「まあ、なんて小さい女の子でしょう。おまえを、親指姫と呼ぶことにしましょう。」
青く澄んだ空を、すいとツバメが飛んできて言いました。
「可哀相に親指姫。つけられた名前は、たったの親指。」
それを見ていたヒキガエルは、思いました。
「こりゃ、せがれの嫁さんにもってこいだ。」
親指姫は、クルミのからをゆりかごにして眠ります。
ある晩のこと、ぴょこんと飛び込んできたヒキガエルが、クルミのからを抱えて自分のすみかへと連れ帰りました。
「これがわたしのせがれでごぜえます。おめえの婿どのでごぜえます。下の泥沼の中で、たのしく暮らしてくだせえまし。」
親指姫は、暗い気持ちになりました。
「ヒキガエルさんのお嫁さんになって、泥沼のおうちで暮らすなんて…。本当にたのしいのかしら。」
「コアックス、コアックス!ブレッケ、ケ、ケックス!」
飛んできたツバメは、言いました。
「親指姫。そこが好きならそこでお暮らし、そうでないなら、おやめなさい。」
蓮の葉の上で途方にくれている親指姫を、コガネムシが見ていました。コガネムシは、あっと言う間に小さな親指姫をさらって、木の上に飛んでいきました。たいそう可愛らしいと思ったからなのですが、コガネムシの奥さんは言いました。
「まあ、この子ったら、足が二本しかないわ。ずいぶんみすぼらしいわね。それに触覚もないのよ。いやねえ、まるで人間みたい。なんてみっともないんでしょう。」
親指姫は、暗い気持ちになりました。
「わたしは、そんなに醜いの?コガネムシさんとお友達にもなれないなんて…」
飛んできたツバメは言いました。
「親指姫。自分の姿をよくご覧。あなたのお友達は、まずあなた。」
コガネムシの奥さんは、言いました。
「あんた、こんな子は、森の中に捨てておいで」
夏が過ぎ秋が過ぎ、森に捨てられ、ひとりぼっちで暮らし続けた親指姫の上に、冷たい雪が降り始めました。親指姫は、大きな大きな森の中を、小さな小さな体を震わせながら歩いて、野ネズミのおばあさんの家にたどりつきました。
「この冬はわたしのところにいるがいいよ。ただ、近いうちにお隣のモグラさんがたずねてくる。モグラさんはお金持ちで、りっぱな黒いビロードの毛皮にくるまっていなさる。もしおまえが、あの人のお嫁になれば、暮らしにはきっと困らないよ。」
モグラは確かにお金持ちでした。けれども、お日様ときれいな花が大嫌いで、よくその悪口を言いました。なにしろ、モグラは目が悪くて、まだ一度もそういうものを見たことがなかったからです。
親指姫は、暗い気持ちになりました。
ある日親指姫は、モグラと土の下の廊下を散歩することになりました。小さな明かりで暗いトンネルを歩いていくと、そこには、死んだ小鳥がころがっていました。それはたぶん、ついさきごろ冬の寒さに凍え死んだのでしょう。親指姫は、心から悲しくなりました。なぜなら姫は、小鳥という小鳥はみな大好きでしたから。それなのにモグラは、短い足で小鳥をけとばして言いました。
「もうこいつは、ピーピー泣きもせん。小鳥に生まれてくるなんて、あわれなやつだ。こういう連中は、ピーピー鳴くより他に能がない。だから冬になると、飢え死にせにゃならんのさ。」
親指姫は、何も言いませんでした。
その晩、親指姫はどうしても眠ることができませんでした。そこでこっそり、大きな毛布を枯れ草で編んで、死んだ小鳥のところへかけに行きました。すると親指姫は、それがツバメだということに気がついたのです。
「可哀相なツバメさん。あなたの優しい声が、夏の間いつも聞こえていたわ。あの頃は、緑の森に青い空、お日様が暖かく、わたしたちを照らしていたわね。」
こう言って親指姫は、ツバメの胸の上にそっと顔を乗せました。そして思わず、どきっとしました。なぜならその胸の下で、なにか音が聞こえたからです。それはツバメの心臓でした。ツバメは死んでいたのではなくて、ただ気を失って倒れているだけだったのです。
親指姫は、それから次の晩も、また次の晩も、ツバメの世話をしにきました。
そうして冬の間に、ツバメはすっかり元気を取り戻し、親指姫とおしゃべりをするようになりました。遠くの暖かい国のこと、とても美しい珍しい花や景色のことを、ツバメはたくさん話しました。親指姫は、ツバメの話を聞いているときが、一番楽しい気持ちでした。けれど、モグラと野ネズミは、すこしもそれに気がつきませんでした。
春が来て、お日様が土の下まで暖めるようになった頃、親指姫とモグラの婚礼の支度が整いました。ツバメは親指姫に言いました。
「僕と一緒に行きませんか。僕の背中に乗っかれば、緑の森へ連れて行ってあげましょう。」
けれど親指姫は、すぐには答えられませんでした。年をとった野ネズミのおばあさんが、さぞ悲しむに違いないと思ったからです。
そしてまた、ツバメは言いました。
「可哀相な親指姫。ほんとうにそうでしょうか。」
「いよいよ、ご婚礼だよ。」
と、野ネズミは嬉しそうに言いました。親指姫は、暗い気持ちになりました。
「もっと明るい顔をしなさいな。ほんとに立派なお婿さんじゃないか。バチが当たるよ。」
婚礼の式がすんだら、これからは、深い土の下でモグラと一緒に暮らさなければなりません。
ツバメは、もう一度言いました。
「親指姫。僕と一緒に行きませんか。そこは、お日様が美しく照っていて、一年中きれいな花が咲いています。あなたの望みはなんですか。クルミのゆりかご?泥沼のうち?土の下?」
親指姫はうなずいて、ツバメの背中に乗りました。
そして、森を越え、海を越え、一年中雪の消えない高い山々さえも、ずっと高くを飛び越えて、どこまでも飛んでいきました。こうして、とうとう暖かい国へやって来たのです。
ツバメの巣は、古いお城の柱の高いところにありました。
「ここが僕のうちです。でももし、向こうの森の、きれいな花の咲いているほうが良ければ、あそこであなたは、お好きなように、たのしく暮らしなさい。」
親指姫は、てっきりツバメと一緒に暮らすものだと思っていたので、驚きました。
「わたしは、あそこへ行ってもいいの?」
「もうあなたは、可哀相な親指姫ではないのです。お好きなように、たのしく暮らしなさい。」
そう言ってツバメは、親指姫を大きな花びらのひとつにおろしました。すると、なんということでしょう!その花の真ん中に、親指姫よりも小さい女の子が立っているではありませんか。
「まあ、なんて可愛らしい。」
その子は、親指姫より小さいほかは、まるでそっくりでした。女の子は言いました。
「あなたは、だあれ?」
親指姫は、自分がクルミのゆりかごで眠っていた頃のことを思い出しました。
「わたし?わたしは……」
そうです。ヒキガエルのお嫁さんでもない、コガネムシのお友達でもない、野ネズミの娘でもない、モグラのお嫁さんでもない。暖かいお日様や、きれいな花や小鳥たちが大好きな親指姫。
「ツバメさん、ありがとう」
親指姫はそう言って、女の子と手をつなぎ、暖かいお日様の下を、歩き出しました。
「小さくて素敵な親指姫。そのままのあなたで、お好きなように、たのしく暮らしなさい。」
おしまい