そればかりか、外交を考えるときは、対米外交、対NATO外交が最優先で、アジアの一員としての自覚も立場もまったくない。ここにも、自民党政府の外交戦略のきわめて重大な問題があります。 私はこれが、日本外交の三大欠陥だと思います。自主性がない。なんでも軍事中心で考える。アジアの一員の自覚がない。私たちは、根本的には、日米安保条約をなくして、主権を回復した非同盟中立の日本を築いてゆくという目標をもっていますが、そこに前進する過程においても、いまあげた三つの点で日本外交の転換をかちとることが急務だと考えています。 「世界化(グローバリゼーション)」の動きをどう見るか ●早野 こんどは、もう少し未来社会のことを考えてゆくと、21世紀の国家というのはどうなってゆくのか。なかんずくグローバリゼーションの光と影が世界を覆っていて、その影の部分がテロリズムにつながっていくとも見られる。国家とグローバリズムというようなことについて、どのように考えていますか。 ●不破 国際的な課題、世界全体で取り組むべき課題は、21世紀にはものすごく大きくなると思います。しかし、だからといって、国家が不要になるとか、それぞれの国民の自主性が軽くなるとかいうことではないでしょう。国際的な課題に取り組むということと、それぞれの国が自主性をもってその仕事に参加するということとは、矛盾することではありません。 「グローバリゼーション(世界化・国際化)」という言葉の一番の発信元は、アメリカなんです。ところが、アメリカは、自分の気に入らない国際課題については、“わが国の死活の利益が優先する”という立場で、平気で背を向ける態度をとっています。地球環境の問題で京都議定書に反対したり、核兵器廃絶を拒否したりするのは、この立場のもっとも鮮明な現れでしょう。私たちは、アメリカ流「グローバリゼーション」のこうしたごまかしには乗りません。 昨年11月の私たちの党大会のさいに、ヨーロッパのいくつかの共産党の代表たちと意見を交換しましたが、そのとき、「世界化(グローバリゼーション)」への対応でかなり大きな立場の違いがあることに気づきました。ヨーロッパの共産党は、フランスもイタリアも、「グローバリゼーション反対」という方針でした。私たちは、そういう立場はとっていません。「世界化(グローバリゼーション)」、つまり資本主義がいよいよ世界的になるということは、マルクスが声を大にしてその意義を強調した資本主義の発展の基本方向ですから(笑い)。 では、日本共産党はこの問題をどう扱っているかというと、経済面でも大国中心の国際秩序ではなく、どんな大国の経済的な横暴も覇権も認めない国際秩序をめざして、国際的にも経済秩序の民主的な改革を要求するという立場です。 「新国際経済秩序」ということは1970年代から世界的に大きな問題になってきましたが、そういう方向での改革が、21世紀を迎えていよいよ切実で必要な課題になってきています。「世界化」「国際化」でも、大国中心の国際化ではなく、諸国民の平等な権利と地位を原則とする民主的な国際化をめざす、その立場で世界的課題にしっかりと取り組むべきです。 アメリカ中心の国際化の危険性は、アジア諸国がとくにこの数年来の経験を通じて、非常に強く感じていることです。 4年前に金融危機、経済危機がアジアを襲いましたが、その背景には、国際的な金融投機集団の経済秩序を破壊する策動がありました。この時、アメリカが各国に押しつけようとした処方せんは、IMF(国際通貨基金)の指揮のもとでの経済再建でした。日本は、この面でも、アメリカの「同盟国」ぶりを発揮して、インドネシアが経済危機に落ち込んだ時には、橋本首相がわざわざインドネシアに出向いて、「IMFの処方せん」を受け入れるよう勧告することまでしました。しかし、このIMF路線は完全に失敗しました。 一方、マレーシアは、「IMFの処方せん」をいったんはもらったものの、それをはねかえして、自主的な再建路線に踏み出し、みごとに危機からの脱出に成功しました。私がマレーシアを訪問したのはその直後でしたから、経済関係の幹部たちも非常に意気軒高で、自主独立が重要だということで、大いに意気投合したものです。 そういう点では、「グローバリゼーション(世界化・国際化)」といっても、アメリカ主導でいわばアメリカ・ヨーロッパのタイプに全世界をはめこもうという「世界化」は、現実の世界のなかで、多くの面で落第点がつけられています。 