※ この話は、創作系ウェブサイト「Middling Punk」 において連載中の『B−Egg』
  の番外編にあたります。単独でも読める様にはしてありますが、どうもキャラ造型
  の書き込みがやはり足りません。お時間のある方はよろしければ本編もあわせてお
  読み下さい。

『 暴走旅行 in 雪国 』
B−Egg
−番外編−

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 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
雪国どころか氷の世界、といった様子だが、その事について触れるものは誰もい なかった。触れたくても口が開かない、というのが実状だったが。
 ここは木星圏H−08。木星の衛星ガニメデの地表に作られた、環境管理都市 、通称プラントである。 一行は今まさに、H−07からの長い連絡通路を通って、H−08に足を踏み入 れたところだった。
 嫌な予感はしていたのだ。連絡通路の真ん中辺りから、気温は下がり始めた。 H−07は暖かく、17〜8度はあったはず。それが今や、体感温度は氷点下を かなり下回っている。これは密閉型環境管理都市として失格である。環境が管理 されていない。
 一行は、しばし呆然とたたずんだ。連絡通路がちょっと寒いだけだと信じたか ったが、H−08の様子を見て、その希望は完全に絶たれてしまった。何しろ粉 雪が舞っている。密閉型環境管理都市で粉雪。これは異常だ。
「雪・・・・。」
シェンナは頬を引き攣らせて宙を指差した。
「・・・・・・・・・・・・。」
セージは歯の根をガタガタ言わせながら、頭を縦に振った。
「雪って、普通のプラントにも降るもんなの?」
シェンナはたまりかねて足踏みをしながら、エリエラを振り返った。
「そんなはず・・・・ないと思うわ。天候体験型の特殊プラントでなきゃ、雨も雪も 雷も起きるはずない・・・・んだけど・・・・。」
しかし、目の前では粉雪が舞っている。これは如何ともし難い事実だ。
「この温度は、プラントの温度管理設備の故障と考えるのが正しいと思う。空気 は一応管理されているようだから、エアダクトから出た水蒸気がこの気温で凍っ た、というのが妥当な線だろう。」
デュロイがもっともらしく理屈を並べた。一行はなるほど、と頷いたものの、事 態が好転した訳ではない。
「故障ってったって・・・・これじゃ・・・・住民の命に関わるぞ・・・・。」
ジャケットの前をかきあわせて、セージが言う。確かにそのとおりだろう。
「おぃ、赤んぼは平気か?」
クェーサーが、エリエラの肩を抱きながら、彼女の腕の中を覗き込む。
「ご機嫌よ。案外丈夫なもんね。」
クェーサーの腕をつい、と避けて、エリエラが答える。彼女の言葉通り、息子の ユーヤはニコニコと笑顔でご機嫌な様子。
「リューは平気か?」
デュロイの声に、セージも慌ててリューを振り返った。リューの身体は人間とは 違う。寒いのに弱いのか強いのかわからないが、弱かったらこれはまずいだろう。
「へーき、だけど、うごけなくなる。」
リューは小さな声でそれだけ言うと、しゃがみこんでしまった。
「リュー!」
リューの体に触れてみると、氷のように冷たい。リューは普段からひんやりして はいるが、これは冷え過ぎだ。
「やばい、リュー死んじまう!起きろ、寝たら死ぬ!」
セージはリューを抱き上げて揺さぶった。
「せ、せーじ、ゆ、ゆらすと、ふらふらする。」
リューは首をガクガクと揺さぶられながら、必死で主張する。
「寒いと、ムーサは眠る。うごくのたいへん。」
「なるほどな。」
これ以上動揺したセージに揺さぶらせていたのでは、リューが可哀相だと判断し たデュロイが、セージの腕からリューを取り上げた。
「冬眠だ。ムーサは発見されるまで、故障したプラントに生息していた。自己保 存能力がそういった形に発展したんだろう。」
もっともそうな事を言って、よろよろしながらリューを背負う。
「とりあえず、宿に向かおう。室内ならそんなに寒くないだろうからな。」
「そうよね。」
リューを背負って歩き出したデュロイの腕に、シェンナは自分の腕をからめる。
「・・・・シェンナ、なぜくっつく?」
背中のリューと左腕のシェンナの重みで、非力なデュロイはふらついた。
「えー?だってぇ、寒いから。」
「寒いのはわかるが、離れてくれ。重いし歩きにくい。」
デュロイはきっぱりとシェンナを引き剥がした。シェンナはブツブツ言いながら も、仕方なく一人で歩く。
「お前の親戚んち、近いのか?」
リューを背負うデュロイの荷物を持ってやりながら、セージは尋ねた。
「すぐそこだ。こんな状況だと、近いことが有り難いな。」
一行は寒さゆえ無駄口もきかず、一心に前へ進んだ。家に入れば、暖かくなるこ とをひたすら願って。

