俺の名は、御手洗良平、探偵さ。
学園の平和を守るため、今日も一人、戦い続ける―――。
*
「三杉くん、大丈夫……?なんだか、顔が赤いよ……?」
御影堂 双葉が、三杉瞬の異変に気がついて言葉を発した時、俺はのんきに牛乳を飲んでいた。
いつものように、俺―――御手洗 良平と、中等部の2人―――御影堂 双葉と三杉 瞬とが、屋上で昼食を摂っていた、
その時の事である。
「……大丈夫か?三杉」
そんな俺の問いに、心なしか顔を紅潮させた三杉が、とろんとした目で反応する。確かに、体調が悪そうだと心配になる表情だ。
「大丈夫ですよ……。御手洗センパイも双葉ちゃんも心配性だから……」
力無く笑う三杉 瞬を心配顔で見つめていた双葉は、右手を三杉の額に当てて、眉をひそめた。
「三杉くん……ッ!熱、すごいよ?」
「え……?」
双葉の態度に、三杉瞬はきょとんとした表情をしている。
「……きっと、気のせいだよ……。僕は大丈夫だよ……?」
三杉が弱々しい笑顔で、言った。
「何いってるの!? こんなに熱いし、顔色も悪いわよ?」
「……そうかなぁ?そんな感じはしないんだけど、な……」
三杉のぼんやりとした様子に、双葉は本気で心配をしている。
「ほらっ!気のせいじゃ、ないよ……?」
こつん、と。
双葉が、自分の額を、三杉の額に当てて、上目遣いで三杉の顔を覗き込んだ。
「やっぱり、熱、ひどいよ……!」
「……」
三杉は、呆然とした顔で、目の前の双葉の顔を見つめている。
「決まりだな。・・…三杉、立てるか?」
俺は、そんな2人のやりとりを見ながら、飲み終えた牛乳のパックをくしゃりと潰して 立ち上がった。三杉を
保健室に連れて行くために。
双葉と三杉は相変わらずのやりとりを続けている。
「はい、立てます……」
「三杉くん……ッ!」
「大丈夫だよ。……ほら……」
双葉の制止も聞かないで、三杉は立ち上がろうとした。
しかし。
立ち上がった瞬間、三杉はまるで萎んだ風船のように その場にへたり込んだ。
「三杉……ッ!」
俺は慌てて、三杉の体を抱きとめた。―――確かに、熱い。
「御手洗センパイ……」
「無理をするなよ、三杉……」
「ごめんなさい……」
そんな俺の言葉に、三杉は 済まなさそうな弱々しい笑顔で答える。
「良平サマ……、三杉くんを、早く保健室に……!」
双葉の声を背に、俺は三杉を抱き上げて、歩き出した。
*
「あら、三杉くん、また発作?」
そう言って、回転式の椅子を回転させて、体ごと顔を俺たちの方に向けたのは、中等部の保健医の昭島 キリエだった。 興味深そうな笑顔で、俺たち三人の様子を眺めている。
「それに、また御手洗くんが運んで来てくれたのね……。三杉くんったら、相変わらずお姫様ねぇ……。うらやましいわぁ」
のんきそうな声を上げる昭島キリエに、双葉は本気で苛立っている様子を見せる。
そんな双葉にお構いもせず、昭島キリエは、マイペースに俺たちを眺め回している。
「……ところで、いつも気になっていたんだけど、御手洗くんと三杉くん達って、いつも一緒?発作を起こした三杉くんを保健室に
運んで来てくれるのって、いっつも御手洗くんじゃない?どういう関係?」
「昭島先生! 今、そんなこと言ってる場合ですかッ!?……良平サマ、三杉くんを早くベッドに連れてってあげて……!」
苛立ちを隠せぬ様子で、双葉が小さく叫び、昭島キリエを軽く睨む。……昭島キリエは、そんな双葉に気も留めずに、
度の低い眼鏡を外すと、カタリ と机の上に置いた。
「良平サマ、行きましょう?」
「ああ。……三杉、大丈夫か?」
俺は、そのまま三杉を奥のベッドまで運んでいく。
双葉が起き上がろうとする三杉をベッドに寝かしつける。
「……ごめん……ね……」
弱々しい笑顔で、三杉は 双葉や俺に向って謝った。
「三杉くん!何いってるのよ……!?」
「ごめん……」
「三杉くんは、もうちょっと自分の体を大事にしないとダメだからねッ……!」
「……ごめん……双葉ちゃん……」
三杉が、心配顔の双葉に向って、微かに微笑んだ。そのとき。
「じゃあ、三杉くん、体温を測りましょうね!」
いつのまにか俺たちの後ろに近づいて来ていた昭島キリエが、右手に握った体温計をぐっと三杉の目の前に突きつけた。
そして俺と双葉を押しのける形でベッド脇に立った。
昭島キリエは、慣れた手つきで三杉のシャツの第二ボタンまでを外して、脇の下に体温計を差し込む。その様子を、双葉は
