*** 三島菜々  四通目 ***

 東京都渋谷区神宮前2―24―16 サニーサイドガーデン805 若草めぐむ様

 先生、オムライスを作ったことってありますか?パラパラになるまで念入りに炒めたオレンジ色のチキンライスを半熟よりすこし強めに火を通したオムレツで包む、一番単純で、一番あどけないオムライス。子どもの頃、わたしはオムライスが大好きで、「夕御飯になにが食べたい?」なんて聞かれると、つい「オムライス!」と答えてしまっては母を苦笑させていました。
 わたしの姉は卵アレルギーで、家では卵を使った料理は、できる限り排除されていたのです。絵本に出てくるようなつやつやとしたゆでたまごやオムライス、甘くてふわふわのパウンドケーキに、幼いわたしはずっと焦がれ続けました。わたしがオムライスを食べられるのは、姉が出かけていていないときと、外食のとき、それから祖母がこっそりとわたしを呼んでくれる時だけ。なかでも祖母の作ってくれるオムライスはとてもおいしくて、食べられる時は、本当に嬉しかった。けれどもそれを食べるときには決まっていつも、喜びとともに、形容のしがたいうしろめさ…罪悪感を感じなければならなかったことをよく覚えています。
 昨日の夜、ふいに思い立ってオムライスを作りました。1人で暮らすようになって随分たつのに、そういえばわたしはまだ一度も自分でオムライスを作っていなかったことに気がついたからです。
 先生、卵を割るのって、思ったより難しいんですね。怖がっていてはいつまでも割れないし、けれども少しでも力をいれすぎればぐしゃりとつぶれてしまう。
 上手に割れるようになるまで、もうひとつ、あともうひとつ…と割っているうちに、気がついたときにはボールの中に、奇妙に歪んだ生の卵が、あふれんばかりに浮かんでいました。
 卵の殻で切った私の指から滴ったのか、あるいはもとから入っていたのか、わずかに盛り上がった黄身の上には真っ赤な血液が斑点のようについていて、わたしは結局その卵をすべて生ゴミの袋に捨てました。
 今日の昼、パステルハートの編集部に行きました。昭栄社ではシュレッダーにかけるゴミを回収する当番が持ち回りであって、今日はわたしがその当番にあたっていたのです。
 パステルハートのごみ入れでわたしがなにを見つけたか、おわかりですよね?
 先生、わたしは先生が編集の方に送ったFAXに関して、怒りや憤りを感じたりしているということは全くありません。むしろ、今まで先生に出した手紙の内容を省みて、わたしは少しでも多くの思いを伝えようと逸りすぎて、感受性の鋭い先生を混乱させてしまったことを、反省しているくらいです。ごめんなさい、わたし、急ぎすぎていましたよね。
 でも先生、わたしの方が先生よりも作家に適しているなんて、そんな風に自分の才能を間違った方向に解釈したりすることはどうかしないでください。
 わたしと先生は、確かに共鳴しあう、よく似た魂を持っているけれど、でもわたしの感性が深く深く、どこまでも内に潜って探求してゆくものであるのに対し、先生の感性はそれを解放し、外の世界に広めゆく方向にあるものなのです。そうでなければ、わたしたちが別々の人間に生まれた意味がありません。
 先生、勝手に先生の住所を調べてごめんなさい。でも、わたしは先生に逃げて欲しくないのです。この世界の矛盾から、そして、自分自身の矛盾から。
またお便りします。

