俺の名は、御手洗良平。探偵さ。
この町の平和を守るために、今日もひとり 戦い続ける ―――。
*
「私のお花たちを守って下さい。」
突然結論を言い出したこの人は、依頼人の ミス セシル・ローゼンクロイツ。彼女は、2丁目の洋館に独りで暮らしている、
物悲しい雰囲気の漂う未亡人。貿易商を営む夫に先立たれてからと言うもの、屋敷をほとんど出ない日々を過ごしているため、
彼女の姿を見たものは、配達人のサブロウと、通いのメイドだけだった。
そんな彼女が俺の所にコンタクトをとってきたのが、今日だったという訳。
「お花、ですか?」
怪訝そうに聞き返したのは、俺の助手を勝手に申し出てきた、幼なじみのケイ。俺の所に初めて舞い込んだ 探偵っぽい依頼に興味を
持ったから 仕方なく俺の手伝いをすると豪語していたしょうもない奴。探偵気分を盛り上げるためか、今日のコスチュームは真っ赤な
チャイナ・ドレスと決め込んでいる。
喪に服しているのか、黒のロングドレスを身に纏った ミス ローゼンクロイツ。彼女は、静かに口を開いた。
「わたしの・・・お花たちが何者かによって摘み取られているのです。毎晩のように。だから、守って下さい。
あの人の残してくれた花々を。 元気に咲いている あの人のお花を無造作に摘み取ってしまうなんて悲しい事を、
もう繰り返して欲しくないから―――。」
そう言って、ミス セシル・ローゼンクロイツは、もの憂げに瞳を伏せた。噂で聞いていた以上に 美しい未亡人が悲しみに ―――それも草花に対して―――耽っている姿が美しく、俺はたっぷり30秒間見とれていた。
「でも、その様な事件なら、警察の方が向いていると思うのですが、何故、この依頼を私たちに…?」
そんな雰囲気を壊すかのように、ケイが訊いた。
「話をそのように おおごとにしたくなかったから、です・・・。」
「解りました。では、問題の現場に私たちを連れていって下さいませんか?」
セシル・ローゼンクロイツの花園は、屋敷の奥庭に広がっていた。
「わぁ、きれい!」
ケイが年齢に相当した、ごく真っ当な意見を述べた。こんなヤツでも所詮は16歳だってことか。
えらく自嘲気味に、俺は奥庭を見渡した。確かに手入れの行き届いた庭だと思う。正統派英国庭園。しかし、その花園の一部が、
不自然に荒らされていた。
「ここか?」
「・・・はい。朝に気が付いたので、おそらく夜中のうちに・・・。」
そう言うと、ミス ローゼンクロイツは目を伏せた。目に涙。
「わかった。俺がなんとかしてみせるッ!」
*
「セシル」
突然の俺の声に、ミス ローゼンクロイツは 特別驚いたようだった。
「・・・済まない。ただ、あんたの特別になりたかっただけさ。」
なーんて、決め台詞を吐いてみようかと思った瞬間。
「花泥棒だーーーーッ!」
え、もうクライマックスかい。なんて思っている暇なんてない。俺は、ローゼンクロイツ邸の奥庭に面したテラスから飛び出すと、 真っ黒な人影に向かってタックルした。
「こなくそーーッ!」
影が暴れるのを必死に押さえる。
月明かりが雲の合間から犯人の姿を照らした。
「お、おまえは・・・、隣のクラスの早乙女瞬介じゃないか。」
「そういうアンタは、5組の御手洗!!」
犯人…早乙女瞬介は、諦めたかのように、芝生に胡座をかいた。
「フン、おまえの好きにしなッ。」
自棄になったかのように吐き捨てる。
「早乙女、何でオマエ・・・」
月明かりの下に照らされている、ローゼンクロイツ邸の奥庭と、目を伏せた美しき未亡人。その目の前に胡座をかいた少年と、
困惑する少年が対峙している。良平の助手のケイは凍り付いている。
「そうさ、俺は、花泥棒なのさ。別に深い意味はない。ただ、この館の花が綺麗だったから盗んだまでよ。」
「早乙女、おまえ、誰を庇っている!?」
「止めて!」
叫んだのは、ケイだった。
「・・・ケイ?」
月明かりの下、毒々しいチャイナドレスを着たケイの姿は、非常にミスマッチだ。
「瞬介はワルクナイの!」
「ケイ・・・」
胡座をかいていた早乙女瞬介に、はじめて動揺が走った。
・・・つまりはこういうことか。ケイと早乙女は付き合っていたのだ。そして健気なことに、早乙女はケイに花を贈るために、 街一番のローゼンクロイツの花園から夜露に濡れた花を盗んでいた。早乙女は、奨学金を貰いながらもバイトして高校に通う苦学生。 ケイに花を贈るほどの余裕はない。
「フッ・・・。そういうことじゃ、仕方ねーな。今回は、俺に免じて見逃してやるよ」
ケイと早乙女は、感極まって抱き合いながら、俺に向かって感謝の気持ちを述べている。グッバイ。今回は俺の負けだよ。
「アンタたちッ!私を差し置いて解決してんじゃないよ!」
セシル・・・もとい、ミス ローゼンクロイツ御乱心。父さん、今回も任務は失敗です。
*
―――俺の名は、御手洗良平。探偵さ。
この町の平和を守るために、今日もひとり 戦い続ける―――。
〜FIN〜