複雑な表情で見つめていた。
「あら……すごい熱だわ」
昭島キリエは、三杉の、ぐんぐん上昇する体温計のメモリを覗き込むように見つめて、さして大変そうでも無い声を上げる。
「この様子だと、三杉くんは早退決定だわ。……御手洗くんに御影堂さん。一度、教室に戻りなさい……?」
上目遣いで 昭島キリエが言う。……双葉は、そんな昭島キリエをキッと軽く睨んだ。
「今日は、中等部は午後から授業がないんで、私は三杉くんにずっとついていますからッ!」
双葉が小さく叫ぶ。
「あら、良かったわね、三杉くん」
「……」
そんな双葉にはさして気も留めないで、昭島キリエは三杉に向って柔らかい笑顔を見せる。三杉は、
相変わらず弱々しい笑顔を浮かべている。
「……じゃあ、御影堂さんに三杉くんは任せたわ。……御手洗くんは授業に戻るのよ?いいわね?」
昭島キリエに、真顔で見つめられて、俺は目を逸らした。
「……じゃあ、双葉。三杉を頼んだぞ」
そう言って、俺は中等部の保健室を後にした。
*
俺は、何か物足りない気分で、胡散臭いほど晴れ渡った空を見上げる。
―――三杉が高熱のせいで倒れてから、すでに2日が経過していた。
「ああ……何かが物足りない気がするのは、あいつらがいないせいなんだな……」
俺は、誰に聞かれる事もない独り言を呟く。三杉が倒れたあの日から、何故か双葉も高等部の屋上に現われなくなっていた。
そのせいか、俺は、いつもの俺らしくない気分に陥った。
いつのまにか、中等部の2人と一緒に摂る昼食と言うものが 俺の中で当たり前の事になっていたのだ、と言う事に気付いて愕然とする。
頼りのないやつらだけど、いないとなると、無性に淋しくなるものだな。
今日の俺は、いつもよりも少し、弱気だ。
そんならしくない自分を、俺は自嘲する。
今更ながら、三杉と双葉の事が心配になってきた。三杉の熱は、下がったんだろうか。
そう考えると、目の前の青空が、心なしか霞んで見えた気がした。……頭が重い。これも、
俺が弱気になっている証拠なのだろう。
そう思って 頭を軽く左右に振った。その時。
「……御手洗くん……!?」
突然の聞き覚えのある声に、俺は驚いて、声のする方向を見た。
クラスメイトの竹井まどかが心配そうな顔で近づいてくる。
「……竹井……?」
俺は、ぼんやりと 竹井まどかを見つめる。
「御手洗くん……。大丈夫?」
「竹井……、どうしたんだ……?」
俺の問いに、竹井まどかは心配そうに顔を歪める。
「今日の御手洗くん、様子が変よ?……大丈夫?具合が悪いんじゃないの?」
「何言ってるんだよ、竹井。……気のせいだよ」
「……でも……」
「……いつも俺に付きまとってくる 中等部のふたりがいないせいか、なんだかいつもの調子が出ないだけさ……」
「……でも、御手洗くん、教室でも 少し顔色が悪いと思ったの。……大丈夫?」
そう言って、竹井が俺のすぐ側に膝をついて、俺の顔を覗き込んだ。
「……竹井……?」
真剣に俺の顔を覗き込む竹井を、ぼんやりと眺める。
「……ほら……!顔色が悪いわ……」
そう言って、竹井まどかは、そのまま右手を俺の額にあてがった。ひんやりと冷たい手のせいか、すっきりしない頭が、
いくらか冴え渡る気がした。
「……」
「……御手洗くんッ!……すごい熱よ……ッ!」
竹井が小さく叫んだ。
「……そうか?……そんな気はしないんだけどな……」
俺は何故か このやりとりを、まるで他人事のように 酷く懐かしい思いで傍観していた。
「……御手洗くん。保健室、行かなくて平気なの……?」
竹井まどかが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「俺は大丈夫だから……。竹井の手が冷たいから、熱っぽく感じるんじゃないか……?」
「御手洗くん……ッ!」
竹井が、俺の額に当てた手をどけてコンクリートの床につけ、体重を移動させるように体を傾ける。
少し怒った表情をした竹井まどかの顔が、すぐ目の前にあった。
「……」
「ほら。熱……あるじゃない……」
竹井が 額を俺の額に重ねたまま、上目遣いで俺の顔を覗き込むように、つぶやいた。微かな吐息が 俺の顔にかかる感触を、
呆然と感じていた。
竹井まどかが俺を支えるように立ち上がって、言った。
「御手洗くん。保健室に行きましょう?」