 そもそもの始まりは、セージとデュロイのケンカだった。子供っぽくて男のロ マンに憧れるタイプのセージと、真面目一徹で融通の利かないタイプのデュロイ は、常日頃からケンカが絶えない。特にデュロイは、セージの前だと虚勢を張っ て尊大な態度になってしまう癖がある。そんな2人が顔を合わせて、ケンカが始 まらない日はなかった。
 それをいつも気に病んでいるのが、2人の師匠にあたるエリエラだった。彼ら がケンカばかりするのは、コミュニケーションが足りないせいかもしれない、と 思ったエリエラは、仕事仲間を集めての旅行を計画したのだ。
 彼らの職業は、宇宙を漂う廃船となった宇宙船から、パーツを剥ぎ取って売る、 リサイクル業だ。なわばり等の関係上、同業者同志は対立することが多いが、そ れでも情報交換を行ったり、共同作業をしたりするようなグループは存在する。 そんなグループの一つに、エリエラやセージ達が属している訳だが、今回はその グループの慰安旅行、という名目に設定したのだった。
 結局参加することになったのは、エリエラ、セージ、デュロイ。それにセージ の相棒の宇宙人リューと、デュロイにラブラブのお嬢様シェンナ、エリエラにラ ブラブの元ヤクザのクェーサーの6人。それにプラス、エリエラの次男のユーヤ。 本当はユーヤは連れてくるはずではなかったのだが、エリエラの夫の出張と旅行 が重なった為、仕方がなかった。ちなみに5才の兄トーヤは、幼稚園のお泊り保 育らしい。
 クェーサーは元々は、セージの知り合いだった。若さゆえの無謀で悪いことを しまくっていたセージの、先輩の先輩くらいにあたる顔見知りだったのだ。それ が、いきなり盛り場に飛び込んで来て、セージの頬を2〜3発引っ叩いて更正さ せたエリエラをたまたま見ていて、彼女にヒトメボレしたらしい。当時既に人妻 だったエリエラに付きまとい、結局職業まで変えてしまった。ご苦労様なことで ある。ただ、性格はカラッとしているので、付き合いづらくはないのが幸いだっ た。
 いつもシェンナが連れている2〜3人のボディガードは、今回は家に置いてき たらしい。ボディガードを雇っているのはシェンナの父親なので、せっかくデュ ロイと一緒の旅行に父親の監視があるのは嫌、という事らしかった。
 とにもかくにも集まった6人は、デュロイの進言により、木星圏のガニメデ周 域旅行をすることに決定した。ガニメデにあるH−03には彼の実家がある。彼 の親戚も大体ガニメデのHナンバーにいるので、宿を捜す手間が省けるわけだ。 親戚の中には宇宙船の組立工場の幹部もいて、頼めば工場を見せてもらえるとい うのもポイントだった。
 そしていくつかの観光スポットを見て回り、木々や草花など、緑の多いH−0 8を最後に訪れた時。ものすごい寒さに見舞われるというハプニングがやってき たわけだった。
 大きなケンカもなくそれなりに平和な旅行だっただけに、悲劇、だった。

