
――― 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
白い氷原を抜けると楽園であった。
父は今日も戦っている。
健闘を祈る。 匠平 ―――
「父さん……」
手紙を読み終えて切手を見た。スタンプには小さな異国の文字が刻まれている。―――何処にいるんだ、父さん……。と、 北の空に想いを馳せようとした刹那、
「りょーうへーーー」
甲高い声が彼方から近づいてきて、俺の想いをかき消した。今日はやけに響くゼ。
「良平ったらぁ、なあに浸ってんのよぅ」
仔猫のような 大きな瞳で俺の顔を覗き込みながら笑っている、この甘ったるい声の持ち主は俺の幼なじみのケイ。その隣にいるのは、 確かクラスメイトの……おっと、俺の紹介が遅れちまったな。俺の名前は御手洗 良平。探偵さ。訳あって今は旅の途中。だが、俺の辞書には有給休暇という文字はない。今までも 毎日を 戦い続けるつもりで生きてきた。もちろん、―――これからも そうさ―――。
「御手洗くん?」
その控えめな声で我に返った。ケイの隣にいた、クラスメイトの竹井 まどかが心配そうに俺の顔を見つめていた。
「良平?なに自分ワールドに浸ってんのよぅ」
「ああ、何でもない……」
本当に何でもない沈黙だったのに、ケイはどうやら俺の事を心配しているらしい。ケイもこう見えても、案外かわいいヤツだ。 こいつには厄介な心配事はかけなくない。この手紙の事は暫く伏せておかなくては。――― せめて、せめて この旅が終わるまでは ―――。
「良平?なぁに、その手紙」
そんな俺の考えを余所に、ケイが俺の手の中から手紙を奪った。
「ケイ?何見てんだよ……っと、御手洗も一緒か」
そう言いながら俺たちに近づいてきた男 ――― 早乙女 瞬介がケイの隣に並び、父さんの手紙を覗き込んだ。
「……良平……、この手紙……」
「父さんからの手紙だ」
「おじさま……ご無事なの?」
「……大丈夫さ、手紙を送ってくるくらいだから、きっとどこかで元気に戦ってるさ」
蒼ざめた顔をしたケイを励ますように、俺は半分思ってもみないことを口走った……が、声に力が入らなかったらしい。 そんな俺を見て、早乙女がえらく神妙な顔をした。
「御手洗……、強がりは俺らには言うな」
「そうよ、もうおじさまには3年も会っていないんでしょう!?」「御手洗くん……」
控えめに口を挟んだのは、今までケイの一歩後ろで控えめに様子をうかがっていた竹井 まどか。
「……もしかして、その手紙に、御手洗くんのお父様の居場所の手がかりが書かれているのではないかしら?」
「そ、そうよっ!良平。この手紙に暗号が隠されているんだわっ!」
「ケイ……それに竹井も、サンキュ。」
「嫌だわ、良平ったらぁ、他人行儀なんだからぁ。ダメぇッ!!」
「そうだぜ、御手洗。俺はおまえに借りを返さなきゃならないんだぜ?」
早乙女がウインクし、ケイが大きな瞳で俺を見つめる。竹井まどかは心細そうな顔。
「よしッ!この手紙の謎を突き止めよう!!」
*
「御手洗くん……。眠れないの?」
非常階段で夜風に当たっていた俺に話しかけてきたのは、心配そうな微笑みを浮かべた 竹井まどかだった。異国での第一夜が 過ぎようとしていた、まさにその時である。
「……まぁな。……でも別に大した事じゃないさ。……父さんの手紙を読んだ日は、たまに眠れなくなるだけさ」
俺の隣に、竹井まどかが並んで腰掛ける。2人の頭上で、異国でもその輝きを絶やさない月が いつもよりも少し 青白い顔をしていた。
「御手洗くん、今日はずっと考え事していたわ……。そんな御手洗くんを見たの、初めて。」
「じゃあ、どんな俺だったら見た事あるんだい?」冗談めかしていったつもりだったのに、謀らずとも真剣な表情で彼女を見つめてしまった。目の前に竹井まどかのまっすぐな瞳。 ……俺は、何故だか目が逸らせなくなってしまっていた。刹那。
「はっはっはっはっはッ!!ヤキが回ったなぁ、御手洗ッ!!」
いつのまにか怪しい人影が、満月に重なっていた。
「な、何者だッ!?この俺を御手洗 良平と知っての狼藉かッ!」
「ふははははははは……、天知る 地知る メンチ 知る! 」
「そ、その声、その決め台詞は……おまえ、もしや 御影堂 朔也かッ!?」
御影堂 朔也と呼ばれた怪しき影が、言った。
「そうだ、御手洗。おまえを追って俺は、はるばるこの遠き異国の地まで来たってモノさッ!」
「あっ、御手洗くん!後ろッ!!」
その瞬間。……眩暈にも似た暗闇が 俺を 優しく包み込んだ。