あなたとわたしの寝屋は、ぬかるみだった。
あなたが腕を広げて、わたしを抱きすくめたのが最初だった。わたしはそのぬくもりに目がくらんだ。ふたりの部屋の時計が動き出した。あなたはそれに、気づいていたかしら。
そこには男も女もいなかった。あなたとわたしという絶対的な二種類だけだった。
「ただ裸で抱き合っていれば、気持ちいいんだ」
それにわたしはうなずいて、目を閉じたあなたの顔を眺めていた。わたしの肌は、ひとの心に触れることのできる肌で、わたしはあなたの心を抱いていた。それは夏の終わりの青空のような心で、あきらめきった晴れやかさと、切ない名残惜しさを含んでいた。
息を触れ合わせながら、たくさんの言葉を囁きあった。
「好きだよ」
あなたがそう言う度に落ち込んでいくのをわたしは知っていた。わたしがどんなにあなたに何かを与えようとしても、それをあなたは儚いと信じていた。
ぬかるみがわたしたちを抱いていた。温かな泥がわたしたちの自由を奪った。
「優しいのね」
「そんなことないよ」
こんな言葉を交わす度、ぬかるみは重くなった。
「優しいから好きだ」
「そうじゃないのよ」
やっぱりぬかるみは深くなった。
あなたとわたしの優しさは、まるで重たい泥だった。それはあなたの気まぐれで、そしてわたしの愛だった。
心地よいぬかるみにわたしたちは抱かれたきり、呼吸さえもそっと包み込まれた。いつのまにかあなたもわたしも、「好き」という言葉すらかけあうことが出来なくなった。
わたしが涙を流したとき、あなたはやはり青空の空虚をたたえて、じっと押し黙っていた。このぬかるみから、あなたもわたしも出られない。目を閉じたあなたは、いつしかここから抜け出した夢を見ながら、やっぱりわたしの隣にいる。わたしもずっとここにいる。ぬかるみは、わたしの体を覆い尽くす。あなた以外誰も、わたしの体に触れられない。それでも良かった。わたしは、あなたの心にだけ触れていたいのだ。
わたしはずっとあなたが目を開けるまで、このぬかるみに抱かれたまま。あなたの優しさで鮮やかさが増した、ぬるりとした孤独も一緒。