三島菜々

 暗転


  *** 若草めぐむ 四通目 ***

暗転の中、効果音 …FAXの音 が鳴り響く。→明転

 FAX送信表、夢野愛様。本状を含めて二枚。
 夢野先生、こんにちは。留守電聞きました。お体を壊されたとか。原稿落とさないですむといいですね。体は大事にしてくださいね。ほんとに心配です。
 金沢への旅行、この調子だと無理そうですね。実は、編集の杉村さんとイラストレーターの河内さんも都合が悪くなったんだそうです。だからどっちみち旅行の件は、夢野先生と相談しなくては、と思っていたところでした。新年会の時はみんな大乗り気だったのに、とっても残念です。ほんとに、残念。
 お具合の悪い夢野先生に言うのもなんですが、わたしは近頃気が滅入ることが多くてちょっとまいっているのです。うまく言えないのですが、熱狂的な読者の手紙に悩まされているのです。彼女の熱心な手紙がわたしには重荷…ていうか、意識しちゃってだめなんです。なぜ彼女があんなにもわたしに理解を示すのか、そしてわたしに関わろうとするのか。ただ楽しい少女小説を書いているだけのわたしになぜそこまで…なんて考え込んでしまいます。
 応援してくださるファンに対してこんなこと言うなんて、と夢野先生は思われるかもしれませんが、彼女は昭栄社でアルバイトをしているらしく、処分に出されたわたしの私文書を読んだり、あげくわたしの家の住所を調べて、編集部宛ではなく家に直接手紙を送りつけてくるのです。少し怖い気がします。
 編集の杉村さんは、わたしの話を聞いて「それって流行のストーカーじゃないの?」なんて冗談まじりに言っていました。他人事だと思って。でも、なんなんでしょうね。彼女にしてみればファンレターを送っているだけなのに、ストーカーっていうのも、ひどすぎるかもしれませんよね。わたしが気にしすぎているのかもしれません。でも、彼女からの封書をみただけで本当に気が滅入ってしまって、原稿も思うように書けないのです。それで余計に落ち込んじゃったりして…。
 すみません嫌な話しちゃって。つまり何が言いたかったかというと、そんなこともあって、ここはひとつ金沢へ旅行でもして、気持ちをリラックスさせたいなあ、なんて思っていたのです。〆切前ってナーバスになりやすいし、ささいなことが気になっちゃう、なんて、珍しくないですよね。プロなんだからこんなことに負けてはいられません。
 そうそう、今日は近所の花屋さんでカモミールの鉢を買いました。とってもいい匂いがするのです。神経をやすめる効果があると以前雑誌か何かで読んだので、気分転換に購入したんです。〆切が近くなければ、夢野先生のお見舞いに持っていきたいところなのですが、残念ながら時間がとれそうにないのです。わたしも原稿がんばります。先生も早く元気になって原稿をあげてくださいね。わたしも一読者として次回作期待してます。

若草めぐむ   


   *** 三島菜々 五通目 ***

東京都渋谷区神宮前2―24―16 サニーサイドガーデン805 若草めぐむ様

 前略、先生、原稿は進んでいらっしゃいますか?なんて、まるでわたし先生の担当さんみたいですね。でもそうなったらどんなにいいだろうと、最近よく思います。そう言えば、パステルハートの杉村さんと、この前一緒にお茶を飲みました。
 昭栄社のビルの近くにある喫茶店の「ブルーム」、先生も何度か杉村さんとの打ち合わせにお使いになったそうですね。採光がやわらかくて、置いてある植物が生き生きとしているところがお気に入りなんだとか。わたしの家の近所の行きつけのお店にとてもよく似ていて、やっぱりわたしと先生は感覚が似ているんだなとしみじみと感じてしまいました。
 杉村さんは、最初わたしと先生の関係を全く知らずにわたしを誘ってくださったのですが、お話しているうちにそれをわかり、大変驚かれていました。杉村さんは、わたしのことを誤解していたとしきりに謝られ、これからも若草先生の応援をよろしく頼むと言ってくださいました。
 先生、わたしはやっぱり先生とは運命のようなものを感じます。杉村さんとお話したその日の夕方、わたしはバイトの先輩方ともう一度「ブルーム」に入ったのですが、その時向かいにあるお花屋さんで、ミントの鉢植えを買っている女性を見かけました。
 先生、先輩に「あの人が作家の若草めぐむさんだよ」と、教えてもらったときのわたしの驚き、感動の大きさを先生はわかって頂けるでしょうか? 
 ミントの鉢植えは、他の少女小説家の方へのお見舞いとしてご注文なさったそうですね。
先生は、ほんとうに感受性が豊かでやさしい方です。あまりにも優しすぎて、なんだか心配になってしまうくらい。
 そうそう、杉村さんとお話した際、今度は3人一緒にゆっくりお茶を飲みたいですねという話になり、先生の電話番号を教えていただきました。先生と直接お話するのはなんだかまだ緊張してしまいそうですが、明日思いきってかけさせていただこうと思っています。
 追伸:先生、原稿の進行が思わしくないそうですね。今度はわたしが先生に、ハーブをプレゼントしましょうか?先生にはミントより、カモミールの方が似合うように思います。

三島菜々


   *** 若草めぐむ 五通目 ***

効果音 …FAX送信音。今までよりも大きい音で、
ヒステリックに。

 FAX送信表、昭栄社パステルハート編集部、杉村様。本状を含めて二枚。
 どうして三島菜々に、わたしの家の電話番号を教えたのですか。
 わかります。彼女は良識ある無邪気な女性なのかもしれません。だけど、今のわたしにとっては、辛いだけです。杉村さんはわかってくれていると思っていたのに。
 すみません。原稿、なんとか〆切に間に合うようがんばります。これからもよろしくお願いします。

