ふたりの人魚姫(仮)
作: 叶 比見子
■ 原案・参考文献
アンデルセン童話 「人魚姫」
M・フーケー 「ウンディーネ」(水妖記)
ミヒャエル・エンデ 「サーカス物語」
カミュ 「誤解」■ 登場人物
ミカゲ(水影) : 妹姫(人魚姫)。現実ではイリエより年上。
知恵遅れ(自閉症)の少女。
イリエ(入江) : 姉姫(ウンディーネ)。現実ではミカゲより年下。
外へのあこがれが強い。女座長 : 海の魔女。海の女王。ミカゲとイリエの母親。
奇術師の老婆 : 語り手。
道化師 : 傍観者。
*** プロローグ・見せ物小屋 ***
道化師などがビラ宣伝をしている。座長は太鼓か何か鳴り物を持っている。
女座長 》さあさあ、寄ってっらっしゃい、見てらっしゃい。
日本一の見せ物小屋「 」だよ。当代随一の軽業芸。
ナイチンゲールの声を持つ歌姫。絶世の美女の水中演技。
これを逃すと大損だよ。サーカスの場面。メインのショーは、歌姫と人魚姫のレビュー。
景気良く女座長が口上を述べる。
ミカゲの踊りマイム(日本舞踊的)。イリエの歌(いくらか民謡的地声)。*** 楽屋・明日はしっかり ***
女座長 》近頃みんなたるんでるよ。明日からはもっときびきびやんな。
特におまえさん今日は、随分とちったね。
これからも失敗するようならくびにするよ。道具はきちんとしまったろうね。
手入れは充分にしておかないと、大きな事故にもなりかねないんだからね。
気を抜くんじゃないよ。おまえたちは物を粗末にしすぎるよ。
大事な商売道具、新調するような余裕はないんだからね。
さあ、今日はこれでお開きだ。みんな飲みすぎるんじゃないよ。
さっさと寝小屋にはいるんだよ。わかったね。
何度も言うようだけど、明日は特にしっかりやらないと承知しないよ。イリエ 》ああもう、調子上がんないわ。
ミカゲ 》大丈夫。お歌、素敵だったのと思う。
イリエ 》当然でしょ。それよりわたしの不調は
ミカゲのせいもあるのよ。
トリに入るところの動き、また間違ったでしょ。
ちゃんと打ち合わせ通りにやってよね。
女座長 》イリエ。そう、うるさく言うんじゃないよ。
この子は頭が弱いんだし、多めに見てやんなきゃ。
イリエ 》母さんはミカゲに甘すぎるわよ。この子のとりえと言ったら、
水の中で長く息を止められるくらいしかないんだから、
段取りくらいちゃんとしてくれなくちゃ。
ミカゲ 》ごめんなさい。あたし、悪いの。ごめんなさい。
女座長 》もういいから、おまえは邪魔にならないように静かにしておいで。
ミカゲうなずいて隅っこの方に座り込む。道化師が頭をなでてやる。
女座長 》だけど、明日はくれぐれも失敗のないようにしとくれよ。
うちの小屋にお金を出してくれる企業の方がみえるんだからね。
イリエ 》わかってるわよ、あのじいさんでしょ。
女座長 》それがね、社長さんじゃないんだよ。
イリエ 》どういうこと?まさか歳のせいであの世行き?
女座長 》さあ、まだ生きてるみたいだけどね。でもそう遠くなさそうなのさ。
イリエ 》じゃあ、あすは誰が来るのよ。
女座長 》社長のお孫さんだよ。
イリエ 》孫〜?じいさんの?
女座長 》そう、そいつが次期社長だとかでねぇ。若くていい男だって噂なんだよ。
イリエ 》噂でしょ?
