螺鈿天窓 ラセンテンマド

著:暮嶋有未


 暗色の部屋、緋毛氈。
 くすんだ銀の燈篭に火を入れながらわたしは部屋をぐるりと見渡す。
 古びた緻密な細工の窓が少し鬱陶しいけれど、仕方がない。
 やっと、やっと手に入れたのだもの。もう贅沢は言わない。
 ―それに、これから時間はたくさんあるもの。
 揺らめく橙色の炎を見ながらそう思いかけて、わたしは首を横に振った。
「時間」はなくなるのだ。もうどこにも「時間」なんてないのだ。
わたしたちは子ども。この小さな世界に生まれたたったふたりの子どもになるのだ。

 着物の裾を気にしながら、わたしはゆっくりと彼の横に腰を下ろし、少女めいたその睫を親指の腹でゆっくりと愛撫する。
 この瞳が開く時彼はどんな表情をわたしに見せるのだろう。
 彼はわたしを憎むだろうか。―彼はひどく、悲しむだろうか。
 憎まないはずはない。…悲しまないはずはない。
「可哀想に」
 音にならないほどに小さく、わたしは呟く。 
 可哀想に、ね。
 みっしりとその薄い瞼の縁を覆う睫の、指に刺さるような感覚が心地いい。
 わたしは正座していた足を斜めにずらして、眠り姫のように横たわる彼の左側にそっと寄り添った。
 左耳を緋毛氈がやわらかに刺す。
 それが彼の睫の感触に少し似ていると思い、警戒心の強い彼が決して他人を自分の左側には置かなかったことをふいに思いだして、わたしは声を出さずに忍び笑った。

 まだ声を出してはだめ。彼を目覚めさせてはだめ。

 腕を伸ばして、彼の左頬に触れる。目を閉じてその愛しい感覚を味わう。
冷たい、冷たい頬。
涙がこぼれそうになる。
大丈夫、すぐにあたためてあげるわ。

 わたしは上半身を起こして、再び彼の端整な面立ちを上から覗きこんだ。
 男にしては細い、けれども形の良い眉が、ほんの少し寄せられている。彼は少年から青年へと移りゆくとき特有の、どこか痛々しいような甘い苦悩の表情を浮かべていた。
大人びた彼の顔のなかで、くちびるだけがふっくらと、あどけなく開いていて、それが余計になまめかしい。

 わたしは自分の両の手を並べて目の前でそっと開いた。緊張のために少し震えているその白い型は相変わらずひどく子どもっぽかったけれど、今はそのことにむしろ感謝したい気持ちだった。
この汚れた手を、邪気ない幼げな型に造ってくれたなにかに、祈るように感謝した。

 息を止めて、わたしは両手で彼の冷たい頬を、そっと包み込む。

 ―ああ、やっと会えたわ
 ずっとこらえていた涙が一粒、彼のその頬に音もなく落ちていった……。


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