若草めぐむ

もう一度FAXの音。今度は普通の音量で。
めぐむの聡への手紙。→BGMあり。

 FAX送信表、本多聡様。本状を含めて二枚。
 聡、なんだか最近すれ違いが多いみたいで、連絡がつきませんね。ちょっと今、あなたに会いたいなあ。
 すれ違いっていうか、あなたがわたしに電話をしても、もしかしてお話中の場合が多いのかもしれません。というのは、最近、わたしはどうやらストーカーというものにあっているのです。電話が、しょっちゅう鳴っています。(このFAXも、その隙間をぬってやっと送っているの。)でも電話に出ても、すぐに切れてしまうの。相手はたぶん、いつもいつもわたしに手紙を書いてくる読者の女性だって、わかっているんだけど…。わたしはちっとも彼女のことがわからない。なのに彼女はわたしのことを見張っていて、まるでなんでも知っているみたい。…なんでも、なんてそんなわけないのにね。
 ごめんねちょっと、相当疲れちゃってるので、おかしなこと書いちゃったりするかもしれないけど気にしないでね。
 聡とは、もうずいぶんちゃんと話してないね。原稿あがったらゆっくり会いたいな。ただ喫茶店とかにふたりで行って、ゆっくり。
 買ったばかりのカモミールを枯らしてしまいました。水を、あげわすれてしまったの。嘘、水をあげたくなくなったの。どうして彼女が、わたしがカモミールを好きなこと、わかったのかしらと、考えている内に。もったいないことしてしまったな、カモミール。
 とりあえず、こんな事情なので、もうすぐ電話番号変えたいと思います。その前に一度、いつでもいいので、連絡ください。

めぐむ


*** ブリッジ メランコリック・プランツU ***

水を捲くのがすき。
花を愛でることよりも。(菜々)
水を汲みに行きましょう。砂漠を越えて行きましょう。(菜々)
渇いた花に水をください。赤茶けた花弁が砂になる前に。(めぐむ)
陽の光を遮られた緑のように、色あせていく感じ。(菜々)
まるでゆっくり、置き去りにされていくみたい。(めぐむ)
切り花には、花瓶になみなみ満たされた水を
吸い上げるほどの力がないの。(菜々)
多すぎる愛情はいつだってわたしを憂鬱にした。(ふたり)


*** 三島菜々 六通目 ***

 FAX送信表 若草めぐむ様 本状を含めて 2枚
 先生、カモミールを枯らしてしまったそうですね。最近心ここにあらずといった感じみたい。先生の精神状態、わたしには痛いほどわかります。今、すごくつらい時期なんですよね。わかります。わたしもそういうときがありました。そう、わたしもやっぱりその時、植物を枯らせてしまったんですよ。わたしの場合はアンセリウムだったのですが、部屋の隅でいつのまにか死んでしまった植物の存在の重さって、ある意味生きているとき以上のものがあるように思います。茶色く萎びたハート型の葉っぱを残して枯れたアンセリウムが、なんだか自分自身の姿のように見えて、あの時はほんとうに気が滅入りました。
 先生、もしかしたら対人関係がうまくいっていないのではありませんか?植物が枯れるというのは植物とコミュニュケーションがとれなくなってしまうということ、心が通じなくなってしまうということで、そういうときって、動物や人間相手でも同じように心が通じないということがおこっている場合が多いんだそうです。
 以前にも書いたと思うのですが、先生はハッピーエンドということにこだわりすぎて、いろいろなことが見えにくくなっているのではないですか?
 先生、先生はすばらしい人です。わたしは先生とこんなにも共鳴できる人間であることを誇りに思っています。だからわたしは先生に、先生の本当の価値がわからない男の人なんかにいつまでもこだわり続けて貴重な時間をむだにして欲しくないのです。
 先生に、ベンジャミンを送ります。これをわたしや先生自身だと思って、心を落ち着けてゆっくりと対話してみてください。先生にはもうわかっているはずです。先生自身をほんとうに理解し、真の心で接しているのが誰なのかを。
…FAXを送信するのにもだいぶ慣れてきました。手紙よりも簡単で、便利なものですね。
それではまた。