女座長 》ともかく、その男にうまく取り入っておけば、
一座はこれからも安泰ってわけよ。
だからおまえ、あすはとびきり綺麗にしておいでよ。(意味有りげに)
イリエ 》ええ。そうね。
ミカゲおとなしくしているのに飽きてしまう。
ミカゲ 》ねえ母さん、今日のお仕事おしまい
女座長 》ああ、おまえはもういいよ。暇ならイカサマばあさんにでも相手してもらいな。
ミカゲ 》うん。
女座長 》(道化師に向かって)ほらおまえはまだ後片づけがあるだろ。
隅っこでぐったりしている老婆の所へ行く。
ミカゲ 》ねえ、お話しして。人魚のお話。
イリエ 》またその話か。だけどばあさんたら近頃ぼけちゃって、
でたらめばかり言ってるじゃないの。
聞いたこともないような、おかしな話ばっかり。
老婆 》あたしゃまだぼけちゃいないよ。
さあ、いい子にはお話をしてあげようね。
昔々…*** 人魚の姫君たち・海の上はきっと ***
効果:波→水中
音楽:アトランティス・9 あるいは イングリッシュ・ペイシェント・3
老婆 》昔々、遙か沖の硝子のように澄んだ深く青い海の底に、
人魚たちが暮らしていました。
その人魚の城の綺麗なこと。珊瑚の壁。琥珀の窓。真珠貝の屋根。
けれどそこに住む姫君たちの美しさは、お城などとは比べ物にならないほど。イリエ姫》どう?おかしくない?
ミカゲ姫》とっても綺麗よ。
イリエ姫》本当に?
ミカゲ姫》ええとっても立派。
イリエ姫》はやく海の上に行きたいな。
ミカゲ姫》いいなあ姉様、明日には行けるんだもの。
イリエ姫》おまえだってもう二・三日で行けるじゃないの。
ミカゲ姫》でももう待ちきれないわ。
イリエ姫》そうね。わたしも待ちきれないもの。
ミカゲ姫》女王様がいつも海の上の素敵なお話をなさるせいよね。
イリエ姫》地上では、照りつけるお日さまが、
火傷するほど砂を熱くする。
ミカゲ姫》夜にはお月さまが優しく照らし、
波を銀色に光らせるとか。
イリエ姫》夕暮れには、空は金色。
雲の色は様々な花の色。
ミカゲ姫》川近く町のそばまで上がっていけば
教会の鐘、人々のざわめき
イリエ姫》それに鳥とか、歌をうたう魚がいるとか。
足のある色々な生き物も。
ミカゲ姫》ああ楽しみ。今すぐにでも行きたい。
イリエ姫》女王様に内緒でおまえも一緒に連れていこうかしら。
ミカゲ姫》そんなことをしたら叱られるわ。
イリエ姫》でしょうね。お仕置きされるかもしれないわね。
あ、いけない。その女王様に呼ばれていたんだ。
ミカゲ姫》あらそれじゃあ早く行った方がいいわ。
イリエ姫》ほんと怒ると怖いんですもの。*** 魔女の思惑・魂を得よ ***
音楽:シュニトケ「レクイエム」6・7
イリエ姫》女王様、わたしのことをお呼びとか。
魔女 》おお、かわいい姫や。おまえ、人間のことをどう思うね。
イリエ姫》どうって…わかりません。まだ会ったこともないのに。
魔女 》人間はわたしたちとちがって不死の魂をもっている。
それは知っているね、おまえ。
イリエ姫》はい、何度もうかがっていますから。けれど寿命はわずか百年足らず。
魔女 》そうさ、
だが死んでも魂は海の上のそのまた上の天高くまでのぼっていく。
そしてまたいつか生まれ変わることができるのだよ。
素晴らしいことじゃないか。
イリエ姫》わたしにはよくわかりません。
「生まれ変わる」ということがそんなに素敵なことなのでしょうか。
魔女 》人魚は海の泡になってなにもかもおしまいさ。
不死の魂にくらべれば、人魚の三百年など儚いもの。
イリエ姫》魂が無いということは不幸なのでしょうか。
わたしにはわかりませんけれどでも、
