ほんの花物語

シクラメン

著:薊野佑子

 普段だらしがないわたしにとって、年末の大掃除は何日もかかる大仕事だ。ほとんど一年がかりで散らかしたようなものだもの。勉強机に付いている棚など、本と文具と、その他雑貨などが層になって積みあがっている。それを、余計に散らかしているみたいに、いっぺんに広げてひとつひとつ選り分けていく。これがまた、色々なことを思い出すのに夢中になって、とても時間がかかってしまう。もらった手紙や、おみやげの絵葉書、記念にとっておいた芝居のチケットの半券、映画のちらし、テレビを見ながらメモしたお菓子のレシピ、美術館で買ったテレホンカード、封筒だけ使い切ってしまった便箋、記念切手。果ては海で拾った貝殻や石ころまで出てくる。どれもこれも、捨てることもできず、しかしこれといってどこにしまったらいいのか迷ってしまう。
 最後には、丁度一年が経とうとしている年賀状がでてきた。干支の兎のイラストが多い、友達からもらった年賀状。どれも可愛い。その中に、一枚だけ花が描かれた年賀状が混ざっていた。手描きの水彩画で、上品なシクラメンが描かれていた。叔母からの年賀状だ。
 母の姉にあたる登喜子(トキコ)おばさんは、結婚はしたが子供はできないうちに離婚して、小さい頃からわたしを可愛がってくれた。このハガキをもらったころは、絵手紙を習っていてずいぶん凝っていたのだ。
 わたしは、そのハガキを他のハガキの束にもどす気になれなかった。左手に友達からのハガキの束を、右手にシクラメンの絵ハガキを持って、しばらく部屋をうろうろして…。結局どうしていいかわからずに、とりあえず、雑巾で拭いたばかりのしっとりとした出窓の上に、おばさんからのハガキをそっと置いた。

 登喜子おばさんは、シクラメンの花が好きだった。うつむいて、ひっそりとしたあの風情が素敵だと言って、毎年必ずシクラメンの鉢を買った。育てるのがとても難しいそうで、いつも一年で枯らしてしまう。だから毎年買うことになるのだ。
 わたしが小さい頃、登喜子おばさんは、土ばかりになって芽の出ない鉢を眺めながら
「毎年枯らしてしまって、可哀相だからもうやめましょうか」
と、残念そうに呟いたのを今でも覚えている。わたしが無邪気に、
「おうちで咲いてるのが見たいから、また買ってこようよ」
と言ったら、「ありがとう」とわたしの頭をなでて笑っていた。

 その登喜子おばさんは、夏の終わり癌で入院した。お見舞いにシクラメンを持ってこようかとおばさんにたずねたら、病院で鉢植えはだめなんだと母に教えられた。おばさんも、世話できなくて枯らしてしまうと申し訳ないからと、そっと微笑んだ。それを見たわたしは、なんだか胸が痛んで、シクラメンの話題を口にしたことをとても後悔した。

 今年、登喜子おばさんは一度もシクラメンを見ることはなかった。鉢植えも買わなかったし、これからも買うことはない。
「お墓参りのお花にも、シクラメンは持っていけないね」
 わたしが母に言ったとき、母は登喜子おばさんとそっくりの口調で、
「置き去りにして枯らしたら可哀相だしね」
 とひとこと言った。
 わたしは、花屋の前を通るたび何度となくシクラメンの鉢を見つけたけれど、その花を愛しく思うあまり、どうしても自分で買う気にはなれなかった。
「枯らしてしまったら、可哀相だものね」
 登喜子おばさんの笑顔が、胸によみがえってはチクチクしみた。

 大掃除が済んですっきりした部屋で、お茶を飲んだ。もうすぐ母がそばをゆでてくれるはずだ。テレビではお決まりの紅白歌合戦。新年が近づいている。
 今年、年賀状は届かない。登喜子おばさんからシクラメンの絵ハガキをもらうのも、あれが最後だ。出窓に置き去りにしたハガキを手にとると、外の冷気でひんやり冷たくなっていた。

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