「ここ、だ。」
全員、雪道をこんなに真剣に歩いたのははじめてだった。滑ったり転んだりを繰 り返してボロボロになった彼らが歩いた道程は、確かに僅かな距離だったが、そ れは道に雪が積もってなどいない状態での話だ。到着した頃には心身ともに彼ら は、丸一日歩いたかのように疲れ果てていた。
「着いたぁ。」
セージは雪の上に荷物を投げ出し、しゃがみこんだ。デュロイはしゃがんだセー ジの背中にリューを降ろすと、ドアの横の呼び鈴を押した。
 高層の管理住宅が多い昨今では珍しく、広い庭を持つ一軒家だ。これはデュロ イのほかの親戚もそうで、ロファン家はこういった前時代的なものが趣味らしい。 こんな家庭で育てば、今もなお眼鏡愛用というのもうなずける。
「おお、着いたか。ようこそ、よく来たね。」
呼び鈴が鳴ってすぐに、デュロイと同じ金色の髪をした中年紳士がドアを開けた。 彼がこの家の主人だろう。
「叔父さん、久し振りです。」
デュロイは笑顔で右手を差し出す。
彼の叔父はがっしりとその手を握り返すと、くしゃくしゃとデュロイの髪を撫で た。
「大きくなったな。・・・・さ、こんな所で話もなんだから、上がりなさい。皆さん もさぁ、どうぞ。」
ふと、セージは嫌な予感がした。そして20秒後、その嫌な予感があたったのを 実感するのだった。

 寒い。家の中なのに寒い。呼び鈴が鳴ってすぐ出てきたはずのデュロイの叔父 が、モコモコと着膨れていたのがひっかかっていたのだが。家の中も寒いのでは 着膨れもするだろう。
「プラントの温度設備が壊れててね。いや、ここのは壊れやすいから、私たちに とってはいつもの事なんだが。」
一同の自己紹介の後に、デュロイの叔父、ルタークはそう語った。部屋には骨董 品の暖炉があり、炎は赤々と燃えていたが、部屋の寒さはあまりましにはなって いない。ルタークの妻、ミリアが暖かい紅茶を一行に配り、みなかじかんだ手を 必死で温める。
「いつもの事って・・・・寒いじゃないですか。」
どう突っ込んでいいものかと悩み、結局デュロイは当たり前なことを言ってみる。
「あぁ、寒いよ。ガニメデは氷の惑星だからね。」
「いやそうじゃなくて、困るじゃないですか。雪まで降るし・・・・。」
「家の中でじっとしていれば、さほど困らないさ。雪も、他のプラントでは降ら ない珍しいものだ。慣れれば綺麗なものだよ。」
ルタークは、おっとりと窓の外を眺める。確かに、暖炉がある骨董品のような部 屋から眺める雪景色は、趣深いものがある。しかし、寒い。
「このプラントの役所は何をしてるんですか?こんな状態がしょっちゅうあるな んて、怠慢もいいところだ。」
デュロイは紅茶をすすりながら激昂する。怠慢は、デュロイのもっとも嫌う言葉 の一つだ。
「ここは自治領だからね。税金も安いし、このくらいは仕方ないよ。」
そうなのだ。ガニメデの中でも、このH−08プラントは少々特殊なのだ。
 惑星移住が当たり前になり、火星圏から順番に、人々は引越しを進めて行った。 しかし、宇宙政府が用意したプラントのうちいくつかは、ほとんど人が住まない ままに稼動を開始した。プラントが不足するのを恐れて、先手を打ちすぎた、つ まりプラントが余ってしまった訳である。H−08は、そんな過疎のプラントの うちの一つだった。
 宇宙政府はそんなに金持ちという訳ではない。むしろ貧乏だ。ほとんど人が住 んでいないプラントの、重力装置や空調設備を動かしていられるほどの金はすぐ に、どこからもひねり出せなくなった。そこで政府が取った政策は、一般に運営 権を売り渡すという事。企業や個人の、金の余った道楽者が、いくつかのプラン トを宇宙政府から買い上げた。
 買い上げられたプラントは、運営資金は持ち主から支払われる。宇宙政府から 買い上げる時の条件の一つとして、住民から徴収する税金は、宇宙政府が定めた 金額以上にしてはいけない、というものがある。大抵のプラント主は、そのギリ ギリを徴収して、自分の王国を運営している訳だ。
 しかし、H−08はその税金が他よりかなり安いのだ。緑が多く、家は皆一戸 建て、古の地球の様子を再現した珍しいプラントなのに、税金が安い。何か裏が あるだろう、と思いきや、温度設備が壊れっぱなしというマイナス面があったと いう訳だ。