なぜわたしたちは不死の魂を授からないのでしょう。
魔女 》わたしたちにも、不死の魂を授かる希望はある。
それは人間に愛され、結ばれることだよ。
そうすれば魂を分かつことになる。
イリエ姫》人間に愛されるなんて、そんなことができるのでしょうか。
だって人間は、この美しい魚のしっぽを
自分たちには使い方がわからないからって醜いなどと言って、
それで二本のつっかい棒をお上品ぶって足なんて呼んでいるのでしょう。
魔女 》そう、だけどおまえたちは足さえあれば、
人間から見てもとても美しい姿をしているのだよ。
それに人魚には「歌」があるからね。
どういうわけかわたしたちの歌は、人間に大変な魔力を持つ。
男たちはその声から逃れられやしないんだよ。
イリエ姫》女王様、それがわたしと何の関係あるのでしょうか。
そのお話、わたしには少し退屈ですわ。
魔女 》良くお聞き、おまえは陸へ上がって、魂を得るのだよ。
それが一族の長であるわたしの望みなのだ。
あす、おまえは十五の歳になるね。海の上に上がることが許される歳だ。
イリエ姫》女王様、わたしを人間にするおつもりで?
魔女 》そうとも。おまえも陸の世界にはあこがれていただろう。
イリエ姫》それは。でも人間になるなんて考えたこともなかったのに。
魔女 》ここに薬がある。わたしが長年魔術を駆使してやっとできた薬だよ。
これなら何の副作用も無く、人間と同じ二本の足が得られる。
イリエ姫》のままのわたしでは、なくなるのですか?
そんなの嫌です。三百年、海で楽しく過ごせればいいじゃありませんか。
魔女 》そう案ずることはない。もし人間の男の愛を得るのに失敗したなら
薬の効き目は切れてお前は人魚に戻る。
そうなったときはおまえはここへ戻ってきてもいいのだよ。
イリエ姫》だけど…恐ろしいことです。海から離れるなど。
魔女 》いいから、覚悟を決めることだ。
わたしがこの海を治めるようになって、もうずいぶんになるが
只々消えていく一族のさだめをわたしは変えたいのだよ。*** ブリッヂ 道化師 ***
現実に一度戻る。一呼吸。
女座長 》ほら、今日はそれぐらいにして、さっさとおやすみ。
あすはしっかりやってもらわなきゃならないんだからね。
イリエ 》やっぱり、おかしな人魚姫の話なんかして。
なんの副作用もなく人間になれたりしたんじゃ、あっと言う間に
めでたしめでたし。お気楽な話ね。
老婆 》いいやこれは、姉姫の話。これで本当さ。そしてこれから妹姫の話だよ。*** あの嵐の日 ***
効果:嵐
ミカゲ姫》あの日はひどい嵐でした。
だけどわたしはあの嵐が愛しくて忘れられない。
あの日きらびやかな船から、あの方をこの海へ振り落としたあの大嵐。
激しい波のまにまに、あの方を見つけ浜辺まで抱いて行った。
あの大波が今も胸の中で騒いでいるのはなぜなのか。効果:さざ波
音楽:哀愁ある讃美歌
ミカゲ姫》人気のない砂浜に朝日が射した。
もう少しこのかたのお顔を眺めていたいのに。
効果:教会の鐘
ミカゲ姫》何の音?人が来る。
身を隠す。
ミカゲ姫》わたしが身を隠して様子をうかがっていますと、
可愛らしい人間の娘さんが、あの方を揺り起こしたのです。
あの方の眼が開いて、微かにほほえみ彼女に何かお礼を言っていました。
その時です。わたしの中にまだ嵐がいることに気づいたのは。
わたしを見てください。わたしを。
(間)効果:さざ波やや大きくなる老婆 》王子は、命を助けた人魚姫には一度もそのほほえみを
投げかけることはありませんでした。
それもそのはず、姫に助けてもらったとは、夢にも思っていないのだから。
