ほんの花物語・

彼岸花 ヒガンバナ

著:薊野佑子

 あさって、ピアノの発表会がある。男友達のひとりに、何の花が好きかとたずねられた。彼は、私に花束を贈るつもりなのだろうと、悟りながら考える。
「ヒガンバナ」
 そう言ったら、この人、困るだろうなあ。

 ヒガンバナが好き。道端に、木陰に、ひっそり艶やかに、ぴんと背筋を伸ばして咲く花が好き。けれど、どうも「彼岸花」とか「曼珠沙華」といったような名前は、仏教的で少し恐ろしげな響きだ。そしてあの朱の線香花火が凝固したような毒々しい咲き方は、人によっては気味悪いとさえ感じるらしい。
 あの燃えるような花に魅了された織田信長は、ヒガンバナの首をたくさん摘みとって、部屋にばらまいたというエピソードを聞いたことがある。本当なのかわからない。けれど、それを見た人々は信長の気が狂ったのだと思ったそうだ。
 私も、たくさんたくさんヒガンバナを部屋に飾ったら、まるで麻薬でも吸ったように、幻惑的な炎の夢が見れそうだと思う。

 好きな花は、ヒガンバナ。鮮やかで恐ろしく綺麗な、あの花が好き。
なぜかは知らないけれど、あの花は花屋に売ってない。まして、花束にしたヒガンバナなんて見たことも聞いたこともない。
「なんの花が好き?」
 彼の無邪気な顔をじっとながめて言葉に詰まる。彼がもうひとこと。
「好きな色とかでも、いいよ」
 私は、ため息まじりに「なんでもいいわ」と答える。それから
「赤い花が好き」
 と付け加えた。
 あさって、真っ赤なバラか何かを受け取って、なんとなくがっかりしながら「ありがとう」と小さく応える、自分の姿が目に浮かんだ。

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