劇団シリカゲル シトラス・トリップ作・演出 叶 比見子
登場人物
エリ : 出かけていく少女。
ルイ : 屋内の少女。
*** ラムネの瓶詰め ***
ルイ、コートをしっかりと着込み、
舞台上手側のドアから登場。
観客のことなどまるで気にすることなく、
早足で舞台への階段を上り下手側に消えてゆく。
ルイと入れ違いに、エリ、舞台下手より登場。
手にはスーパーかコンビニの袋。
(中身は雑貨品などさまざまな物)
袋をテーブルの上に置き、がさがさと音をたてて中を探る。
やがて中からラムネの箱を探し当てる。
エリ、ラムネを口にほうり込む。
エリ 》レモンの味がする。…あたりまえか。
エリ、ちょっと考え込んだ後、
ラムネを同様に袋から取り出し、
小さなビンのなかに詰めてふたをする。エリ 》 つめたく冷えた錠剤を 月のひかりで たくさん飲んだ
歌うようにつぶやいて舞台中央にある冷蔵庫(見えない)に近づくと、
扉をあけて、ビンを冷蔵庫のなかにいれる。
効果:冷蔵庫、開閉音
エリ 》これで、よし。
エリ、上手に退場。(他の物はほったらかしたまま)
暗転
ルイ、帰宅。(深夜の台所)
なんの気なく舞台中央の冷蔵庫を開け、ビンを見つける。
ルイ 》…なにこれ?
ルイ 》ラムネ…?
ふたをあけ、なかのものを口に含んでみる。
ルイ 》ラムネだ。
ビンを手にもったままぼんやりと考え込む。
ルイ、 ふいにビンを逆さにして、いくつもいくつも、
まるで薬を飲むようにラムネをのんでゆく。
音楽。暗転。*** 旅行したいよ ***
効果:ざわめき(学校の食堂)
明転
ルイ、本を読んでいる。
エリ、大荷物でやってくる。
エリ 》(ルイに声をかける)
ルイ 》ああ……。どうしたの?その荷物
エリ 》旅行したくって
ルイ 》は?これから?
エリ 》うん、そう
ルイ 》どこに?
エリ 》どこか。一緒に行かない?
ルイ 》なんで?
エリ 》だって旅は道連れって言うでしょ?
ルイ 》でもね、慌ただしいよ。せいぜい一泊二日でしょ?
エリ 》そうじゃなくて、もっと長ぁーい放浪の旅。
ルイ 》学校は?
エリ 》さぼって
ルイ 》え〜、後でめんどうだよ。
エリ 》いいじゃない。そうしようよ。
ルイ 》エリってばお気楽だよね。
エリ 》どこがいいかな。ルイどこ行きたい?
ルイ 》ルイはどこも行かないよ。
エリ 》でも行きたいでしょ。
どこがいい?
ルイ 》ん〜、行くとしたら…インドかな。
エリ 》ああ、いいねえ。
ガンジス川で沐浴か。
ルイ 》エリどこ行きたいの?
エリ 》ん〜、ニューヨーク。
美術館巡り。
ルイ 》ああ、いいねえ。そうだ、
イギリスの大英博物館行きたいな。
エリ 》イギリスかあ。
ピーター・ラビットの国だね。
ルイ 》ビートルズの国だしね。
エリ 》そうだ、ヴェネチア行って仮面祭見たいな。
ルイ 》ああ見たい見たい!
だけどさ、見るのもいいけど
美味しいものを食べるのもいいよね。
エリ 》プロヴァンスとかいいかもなあ。
ルイ 》中華料理食べたいな。
旅行かあ…
エリ 》そうよ、いいでしょお?
ルイ 》だけど、お金もないし。学校あるし、
ルイはおとなしくお家にいるもん。
エリ 》なによ、つまんないの。
ルイ 》そろそろ帰るよ。
レポートたまってんだ。ばいばい。
エリ 》あ、待って、わたしも…って、あーあ、行っちゃった。
暗転
効果:電車の警笛と通過音。*** 電車待ち ***
効果:駅の構内のざわめき。
電車を待つエリ。
別のホームに立ち、本を読みながら電車を待つルイ。
ルイ 》駅カテドラルはバベルのような建築物で、
ひとを混乱におとしいれるほどである。
スピーカーの声がどなっている。
「お知らせします!接続列車にお乗りの方!
