ソリティア
作: 薊野佑子
*** Introduction
「ソリティア」は、カードゲームの名前で「ひとり遊び」という意味。
この脚本は、シリカゲル用「人魚姫(仮)」へのエチュードでもある。
ひとり芝居、ふたり芝居の練習。ふたりで別の物語を展開してみせる練習など。
「ウンディーネ」→「サロメ」・「人魚姫」→「ジゼル」という図式が隠されている。以下の名前は、すべてパソコンのハンドルネームである。
サロメ … 怠惰なくせに忙しがりや?常時携帯電話を離さない。
専門学校に通っている。おそらく服飾か映像関係であろう。
しかしアルバイトをしている日の方が多そうだ。
サロメというと、愛する人を死なせてしまう女のイメージ。ジゼル … どちらかというと出不精。パソコンネットはつなぎっぱなし?
女子短大の文学部に通っている。サークルは何にも入っていない。
ジゼルというと、愛ゆえに死んでしまう娘のイメージ。サロメとジゼルは、アパートで同居生活している。
サロメもジゼルも舞姫のイメージをになう。マクベス … サロメとの関係が気になる男性。
ブラッドベリ … ジゼルとの関係が気になる男性。パソコン通信の仲間たち … チェシャ猫、カサブランカ、エレクトラ
*** ひとり芝居・サロメの朝帰り ***
小声で歌いながら歩いている。
ふと立ち止まって、かがみ込む。サロメ 》やだ、靴ずれしちゃった。
近くのベンチに座って靴を脱ぐ。
サロメ 》足のサイズ変わったかな?
かばんをあさるが、ティッシュしかない。ちょっとなめて傷をぬぐう。
サロメ 》ぴったり合えばお買い得、四〇%オフ。
…ていうシンデレラセールだったのに。
これじゃあ玉の輿に乗れないな。ゴミをかばんにほうり込んで、一息つく。
サロメ 》いーい天気だな。朝帰りも悪くないわよねぇ。
だあれもいないから、独り言も言い放題。
歌だって歌えちゃう。なんとなく歌を歌う。ぼんやり。
サロメ 》朝帰りって…変な感じよね。
早すぎるような、遅すぎるような…。
とにかくここまで爽やかな朝だと、
不健康なあたしはまるっきり場違いみたいよね。ぼんやり。無言。なにか思い出して落ち込み始めた様子。
サロメ 》眩しい。
サロメ 》ごめんなさい。
サロメ 》なんでかな。なんで…あたしが悪いみたいな気分になるのかな。
まっさらな新品の朝が、清潔すぎるからかな。
それとも本当にあたしが、御天道様に顔向けできない
わる〜い人間だから…とか?
サロメ 》………疲れた。
莫迦言ってないで早く帰ろ。あたりを見回してから、靴を両方とも手に持ち、はだしで歩き出す。
はだしで踊るようにステップを踏んでも良い。
暗転・音楽
*** ふたり芝居・待ち受け状態 ***
ジゼルは、机に突っ伏して眠っている。パソコンはつきっぱなし。
鍵があいて、扉が開閉。(アパート)サロメ 》(小声で)たっだいまぁ〜
ジゼルゆっくりした動作で目覚める。
ジゼル 》…おはよう
サロメ 》おやすみ。
ジゼル 》…寝るの?
サロメ 》う〜ん、やっぱり起きてよう。
ジゼル 》ちゃんと寝たの?
サロメ 》結構ね。退屈だったからさ。
ジゼル 》昨夜何処行ってたの。
サロメ 》あれ、言わなかったけ?映画フォーラムのオフ会だよ。
ジゼル 》ああ、そんな企画あったね。忘れてた。
サロメ 》覚えてたって、行きゃしないくせに。
ジゼル 》そうかな。サロメは付き合い良いもんね。それで場所は?