やはり、世界では、それぞれの国がそれぞれの社会の内的な論理をもって発展してきているのです。国際社会では、その自主性を大いに発揮しながら共同しあうというあり方がもとめられています。しかも、かつてのように、資本主義が高度に発展している大国だけが世界を動かすのではなく、経済的にはさまざまな発展段階にあっても、世界の諸大陸の多くの国ぐにがそれぞれなりの力をもって世界の政治と経済にくわわっているのが、今日の国際社会です。国際社会のこうした特徴は、21世紀には、より大きな意味をもってくるでしょう。 そこまで見通して世界化の問題を考えずに、ワシントンやニューヨークの立場からだけ世界を見、そのせまい立場から「世界化」「国際化」を見ていると、世界の前途を見誤ると思います。 イスラム世界も、世界の進歩の流れのなかにある ●早野 そういう議論は日本でも、まだ少数ながら芽があるような気がします。こんどの事件は、「文明の衝突」というわけではないけれども、長い歴史のなかでよってきたる歴史的なこじれといいますか、これがあるような気がします。それから宗教という問題が、国家や文明、人類の将来とどういうふうにかかわってくるのか。今回は明らかに宗教が人間の生活の最上位にあって、それがいくらか混乱させているということがあると思うのですが、人類文明といったら大げさすぎるかもしれませんが、こんどの事件で、地球上の文明はどういう関係になっていくか、とくに宗教と国家というのはどういう関係になっていくのか……。 ●不破 「文明の衝突」論というのは、最近、いろいろな人が唱えているようですが、今後の世界を「文明の衝突」という立場で見るというのは、私は、大きく間違った見方だと思います。とくにこんどの問題を「文明の衝突」という枠にはめこんでしまって、イスラム文明を代表しているのがテロ勢力で、欧米文明を代表しているのがアメリカの巡航ミサイルだというのは、きわめて有害な見方でしょう。 だいたい、イスラム世界を、歴史の進歩の外にある世界と見ること自体、事実に反する見方です。第二次大戦後の半世紀を見ても、この世界には顕著な進歩が現実に記録されています。 私たちは、20世紀を、二つの世界大戦、ファシズムと軍国主義などを経験した世紀であると同時に、民族自決権、民主主義、基本的人権の前進などの点で、人類史のなかでも、巨大な進歩をとげた世紀だと評価しています。イスラム世界でも、これらの点で、とくに第二次世界大戦後の進歩にはいちじるしいものがありました。 第二次大戦が終わったとき、イスラム世界で独立国だったのは、トルコとサウジアラビア、イラン、イラク、アフガニスタン、エジプトぐらいで、それらの国ぐにも、多くはヨーロッパの大国への強い従属のもとにありました。しかも、このなかで主権在民の共和制をもっていたのはトルコだけでした。そしてその他のイスラム世界は、アフリカからアジアまで、イギリス、フランス、オランダ、イタリアなど、ヨーロッパ諸国の植民地でした。 それが戦後の過程で、独立をかちとり、多くの国ぐにでは、王制から共和制への転換がかちとられました。国民の人権の面でも、国ごとに紆余曲折はあるし、時には逆流もありますが、ともかく全体としては前進の流れのなかにあります。 そういう点で、イスラム社会自体がイスラム社会なりの進歩をしてきています。そのことを見ないで、イスラム世界では世界的な進歩・発展と無縁のもののように考える見方は、成り立つものではありません。 「文明の衝突」ではなく、異なる文明の「平和共存」の探求を ●不破 重大なことは、欧米文明の側に、自分たちの体制が絶対だという立場で、そのモノサシで他国の文明を裁断し審判するという見地が非常に強いことです。これに対する抵抗というものが、イスラム世界だけでなく、世界に大きくあることを、よく考えなければならないでしょう。 たとえば、日本の歴代首相は、すぐ「わが国はアメリカと自由と民主主義の価値観を共有する」といいます。しかし、この「価値観」論は、イスラム諸国やアジア諸国ではすごい抵抗があるものなのです。この議論の根本には、自分たちの「価値観」を絶対普遍の「価値観」だとする考えがあって、他の国にそれとは違う体制があったり、そのモノサシにあわない試行錯誤や探求があったりすると、これを全部否定的に見るわけですから。 