…dシグマ二乗発の予備列車は、
事故のため運転を見合わせております。
復旧は、tプラスdt時。ct番線に到着します。」
エリ、最初は立ったままいらいらしているが、
やがてあきらめてベンチに座り、ぼんやりする。
ルイ 》プラットホームでは、灰色の群衆が波のようにうねり
おしあいへしあいしながら人波となってすれ違い、
荷物をひきずり、叫び、身ぶり手ぶりをし、
お互いに荷物や体をひっかけあう。
(ミヒャエル・エンデ 「鏡のなかの鏡―迷宮」参考)
ルイの待つ電車は到着。
効果:電車到着、扉開閉、電車発車。小さく
ルイ、本を閉じて座席にすわり、
電車の揺れに身をまかせる。居眠り。
エリ 》『ある朝目を覚ましたとき、これはもう
ぐずぐずしてはいられないと思ってしまった。
私はインドのデリーにいて、
これから南下してゴアへ行こうか、
北上してカシミールに向かおうか、迷っていた。
ゴアにはヒッピーたちの楽園があると聞かされていた。
一方カシミールは、雪を頂いたヒマラヤの高峰郡を
間近に望むことができるというだけで、
心ひかれるところのある土地だった。
<黄金のゴアにしようか、
それとも白いカシミールにしようか……>』
エリ 》すごく好きだったけど、
わたしには『深夜特急』は無理だなあ…
おんなじ行くあてのない旅なら
もっとなんの心配もない楽しいのがいいよ。
エリ、鞄の中から文庫本をとりだす。
エリ 》『〈何をしてたの〉と訊かれたら、
〈ぼーっとしたり、本を読んだりしてた〉
と答える旅をしようと決めていた。
観光もせず、買い物もしない空白の旅。
持ってゆく本も以前に読んだことのある
短編かなにかがいい。
すぐには思い出せないけれど、
読み進むうちにほんの少し内容がよみがえる、
そんな本だ。』
うん、これこれ。こんな旅がいいなあ。
(ぺらリと本を裏返して)長野まゆみ「古都遊覧」。
ハードカバーで持ってても
つい文庫で買っちゃう本ってあるのよね。
そう、たとえば…
音楽。効果:ざわめき、フェイドアウト
目覚めているルイ、エリがいくつかの書名を
ぽつぽつとあげてゆくのと同時に朗読。
ルイ 》甘いお菓子を つめたくひやし
車に乗せて 旅に出よう
苦い忠告を つめたくひやし
床に転がして 旅に出よう
気持ちがゆれていれば そこが旅の途上
ありふれた景色でも 異国情緒の夜景
さえざえとした月の 影をふんで歩く
気持ちがゆれていれば そこが旅の途上
アスファルトの硬い道も 遊覧船のデッキ
エリ 》海、みたいかなあ……
ルイ 》甘いお菓子を つめたくひやし
車に乗せて 旅に出よう
さっと胸をかすめる楽しい気分
それをおいかけて 生きていく
苦い忠告を つめたくひやし
床に転がして 旅に出よう
行きあたりばったり どうせ自分のせいだから
なにもかも受けいれるつもり
否定はしないよ 早くおいでね
(銀色夏生 『旅に出てます』『旅の途上』)
効果:ざわめき再び。音楽はフェイドアウト。
ルイ 》大変ご迷惑をおかけしました。
間もなく電車が到着します。
事故のためxy分の遅れとなっております。
エリ、あわてて本を鞄にしまってたちあがる。
効果:電車到着。
エリへのスポットを残し、暗転。
エリ、その場に立ちすくんでいる。
効果:電車の扉の開く音。
完全暗転。
効果:扉の閉まる音。発車する音。*** ルイ・海から電話 ***
ルイ、やる気なさそうにレポートを書いている。
ルイ 》……ひねもすのたりのたりかな
指折り数えている。(上の句が思い出せないらしい。)
ルイ 》縁側で ひねもすのたりのたりかな
…違うって全然…
なんだっけ…?