「とりあえず・・・・今晩はもう寝ましょう。」
寒さに頬を引き攣らせながら、エリエラがこの場をまとめる。確かに雪道をゆっ くり歩いてきたせいで、時間も遅いし疲れている。
「ええ、寝室の準備は出来てるわ。こちらへどうぞ。」
ミリアの案内で、ぞろぞろと2階に上がる。
「客間は二間なの。それぞれベッドを3つずつ入れてあるわ。」
セージはくるりと回りを見回した。ユーヤは別とすると、6人。しかしこの中で 女性なのは、エリエラとシェンナだけ。性別に問題があるのではないだろうか。
「セージ?」
既にシェンナが入って行った右の部屋の前で、エリエラがセージを呼ぶ。セージ は動揺した。いくらなんでも女性と一緒の部屋というのは・・・・。
「なにやってんの、重いでしょ?」
「え?」
「リューしょったまま寝る気?早くベッドに降ろしなさいな。」
「・・・・・・・・あ、りゅ、リューか!」
そうだった。普段男の子の姿なのですっかり男と思い込んでいたが、リューに性 別はない。オマケに眠ったまま起きないので、女性の部屋に置いておいて何の問 題もないのだった。セージは赤面しながら、女性部屋のベッドにリューを降ろす。 一応布団をかけてやっておやすみを言い、セージも男部屋へ移動した。
「寒ぃな。こりゃぁあんまりだぜ。」
クェーサーは、パジャマの上にセーターやジャケットを重ねて着て、布団に潜り 込んでいる。
「住民はよくクーデターを起こさないな。」
デュロイも、パジャマの上にカシミアのカーディガンを羽織っている。
「それを言うならお前の叔父さんだよ。なんであんなにのん気なんだ?」
セージも、パジャマ代わりのスウェットを2着一度に着ている。
「こんっっなに寒いのに、どうして気にしてないんだ!?下手したら死ぬぜ、こ れ。ストーブもきかねーし!」
布団に包まったままストーブの前に移動しても、なかなか身体は温まらない。
「本当に・・・・いくら税金が安くても、これはヒドイな。」
デュロイは既に、役所の所業に対して青筋を浮かべている。相当怒っているよう だ。
「プラント主はここ住んでんのかね。こんなに寒いんじゃ、自分も辛いぜ?ショ バ代で賄えねぇようなら、税率アップとかすりゃぁいいじゃねぇか。」
いつもは多少巻き舌ぎみのクェーサーも、歯の根があわずに喋りにくそうだ。
「とにかく、眠っちまわなきゃぁな。明日んなればちっとは直ってるかもしんね ぇし。」
「眠ってる間に死んじゃったりしねーよな。」
「・・・・・・・・安心しろ、葬式はうちから出してやる。」
「・・・・・・・・・・・・。」
こうして、彼らの歴史に残る寒い日々の一日目が幕を閉じたのだった。



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