■ 風 船 ■

著/ 薊野佑子 (2006.9.14)
(朗読5分)

 天気の良い休日。ショッピングセンターの入口広場で、風船を配っていた。きっと何かのキャンペーンかイベントだろう。通りすがったわたしは、懐かしさに目を細めて見入ってしまった。ヘリウムガスで浮き上がるガス風船を見たのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
 束になってつながれた風船は、こんもりとした実りのように、宙に浮かんでいる。何人ものこどもたちが、目を輝かせながら背伸びをして、「あれあれ」とお気に入りの風船を指さしている。
 昔ながらの、赤や青や緑のカラフルなゴム風船。そしてアルミのメタリックバルーンには、人気のキャラクターがプリントしてある。わたしが小さい頃もお祭りで見かけた。たしかゴム風船より少し高級だったけど、その分メタリックバルーンのほうが長持ちをするのだ。でも、やっぱりわたしが好きなのは、ゴム風船だった。たまごを逆さにしたような形が可愛くていい。
「わあ、いいなあ」
 広場の様子を眺めながら、わたしはひとりごとのように呟いた。
「もらいに行こうか?」
 そう言ったのは、手をつないで隣を歩いている彼だった。いたずらっぽくわたしを見下ろしている。わたしは首を横にふって笑いながらこたえた。
「いいよ、さすがにこどもに混ざってもらえないよ」
 言いながら、いつのまに大人なってしまったのかと、少し寂しく思う。
 最後に風船で遊んだのは、いったいいつのことだろう。

 初めての風船は、細い糸の先でふわふわと、宙に揺れるのが楽しくて。わたしは風船をひっぱって走りまわった。けれど、息を切らせ足を止めたそのすきに、風船はあっけなく手から離れて、空へと昇った。高い高い青さへと、ぽつんと鮮やかな点となって、わたしを置いて軽やかに遠ざかった。
 手を離した愚かさを悔い、飛んでゆけない自分の重さが憎かった。
 もう二度と、離さない。泣き出しそうになりながら、そう思った。

 二度目に手にした風船は、細い糸をにぎりしめて、ゆっくりゆっくり歩いて眺めた。頼りない感触に切なくなっては、糸をたぐって引きよせた。目の前まで引き降ろし、腕に抱えた風船は、上へ上へとひたむきに浮かぼうとする。行かないで!と抱きしめたら、パチンとはじけて、ゴムの切れ端になった。
 空へ離したほうが、まだ良かった。

 晴れの日の広場で、束になってつながれた風船を、わたしはもう手にしようとはしない。けれど、彼と手をつないで歩くわたしは、それほど大人になったわけでもない。
 今も少女だったあの頃と同じ。彼の自由を、ちょっとだけ、ずっと長く…
 手の中につないでいたい。