こういう見方に立って「文明の衝突」を考えるとしたら、これは危険なことだといわざるをえません。 先ほど東南アジアを訪問したときの話をしましたが、マレーシアに行ってなるほどと思ったことがありました。マレーシアという国はマレー系が6割ですが、中国系(華僑)が3割、それからインド系が1割います。この三つの民族の混合国家で、民族間のバランスにすごく苦労しています。華僑は住民の数からいえば少数派ですが、経済的にはいわば支配者の地位にある。だから、自然にまかせるとマレー人は経済的にも社会的にも痛められる一方ということになります。 そういうことがマレーシアでの民族的なぶつかりあいの背景にあって、その経験から諸民族間の融合をどうするのかということで、いろいろな探求がおこなわれてきました。たとえば、政治の上でいうと完全には平等でなくて、経済的には弱者であるマレー人が、行政に採用されるときには優先権をもつという制度があったりします。そのことのいい悪いの判断はいろいろあるでしょうが、マレーシアでは、苦労して解決の道筋を探求しながら民族融合への努力をしています。 マレーシア外務省の幹部と食事をしながら話したとき、私が、「あなた方は民族融合の問題でこれだけ苦労してきているから、その苦労が外交に生きていると思う」といいましたら、えらく感激されまして「そこまで見てくれた人はない」といわれたものです。その人たちが「われわれは、国際社会では『価値観が違う』といつもやられている」というんです。 マレーシアというのは、イスラム教が国教ですが、そういう形で、多数者をなすイスラム社会を維持しながら、政治的な基本は民主主義の方向でやっています。 イスラムのその他の国でも、イランでは、ハタミ大統領がこの前来日しましたが、ここはイラン革命でホメイニがつくった共和国ですから、完全なイスラム体制です。その国を、民主主義国家としてどう改革してゆくかという点で苦労をしています。インドネシアにもインドネシアなりの歴史がある。ともかくイスラム住民を基本にした諸国で、どういう形で民主主義的な発展をはかるか、試行錯誤をふくむいろいろな探求があるのです。 イスラムの宗教というのは独特で、「政教一致」をマホメット(ムハンマド)が決めてしまいましたが、そのなかでいろいろな模索があるわけです。それは、それぞれの民族が模索して自分で解決してゆくことであって、国際社会としては、国際的にも非難されるべき有害な圧政と、そういう模索とは区別して、対処しなければいけないと思います。 ところが、いまアジアの多くの国ぐには、アメリカなどがいう「価値観」論とは、欧米的価値観で全部なで切りにするというものだと受けとっています。 そういう点では、「文明の衝突」ではなく、いろいろな文明の「平和共存」ということを、あらためて考えるべきときではないでしょうか。以前は「平和共存」というのは資本主義と社会主義の関係で問題になりましたけれども、長い歴史のなかでそれぞれの違った文明をもってきた国ぐにが地球上で共存してゆくときには、「平和共存」という対処の仕方が必要だと思います。そのなかでこそ世界の進歩もありえます。 いまイスラム人口は世界で11億人をこえていると思います。文明も違うし、社会の風俗も違えば、経てきた歴史も違う。しかも、イスラム社会に属する国ぐにの大多数は、独立をかちとってまだ半世紀にもならない国ぐにだということも、頭に入れる必要があります。 いまでこそ欧米諸国が世界の中心のような振る舞いをしていますが、人口的には現在すでに地球上の少数者です。現在でも、人口は中国が12億をこえ、インド、パキスタン、バングラデシュをあわせれば、インド亜大陸の人口も12億をこえるでしょう。21世紀の世界では、そういう国ぐにが占める比重は、経済や政治のうえでも間違いなく大きくなります。 ●早野 非常に広い意味で、本質的意味で平和共存という形でゆくしかないということですね。 ●不破 そうですね。世界のすべての国が自分の進路は自分で決める権利をもっている、それを尊重しあってこそ国際社会が成り立つということをきちんと踏まえることです。 マルクスは、それぞれの社会の独自の発展の論理を探求した ●早野 それが結論になるかと思います。