三島菜々


   *** 若草めぐむ 六通目 ***

 東京都 豊島区 東池袋 2−3−2 コーポ橘201 本多聡 様
 聡へ。お元気ですか?どうしていますか?わたしは、あまり元気とは言えないなあ。なんて、まるで遠距離恋愛でもしてるみたい。そんなに遠くないのにね。でも忙しくてなかなか会えないという意味では、ちょっと遠いのかもしれないですね。
 なぜ電話でもFAXでもなく手紙を出したかというと、この前も話したストーカーに、なんだかわたしの送信しているFAXを読まれているような気がしたからです。電話だって盗聴されているかもしれません。
 わたしは今、三部作完結編「エルダの予言」の原稿が思うように進まず、苦心しているところです。ヒロイン仁科寧々ちゃんは、現在わたし以上に過酷な状況に置かれています。敵に自分の所在や素性がばれてしまうし、愛しの甲斐くんは、底意地の悪い水の妖精に誘惑されて行方不明。そしてショックを受ける寧々ちゃんをかばった忍くんまでが大怪我をしてしまったのです。ああどうしましょう。こんなときわたしなら、どうするかしら?と考えてみます。聡がいなかったら、わたしどうすればいいんだろう。いつもなら勇敢な寧々ちゃんなのに甲斐くんがいなくなったとたん途方にくれてしまったのです。
 いつも楽しくて元気でちょっぴり切ないラブコメを書いてきたのに、どうしてこんな物語になってしまったのかな?いつもみたいに、ハッピーなエンディングが思い浮かばないの。いつだってわたしは、みんなでハッピーになる方法を思いついてきたのに。
 あ、ごめんなさい。なんだか悲しくなってしまいました。便せんの端に涙を落としちゃった。情けないなあ。聡に、「ばかだなあしっかりしろ!」ってひとこと言われれば、元気が出そうな気がするんだけどな。………
 どうして連絡くれないの?ずっと待ってるのに。もしかして、三島菜々から変な手紙が来たとか、無言電話があったとか、そんなことはありませんでしたか?迷惑、かかっていませんか?もしわたしのせいで何か嫌な思いをしていたらごめんなさい。
 電話番号を変えました。便せんの裏に書いておきます。声を聞かせてください。できるだけ早く。わたしだめになりそうです。

若草めぐむ


   *** 三島菜々 七通目 ***

 FAX送信表 若草めぐむ様 本状を含めて2枚
 おはようございます!先生。朝早くからFAXしちゃってごめんなさい。でもこの喜びを一刻も早く伝えたくて、夜中からうずうずしていたんです。先生、占いって信じますか?わたしは、結構信じちゃうんです。
 それで先生、すごいんです、よく聞いてください。もうすぐ先生にとって、そしてわたしにとって二度目の生誕の日となる日がやってくるという暗示が出ているんです。
 …ごめんなさい、わかりにくいですよね。無理もないです。でも、十二星座で見ても、十三星座で見ても、風水でみても、タロットで占ってもぴったりその暗示が出ているから、まちがいありません。今月、ふたりの運命を決定的にするなにかが起るの。そしてそれをきっかけにして、わたしたちは強く反応しあい、再生するというのです。具体的に何を意味しているのかはわかりませんが、先生とわたしの運命の日がやってくるのです。すごく楽しみです。もしかしたら、わたしが先生に本当にお会いすることができて、そしてそのとき何かが変わるのかもしれませんね。わたしたち、出会うことで完璧になれるんだと思います。
 先生、辛い時期はもうすぐ終わりますよ。心配いりません。そうそう、先生をほったらかしにする彼のことなんか忘れましょう。すごく気にしているそうですね。杉村さんから聞きました。それから、なんだか悲しい誤解を受けているようですね。彼から連絡がないのはわたしのせいではありませんよ、先生。彼があなたに連絡してこないのは、彼があなたをちっとも理解していない証拠です。そしてわたしだけがそれをわかっているということです。原稿が思うように進まないせいで気が立っているんですよね。わかります。誰かのせいにしたかったんですよね。そういう時ってあります。わたしはちっとも気にしていないので、大丈夫ですよ先生。どんな形でも先生の作品に、先生に関われればわたしは嬉しいんですから。
 先生、先生という存在に出会うことができてわたしは本当に良かった。本当に幸せです。
 追伸:原稿の〆切、確か今日でしたよね?実はとてもおもしろい案を思いついたのでちょっと、書いてみました。つたない文章で恥ずかしいんですけれど、でも少しでもお役に立てたらと思って。昨日封書で送っておいたので今頃届いているかと思います。読んでみてくださいね。
 それでは先生、近々お会いしましょう。

三島菜々

もどる   つづき