サロメ 》チェシャ猫さんちだよ。ジゼルも来ればよかったのに。
ジゼル 》へえ、チェシャ猫さんかあ。あの人面白いもんね。どうだった?
サロメ 》まあまあね。久しぶりに会って面白かったけど、
またカサブランカさんのうんちくを長々聞かされてさ、
それで途中で眠っちゃったんだけどね。
ジゼル 》そっか。ジゼルは、またパソコンに向かって何か始める。
サロメ 》足洗わなくちゃ。
ジゼル 》そんなに悪いことしてたの?
サロメ 》してないよ。
靴ずれ痛くて、はだしで歩いてきたから。
ジゼル 》なんだ。
サロメ 》そんなに善人じゃないけど、
御天道様に顔向けできないような極悪人でもないんだよね。
ジゼル 》なんか言ったぁ?
サロメ 》独り言!サロメそでにひっこむ。しばらくシャワーの音。
サロメ、もどってくると飲み物を飲むか煙草を吸うかして一服。サロメ 》ジゼルこそ、寝なくて平気なの?
ジゼル 》うん。ちゃんと寝てるよ。
サロメ 》寝るなら布団入って寝なよ。
ま、あたしが言えた義理じゃないか。のんびりした間。
ジゼル 》朝御飯食べないの?
サロメ 》…うん。おなかすいてない。食べないの?
ジゼル 》遅くに夜食、食べたから。
サロメ 》そう。サロメかばんから携帯電話を取り出す。
サロメ 》あ、電池切れしそう。
サロメ、携帯電話を充電し始める。
サロメ 》充電充電…。
ぼんやり電話を眺める。
サロメ 》充電したいのは、あたしのほうよね。
電池切れしそう。
ジゼル 》予備電源のバックアップは?
サロメ 》んな便利なもんあるか。ジゼル 》携帯電話って、便利そうよね。いい加減わたしも持とうかな。
サロメ 》それほどでもないよ。こんなもん。
肌身離さず持ってたって、しょっちゅう役に立つほど
あたしは人気者じゃないのよってかんじ?
ジゼル 》待ち受け状態ばっかりだね。
サロメ 》そうよ
ジゼル 》メールボックスも、電話も、郵便受けも
サロメ 》ぜーんぶ、待ち受け状態だね。疲れちゃうね。
ジゼル 》電池切れしちゃうね。
サロメ 》郵便受け以外はね。
ジゼル 》でも疲れちゃうよ。赤い色が色褪せてる。
サロメ 》寂しそうだね。
ジゼル 》…新聞とろうか。
サロメ 》いいけど、あたし読まないよ。
*** ふたり詩劇・孤独は永遠不滅 ***
ジゼル 》ひぃふぅみぃよ
サロメ 》いつむぅななや
ジゼル 》空を覆い尽くすほど、ひしめきあう電線・アンテナ。
サロメ 》地を這うケーブル、飛び交う電波。
ジゼル 》みんなが何かを伝えたがってる。
サロメ 》みんなが何かを知りたがってる。
ジゼル 》みんな誰かと囁きあい、そして回線はパンク寸前。
ふたり 》それでも孤独は永遠不滅。ジゼル 》だからほら、通信手段が増えるたび
寂しさは形をもってリアルになるのよ。
サロメ 》メモリダイヤルの登録件数は多すぎだわ。
ジゼル 》友達百人できても余る。
サロメ 》あたし友達少ないのかなあ。
ふたり 》こんなふうにサロメ 》ひぃふぅみぃよ
ジゼル 》いつむぅななや
サロメ 》小さな町で寄り添い合ったり
ジゼル 》遠くの町に呼びかけたり
サロメ 》ひとりよりもふたりでいるほど
ジゼル 》ふたりよりもみんなでいるほど
サロメ 》自分が唯一無二の存在であると知ると同時に
ふたり 》ますます孤独は永遠不滅。サロメ 》だけどほら、誰だってそうなんだもの。
たいしたことじゃないのよ。
ジゼル 》おひとりですか?
