セイブ−ドライブ
text by Wani
■1
| 100年ぶりに戻ってきた自分の部屋は、見捨てられた獣の巣のようになっていた。ソファアにもベッドにもなる家具が一つだけ。その周りに足の踏み場もないほど食べ物がぶちまけてあった。 食べかけの果物が切り口から干からびはじめている。封をあけたまましっけたスナックや、封をあけないまま中のガスがパンパンに膨らんだスナック。黒い斑点のついた食パンに、青い斑点のついたショートケーキ、隣りには灰色のヨーグルトがこぼれている。すっぱい臭いの牛乳の中に、綿毛の生えたチョコチップクッキーがひたっている。 私が眠る事も食べる事も忘れて、常に車で移動する忙しい生活を送っていた間、私の代わりにこの部屋に侵入した人間は、眠ることと食べることしかしてこなかったのだろうと思った。 私の名前は梨乃。 今まで自分のエネルギーの続く限り、どんな小さな仕事でも選り好みせず引き受けてきた。私には質のいい仕事はなかなか巡ってこなかったけれど、それを量でカバーできるものだと信じていた。止まらず走り続けることで自分が仕事をする意味がいつか生まれると思ったからだ。 だから私は、私の仕事が上り調子だった初期にも、下降傾向にあった後期にも同じくらい忙しかった。自分で運転する車に乗り全国を駆けずり回っていた。それが私のプライドだったのだが、車で事故にあい、3ヶ月間休養をとらされている間に、色々なものを失って、この部屋に戻ってきた。 私が最後にした仕事はAVの仕事だった。私が事故で入院している間にちょうどそのビデオが発売され、私はそれを病棟でこっそり見た。 見終わった時、一体、誰がこんなビデオを見るんだろう、と思った。よっぽどマニアックな人ならこの失敗作を見るかもしれないが、と思った。 筋張った女が、細い体をさらに細くみせるようなシルエットのスーツを着て、ハイヒールを履いてオフィス街を歩いている。長い黒髪をひっつめて、痩せて顎のとがった顔をさらに小さくみせるメイクをして小脇にファイルなど抱えたりして、クールな秘書風にしているのだが、突然新宿の超高層ビル群の隙間に入りこんで男とセックスしたりする のだ。その他にも、オフィスとか、お昼のお弁当を一人で食べる公園とかでおそわれてセックスする。 何が失敗って、女優の顔が常に無表情なのだ。おまけに女優の裸のシーンが一つも出てこない。常にスーツを着たままのセックス。スーツを脱いで絡み合うシーンもきちんと撮影したのにカットされていた。 気持ちよさそうにして激しく動いているのは男優の方だけで、私は眉一つ、唇一つ歪ませることもなく、目はあらぬ方を見ていて、たまに煙草をふかしたりしている。男優が「気持ちいいですか?気持ちいいですか?」とセックス中、ずっと敬語で私に語りかけているのは、私の反応が無さ過ぎて怖かったからだと思う。でも、私としてはきちんと演技して気持ちよい顔を作ったつもりだったし、演技とは関係なく本当に気持ちよかった場面もあったのだった。 まるで自分を痩せた鶏のようだ、と思った。 私は知らないあいだに100歳くらい年をとって、今では最初で最後のAV出演で着たその灰色のスーツが、一番似合う女になった。 それがわかったので、退院したら部屋に戻ろうと思った。今まで私は殆どの時間を仕事と車の中で過ごし、睡眠時間2時間弱が当たり前の世界で生きてきたけど、もう何もかもほったらかして眠りたいと思った。 部屋に一歩踏み入れた私は、とりあえず換気扇のスイッチを押した。 こもる食べ物の臭いが少しでもやわらげばいいのに。 それから、足の骨を複雑に砕いてしまったマラソンランナーがゴールする時みたいな気分の足取りで、散らかり尽くした食べ物の上を歩きながらソファア・ベッドにたどり着き、すぐに倒れこむつもりで毛布を剥いだ。 その毛布の下に丸まって眠る少女がいた。 「……。」 「……。」 なんてこと、と思ったが、勝手に人の部屋に住みこんだことを怒るのも、熟睡してい る他人を起こすのも面倒だったので、名前も知らないその少女と折り重なるようにして 寝た。 それが私と沙也香の最初の出会いだった。 |