ところで、あまり深くたちいることはしませんが、たとえば社会主義、共産主義というような思想は、いわば啓蒙主義から発展していって自由、平等、民主主義というようなことの発展の系譜にもあったわけです。これは、文明の平和共存、それから文明それぞれの価値観の併存というところからすると、どんなことになるのでしょうか。 ●不破 私は、イスラムやアジアなどの社会がそれぞれなりの道筋を通っても、歴史の進歩の流れてゆく先は、世界全体として、大きな共通性があると思っています。 マルクスにしても、社会の発展の段階について、原始共産制、奴隷制、封建制、資本主義、社会主義とのべるときには、これは「大づかみに言って」の順序だという断り書きを必ずつけたものです。“自分は、世界をこういう図式にあてはめるつもりはない”ということもくりかえしました。 彼はアメリカの新聞の通信員でしたから、たとえばスペインでなにか大事件がおきて、つっこんだ論説を書こうとするときには、必ずスペインの歴史を徹底的に勉強して、スペイン社会の内的な発展の論理をつかみだす努力をしたものでした。世界を図式的な枠にはめこむようなことは絶対にしない。その社会の歴史そのもののなかから、どういう進歩の流れ、発展の論理があるのかをつかみだすのです。だから、アジア社会を見るときにも、アジア社会の研究のなかからこの社会がどういう進歩の展望をもつかを明らかにしようとしました。 私たちが、マルクスから学ぶべきものは「科学の目」です。19世紀の世界を見て彼が出した結論の一つひとつが21世紀に通用する値打ちをもつわけではない、という場合は、たくさんあります。しかし、19世紀の世界を見たその方法、考え方のなかには、いまに生きる科学性があるわけですから、この「科学の目」をうけつごうということを、私は自らの指針としています。 その目で見ると、先ほどいいましたように、イスラム社会が第二次世界大戦が終わってからのこの半世紀のあいだに発展させてきたものは、民族自決であり、民主主義の前進であり、人権の前進なのです。国ごと民族ごとに、いろいろな道を通りながら、また時には逆流も経験しながら、歴史も世界も進歩してゆくわけで、最後は、それぞれの国で「国民が主人公」になる方向に発展してゆく、私は、世界史のこの大きな流れは変わらないと思います。 「平和共存」の歴史をふりかえって ●早野 普遍的価値というのがあるのでしょうね。普遍的なるものというか……。 ●不破 歴史のなかで、おのずから普遍性が証明されてくる、というものは、当然、あるでしょう。しかし、地球上のある国ぐにが、自分の国のあり方が「普遍的な価値」だといいだしたら、それは、間違った道に踏み込むことです。 少し歴史をさかのぼる話ですが、ロシアで最初に社会主義の革命がおこなわれた時に、これに対する資本主義世界の対応というのは、まさにこの種の「普遍的価値」論に立つものだったのです。資本主義が「普遍的価値」だと思いこんで、資本主義と違う制度をもった国が地球上に生まれるなどということは夢にも思っていなかったし、そんな国と同じ地球上で共存することには我慢できなかった。だからイギリスもフランスもアメリカも日本も、こんな体制は武力で倒せと、ロシアに攻めこんだり、反革命派を応援したりしました。大干渉戦争でした。 それに失敗して、社会主義ロシアが生き残った時、1922年にジェノバ会議という国際的会議(欧州復興会議)が開かれたのですが、その会議の招集のさいに、“各国は、経済でも政治でも、自分の好む制度を選ぶ権利をもつ。世界のどの国も、あれこれの制度を他の国に押しつける権利はもちえない”ということが確認されたのです。レーニンがこの条項に注目し、これを手がかりに、ソビエト政権としてはじめて国際会議に参加しました。また、同じ時期にドイツと結んだ条約(ラパッロ条約)でも、この原則がうたわれました。その時点で、世界ははじめて、経済体制の違う国が共存しあうのが新しい世界の秩序だということを確認したのでした。 それ以後、「平和共存」というのは、資本主義と社会主義との関係で主に問題にされてきたのですが、現在では、もっと広い意味で、つまり、違う文明、違う価値観をもつ国と国とのあいだで「平和共存」の道を探究することが、必要になってきています。ここには、世界がいま直面している非常に大きな問題があるのではないでしょうか。 |