サロメ 》ひとりですよ。
ジゼル 》一緒に暮らしてみましょうか。
ふたり 》わたしたち、本当にひとりずつですね。ジゼル 》わたしの側には、優しい人が
サロメ 》わたしの側には、楽しい人が
ジゼル 》ひぃふぅみぃよ
サロメ 》いつむぅななや
ふたり 》ここのとう
そして孤独は永遠不滅
*** ふたり芝居・腕時計のイメージ ***
サロメ 》なにしてんの?
ジゼル 》「ソリティア」
サロメ 》ああ、不毛なカードゲーム
ジゼル 》だからいいんじゃない?
サロメ 》かもね。この電話も「ブラックジャック」ついてるよ。
ジゼル 》へえ、そんなものまでついてるんだ。
サロメ 》不毛よね。あたしゲーム、嫌いだしな。
ジゼル 》そうなの。好きそうに見えるけどな。
サロメ 》大っ嫌い。
勝ってもろくに嬉しくないのに、負けるとすっごく悔しいんだもん。
ジゼル 》……そうね。
サロメ 》だから「ソリティア」はいいと思うよ。
ひとり遊びに勝ちも負けもないもんね。
ジゼル 》うん。
使う人のいないマフラーを延々編んでいるみたい。
サロメ 》そう、そんなかんじ。サロメ雑誌をひろげる。間。パソコンの音がする。
ジゼル 》あ、メール来てる。
サロメ 》腕時計のイメージは?
ジゼル 》え?なに?
サロメ 》腕時計のイメージ。
ジゼル 》腕時計かあ…今気に入ってるのがないからなあ。
サロメ 》いい男いないんだ。
ジゼル 》え?
サロメ 》腕時計のイメージ、それはあなたの恋人に対するイメージです。
ジゼル 》(軽く笑う)どうなのかなあ。
サロメはなんて答えたの?
サロメ 》あたし?あたしはねえ……「束縛」
ジゼル 》はあ、つまり…どういうこと?
サロメ 》どうなんだろうねえ。束縛…
したいのかもしれないし。されたいのかもしれないし。
ジゼル 》両方かも。
サロメ 》両方嫌かも。サロメ 》メール、ブラッドベリでしょ。
ジゼル 》え?
サロメ 》さっき来たメール。
ジゼル 》そうだけど。
サロメ 》腕時計にはならないの?
ジゼル 》どうかしらねえ。いい人だけど。
サロメ 》いい人といい男は別だしね。
ジゼル 》なんでしょうね。電話が鳴る。
サロメ 》お、鳴ってる。
サロメ 》はい、もしもし。え?ああなんだマクベスか。
うん、ひとりで遊んでる。
ううん、ふたりだけどひとりで遊んでる。
なに言ってんの、同居人のジゼルだよ。
うん、うんうん。いいよ。今から行く。
三峰線の…霧ヶ丘ね。改札でいいの?わかった。
それじゃ後でね。
ジゼル 》でかけるの?
サロメ 》うん。
あ、靴何はいて行こう。
ジゼル 》帰ってくるの?
サロメ 》いずれはね。
ジゼル 》ふーん。サロメ荷物をまとめている。
ジゼル 》マクベスか。
サロメ 》なに?
ジゼル 》腕時計?
サロメ 》いまのところ…置き時計?
ジゼル 》いまのところ?