(とかなんとかぶつぶつ言っている)
効果:電話が鳴る。コール六回
ルイ、めんどうそうに受話器をとる。
ルイ 》はいもしもし
効果:波の音(ざっぱ〜ん)。途絶える。ツーツーツー
受話器を耳から離し、首をかしげて受話器を置く。
母 》誰からだったの?
ルイ 》さあ…。海から?
母 》え?
ルイ 》わかんない。ただザザァンて…
母 》うちの電話古くなっちゃって雑音がするのよね
いい加減買い換えましょうか。
ルイ 》いや…綺麗な音だったから
母 》なあに?
ルイ 》ううん、たぶん平気。
…あっ…「春の海」
…ひねもすのたりのたりかな(与謝蕪村)
そうだそうだ
ルイ「だけどなんで?」ともう一度首をかしげる。
「ま、いっか」勉強に戻るルイ。
やっぱり何か気にかかり、真っ白いノートを見つめる。
効果:波の音。(浜辺)
ルイ 》あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまったらしい
透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった
(谷川俊太郎 「二十億光年の孤独」収録「かなしみ」)
暗転
*** エリ・見知らぬ駅で ***
効果:波の音が消え、
ローカルな電車の音・のんきそうな街の雑踏音。
明転。
舞台にはエリひとり。かけていた携帯電話を切る。
エリ、電話をポケットにしまい、ぼんやり。
エリ 》どうしよう、どこにいこうかな。
どこにでも、行けるのよね。でも、
下手の方を振り向く。
エリ 》海、遠いなあ
暗転(すぐ)。*** 鼻歌と博物館 ***
ルイ、勉強にあきてヘッドホンをつけ、音楽を聞き始める。
収納ボックスをあさりながら歌を歌う。
やがて一冊の本を見つける。不思議そうに見る。
やがて思い出してにっこりする。
ルイ 》「クローディアの秘密」だ。
ヘッドホンをはずし、本を開く。
音楽
ルイ 》「むかし式の家出なんか、
あたしにはぜったいにできっこないわ。
とクローディアは思っていました。
かっとなったあまりに、
リュック一つしょってとびだすことです。
クローディアは不愉快なことがすきではありません。
遠足さえも、虫がいっぱいいたり、
カップケーキのお砂糖が大陽でとけたりして、
だらしない、不便な感じです。
そこでクローディアは、あたしの家出は、
ただあるところから逃げ出すのでなく、
あるところへ逃げ込むのにするわ、ときめました。
どこか大きな場所、気持ちのよい場所、
屋内、その上できれば美しい場所。
クローディア(・キンケイド)がニューヨーク市の
メトロポリタン美術館に決めたのは、
こういうわけでした。」
(カニグズバーグ 「クローディアの秘密」より)
エリぶらぶら歩きながら登場。
以下、エリ→クローディア、ルイ→ジェイミー。
クローディア》あたしは世界でいちばん上品な隠れ場所を
選んだと思うわ。ねえ、ジェイミー、
高い天蓋、華やかな彫刻。
このベッドで眠るっていうのはどう?
ジェイミー 》「展示物にさわらないでください」
クローディア》(くすりとわらって)ねえ、ここを読んだ?(説明のプレートを示す)
クローディア》この寝台は、ロバート・ダドレイ卿の妻、
エミー・ロブサートの殺害されたと称される
ベッド。ダドレイ卿はのちの伯爵……
ジェイミー 》(クローディアの台詞にかぶって笑い出す。)
ねえクローディア、
いつもこうるさい姉さんにしちゃ
悪くない思いつきだね。
クローディア》そうね、ジェイミー。けちな弟のわりには、
あんたも悪かないわ。
ルイ 》こうして、クローディアの家出は始まったのです。
ルイは、ざっと本のページをめくってから、本を閉じる。
エリは博物館のなかを見て廻る。
ルイ、白衣(割烹着)を着て掃除を始める。