サロメ 》どうなんだろうね。
じゃ、行ってくる。
ジゼル 》行ってらっしゃい。扉開閉音。
*** ひとり芝居・ジゼルのひとり遊び ***
メールをタイプしているジゼル。
ジゼル 》トゥ、ブラッドベリ。
サブジェクト…んっと……紅茶
こんにちは。なんだか憂鬱なようですね。
そんなときわたしは、紅茶を飲みます。
丁寧にいれた美味しい紅茶は、心が和みます。
なにか相談になれることがあればいつでもどうぞ。
はやく元気を出してくださいね。
……ジゼル。一息。
ジゼル 》違うかな。
無理に元気を出さず、のんびりしてもいいと思います。
…変かな。
ジゼル 》だいたい紅茶の話が面白くないわね。
ジゼル 》いいや。…送信。
ジゼル 》おもしろい話なんて、わたしには土台無理なのよね。自分で言って自分で落ち込んでみたりして。
ジゼル 》わたしも紅茶飲もうかな。
丁寧に入れた美味しい紅茶は、憂鬱に効くのです。
寂しいときにも、お茶は最高。立ち上がって、ふと花瓶が目に入る。(実際は空の花瓶でも良い)
ジゼル 》あ、花が枯れそう。
ちゃあんと毎日水かえてるのになあ。
もう一週間だもんね。切り花だから、しょうがないか。じっと眺めて
ジゼル 》ずいぶんしおれちゃった。
花屋で見たときは、造花みたいに綺麗だったのに。
本当に、花だったのねぇ。また椅子に戻る。だらしない座り方。
ジゼル 》なんにもしたくなくなっちゃった。
ずいぶんしおれちゃったみたい…?
ちゃあんと毎日、紅茶を飲んでるのになあ。天井を見上げて
ジゼル 》なぁんて、わたしは水に挿した花じゃないんだけど。
それとも、電池切れかな。ふいにパソコンが鳴る。
ジゼル 》やだ、電池切れはこっちじゃない!
コンセント、コンセント…さしっぱなしだと思ってたのに。
データ飛んじゃう暗転・音楽
*** ふたり詩劇・日常 ***
明転
ジゼル 》日常は、時計仕掛けに過ぎていく。
サロメ 》心の焦点が定まらず、
確固たる主義主張を得られなくても。ジゼル 》志ある人に無為に時間を過ごすなと非難され
サロメ 》今のうちに経験を積めと老人に諭され
ジゼル 》それでもわたしの時間は過ぎていく。
サロメ 》この時が無為なのか悩み、
ジゼル 》なんとか意義を見つけ出そうと
ふたり 》考えているその隙に。ジゼル 》なにしてるの?
サロメ 》なんにも
ジゼル 》それは空っぽの素敵な時間。サロメ 》なにしてるの?
ジゼル 》なんにも
サロメ 》それは空っぽでいっぱいの
ふたり 》ほんとうに自由な時間。ジゼル 》アールグレイ、飲もうか。
サロメ 》珈琲にしようか。ジゼル 》シャワー浴びようかな。
サロメ 》煙草…煙草どこだっけ。サロメ 》シナモントースト食べようかな。
ジゼル 》フレンチトースト食べたいな。サロメ 》そろそろ髪、切ろうかな。
ジゼル 》こんどピアス…あけようかな。ジゼル 》部屋の模様替えしたいな
サロメ 》カーテンの色、替えたいのよね
ジゼル 》テーブルも気に入らないの
サロメ 》何か絵を飾りたいな
ジゼル 》モネの「睡蓮」
サロメ 》ルソーの「蛇使い」
ジゼル 》ラファエロの「天使」
サロメ 》クリムトの「接吻」
ジゼル 》どれでもいいわサロメ 》ステレオを替えようよ
ジゼル 》CDの音が飛ぶのよね
サロメ 》カセットの回転数もおかしいの
ジゼル 》ちゃんと聞きたい音楽があるわ
サロメ 》バッハの「シャコンヌ」
ジゼル 》グノーの「アヴェ・マリア」
サロメ 》ラヴェルの「ボレロ」
ジゼル 》ショパンの「雨垂れ」
サロメ 》どれもいいわねサロメ 》日常は、時計仕掛けに過ぎていく。
ジゼル 》心の焦点が定まらず、
ふたり 》確固たる主義主張を得られなくても。暗転